映画『はこぶね』「様々な価値観が、世の中にたくさん溢れている」大西諒監督インタビュー

映画『はこぶね』「様々な価値観が、世の中にたくさん溢れている」大西諒監督インタビュー

“視覚に頼らない世界”の在り方映画『はこぶね』大西諒監督インタビュー

©空架 -soraca- film

©空架 -soraca- film

©空架 -soraca- film

—–映画『はこぶね』の制作経緯を教えて頂きますか?

大西監督:制作経緯ですが、2019年に僕が映画美学校に通っていた頃から遡ります。2020年に卒業して、同年に短編作品として、この映画のシナリオを書きました。コロナが流行り始めた2020年の4月に緊急事態宣言が発令した時、まだ普通に撮影できるかなと思って、短編のオーディションを行いました。脚本も書き上げて、応募を始めたんですが、その時に応募して下さったのが、木村知貴さんでした。他の役柄に対しても、様々な方に応募して頂けましたが、その時には既に、この先、コロナや緊急事態宣言の影響で撮影できないと実感していました。映画を撮る撮らないの次元ではなく、世界の価値観が変わってしまうのではないかというタイミングでした。それでも、オーディションは進めました。木村さんは、映画『枝葉のこと』で知っておりましたので、その時から素晴らしい役者の方だと感じていました。僕は学校を卒業したてで、校内でしか作品を作った事がないレベルの監督でしたので、経験のある方に出演して頂いても良いのか悩みました。ただ、木村さんの佇まい含め、お芝居は改めて、素晴らしかったです。彼の演技に惹き込まれたにも関わらず、世間は緊急事態宣言下になり、撮れない環境になってしまったんですが、木村さんから本作を短編ではなく、長編として制作して、作品を評価して頂くよう提案して頂けました。短編映画で評価されても、その後に長編映画にシフトチェンジするのは、監督として難しいケースもあります。この題材が凄く良いと褒めて頂き、長編で作った方がいいとアドバイスを受け、長編としての制作が始まりました。

©空架 -soraca- film

—–若手の僕らからすると、中途障害という題材は難易度が上がりますが、なぜ、このテーマをお選びになられたのでしょうか?

大西監督:きっかけの話で言えば、美学者の伊藤亜紗さんの本を読んだからです。この方は、人間の身体に纏わる多くの書籍を出されています。例えば、吃音症や視覚障害に関する身体的特徴を題材にした書籍を書いています。意志とは別に動く身体や、それぞれの身体の違いについてです。人が、それぞれに何をインプットしているのか、身体を使ってどうアウトプットしているのか、その違いを対象者にインタビューしていく書籍など、書いています。その中の一冊『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(※1)が、非常に興味を惹かれる内容になっているんです。目の見えない方は、身体を使って世界を見ているのかと、多くの発見がありました。視覚障害者の方は人それぞれだと思うんです。健常者同士も身体の使い方が同じなのか、見ている物が一緒かどうかなんて分かりません。人それぞれ、世界を違った色として認識しているんだと思います。だから、僕は人の身体に関心を持ったのが、ウェイトとして非常に高かったと思います。

—–タイトル『はこぶね』ですが、ここから連想するのはキリスト教の聖書に登場する「ノアの方舟」が頭に浮かびます。この「はこぶね」には、どのような意味があり、また物語とどうマッチさせていますか?

大西監督:タイトルの『はこぶね』は、おっしゃられた通りの意味のニュアンスがある前提で付けました。題名に関しては、最後の最後まで悩み続けました。様々なタイトルを考えましたが、個人的にしっくり来たのが「はこぶね」というタイトルでした。自分の何を活かすのかは、自分自身で決めるのが大切だと思っているんです。「ノアの方舟」は、神に命じられて舟を作って動物と共に生き延びる話ですが、これを作品に落とし込む時、辛いことがある中、自分自身の何を活かすのか、それを自分で決める必要があると考えています。元の意味からは、少し湾曲はしていますが、僕にはそんな印象を受けて、題名として採用しました。

—–私自身も「ノアの方舟」については深くは知りませんが、洋画『ノア 約束の舟』も踏まえて考えた時、「ノアの方舟」は終末論の中、自分たちが生き残るには、キリストがあの船の作る指示をして、人間だけでなく動物も植物も皆、あの船で命拾いするという理想論ですが、映画『はこぶね』から連想するのは、障害者も健常者も、皆同じ人間で、地球という方舟の中で一緒に生きていると、受け取りました。

大西監督:それは、非常に嬉しい解釈です。

—–こんな受け取り方も一つ、できるのかなと感じました。お互い人として、人を見れる世の中になれるような気がします。それが、本作『はこぶね』の中にも入っている気がします。

大西監督:だから、自分の内面の世界として「はこぶね」として捉えることもできる反面、世界全体として捉えることもできますよね。非常に嬉しい発見ですね。

©空架 -soraca- film

—–冒頭の導入部分である、音楽は非常に印象的ですが、作品の掴みはあれだけでバッチリでした。音楽に対して、何か拘った事はございますか?

