映画『さまよえ記憶』「あなたの分まで生きる」野口雄大監督インタビュー

映画『さまよえ記憶』「あなたの分まで生きる」野口雄大監督インタビュー

大切な記憶、質にいれました映画『さまよえ記憶』野口雄大監督インタビュー

©「さまよえ記憶」製作委員会

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—–映画『さまよえ記憶』の制作経緯を教えて頂きますか?

野口監督: この作品は、実はデジタルハリウッド大学大学院(※1)の卒業制作として制作しました。卒業制作としてどのような映画を作るか、『さまよえ記憶』を含め多くの企画を考えましたが、僕の実体験や実際の記憶をベースにした映画を作りたいという想いがあり、最終的に『さまよえ記憶』を選びました。初めて自分の脚本を書いて映画制作するからこそ、よりパーソルな作品を作りたいと思ったのが、本作の出発点です。卒業制作ではありますが、一般の映画制作と変わらず、全てゼロから作り上げました。

—–演出経験をお持ちの野口監督には、ちゃんとした下地があると思います。その経験があるからこそ、本作は卒業制作には見えないですね。「さまよえ記憶」は監督のご友人が行方不明になった実体験を元にされていらっしゃるということですが、この親の気持ちの描き方は非常に難しかったのではないかと…。

野口監督:僕自身も親でもあるので、正直、書いている時につらくなる瞬間はたくさんありました。僕らなりにフィクションとして作品に落とし込んでいますが、友人の母親の事を想えば想うほど、“もし自分なら”とやはり考えました。僕の友人のお母さんが息子を探し続けなければいけない状況、逃れられないそのつらい事実に直面し続けていたことを、改めて感じながら、何度も書き直し作りました。

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—–タイトル『さまよえ記憶』ですが、この題名には「る」が欠落していると感じますが、この言葉に至った経緯があれば、教えて頂けますか?

野口監督:これには、僕の気持ちや願いが込められています。友人の母が記憶に縛られ続けているのを目の当たりにし、「記憶から解放されてほしい」と思ったんです。つらい記憶がさまよってくれたら、楽になってくれたら…、と。でも同時に、僕のこの願いは第三者のエゴなのでは、とも思い、本当の意味で救われるためにはどうすれば良いのだろう…と本当に悩みました。僕も実際、一度だけ、「いっそ記憶ごとなくなってほしい」と強く願うほど辛かった出来事があります。いい記憶も悪い記憶も両方上手に持ちながら生きていく事が現実的な解決策で、“記憶ごと失くす”なんて、もしかしたらただの逃げなのかもしれません。それでも、ここにその願いを込めたかったんです。記憶を失くす、ということに対して、これまでの人生全て、哲学や価値観をも失うように感じる方もいるかもしれませんが、大きなトラウマを抱え苦しんでいる人に「それらも全部頑張って抱えて生きる」という一つの道だけでなく、他の選択肢があっていいのではないか…と。それが僕のエゴであっても、脳裏に焼き付いた記憶がさまよって欲しいと願う気持ちから、この題名に至りました。それと、映画を観終わった後に、それぞれの頭の中で、この映画がさまよって欲しいという願いも込めています。

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—–作品全体を見て、私は丁寧にシナリオを書かれていると印象を受けましたが、書くまでの取材をどれほどされましたか?

野口監督: 取材として友人のお母さんに具体的に聞きに行った訳ではなく、主に僕の実際の記憶から発想を得ています。例えば作中に登場する詰み石は、友人の実家に線香をあげに行くたび、石が仏壇にどんどん増えていくのを実際に見ていたんですね。あの石が重なっていく光景が、強烈に僕の頭の中に残っていて。このような実体験が非常に大きな影響を僕に与えていて、主にそこから作って行きました。もちろん僕の友人だけでなく、子供が行方不明になる事故や事件は実際にありますし、いつ誰の身にも起こってもおかしくない事だと思っています。そういう観点で、様々な事例の中でも多く共通している部分などを調べ、あとは僕自身の実体験や記憶を頼りに、作品を練り合わせて作って行きました。

—–本作『さまよえ記憶』を長編にするご予定はございますか?

野口監督:まさに今、長編を考えているところです。「長編にしませんか?」とおっしゃって頂ける事がありがたいことに多くありまして、まずは脚本を長編用に書き換えたいと考え、少しずつ準備を進めています。

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——「情報質屋」はどのように誕生しましたか?

