映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』「前向きに生きて行ければ」佐藤智也監督インタビュー

映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』「前向きに生きて行ければ」佐藤智也監督インタビュー

2022年11月13日

ゾンビを描きながらの、その根底にある人類愛を表現した映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』佐藤智也監督インタビュー

©️ARGO PICTURES/MAREHITO PRODUCTION

歩くゾンビに原点回帰したような短編ゾンビ映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』を監督した佐藤智也監督にインタビューを行った。本作の見どころや魅力、制作経緯や制作秘話、「家族」や「自己肯定感」について、お話をお聞きしました。

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—–本作『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』の製作経緯を教えて頂きますか?

佐藤監督:映画『湖底の空』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭にてグランプリを頂きました。

受賞作には毎年、次回作への支援金が支給されます。

映画祭から頂きました貴重な製作費を何とか活かしたいと考えましたので、文化庁の助成金も加えることで、本作の企画が実現しました。ただ、製作費と製作時間の少なさを考慮して、短編として製作を進めました。

完成まで何とか、漕ぎ着けました。

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—–完成、おめでとうございます。前作『湖底の空』ではヒューマン・サスペンスの趣がありましたね。ただ、今作ではゾンビ映画と振り幅がありますが、なぜ今回は「ゾンビ」映画を作ろうと思われたのでしょうか?

佐藤監督:ゆうばりというファンタスティック系の映画祭から支援金も頂きましたので、今回はホラー映画というジャンルものに近づけて、本作を製作しました。

ただ、内容としては、私はそんなに差がないと思っています。

ちょっとしたトラウマを抱えた主人公が、周りに助けを得ながら、少しずつ前に進もうとする過程を描いている点は、前作との類似点かと思います。

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—–ゾンビなのか、ゾンビでないのかの違いですね。タイトルの副題に付いている「ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない」には、どのような意味がございますか?また、この「自己評価」には何に対してでしょうか?

佐藤監督:ひとつに主人公の設定が、引きこもりなんですが、ここ最近の社会情勢の中で増えてきている問題かと思います。

言葉が作られたので、発見された経緯はありますが、世界中には外に出られなくなった人々が確かに存在しているのではないかと思います。

そういう人々だけではなく、その一方で、「自分なんか」と自身に対する自己評価を下げてしまう方も多くいるのではないかと。

自分を大切になかなか出来ない人に何か、ひとつきっかけとなるモノを与えたいなと願っています。

このテーマは、前作『湖底の空』でも同じで、自分を評価できない人達を描こうとしている点は、全く同じなんです。

—–「自己評価」とは、その方個人に対する評価を何があっても変えないという意味合いが、あるのでしょうか?

佐藤監督:そうですね。自己評価が低い方は、滅多なことで、自身への評価は上がらないと思っています。

やはり、「自分なんか」と思ってしまいますので、なかなか自分で自分を評価できる事って、見つけにくいと思います。

劇中でお母さんが「目標を見つけなさい」と言いますけども、そんなにしっかりした目標がなくても、人生は続いていくんだから、生きていくだけで十分だと言う思いもあるんです。

要するに、サブタイトルの「自己評価を変えない」と言っているのは、裏腹として、「自分を変えたい」という想いが、込められています。

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—–ありがとうございます。ホラー映画は、どうしても「怖い」とか、「気持ち悪い」と言った負の印象を持たれやすいジャンルかなと思いますが、私としてはホラーとは一種のアート映画と捉えております。血糊や特殊メイクが、芸術に当たります。気持ち悪い反面、美しさが際立ちます。本作における、特殊メイクには何か、拘りはございますか?

