ドキュメンタリー映画『ハマのドン』「横浜市民は諦めなかった」松原文枝監督インタビュー

ドキュメンタリー映画『ハマのドン』「横浜市民は諦めなかった」松原文枝監督インタビュー

2023年5月10日

ドキュメンタリー映画『ハマのドン』松原文枝監督インタビュー

©Tiroir du Kinéma
©テレビ朝日

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—–はじめに、本作が取り上げるカジノ誘致問題に際してですが、この問題に対して、監督自身はどのようなお考えをお持ちでしょうか?監督としてではなく、個人としてお話頂くことは可能でしょうか?

松原監督:なぜ、カジノを誘致するのか?

政府は観光産業をこれから、国内の成長力にするんだと。

だから、カジノを作るんだと言っている訳ですが、成長力と言うのは付加価値を生み出すことで、カジノの誘致でどういう付加価値を作るのか?

それこそ、映画の中で横浜市民が、住民説明会で言っていましたが、カジノは市民の不幸によって儲かる訳です。

市民が刷ったお金で儲けて、利益を生み出すんですよね。

でも、経済成長と言うなら、本来であれば日本が得意としてきた技術力、半導体や再エネなど、これからの社会が求めるAIやGXなどの分野で付加価値を生む産業を強くする。

他にも医療の分野では、例えば癌の世界ならば、創薬で日本は進んでいる分野もありますから、こういう領域を伸ばしていくなど、次の時代を作る産業を作っていく。

半導体も再エネも残念なことに、今は地盤沈下してしまった。

しかしこうした技術力、サービスでも持ちろんいいですが、そこで付加価値を生み出し、利益を生み出せば、雇用だってできるしそうすれば、財政を持ち直すこともできます。

成長産業を育てる努力をせずに、外資が来てくれて手っ取り早く儲かるからと、人の金、懐に手を出すと言うのは本末転倒ですよね。

さらに、カジノは依存症や社会の荒廃が起きることが最初から分かっています。

それをなぜわざわざやる必要があるのか?

知恵も工夫もない怠慢ではないかと思います。

映画の中で登場したカジノ設計者の村尾さんが言うように、カジノはマカオにもある、シンガポールにもある、ラスベガスにもある。

やりたい人は、その場所に行って、楽しめばいいと思います。

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—–本作『ハマのドン』は、テレビのドキュメンタリーとお伺いしていますが、この度、映画として再度、編集し直して、上映する運びとなった経緯を教えて頂けますか?

松原監督:番組の放送後、視聴者の方から反響が大きくありました。

ドキュメンタリーの放送は、時間帯が早朝のため、視聴者の方からの声はそれほど多くないのです。

10件もあれば、多い方です。

私は報道ステーションを担当していましたが、報ステは視聴率も高いですが、視聴者の声は多い時で40-50件、普段は30件位です。

ところが、ドキュメンタリー番組『ハマのドン“最後の闘い”  ─ 博打は許さない ─』(※1)を放送した時は、211件のご意見、感想を頂きました。

これだけたくさんの声を目の当たりにして、驚きを隠せませんでした。

視聴者に、何か共感できるもの、心に刺さるものがきっとあったんだろうと思います。

権力側にいた藤木さんが最高権力者に対して立ち向かった、権力者側にいれば、負ければなおさら返り血を浴びる。

相手は最高権力者です。

補助金もあれば、許認可もあれば、税制も握る。

藤木さんからすれば、事業に嫌がらせを受ける、不利益を被ることは予想されます。

それでも、闘いを挑んだ。

その捨て身の行動に多くの人が、心動かされたのだと思います。

当時は、異論を言えば、霞が関の役人は飛ばされ、自民党であれば閣僚に付けずに冷や飯食い。

もの言えば唇寒しのような風潮が広がる中で、ものを言う姿勢には勇気を与えられます。

今もその空気は続いています。

それをものともせず、闘いを挑んだ。

その闘いの姿勢を伝えたいと思い、番組にしました。

さらに、藤木さんの行動が、人の心を動かし、力が連鎖していく。

カジノ側の人物も、自民党の長老も動く。

市民の力とも融合していく。

その力の連鎖を共有したい、そういう思いで映画化しました。

—–テレビのドキュメンタリーと映画版のドキュメンタリーとでは大きく違いますが、作品が観客に対して何か効力が発揮するなら、何だと思いますか?

