映画『クライ・マッチョ』
本作『クライ・マッチョ』は、監督デビュー50年目となるクリント・イーストウッドによる通算40本目の監督作だ。
一言で表現するなら、「燻し銀」という言葉が似合うほど、芳醇で香煙縷々な味わいを堪能できる洗練されたロード・ムービーだ。
映画『クライ・マッチョ』は、老齢のカウボーイが、メキシコで離れて暮らす息子を取り戻したいという知人の依頼を受け入れ、メキシコからアメリカまで連れて帰ろう(誘拐しよう)とする物語だ。
まるで、イーストウッド作品『パーフェクト・ワールド』や『グラン・トリノ』を彷彿とさせている。
これらの作品を足した上で、割らずにメキシコの伝統料理トルティーヤで包み、西部では必要不可欠なカウボーイハットを被せた(少し分かりにくい表現ではあるものの)ウェスタンmeetsメキシカンとでも言ってもきいいかなと判断できる映画。
とても思慮深く、奥床しく、そして遜恭な趣がある作品で、派手さはないものの、このような閑かな佇まいをした映画は、そう多くは観られない。
まるで人生を達観したような、味わい深くもあり、少しビターな大人のための物語だ。
本作を監督したのは、映画ファンなら誰もが知る、ハリウッドの巨匠クリント・イーストウッドと言うのは、周知の事実だ。
彼の偉業は、幾度となく取り上げられてはいるものの、それでも何度もイーストウッドについては、語りたくもなる。
いや、これから先、新しい映画ファンを産むためにも、彼の存在は語り続けなくてはならない。語らないといけない存在なのは、間違いない。
今年で御歳92歳を迎える老君は、おそらく全世界の映画監督の中では最高齢に近い存在だろう。
過去には、ポルトガルのマノエル・ド・オリヴェイラ監督や日本の新藤兼人監督が、この称号を欲しいままにしていた。
また、最近では今年の1月9日にご逝去された井上昭監督もまた、近年の日本映画界では、最高齢の監督の一人として君臨していた。
奇しくも、最新作『殺すな』公開前の急逝は、悔やまれて詮方ない。
こうして、映画界には長きに渡り、監督として活躍し続ける方も多く、イーストウッドもまた、まだまだこれからかもしれない。
先に挙げた、オリヴェイラ監督も新藤監督も、100歳を超えても映像作品を着く続けたお2人だ。
彼らに続くように、イーストウッドもあと10年は、作品を世に送りだしてほしいところだ。
「生きた伝説」と呼ばれている監督には、これからも新作を発表し続けて欲しい。
彼にしか描けない「いぶし銀」のような、渋めの苦いタバコやコーヒーを味わうような大人のための世界を表現し続けて欲しいところだ。
本作『クライ・マッチョ』の企画は、実は40年前以上からあったという。
その当時に役としてオファーを受けたイーストウッドは、その時は断ったそうだ。
その上で、名優ロバート・ミッチャムを推薦したそうだ。
彼なら、この役柄が適任だと、判断したと答えている。
でも、その企画自体は長い間、宙ぶらりんの状態で、おそらく頓挫したのではないかと推測できる。
そして、この度、彼自身がメキシコに行って少年を連れてこれらる相応しい年齢になったからこそ、企画を映像化しようと決心したという。
また、過去に演じた役柄で誇りを持っているキャラクターはあるかと訪ねられ、イーストウッドは『許されざる者』と『ミリオン・ダラー・ベイビー』と答えるている点にも、とても興味深く感じる。
また、映画業界から引退するかどうか聞かれ
「私は引退しません。私は常に次に何をするかを考えています。本であろうと戯曲であろうと、誰かのアイデアを取り入れて発展させることは、今でも大好きです。たぶん他の人はいくつかの映画をやってやめたいと思うでしょう。その考えは、素晴らしいことだと思います。たぶん、彼らは他にできることがあり、忙しくしているのかもしれません。ただ、私はしません。私は映画が大好きで、映画を作るのが好きです。」
と、今後引退しないと4ヶ月前の記事で、宣言している(過去に何度か、引退声明を出しているので、この辺りはどうなるか分からない)。
まだまだ、監督の重厚な作品を楽しみにできることは、間違いないだろう。
生涯現役を貫くと語ったイーストウッドは、今後どのような作品を産み落としてくれるのか、楽しみで仕方ない。
本作は、老齢の孤独なカウボーイが、メキシコ人少年をアメリカへ誘拐しようとする話がメインでもある。