佐藤監督:やはり、自分はジョージ・A・ロメロ監督の初期三部作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』『ゾンビ』『死霊のえじき』のこれら三作品だけでも、「ゾンビ」は確立されていると、思っています。

そこの設定は、大切にしたいと製作前から考えていました。

最近は、走るゾンビが多いんですが、ロメロ監督が描いたゾンビを再現したいと、ゆっくり動くゾンビを描写しました。

あと、特殊メイクに関しましては、江川悦子さんという特殊メイク、特にゾンビメイクの第一人者の方に、お願いしました。

自分でもびっくりするぐらいのリアルなゾンビが、出来上がりましたので、とても嬉しかったです。

—–第一人者が現場に参加してもらえるだけでも、作品が締まりますよね。ホラー映画におけるメイクの力は、大きいと思います。

佐藤監督:予算もない、時間もない状況でしたが、その点に対してしっかり臨機応変に対応して頂けました。

街中を徘徊する場面のエキストラ的なゾンビは、顔の部分が被り物なんです。

ゾンビマスクを被った上、細かい箇所はメイクで補正して、ゾンビ役の方に演じて頂きました。

それだとメイクの時間がかなり短縮できるんです。

現場に入ってからメイクをするのではなく、前もって作ったゾンビマスクですので、撮影では非常に助かりました。

一方で、家族のゾンビメイクは、ゾンビに進んでしまったメイクにするのではなく、直接、お肌にメイクして仕上げました。

ラスボスみたいな最後の強いゾンビの役の方は、江川さんの事務所所属の俳優さんです。

型もすべて用意されておりますので、肌に直接貼り付けるように作って頂きました。

本作では、三種類のゾンビの作り方がありまして、それを上手く組み合わせて、できる限り、少ない時間と、少ない制作費で、そしてスタッフ数で、丁寧に対応して頂きました。

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—–ゾンビ映画では、もう一点、注目するところは、個人的には、美術ではないかなと思っています。映画のシーンでは、ゾンビが食い散らした人間の臓器など、造形物としては非常に良かったなと思います(一瞬の場面ですが)。本作における、美術に関しては、監督の意図とか何か、ございますか?

佐藤監督:実は、あちらも江川さんの事務所からの借り物なんです(笑)。

あれは、レンタルしている美術です(笑)。

ただ、仰って頂いた場面でのロケ地には、拘りを持ちました。

ゾンビ映画と言えば、ショッピングモールですよね。

それはちゃんとネットで探した上、現地に行って、いい場所の立地条件が整ったショッピングモールを探しました。

廃墟で危険なので建物の中では撮影出来ませんでしたが、主人公が通り抜けるショッピングモールを見つけることができたのは、ロメロ監督に倣って、目指した節はあります。

—–まさに、原点回帰ですね。

佐藤監督:最近の走るゾンビには、私自身、とても違和感がありました。ゾンビって、その人なりの人生があった上でのゾンビだと思います。

それぞれスポーツが得意な人、インドア派の方もいる。

人それぞれなのに、最近のゾンビ映画では、ゾンビになった途端、みんな一斉に走り出す描写が流行っています。

やはり一体一体、個体差があり、動き方も違うという表現をしっかりしようと思って、ゾンビの演出に気をつけました。

—–ゾンビになっても、それぞれゾンビには人生があるんですね。

佐藤監督:映画評論家でゆうばりプログラマーの塩田時敏さんにコメントを頂きましたが、「ゾンビはもはやホラーにあらず」です。

ある程度の設定を抑えれば、ゾンビは時代劇にも、西部劇にもなり得ます。

ロマンポルノのように確立したジャンルとして成立していると思います。

ゾンビでの描き方は、色々あっていいと思っております。

—–ゾンビには、様々な広がりがありますよね。ひとつの可能性も、無限に広がりますよね。

佐藤監督:ゾンビを描くことによって、人間だった頃の人生はどうだったのか?

そういう事を、突き詰められると思います。

ゾンビへのアプローチは、まだまだたくさんあると思いますし、これからですね。

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—–本作は、ゾンビを題材にしつつも、家族についての物語と、受け取る事もできますが、これはコロナウィルスや何らかの感染症に苦しむ姿と置き換える事もできますよね。本作において、監督自身が思い描く「家族像」は表現できましたか?