松原監督:立ち止まって考える時間が、違うのだろうと考えます。

観てより深く考えてくれるだろうと、信じています。

テレビは一過性なので、どうしても情報が上書きされて行きます。

通り過ぎていくのです。

でも、映画は自ら足を運んで観て下さる、そこで考える時間を作る、その場に集まる人たちと共有できる空間を作るのだと思います。

日々、様々な事柄が出ていく中、一つ立ち止まる時間を共有してもらいたいと言う思いが、この作品や藤木さんの中にあります。

—–「ハマのドン」と呼ばれる藤木さんが、政治家として反対意見を述べ、戦う姿は勇ましく見えましたが、この方の生い立ちや背景が今の行動にも繋がっていると思いますが、これらの事を踏まえて、監督の目から見て藤木さんをどう映りましたか?

松原監督:藤木さんは、当時91歳でした。

今年で93歳を迎えます。今も尚、現役です。

今でも力のある言葉を発していますが、この人はどこでも誰に対しても同じ対応で、人を区別しません。

人を大事にする、地域を大事にする、社会を大事にするという姿勢がいつもあります。

今は、意見が違えば、或いは異論を唱えれば、敵だ、見方だと分断する。

でも、本来の保守とは、異論をも巻き込む、幅の広さ懐の深さ、包容力がありました。

藤木さんは、古き良き保守を体現していると思います。

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—–カジノ誘致問題は、賛成派と反対派が大幅に分からており、市民にまで議論が行われていますが、その問題には賛成派なら「経済回復」、反対派なら「治安悪化」と言われていますが、もう少し掘り下げた時、より根本的な理由があるとすれば、それはなんでしょうか?

松原監督:、人が刷ったお金で儲けようとする哲学と言うか、倫理の問題でしょうか。

これは、先ほども述べましたが、人の不幸で付加価値が生まれると言えるでしょうか。

経世済民、世を経め、民を済う、社会をより良くするための経済回復、経済成長であるべきだと思うので、根本の理念から問われていると思います。

もう一つは、経済成長が回復すると言いますが、本当にそうなのか懐疑的です。

多大な増収効果があると言う数字を出していますが、横浜市は過大な数字だったと検証報告として公表しています。

事業者が独自で一方的に算出した数字なので、そこを検証すべきですし、信用性は問われるべきです。

—–具体性がなく、表面だけの施策ですね。

松原監督:横浜市は、それが間違いだったと認めた訳です。

市が認めているのは、非常に大きい事です。

事業者が出している数字は、大きく下振れリスクがあると発表しましたが、横浜市という公が事業リスクを認定したと言うことで、事業者が出す数字が信用できないと言う証左となります。

IRは民設民営としながら、土地の液状化対策として790億円もの税金を注ぎ込もうとしている。

市民が損しているんです。

儲かるどころか、市民の税金がむしり取られている、今後実施協定が結ばれますが、さらに負担を強いられる可能性があり、そこを監視しなくてはいけません。

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—–法律でカジノ法案が、可決されたのは安倍政権でしたが、今回の問題は「アベノミクス」(※2)における弊害という一面も見受けられますが、今になって思うのは、この「アベノミクス」は良い方向、悪い方向、どちらを見て、今の社会に大きく影響していると思いますか?