大西監督:音楽は、実は撮影担当の寺西涼さんが担当しました。この方は、僕の映画美学校時代の同級生です。彼は監督も、撮影も、音楽も作曲できる多才な人です。この彼が、本作でも音楽を担当してくれているんです。音楽の趣味が僕と非常に近くて、何度も話し合って、場面に合った音楽を決めて行きました。ただ、冒頭の楽曲に関しては、完全に彼から提案して来てくれた曲です。あの場面で、どんな音楽を付けるかは、彼からのアイディアです。

—–あの音楽は、素晴らしかったです。恐らく、映画祭側も映画を観る時は最初の5分から10分のみ。審査員の方々も、まず最初の場面で惹き込まれたと感じました。音楽と海辺、水っぽい音色、この演出は言葉を無くします。

大西監督:冒頭の水辺のシーンを、「水面」や「揺れる」というワードを使って感想を頂けました。あの最初の場面は、印象として残ってもらう事が多いですね。あの音楽は、絶妙でしたね。音の厚みは、すごく良かったです。

—–私自身が本作で気になったのは、場所やロケ地です。まず、ロケ地が港町ですが、視覚障害者と漁港の関係性を、監督はこの作品でどう捉えていますか?例えば、都会でも山間部でも撮影はできたと思いますが、港町で視覚障害者の世界を描く理由はなんでしょうか?

大西監督:場所に限らず、視覚障害者に限らず、どこにでも人は住んでいますよね。今回のケースでは、なぜ西村が港町にいるのかをイメージした時、彼には釣りをしている印象を持っていました。彼が釣りをしているのは、ある種、それがコミュニケーションの一つです。そのモチーフが生まれた時、まずは海辺の近くに住んでいる設定が自然と浮かびました。そして、港町へと舞台設定を変更して行きました。

©空架 -soraca- film

—–海辺を設定する事によって、彼の特性や性格が作品に影響し合った、また何か彼の特色が上手にマッチしたと思えますか?

大西監督:結果的に、改めて、僕自身が何を作り表現したかったのか、後から気づくことが多くありますよね。僕の普段の釣りも同じで、釣りをする時は、頭空っぽにもできますよね。改めて、五感は今しか感じないですよね。聴覚も視覚も、味覚も肌の感触も、どれも何を感じるのかは、ネットを通さない限り、現在の情報をライブ感で感じるしかありませんよね。今ここにある、自身の身の回りの情報のみを取捨選択する事だと思います。これは、コミュニケーションのただの手段に過ぎず、彼は釣りをする時、全神経を集中させないといけないんです。過去や未来に関係なく、今この瞬間の何もかもを捉える感覚が、面白く感じました。それが、この作品における非常に大切なモチーフにもなっています。港町として舞台が決まった後でも、主人公の西村にとっては楽な事はほとんどありません。美しい港町でありながら、彼には視覚では見えていない現実があるんです。この二面生のある両面を表現しつつ、同時に田舎特有の閉塞感みたいなものを感じられる、その二面生がある町に住んでいる所からイメージを膨らませて行きました。

—–この作品は、どこかの町と言及しておらず、ある田舎町が舞台という設定上、地方には地方の様々な問題があると公式で書かれていますよね。障害者の問題、介護の問題、地方の疲弊感、人口の減少など、田舎や地方特有の問題がたくさんあると思いますが、今ある現実と視覚障害を融合させた時に生まれるエッセンスとは何でしょうか?

大西監督: 諸問題を作品のために意図して融合させた、つもりはないです。また、この映画で何か特有の問題を、物凄く深堀りしたとも思っていないんです。視覚障害や介護、地方の疲弊感にフォーカスした訳ではなく、一様にただ人生が儘ならない部分が多くあると思っています。その儘ならなさとは、色んな形があり、人それぞれですが、それでも皆、それぞれの儘ならなさを抱えている事だけを、描いたと思います。組み合わせて何かが生み出される事を狙ったよりも、それぞれの儘ならなさを受け入れる必要があると考えていました。

—–その儘ならなさが、作品に何か作用している事は、ございますか?

大西監督:儘ならない中で、自分は何にフォーカスする事です。それこそ、自分自身の人生にも当然、様々な儘ならない事があります。それに引っ張られるのか、また何にフォーカスするのかは結局、自分次第という点が大事なところです。それが、気になっているからこそ、儘ならないものをテーマに作品を作っているんだと思います。それが大前提の上で、何にフォーカスするのかに重要視していますので、この作品のテーマと非常に密接に関わっていると思います。

—–大西監督にとって、監督が考える「儘ならなさ」とは、何でしょうか?