佐藤監督:あの家族は、ゾンビになる前はバラバラな家庭で過ごしていました。

娘は引きこもり、おばあちゃんは認知症を患い、お父さんは家庭のことに興味を示さない状態。

この家族の中で一番孤立しているのは、お母さんだと思うんです。

ただ、心がバラバラに離れてしまった家族が、ゾンビになる事によって、逆に結束していく姿を描いています。

私の視点で言えば、お母さんがこの作品の主人公だと思うんです。

一番家族の中で孤立してしまった救いのない環境に置かれています。

物語の中で娘から「一緒に逃げよう」と、言ってもらえたのが一種の救いになるのかなと。

家族としてはバラバラで、ゾンビになって結束したのはハッピーではないですが、それでも本質的な家族の本当の想いを少し表出できたのは、良かったと思っています。

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—–世間での「ゾンビ」の捉え方は、ホラー。ジョージ・A・ロメロ自身は、社会批判的な要素をゾンビに盛り込んでおられますよね。個人的に、「ゾンビ」とは生と死を表現しているのかなと思います。まさに、究極の死生観。監督自身、本作において、この死生観にはどうアプローチされたとか、ございますか?

佐藤監督:タイトルの『Dead or Zombie』の事ですが、普通ならば『Dead or Alive』が妥当ですよね。

「生か、死か」ですね。

でも、この題名は主人公の女の子がノートに書いてたように、自分で自分の状況を「Dead or Zombie(死ぬか、ゾンビになるか)』しかないと、この二つの間で思い悩みます。

生きておらず、死んだも同然の存在だから、死ぬかゾンビかしかない。

と思い込んでいる少女なんです。

その子に何とか、「Alive」を見出して欲しいと言う想いはあります。

—–とても前向きなメッセージが、込められているんですね。

佐藤監督:主人公の名前も早い希望と書いて早希(さき)と読みます。

それもまた、逆説なんです。

動けなくなり、希望を失くしてしまった子に対して、早い希望と書いて早希(さき)と名付けました。

少女の置かれている状況とは、逆の意味合いを持たせています。

—–この作品には、人間とゾンビ、生と死、そして明と暗と言うように、二項対立するようなあらゆる事柄が、作品の中枢に存在すると感じますが、映画を通して相反するこれらの事象を描くことで、何を描写されようとしましたか?

佐藤監督:100%の希望でなくていいんだよと、メッセージに込めました。

ただ、死か、ゾンビかしかない中、「Alive(生)」という選択肢がひとつあるぐらいの人生は続いていくと、作品のテーマに入っています。

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—–前作『湖底の空』では、自分を肯定できない人が世の中には多くいる中、手を差し伸べてくれる人が必ずいるという監督自身のお考えを作品に込めてお作りになられたとあるインタビューで仰っていますね。その自己肯定感を引き続き本作にも描いておられますが、本作ではどこに「自己肯定感」の要素を入れられておられますか?

佐藤監督:結局、ラスト場面では、主人公は希望を見出したのか?目標を見出したのか?少女は、ゾンビに押し出されるように、出ていく形になってしまいます。

それでも、家族に救われた命であるなら、前向きに生きようと思えて来るんです。

本来ならば、希望なんて、それぐらいの考えでいいと思います。

ほとんどの人は、目標に対して大きく設定している訳でもなく、生きている人ばかりです。

それぐらいの程度で、前向きに生きて行ければいいんじゃないかなと、思っています。

—–最後に、本作『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』の魅力を教えて頂きますか?

佐藤監督:ゾンビが登場しますが、ホラーでも、アクションでもなく、人間ドラマだと思っています。

また、役者の方がとてもいい演技をしてくれました。

ゾンビ映画ですが、人間ドラマの部分の役者さんの演技に注目して観て頂けたらと思います。

主演の倉島颯良さんは元さくら学院のアイドルの方ですが、非常に的確な演技をされる方なので、今後は俳優業に邁進して頂きたいと期待しております。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』は現在、2022年11月12日(土)より関西では大阪府にあるシアターセブンにて、公開中。また、11月13日(日)は舞台挨拶が行われ、佐藤智也監督と主演の倉島颯良さんが、登壇予定です。