松原監督:アベノミクスこそが今の社会、また社会格差を産んでいます。

また、儲かれば何でもいいという考え方が広がりました。

カジノは、その象徴だと思います。

アベノミクスは異次元の金融緩和でジャブジャブに市中に金を回し、放漫財政を生みました。

一方で成長戦略は置き去りにされました。

結果、株や土地などの資産価格が高騰し、資産がある人だけが儲かることで、格差が生まれましたよね。

格差が生まれ、また今お話した、儲かればいいという考え方が広まった。

産業のレベルアップをしなかったから、半導体は世界お競争から遅れ利益を生み出せなくなり、今は日本が世界をリードしてきた自動車産業においもEVに遅れが出てきてしまっています。

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—–現在、つい先日の選挙で、大阪維新の会が圧勝となりましたが、大阪でのカジノ誘致がより現実的となってしまった今。2029年の開業が今まさに進み始めていますが、監督の目から見て大阪の未来は、どう写りますか?

松原監督:横浜市長選も最初は、どうなるか分かりませんでした。

とても難しい情勢だった。

横浜市が菅さんの後ろ盾にあり、水面下でどんどん進められていました。

ラスベガスサンズ(※3)がやることを前提で動いていたんです。

最終的には、藤木さんと市民の力が融合し、国策を押さえ込みましたが、その前の2年間はそのまま進んでしまうような情勢でした。

でも、横浜市民は諦めなかった。

映画に出てきた市民の方々は初めて、カジノの是非を問う住民投票を求めて署名活動を人たちですが、映画に出演した方以外にも、署名集めに自発的に参加した市民はたくさんいました。

大阪では都構想に対して、市民が団結し反対派が制した。

市民が、意識を持って反対だと団結すれば、動かせます。

大阪でよく聞かれたのは、「ハマのドン」を大阪に移籍して欲しいと言う言葉です。

「ハマのドン」と同じような「ナニワのドン」も必ずいると思います。

関西の経済界に、或いは保守の中にもおかしいと思っている人はいるはずです。

繋がっていく事が大事だと思います。

予想もしないことが起きる可能性は、まだまだあります。

反対という声を繋げていくことが、大切だと思っています。

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—–この作品が非常に興味深いのは、タイムリーにも大阪の今の状況と真逆の現象が起きていることです。IR問題を反対する作品とカジノ誘致が現実的に決まってしまった大阪という街。これらが邂逅した時、どのような化学反応が起きると思われますか?

松原監督:藤木さんは、保守の方ですよね。

だから、関西の保守派の方にも観て欲しいです。

関西財界の中にもおかしいと思っている人は、確実にいると思います。

ただ、反対の意を唱えると、事業から嫌がらせを受け、不利益を被ると考え表立って主張はできないかもしれません。

だけど、シンパシーを感じる人は必ずいます。

また、多くの大阪の方々にも観て頂き、考えて貰う機会にして頂けたらと思います。

—–最後に、本作『ハマのドン』が日本に、もしくは大阪に与える影響力はございますか?私たちにどう作用すると思いますか?

松原監督:藤木さんという人物を通して何か少しでも変化というか、何か学ぶ機会になればと願っています。

カジノ誘致問題に限らず、彼の生き方や、人を大切にし、地域を大切にする日々の営み。

戦争や港の歴史を背負ってきた人生。

半端じゃない読書量、真正面から議論をする自由な言論空間を作ってきた91歳という人生を疑似体験できる時間を共有してもらうことによって、なにか変化の一つの小さい芽でいいんです。

作品が何かそういうものを芽生えさせるものになってくれればと、願っています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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ドキュメンタリー映画『ハマのドン』は現在、関西では5月5日(金)より大阪府のなんばパークスシネマMOVIX堺。5月6日(土)より第七藝術劇場にて、絶賛公開中。また、5月19日(金)より京都府の京都シネマ。5月20日(土)より兵庫県の元町映画館にて、公開予定。また、全国の劇場にて、絶賛上映中。

(※1)第36回 ハマのドン“最後の闘い”  ─ 博打は許さない─https://www.minkyo.or.jp/program/special/36/(2023年5月6日)

(※2)「アベノミクス」は何を残したのか 安倍氏の経済政策https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-62103859(2023年5月6日)

(※3)カジノ運営のサンズ、ラスベガス資産売却へ-アジアのリゾートに注力https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-03-03/QPEWUNT0G1KW01(2023年5月6日)