ドキュメンタリー映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』「少し立ち止まる謙虚さが必要」村田英克監督インタビュー

ドキュメンタリー映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』「少し立ち止まる謙虚さが必要」村田英克監督インタビュー

2022年8月21日

ドキュメンタリー映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』村田英克監督インタビュー

©JT生命誌研究館

©JT生命誌研究館

—–本作『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』が持つテーマやコンセプトを教えて頂きますか?

村田監督:当たり前の話ですが、劇場で大きなスクリーンに映し出される出来事を、皆で体験できるというのが映画の魅力ですね。

この作品は、大阪・高槻の「生命誌研究館」まで行かなくても、映画という形にすると、いろんな場所で「生命誌研究館」を、知って、感じて頂けるだろうと思いながらこしらえたものです。

私が所属している「生命誌研究館」という組織は、一体、何をやっているのか?

私は、ここは、他にない面白いことをやっているところだと、常々、思っておりましたので、ちょうど昨年の新しい展示「食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙」の企画が具体化した時に、ああ、この展示のメイキングを通して、研究館の人々の日常と、展示に登場する虫や草花たちの日々の様子を追いかけ、それを一つの映像作品に描き出せれば、「生命誌研究館」が伝わるはずだと思ったわけです。ただ、ここで大事なことは、私は「生命誌研究館」を伝えるために映画をつくったわけではありません。私がつくりたいのは「映画」であって、私が思う「面白い映画」のモチーフとして、「生命誌研究館」という場の出来事が適していると思ったのです。

ところで今作は、生命誌ドキュメンタリー第2弾とうたっています。

第1弾は『水と風と生きものと 中村桂子・生命誌を紡ぐ』(2015年)という作品です。

この時、私は企画という立場で、藤原道夫監督にお願いをして、丸3年かけて劇場公開映画に仕上げていただきました。

前作は、科学と日常を重ねて考える生命誌研究館というユニークな場を構想し、1993年に、それを一般に開かれた施設として実現した女性科学者・中村桂子という人物を描いたドキュメンタリーでもありました。

私はこの時、藤原組の一人として、制作現場をご一緒し、さらに北海道から九州まで40ヶ所ほどの上映の場に立ち合い、多様な映画鑑賞の場で、それぞれの地域に根ざして、自然、食、生活などをテーマに活動する皆さんと共に「生命誌」を考える場づくりを経験しました。そのことが、今作制作の原動力になったとも言えます。

©JT生命誌研究館

—–「生命誌研究館」や昆虫や植物を、映像として残して行こうとしたのは、なぜでしょうか?

村田監督:残したかったのは、昆虫や植物の映像だけではなく、「生命誌研究館」という場、そこでの営み、空気みたいなもので、それを伝える表現媒体としては、やはり、映像が最も相応しいだろうと思ったわけです。

「生命誌研究館」は、科学が解明した生きもの研究の成果を、論文、あるいは、お勉強として伝える場ではありません。

むしろ、科学によって、何か一つ新たに解明されると同時にわかることは、その研究成果の周囲に、まだこんなにもわかっていないことがあるんだということです。

どんなに科学が進んでも、わたしたちは、科学という理解の中には収まらない複雑な自然の中で生きています。

生命誌研究館が求めているのは、言ってしまえば、そのように、わからないことも含めた自然の中で、賢く生きる知恵なのです。

答えはありません。しかし、本作でも、いちばん伝えたいのはそのようなことなのです。

©JT生命誌研究館

—–タイトル『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』に込められた想いは、ございましたら、お話頂けますか?

村田監督:まず「食草園」という言葉は、聞きなれない言葉ですよね。

昆虫と植物は、自然界では常に関わり合って生きていますね。

そのダイナミズムこそが、「食草園」の核心です。生命誌研究館の食草園は、蝶が蜜を吸う花と、その幼虫が食べる葉を茂らす植物をそろえて、チョウの訪れを待っているお庭です。

「世の中に、昆虫館や植物園はあるけれど、両者の関わりを示す「食草園」を作ったのは生命誌研究館が初めてよ。」というのが当時の中村桂子館長(現・名誉館長)の自慢でした。

研究館の4階、建物の屋上にあるのですが、2003年の開設以来、四季を通じて、チョウをはじめいろいろな虫たちがここを訪れます。

©JT生命誌研究館

—–動植物の撮影をしていると、よく昆虫や植物の変わった生態をカメラに収めてしまうと言うお話をお聞きしますが、今回はこのような事象は起きましたか?

村田監督:撮っている時は、ぜんぜん気付かず、後で見直して、「えっ、そんなんが写ってた!」ということはいろいろありました。

一所懸命、ピント合わせて、葉っぱにとまった小さなアブを撮って帰って、見直したら、なんと、お尻を曲げて卵を産んでいたとか。

他にもいろいろ撮れちゃいましたが、なかなか73分の中には入らず割愛したカットも多いです。

虫や草花の撮影はやっていると面白くて、皆さんも、普段、見過ごしている街角の一コマ一コマに、実は、驚きの世界への入口がたくさんあるんだと思います。

©JT生命誌研究館

—–作品の中盤で、「JT生命誌研究館」に飾られている絵画が登場しますが、施設側は「最も伝えたい絵」と紹介しておりますが、どのような願いが込められておられますか?

