映画『夢見るペトロ』併映作品『いつもうしろに』「今すぐ決める必要はない」田中さくら監督、紗葉さんインタビュー

映画『夢見るペトロ』併映作品『いつもうしろに』「今すぐ決める必要はない」田中さくら監督、紗葉さんインタビュー

16mmフィルム独特の質感が、物語と溶け合う映画『夢見るペトロ』併映作品『いつもうしろに』田中さくら監督、紗葉さんインタビュー

—–映画『夢見るペトロ』の制作経緯を教えて頂けきますか?

田中監督:この作品は、私が所属していた映画サークルの最後の作品として作ろうと、私が企画を立ち上げました。    撮影監督の古屋幸一さんに16ミリフィルムの余りがあるから、短編で一緒に撮らないかとご提案を頂いたんです。この映画は、16ミリフィルムで撮ることを前提にして脚本を書き始め、撮影を行いました。編集は、社会人になってから東京でずっとしていました。結局一年かかり、関係者の方に急かされながらも(笑)、無事完成に至りました。作品の完成まで、最低でも3年はかかっています。

—–16ミリを前提で脚本を書くとはどういう事でしょうか?

田中監督:私も16ミリという存在がどんなものか、過去に観た映画の中での知識しかありませんでした。所属していたサークルには映画の専門知識を持った講師などもおらずフィルムの知識はほぼありませんでした。観てきたフィルム作品を思い出しながら、様々な表現を模索しました。幻想的で寓話的な物語の発想は、フィルムからヒントにもらった気がします。

—–デジタルで撮る時とフィルムで撮る時とでは、尺を考える必要もあると思います。デジタルとフィルムの違いを考慮した上で、シナリオ執筆をする必要があると思います?

田中監督:尺の問題は確かにありました。古屋さんからは、10分間ぐらいのフィルムが余っているとお聞きしていました。ただ、脚本を書いて行くうちに、30分ほどの物語になってしまったんです。フィルムは高価なものですので、ナイトシーン(※1)を極力減らすなど限られた日数や時間で撮り切れるよう脚本の段階で気を配りました。

—–映画『夢見るペトロ』は、失踪した兄を探す物語ですが、私はこの作品を「喪失」という言葉を連想させる事ができました。この「失踪」や「捜索」をヒントにした時、この作品に何か深層心理があるとすれば、それは何でしょうか?

田中監督:観てくださる方それぞれの環境に引き寄せて、観て頂いけるのが一番です。ただ、この映画のキャッチコピー「あらゆる境界線とその曖昧さ」という言葉がキーになっているとは思います。全編を通して、現実なのか、幻想なのか、二つの選択肢の境界線で揺れ動く心情を表現しています。私は以前からどれか一つを選べなくてもいいと、選べない心情を肯定したいとずっと考えていました。折り合いを付つけようとすればするほど、付つけられない事が多くある世の中。本作を通して、そんな気持ちをそっと肯定できたらと、思っていました。

—–映画『夢見るペトロ』の主人公さゆりと言う女性は、兄を探す人物ですが、    劇中では「逃げた」話ではなく「消えた」話として物語が進んでいますが、この「消えた」という言葉が示す意味とは、なんでしょうか?

紗葉さん:インコは、物語の中では実際には出てきていません。空っぽの鳥籠だけが登場します。本当にいたのか分かりません。さゆりが大好きだった兄が結婚する事によって、兄の存在が自身の元からいなくなったと思ってしまう。その喪失感を失踪したインコや空っぽの鳥籠に例えているのだと、私は思います。逃げたのではなく消えたという点に関してさゆりの兄が自身の元から消えてしまう事実を指していると解釈できます。

—–何かを探したり失くす行為は、自身の中の足りない何かを補おうとしているように感じられます。もし何かを補おうとしているのであれば、さゆりは自身の何を探していると思いますか?

紗葉さん:恐らくさゆりは自身の中の兄の存在を探しています。それが、結婚という行為によって、遠くに行ってしまう喪失感によって心が成長しようとしています。前に進んで行かないといけない状況がさゆりにとっての自分探しです。大事な人がいなくなる事実から自身が成長して行くための通過点だと思います。

—–この作品の主軸は、消えた兄を探す物語ですが、物語の主題は兄の結婚による主人公の喪失感や焦燥感をインコで表現した作品と感じます。監督にお聞きしますが、なぜ鳥という存在をフックにして、作品を描いたのでしょうか?

田中監督: 本作は、ファンタジーの要素を含みます。それは、私がおとぎ話や昔話にも真実があるように感じたからです。「映画」という手段を選んでいるなら、現実の模倣ではなく映画にしか出来ない事をしたいと思っています。そして同時に「言葉」ではない表現方法を手段として持っているのであれば、使わない手はないと…そうしてこのような作風になったと思います。

—–併映作品『いつもうしろに』は、断捨離と言う過去の思い出と決別する男性を描いていますが、監督は自身と重ねて、作品に断捨離を取り込もうとした理由は、なんでしょうか?