野口監督:情報質屋も、物語も、登場人物もすべて、すべての源は友人の母親なんです。「記憶」に縛られている姿を見てきたので、彼女の記憶を解放できる人がいればいいのに、というのが発想の源で。実は、僕の親友が亡くなった経緯が、今も謎なんです。一応はこう、書類上の理由はついているのですが、実際本当のところはわからなくて。僕たちも、友人のお母さんも、だから余計「なぜ」という思いが強くて。その日から僕含め、彼の家族も一生終わらない探索の日々になりました。その毎日がその後ずっと終わりなく続いていくつらさ。この出来事から、“自分が知りたい事”と“自分が持っている記憶”のこの2つがキーワードとしてずっと心にわだかまりとして残っていました。知りたいことが知れたらいいのに、そして誰かがこの苦しい記憶から救ってくれたらいいのに、と。この想いをずっと持ち続けている中で、様々な思いがクロスして、「情報質屋」が生まれました。

—–なぜ、こんなネーミングでしょうか?

野口監督: まず、記憶を「捨てる」よりも、「預ける」方が、のちに「取り戻す」選択を残すこと設定ができると考え、質屋の設定を思いつきました。それは、自分自身、辛い記憶を頭からなくしてしまいたい、と思う反面、でもその人のことは忘れたくない、という相反する気持ちもあるからです。その両方の気持ちを表現するために、情報質屋という存在を生み出しました。また、質屋さんってまず手数料がかかりますよね。このある種の“負荷”は、物語の中で良い役割を果たすのではないかという考えもあって。この作品に限らず、いつかは質屋を物語に取り入れたい、と考えていたんです。質屋は本来、物品をお金に交換する場所ですが、それを記憶と交換できたらどうなるのだろうという発想に繋がって行きました。町外れの近所にさりげなくそんなお店があればいいな、という個人的な願いも含めて、あのような設定となりました。

—–駄菓子屋で、実は私、こういう者でして、という設定が良かったです。

野口監督:竹原さんだからこそ、出せる世界観がありますよね。竹原さんはこれまでも個性的なキャラクターを多く演じられてきていますが、今回は、なるべく自然体でいて頂くようにお願いしました。どこかの町の駄菓子屋にいてもおかしくない、リアルな佇まいにしたいとお伝えしました。また、僕のおじいちゃんの家が実は駄菓子屋だったんです。なので昔から僕は駄菓子屋が大好きで。いつかは、駄菓子屋を舞台にして作品を作りたいと思っていたんです。だからこそ、自分の今までの大事な思い出も詰め込もうと、情報質屋の店を駄菓子屋にしました。この作品はファンタジーですが、少しだけリアルなファンタジーを狙っています。こんな店、こんなおばちゃんが現実的に居てくれたらいいなと思える空間や雰囲気を目指していていたんです。

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—–本作においての「記憶」とはなんでしょうか?

野口監督:この作品における「記憶」とは、「今を生きるための希望」ですね。この考えが、一番大きいです。すべては、「今」しかないと思っています。未来でも、過去でもなく、一番大事なのは、今をどう生きるかという考えが、僕自身にも跳ね返って来ると思います。そのために、僕らには過去を記憶する力があるんだと信じたいです。記憶は、過去に起きた事が基本です。それは、今を生きるための記憶と希望の光であって欲しいと考えています。

—–もし監督がご友人のお母様のお言葉を代弁できるとするなら、今何か頭に浮かぶ言葉はありますか?

野口監督:あなたの分まで生きるよ。この一言に尽きます。

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—–最後に、本作『さまよえ記憶』が今後、どのような道を歩んで欲しいとか、作品に対する展望はございますか?

野口監督:月並みですが、一人でも多くの方に観て頂きたい。この作品は、僕のパーソナルな出来事から出発しています。作品自体は、フィクションとして構築しています。自身の経験であるとは言わないと分からない部分ですが、作者として、この作品は友人の生きた証だと思っています。それは、僕がたまたま映像系の仕事をしていたので、今回映画という形で表現できただけなんです。これは、僕にしか描けないと感じてしまったので、僕が彼の生きた証をこの世の中に何か一つ形として残したい気持ちが強くありました。この物語は、友人の母を主軸に置いた作品ですが、実はもう一つ奥にあるのは、友人の作品であると伝えたいです。今は彼の生きた証を、作品に詰め込めたと自信を持って言えます。そして、その彼の生きた証である映画を観て、お客さんが自身の大切な記憶を思い出したり、記憶について考えるきっかけになってくれたら一番嬉しいです。精神的な話ですが、彼のお陰で、各々の大切な記憶が呼び起こされる訳で、彼の魂が人の心に留まっていってくれたら、この上ない幸せです。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『さまよえ記憶』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)デジタルハリウッド大学https://www.dhw.ac.jp/(2023年8月5日)