村田監督:「生命誌絵巻」ですね。

「絵巻」と言うからには、時間の絵画表現なのですが、普通の絵巻物と違って、扇の形をしています。

扇が窄まった画面の一番下、扇の要に描いてあるのは、38億年前、地球上で最初に誕生した生命体です。

そして、画面の上部に弧を描いた扇の縁にいろいろと並んでいるのが、現在、地球上にいる多様な生きものの姿です。

人間も、多様な生きものの一つとして、小さく左端のほうにいます。扇の縦軸が時間で、その尺は38億年です。

生きものは、38億年前のご先祖さまから、遺伝情報を記すDNAを継承し、長い時間の中で、遺伝情報が少しずつ変化しながら受け渡されることで、多様な生き方が生み出されたことを表現しています。

生きものの歴史は、時間の推移とともに一方向でなく、多方向に、扇型に開いていく、「自ずから多様化していく」という特徴が生命の本質にあるということを表現しています。

そして、私たちヒトも含めて、扇の縁に並ぶ現存の生きものは、皆、38億年という歴史を生き抜いた仲間だということを表しています。

生命誌研究館では、展示や映像や季刊誌などいろいろな切り口から、生きものの不思議を発信し続けていますが、開館時からエントランスに飾られた「生命誌絵巻」には、やっぱり、基本的なことがつまっていると思います。

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—–ダーウィンの最も有名な格言「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最も適したものである。」という言葉がありますが、この名言に則り、私たち人間は、これからの未来、どう生きていけば、よろしいでしょうか?

村田監督:やっぱり、謙虚に生きるっていうことになるのだと思います。

今作でフォーカスする昆虫や植物も、地球の裏側の珍しい生きものや、注目すべき絶滅危惧種ではありません。

普段、私たちと生活圏を共にする小さな虫や葉っぱです。

背伸びをせずとも、ちょっと立ち止まって、町なかのコンクリートの隙間に生えている草や、そこを拠り所に生きる虫たちに目を向ける。

そこから見えてくる新しい世界があるのではないかと思います。

自分の手の届く範囲で、日々の生活と、他の生きものたちとの関わりをイメージしながら、毎日をていねいに生きていこうと、そういう気持ちになっていただけたら嬉しいです。

©JT生命誌研究館

—–生きものの世界と人間社会の文化は、共通点がないようにも感じますが、このふたつの世界には何か類似点は、ございますか?

村田監督: つながっていますよね?

例えば、どのように火を起こすかという技術の獲得には、人間の側の着想や工夫もありましょうが、どんなに科学技術が発達しても、自然物を素材に工夫させて頂きつつ私たちは暮らしているということが、生活の基本にありますよね。

裸のサルである私たちが身に纏う衣服も、動物の皮や、綿や麻や絹や…。

食卓にのぼる食べものもすべて生きものですね。わたしたち動物は、植物と違って、光合成や土中から栄養を摂取して生きておらず、「いただきます」と言って、他の生きものをいただいて栄養としています。

現代社会は、うっかりすると、自然に接することなく、便利な人工物に囲まれて毎日を過ごしてしまうような状況も生じているわけですが、そもそも人間社会を支える文化的営みは、自然の中で暮らす人間の工夫の賜物なのだと思いますから、その歴史的な連続性や、周囲の自然、生きものとの関わり合いのうえに、現在を位置付けて、毎日を生きていくことが大事ではないかと思います。

©JT生命誌研究館

—–あるインタビューで、監督は「身近な生き物たちの存在や関係性を理解して、その中で自分たちの生活をどう位置づけるか。」とお話されておられますが、その生きものから何を学び、何を得られるでしょうか?

村田監督:他の生きものがしている何か特技を、私たちが真似できるようになる必要はありませんね。

これは先程のダーウィンのお話にもつながりますが、例えば、チョウと食草との関係でも、お互いに競合しないように食草を変えて棲み分けているように、これは結果としてそう見えるわけですが。

ただ、私たちは、他の生きものから、一体、何を学んでいくのかと言えば、虫や草花が教えてくれる一つ一つは、とても小さな知見かもしれませんが、それを知ることによって、今、私たちを囲む自然界の成り立ちや歴史への理解や共感が少しだけ深まる、豊かになると思います。

そのことが、私たちが、これからに向けて、よい選択するための判断材料の一つとなるでしょう。

人間の文化・生活は、地球生態系の一コマですから、他の生きものたちとの関わり合いなしには成り立ちません。

やっぱり、少し立ち止まる謙虚さが必要かと思います。

—–ありがとうございます。最後に本作『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』の魅力を教えて頂きますか?

村田監督:作り手としては、今、お話ししたようなこと、あるいは、今日ここでお話しできなかったようなことも含めて、ほんとうに、いろんなこと、考えたことが作品の中に詰まっていると思います。

これから、映画をご覧いただいて、どのように感じ、受け止められるか。

これはもう観る方、お一人お一人にお預けしたいと思います。

そうですね。色んな要素が坩堝のように働きあっているのが、「生命誌研究館」という場所で、映画もそんなふうになっているかなあと思っています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©JT生命誌研究館

ドキュメンタリー映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』は、大阪のシネ・ヌーヴォにて、現在公開中。