ポップな狂気が広がる映画『#ミトヤマネ』
今や、世は高度情報化社会と言い括ってしまえるほど、どんな時でもネットが必要不可欠だ。何か物を買う時。誰かと連絡を取る時。演劇や映画、交通機関に関するチケットを購入する時。夜、眠る時。反対に、朝起きる時。私たちの生活基盤のどんな場面でも、パソコン、携帯電話やタブレットなど、ネットを媒介にしたツールが、今の私たちの生活水準の中で大いに活躍している。私達の隣りには、必ずと言っていいほど、ハイレベルなグローバル・ネットワーク社会が横たわる。でも、それが時に私達に牙を向けて、猛威を振るう時もある。本人の使い方であったり、または携帯の機種やアプリに問題があったり、一つ使い方を間違えれば、私達の味方にも敵にも、また有益な物から害悪な物にも成りうるという事を忘れてはいけない。ネットワーク社会が生み出した「デジタル」という産物は危険性を孕みつつも、現代社会の実用的な大体の部分を担う無くてはならない存在だ。利点と欠点には、どれほどの程度の差があるのだろうか?デジタル化が進む昨今、その利便性やメリットが求められるが、ネット社会への美点(※1)もまた考え方として持っていても良いだろうか。その逆に、デジタル文化は、悪の要素として個人レベルでも、社会レベルでも上手に利用され、多くのデメリット(※2)がある事も覚えていたい。たとえば、①信ぴょう性のない情報②情報の漏えい③著作権・プライバシーの侵害④匿名性の悪用⑤依存性の問題の5つのポイントが挙げられるが、これら5つの要素がより複合的に、より複雑化された結果、何が起きるかと言えば、まさに「犯罪」の坩堝へと加担して行く結末となる。たとえば、近年では、昨年末から今年年明けまで続いた全国連続強盗事件(※3)による闇バイトを覚えている人も多いだろう。特殊詐欺事件として大体的に報道されたこの事件の温床となったのは、Twitterやテレグラムと言った携帯アプリだ。また、ネット内での誹謗中傷による著名人の自殺事件も過去に起きている。今年には、りゅうちぇるさんの突然死(※4)や木村花の死(※5)は世間に衝撃を与えた。この問題は、芸能人や著名人だけでなく、学生や子供達の世界でも同様な事が今、起きている。特に、注目して報道されているのが、LINEイジメ(※6)だ。いわゆる、ネットいじめ(※7)を指す言葉だ。2010年代後半から世間でも頻繁に耳にするようにもなった。親や教師の手の届かないネットの世界でイジメが繰り広げられている現状は、いかにデジタル問題がより複雑化しているか、よく分かる事案だ。利便性の高い情報社会は、末端である子どもたちの世界に暗い影を落としている事を事実として受け入れて行くしかない。今年に入って、5月頃に政府がアプリやSNSでの誹謗中傷に関する非常に分かりやすい警告文(警戒文)(※8)を発表しているのも、もう単なる市民レベルの問題ではなく、国家レベルで問題を解決して行こうしている姿勢の現れでもある。
さて、毎度のことではあるが、冒頭から少し長くなってしまった。本作『#ミトヤマネ』は、ネット社会の恐怖と人間心理の歪さを巧みに描いたヒューマン・サスペンスだ。デジタル社会の深い闇に翻弄される女性の姿を描いているが、本作が作品の要素として用いている「ディープフェイク」技術(※9)が今、世界中で注目を浴びている。この技術は、AI技術を応用し、動画の中の人物の顔の一部を入れ替える技術をディープフェイクと呼ぶ。そんな映像技術をいち早く国内作品として取り入れた本作は、それだけで十二分に価値がある。ディープフェイク技術は、元はセキュリティ業界で使用されていた経緯を持っているが、それを応用して映像業界でも積極的に用いられるようになった昨今。映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター(2022)』やドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―(2020)』と言った大作、ドキュメンタリー問わず、あらゆる場面で多様化されているディープフェイク技術は、今後ますます頻繁に使用される映像技術として注目を受けている。前作の大作映画では、CGやIMAX、4Kと言った最先端技術として用いられている背景を伺い知ることができる一方、後者のドキュメンタリー映画では、作品の被写体となる当事者たちの人権を守るためにディープフェイク技術が選ばれている。使用目的はそれぞれに違いがあり、その時に合った使用用途として用いられているが、映像系に携わる関係者は挙って、この技術を多様化する未来が訪れるだろう。その一方で、ゲームや映画の世界で使用を採用されていたディープフェイク技術は、今では携帯のアプリでも簡単に入手でき、より一般化している背景もある。これを上手に使えば、一般社会でも有効活用できるかもしれないが、使い方を一つでも間違えば、先述しているイジメ問題や他者を誹謗中傷する際の格好の便利ツールとして若者世代から浸透して行く事も推測することもできる。ディープフェイク技術が、一体どんな目的で使用するかによって状況は変化して行くだろうが、果たして一般社会にまで、この技術が本当に必要になるのか、甚だ疑問だ。この技術の危険性と可能性(※10)は、前々から何度も議題として挙がっているのも事実だ。2017年に作成された「バラク・オバマ元大統領のフェイク動画」(※11)が、ディープフェイク問題の是非を最初期に問うた事案だ。ディープフェイクが、安全であるのか、危険であるのか、今後もますます議論がなされるだろうが、既にデジタル社会で言われているのがAIとAIと闘う日が近づいている。第一次AI戦争が、目前にまで近づいている。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で私達が、過去に夢見た理想の未来とは、少しかけ離れた近未来がすぐ目の前まで迫っている。その時、私達はどう対処するのか。まさに、人としての人間性が問われるAI戦争が、待ち受けている事を心しておきたい。