田中監督:私自身、物をどんどん捨ててしまうところがあるんです。未練タラタラな作品を作っておきながら、平気で思い出の品も捨ててしまうときがあって。ショウタと同じように、思い出さないようにとよく捨てていました。でも、忘れたいこと、忘れたくなかったこと…色んな物を抱えて前に進まなければなりません。過去の自分に対して、今の自分が責任を取る必要があり、今の自分は、未来の自分のために責任を持って生きていかなくてはならないと、「過去」「現在」「未来」が地続きであることをはっきりと自覚した瞬間がありました。これが本作を作るきっかけになりました。

—–作中に、着ぐるみのパンダを登場させる事によって、作品で何を表現しようとされましたか?

田中監督:着ぐるみのパンダはショウタが小さい頃から持っているパンダのぬいぐるみですが、この着ぐるみには幼少期のショウタを投影しました。幼少期を共に過ごしたぬいぐるみには、幼少期のショウタの時間が染みついている。そんなぬいぐるみ=着ぐるみのパンダを無下にする意味とはなんだろう、ショウタがそのパンダから逃げる理由とはなんだろう…と。

—–過去や断捨離が、すべてパンダと言う存在に集約されているという事に気付かされました。ショウタ自身が、自身の過去とどう向き合うのか。ショウタ自身の生き写しがパンダで、彼らは合わせ鏡のようです。あのパンダと向き合う事が、ショウタ自身と向き合う事に直結して行くと捉えました。

田中監督:まさにその通りです。自分自身とどう向き合うのかによって、彼の人生は変わります。いつの間にか押し入れに追いやられたパンダは、ずっと押し入れの襖の隙間から彼に触れたいと願いながら、じっと見つめていたと思います。

—–田中監督は、あるコメントで「日々の暮らしをそつなこなしても、忘れていた小さな孤独や寂しさに飲み込まれてしまう事がある。今の自分も昔の自分も、苦しい思いをしている人がいる」と話しておられますが、この作品『夢見るペトロ』において、孤独や寂しさとは、なんでしょうか?

田中監督: 「大切な人が遠くに行ってしまう」というところだと思っています。その喪失に気づくことすらできておらず、まだ受け止める事すらできていない少女の心情がこの作品における孤独や寂しさではないかと思います。

紗葉さん:田中監督が仰ってたように、さゆりの喪失感や焦燥感を理解する事でした。どこかで分かっているつもりですが認められない自分がいます。認めないといけないけど進むには体力も必要なって来ます。普段、私達が生きていく中で実際に感じるような等身大の女の子の孤独や寂しさを感じながら撮影に臨ました。

—–また、「自身の中に抱える一見小さく、誠実な悩みを抱えた人物を描き…映画『夢見るペトロ』が一歩前に進もうとする物語」であるとお話されていますが、本作が前進しようとする人に与える影響力は、なんでしょうか?

田中監督:反対に、一旦進まなくてもいいと思います。いま決める事でもないかもしれない。前に進めない自分のことも素直に見つめてみてほしいです。

紗葉さん:今の私の世代や下の世代の方々の話を聞いていると夢や目標を持てない子が多くいます。この作品はありのままの姿でいいんだよと受け止めて欲しいです。また、将来を見えている子が隣にいると自分は何もできないと思ってしまう子が多いと感じます。今すぐ決める必要はないと感じさせられる作品と私は解釈しています。

—–最後に、短編映画『夢見るペトロ』が今後、作品に対しての展望はございますか?

田中監督:短編作品はなかなか映画館で上映してもらえる機会は少ないと思いますが、映画館で観るにふさわしい映画だと強く思っています。ぜひ色々な映画館で上映していただくことでこの物語が一人でも多くの方に届いたら嬉しいです。

紗葉さん:作品が完成した時、限定公開でデータを頂きました。パソコン上で拝見し、その後映画祭でも鑑賞しました。パソコン上で観たのとスクリーンに投影されたものでは印象がまったく違い、自分でも本当にビックリしました。配信のプラットフォームが多くある中、この映画は映画館に足を運んで頂いて観て頂きたい作品だと感じています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

映画『夢見るペトロ』併映作品『いつもうしろに』は現在、関西では「田辺・弁慶映画祭セレクション2023」内にて9月1日(金)よりシネ・リーブル梅田で上映開始。

(※1)映画・映像 業界用語辞典 「ナイトシーン」https://tf-tms.jp/glossary/getword.php?w=%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3(2023年8月16日)