1970年代に一度書かれたシナリオは、現代に即した物語へと変更され、西部劇の要素はあるものの、全面的にロード・ムービーが主体となっている。
一度の「旅」を通して描かれるのは、一人の少年の成長と世代を超えた男二人の友情を描くのは、定番のシナリオとも言える。
ここに恋愛要素やアクション要素を取り入れ、ドラマ性の高い作品へと仕上げている。
クリント・イーストウッドは、自身の作品『サンダーボルト (1974)』『センチメンタル・アドベンチャー(1982)』『パーフェクト・ワールド(1993)』『運び屋(2018)』など、「旅」や「逃避行」と言った題材をロードムービー形式として数多く製作している。
本作は、これらの作品群に新しく加わった「イーストウッド作品」として後世に語られていくことになるだろう。
ロード・ムービー形式の作品には、昔から多くの名作が誕生し、ひとつのジャンルとして確立されている。
映画『クライ・マッチョ』では、この要素が全面に押し出されているが、国際的背景にも目を向けてみたい。
アメリカとメキシコの関係性や少年が暮らすメキシコシティの治安など、彼らのバックグラウンドを思慮すれば、作品に深みが出る。
本作が舞台となっているのは、アメリカのテキサス州とメキシコのメキシコシティの国境やその道中だ。
この両国の関係性は、如何ばかりのものなのだろうか?
米国にとって、メキシコは強い関係性で繋がっている。
両国は、2,000マイルの国境を共有している。国際的問題を挙げるとするなら、経済開発や教育交流、市民の安全、薬物、移住、人身売買など、多岐にわたる。
だがしかし、何百万ものアメリカ人の生活とに直接影響を与える存在だ。
米国とメキシコの関係性は広く、外交的関係を超える。
メキシコとのアメリカの貿易は、2020年に合計5,773億ドルと推定されたばかりだ。
メキシコは現在、アメリカにとって52番目に大きな商品貿易パートナーでもある。
メキシコへのサービスや米国の輸出は、2019年に推定110万人の雇用を支えたと言われる。
その上、2019年には、何十万人ものメキシコ人が合法的に国境を越える計算も出た。
さらに、160万人の米国市民がメキシコに移住している中、メキシコは米国の旅行者にとって最大の観光地だ。
また、おおよそ200年ほど前の話に遡ると、テキサスはメキシコの領土だったと言う。
1836年にメキシコはテキサスを失い、メキシコの領土になるはずだったテキサス州一体をアメリカに占領された。
この出来事は、後々に続く(現代にまで続く)、メキシコ人たちのアイデンティティに影響を与えている。
アメリカ人とメキシコ人同士の人種間問題は、はるか昔から脈々と伝えられてきた既成の事実だ。
また、メキシコにおける闘鶏は、一種のビジネスであり、文化あるいは国民間における民間伝承ということを忘れてはならない。ここに、その件を記した記述がある。
「メキシコでは毎年約300万羽の闘鶏が行われ、およそ4000万羽の闘鶏が必要とされる。1200以上の闘鶏ブリーダーのクラブや協会があり、ガレロス組合によると、業界の経済的利益は年間36,000百万ペソ(約18億ドル)であると推定される。」
「私たちの大陸では、ラテンアメリカの国々の大多数で闘鶏が許可されている。チリ、コロンビア、キューバ、グアテマラ、エクアドル、ホンジュラス、メキシコ、ニカラグア、ペルー、プエルトリコ、ドミニカ共和国などの国々では、闘鶏は幅広い伝統と愛情を持っている文化または国民の民間伝承の要素でもある。」
これらの話は、全体像のほんの一部分にしか過ぎない。
断片的な記述では、得られる情報は限られてくる。
でも、作品を観る上で、ほんの少しでも映画が取り上げている周辺情報を知ることで、その作品の観方は変わってくることだろう。
老カウボーイとメキシコ人少年のバックグラウンドを理解することで、彼らの関係性の深みを少しでも理解できれば、幸いだ。
また、イーストウッドが得意とする演出のひとつに、無名であるか、演技未経験の人物の演技力を引き出す能力に長けていることを覚えておきたい。
映画『リチャード・ジュエル』のポール・ウォルター・ハウザーや映画『グラン・トリノ』のビー・ヴァンへの演出。
また、映画『15時17分、パリ行き』での実在の人物を出演させての演出や映画『ジャージー・ボーイズ』の舞台役者をそのまま映像作品に起用しての演出など、映画出演が未経験か、経験が浅い役者への演出力にひとつの才能を発揮できる監督だ。