さらにもう一点、本作で取り上げるトピックで言えば、まだメジャーではないものの、日本の音楽シーンをラップで彩る女性ラッパーvalknee(※12)の楽曲を使用している点が、サスペンスフルな作風をよりポップにキュートに仕上げている。このvalkneeという女性アーティストを作中でチョイスするあたり、音楽関係に造詣が深い本作監督の才能が光る。この点は、手放しで賞賛できる利点だ。 特に、本作のオープニングに流れる楽曲『killing me』と劇中曲『Bet Me』は、脳天を貫き、脳髄を根こそぎ吸い取られるような感覚をデジタルコンテンツの空の中で味わさせてくれる破壊的な楽曲。2曲を同時に聴き比べして欲しい。
作中で初めて耳にした時は、久々に耳中に残る強烈な映画音楽に触れたと愕然とした。本作は、今を時点に近未来を描きながら、その社会で起こるであろう恐怖をスリリングに描いているが、その感情を誇張し増殖させているのがvalkneeの楽曲群。2つのプラスの要素が作品を昇華させているようにも錯覚させているが、この楽曲の勢いが私達の未来も、ネット社会、本作の良点でさえも、すべてを打ち消し、壊滅的なまでに殺傷能力を持ち、今起こるべくして起きているSNS社会の弊害に対して、力強くNOを打ち立てている。本楽曲が持つ訴求心こそが、高度情報化社会に生きる私達の日々の立ち振る舞いを否定し、私達自身を正道へと歩ませようとパワフルに奮起させてくれている。一度、社会人として社会生活を経験したvalkneeだからこそ、世の中の酸い甘いも見てきた彼女。最早、ラッパーという言葉が似つかわしくなく、一人の音楽アーティストとしての気概を持っていることを、本作の楽曲を通して世間に知らしめている。本作公開に合わせて、valknee本人からコメントが発表された。
valknee:「軽薄で忙しないタイムラインのように、幼稚なコメントが押し寄せるように、この作品は見る側にもじんわりと負荷を掛けてきます。翌日から皆さんのSNSライフは少し違った味わいになるかもしれません。」(※13)と、一部抜粋であるが、本作に対してコメントを寄せている。今のSNS社会の在り方に対する心情を解説として表現しているようでもある。また、本作を制作した宮崎大祐監督は、タイトルの由来を聞かれて、興味深い話をされている。
宮崎監督:「着想のひとつには、「#Me Too」というワードの響きでした。近代、資本主義の生む疎外が世界中の誰をも飲み込むというのがテーマだったので。あとは、しばらく英語タイトルが続いたため、今回は機械的で記号のような文字配列にしたい思いがありました。構想していた時期に、川崎フロンターレの試合をよく見ていて、山根未来(ヤマネミキ)と三笘薫(ミトマカオル)が好きだったのも影響したかもしれません。遡ると、そもそものタイトル案は『インフルエンサー』、通称「インフル」でした。感染・拡散とコロナ禍の社会を重ねた呼称と言いますか。撮影の直前までそれで進めていたけど、すでにそのタイトルの映画があったし、人名タイトルの『カスパー・ハウザーの謎』(1974/ヴェルナー・ヘルツォーク)や『リチャード・ジュエル』(2019/クリント・イーストウッド)などからもインスピレーションを受けて変更しました。映画の完成後に見た、同じく主人公の名前をタイトルにした『TAR』(2022/トッド・フィールズ)はある種のインフルエンサーが失墜する物語で、内容も近くて同時代性を感じましたね。」(※14)と話の最後には、映画『TAR』との時代性について言及しているが、SNS社会が抱える問題は最早、世界共通言語であるかのように、私達の日常の何気ない風景の中に溶け込んでいる。既に、特別視してはいけない存在なのが、現代の情報ネットワーク社会だ。
最後に、兼ね兼ね、ネット社会は身近な存在でもある。ここ10年、20年の間に、社会は大きな渦の中、変革を求められて来た。それが、まさに高度情報化社会そのものだ。今や、ネット社会は急成長を遂げつつあり、取り残されているのは私達大人世代だ。今を生きるZ世代(※15)は、ネットの操作に長けている反面、まだ上手に使いこなせているようには見えない。それは、私達青年層からシニア層含め皆、ネットやSNSに対する対応がギクシャクしている。若い世代から年配の世代まで、今の日本社会は一様に、私達は機械に支配された社会を生きている。携帯片手に、SNSの世界を楽しんでいるようでもあるが、それは大きな錯覚だ。私達は今、機械やネットに踊らされながら、ただ生きている。機械の手中の中で、その掌の上で私達は機械をコントロールしている。支配しているように見えて、支配されている側である事を意識しなければいけない。そのために、まず何をしなければいけないか。それは、大人も子どもも皆関係なく、もう一度、一から再度、ネットリテラシーについて習得する必要があるが、ただそれだけでは何の効果も産み出さない。再度、ネットやSNSに歩み寄る必要があり、支配される側から支配する側へと意識が移行した時、この高度情報化社会の様相にも変化が訪れるだろう。そのために、私達が今、何ができるのか、熟考する必要がある。