大西監督:自分の人生が、思い通りに行かない事です。こんなはずではなかったと、当然思うこと事もあるでしょう。作中の西村であれば、自身の視力を失ってしまった事。他者との関係が、上手く行かない事も含まれますよね。

©空架 -soraca- film

—–この映画の場所の設定がある漁港ですが、ロケ地は神奈川県真鶴町(※2)がメイン。全国に港町は数え切れないほど存在しますが、この場所を撮影地として選ぶ事によって、作品や登場人物、視覚障害に対して何を表現できたと、今は考えておられますか?

大西監督:真鶴町は美しい町で、個人的に好きなんです。作品を作り上げる上で大事だったのは、美しく見える一方、角度を変えれば閉鎖的にも写ってしまう事もあります。真鶴町は、非常に小さい港です。町の周りを山が囲み、海もあり山もあり、自然がいっぱいあります。この点に関して言えば、本当に見方次第なんです。地理的に見れば、閉じているようにも見える反面、オープンでもあります。非常に二面性のある町ですが、僕はその二つの局面をずっと感じていました。

—–海の景色、山の景色、それぞれ違いますよね。場所や視点によって、町を写す風景は違って見えますよね。でも、過去に真鶴町を舞台にした作品は、なかったと思います。

大西監督:同じ田辺・弁慶セレクションで、一緒に入選している映画『明ける夜に』は、実は真鶴町で一部、撮影しています。真鶴町では、フィルム・コミッションもできているようで、今後、あの場所をロケ地に選ぶ作品が増えてくると思っています。

—–本作で、監督が主題にされている「視覚に頼らない世界の在り方」とは、これに対して、監督はどのようなお考えをお持ちでしょうか?

大西監督:先程の儘ならなさのお話と近くなりますが、僕自身がうつ状態になっている時は、過去に囚われている時です。変えられない過去が、そこにあります。この後、囚われた過去と同じような未来があるのだろうという気持ちに気を取られているんです。少し前の話題で、五感のお話をしましたが、本来それで感じ取るものは、今ここにあるものだけの情報を感じているんです。つまり、五感を研ぎ澄ますという事は、過去に囚われ未来を想像するのではく、今この瞬間の事を感じる事が重要です。なので、僕が取り上げる「視覚」を非常に重要視しています。後になってから、気づけるようにもなりました。結局、五感を澄ます事は、今ここの現実を生きるのである事と、非常に密接に関わっています。五感に関して、取り組みたかった事です。「知覚に頼らない世界」と「視覚に頼らない世界」が、イコールになる可能性もあると思いますが、一先ず、五感を澄ます事です。視覚を紛失しても、他の感覚で物を捉える事はできます。

—–「視覚に頼らない世界」について、自己解釈すれば、目に見えているものだけではないと思っています。目に見えているものだけを信じるのではなく、五感で感じるものが頼れるものであると。

大西監督:好きなラッパーのリリックで、「空から垂れている一本の雲の糸が愛であるなら、それが、あるかないかは、信じればあり、信じなければ、ない」という歌詞がありますが、そういう価値観は本当にたくさんあると思うんです。友達関係の中に友情があるかないかは、本人があると思うのか、ないと思うのかで、状況は変わってきます。こんな価値観は、世の中にたくさん溢れていると思うんです。だからこそ、目が見えない人は、その先に何があって、何がないのかに対して、非常に幅が広がるんだと思います。

—–私は、あると強く信じたいです。良く言われるのが、視覚障害者の方が見えなくても、「見えるんだよ。この手で見えるんだよ。」って凄い話だと思うんです。それはもう、私達の住む世界の価値観を越えた場所にある考え方だと思います。自分たちの価値観では測れない世界で、それを私達の狭い視野を通して、何でも無いとは言いきれないと思います。視野の狭さが悪いのではなく、心の器の狭さが問題だと思います。こんな事を私達は学ぶ必要があると思っています。

—–最後に、映画『はこぶね』が今後、どのような道を歩んで欲しいとか、作品に対する展望はございますか?

大西監督:まず、この作品を出演者の木村知貴さんの代表作にしたいと、考えています。これは、ずっと言い続けています。木村さんは、非常に繊細な方だと思っています。この作品を通して、彼の繊細な部分を引き出せて、それが皆さんに伝われば、すごく嬉しく思います。そんな役柄は、木村さんにとって、多くはなかったと感じています。それこそ、改めて、木村さんの代表作になれれば、僕は非常に嬉しいです。一方で、元々、この作品は誰に言われた訳でも無く、自分が作りたくて作ったような作品です。たくさんの方々に観て頂くのが少し恥ずかしくも感じますが、やはり木村さんの代表作になるようにしっかり宣伝できればと思っています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©空架 -soraca- film

映画『はこぶね』は、関西では9月1日(金)よりシネ・リーブル梅田にて、公開予定。

(※1)目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)https://bookmeter.com/books/9696274(2023年8月2日)

(※2)真鶴町https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/(2023年8月3日)

(※3)神奈川県真鶴町/真鶴町と美の基準~「変えない」が価値となる共通言語~https://www.zck.or.jp/site/forum/19343.html(2023年8月3日)