本作『クライ・マッチョ』でも、その才腕を余すところなく実行に移している。
本作でメキシコ人少年ラフォを演じたエドゥアルド・ミネットは、本作がハリウッドデビューとなるメキシコのエンタメ業界で幼い頃から演技経験を積んだ若手。
8歳の頃から舞台やテレビで活躍している現在15歳の俳優だ。彼の代表作には、2008年から現在も続いているメキシコのテレビ番組『La Rosa De Guadalupe』や2011年から放送開始されたテレビ番組『Como Dice El Dicho』など、多くの連続ドラマに出演している。
また、映画では2014製作の短編映画『Nochebuena』や2019年製作の『女王トミュリス史上最強の戦士』などに出演している。
また、最新作『Matando Cabos 2, La Máscara del Máscara』は、2004年の作品『Matando Cabos』の続編となる。
今メキシコで、最も人気が出てきている若手の役者だ。
また、エドゥアルド・ミネットはクリント・イーストウッドとの共演について聞かれ素直に、
「私がとても嬉しいのは、この仕事で私がハリウッドでデビューし、自分の国を代表して海外で活躍できる場を与えられたことです。メキシコについて語る映画に出演でき、名前をクレジットしてもらえる機会に感謝しかありません。それは、とてもクールなことです。」
と、前向きなコメントを残している。
メキシコには、他にもガエル・ガルシア・ベルナルやディエゴ・ルナ、アドリアナ・バラッザ、サルマ・ハエックなどが、活躍している。
また、監督で言えば、アレンハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥやアルフォンソ・キュアロン、ギレルモ・デル・トロ、エマニュエル・ルベツキ(撮影監督)などが、メキシコ出身の著名な人物だ。
今後、エドゥアルド・ミネットが、メキシコを代表する俳優として成長するのか、とても楽しみな役者だ。
最後に、映画『クライ・マッチョ』は、過去のつらい思い出を胸に秘めた孤独な男女が繰り広げる西部劇の要素を含んだロード・ムービーだ。
それぞれが抱えた疎外感を、旅を通して埋めるかのように、互いの存在意義を認め合う物語だ。
人間関係が希薄になりつつある昨今、孤独が蔓延する社会の中で、本作はある種のオアシス的癒しを得られる作品だ。
余談ではあるが、本作はベテラン俳優ロバート・デュヴァルが2013年に主演したメキシコ映画『A Night In Old Mexico(オールドメキシコの夜)』との類似性があることも示唆されている。一度、観比べたいものだ。
映画『クライ・マッチョ』は、1月14日(金)より全国の劇場にて上映中。
(1)I‘m Not in It for the Dough!’ Clint Eastwood Talks Cry Macho and Why He Has No Plans to Retirehttps://parade.com/1259470/maramovies/clint-eastwood-cry-macho/(2022年1月17日)
(2)Estado mexicano de Hidalgo declara las peleas de gallos patrimonio culturalメキシコのイダルゴ州が闘鶏文化遺産を宣言 – SWI swissinfo.ch(2022年1月17日)
(3)Gaceta de la Comisión Permanente¿Qué es?|¿Qué contiene?|¿Cómo se consulta?https://www.senado.gob.mx/64/gaceta_comision_permanente/documento/73123(2022年1月17日)
(4)Eduardo Minett crece al lado de Clint Eastwood / Tendencias de Méxicohttps://tendenciashoy.com.mx/eduardo-minett-crece-al-lado-de-clint-eastwood-tendencias-de-mexico/?amp(2022年1月17日)