映画『#ミトヤマネ』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)【すぐ分かる】デジタル化とは?メリットとデメリットも解説!https://www.stock-app.info/media/digitalization/#:~:text=%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E5%8C%96%E3%81%AF%E3%80%81%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%8C,%E5%A4%9A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2023年9月4日)
(※2)インターネット利用のデメリットは?5つの問題点とその対策を解説
https://hikkoshizamurai.jp/soldi/articles/internet-demerit/(2023年9月5日)
(※3)ルフィ事件はなぜ防げない? 特殊詐欺の課題と対策を専門家に聞いたhttps://nikkan-spa.jp/1926108/2(2023年9月5日)
(※4)やまぬ芸能人への誹謗中傷が問うTwitterの功罪ryuchellさんの死に改めて考えるSNSの攻撃性https://toyokeizai.net/articles/-/686733?display=b(2023年9月5日)
(※5)ネットの誹謗中傷は減るのか? 木村花さん死去で加速した侮辱罪厳罰化への動き、母・響子さんと共に戦う弁護士の懸念https://www.oricon.co.jp/special/59022/(2023年9月5日)
(※6)中学「集団LINEいじめ」に奮起した父の実話男女24人の陰湿なやり口、学校の対応は…https://toyokeizai.net/articles/-/179419(2023年9月5日)
(※7)小学生【ネットいじめ】は閉ざされた世界、我が子の体験談と親ができる対策とは?https://brava-mama.jp/2019041694616/(2023年9月6日)
(※8)あなたは大丈夫?SNSでの誹謗中傷加害者にならないための心がけと被害に遭ったときの対処法とは?https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202011/2.html(2023年9月6日)
(※9)ディープフェイクについてAIを研究する弊社が解説!https://crystal-method.com/topics/deepfake/(2023年9月7日)
(※10)ディープフェイクとは?可能性と危険性を秘めた新技術を徹底解説!https://www.sungrove.co.jp/deep-fake/#:~:text=%E3%81%8C%E5%88%86%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-,%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%81%AF%E5%8D%B1%E9%99%BA%E3%81%AA%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B,%E5%8D%B1%E9%99%BA%E6%80%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%82(2023年9月7日)
(※11)AIで進化する「ディープフェイク動画」と、それに対抗するAIの闘いが始まった(動画あり)https://wired.jp/2018/09/14/deepfake-fake-videos-ai/(2023年9月7日)
(※12)valknee | 嫌いなものに立ち向かうために、好きなもので強くなるhttps://chorareii.com/jp/valknee-become-strong-with-what-you-like-to-confront-what-you-dont-like-jp/(2023年9月7日)
(※13)valkneeが映画主題歌担当、SNS社会の恐ろしさ描いた玉城ティナ主演作https://natalie.mu/music/news/530290(2023年9月7日)
(※14)『#ミトヤマネ』 宮崎大祐監督ロングインタビュー(後編)https://kobe-eiga.net/special/1377/(2023年9月7日)
(※15)Z世代とは何歳から?年齢や意味・特徴を簡単に・わかりやすく解説!https://www.job-terminal.com/s/features/Z%E4%B8%96%E4%BB%A3/(2023年9月7日)
(※16)ネットリテラシーとは?ネット犯罪増加の時代に求められる知識とスキルhttps://eset-info.canon-its.jp/malware_info/special/detail/221108.html(2023年9月7日)