映画『明日の食卓』明日、食卓を囲むために、何をすればよいのか?

映画『明日の食卓』明日、食卓を囲むために、何をすればよいのか?

2022年1月4日

映画『明日の食卓』

(C)2021「明日の食卓」製作委員会

文・構成 スズキ トモヤ

映画『明日の食卓』は、椰月美智子原作を基に瀬々敬久監督が製作した群像劇タッチのヒューマン・サスペンスだ。

家庭内に潜む光と陰をテーマに、一般的な家庭の主婦や母親たちが直面する苦悩を丹念に描く。

それぞれ実力のある女優たち菅野美穂、尾野真千子、高畑充希が、それぞれの家庭の幸不幸を体当たりで演じる。

同姓同名の「石橋ユウ」という名前を持つ息子を育てる3人の母親たち。

それぞれに住んでる場所も家庭環境も違えど、それぞれに子育てに奮闘し、葛藤しながらも、自身の息子を心から愛するごく普通の主婦たち。

誰にでも訪れる「幸せ」な日々を送るはずだったが、ある日一人の「ユウくん」が殺される――。

収入が入らなくなった夫の代わりに、家計を支え、手の焼ける息子達に振り回されながらも、タフに振る舞う神奈川県在住の子供を育てるフリーライターの石橋留美子。

若い時分の時に母親になり、パートを掛け持ちしながら、日夜働き通しの毎日。息子の成長だけが生き甲斐で、肉体的精神的に余裕のない中、猛然と前向きに生きようとする大阪在住のシングルマザーの石橋加奈。

郊外にマイホームを建て、遠距離通勤も選んでくれる夫。優等生の息子。まるで、典型的な幸福に満ち溢れた家庭を築いていたはずだったが、子供の真の裏の顔が明らかになり、精神が崩壊する静岡在住の専業主婦の石橋あすみ。

主演の母親役3人に菅野美穂、尾野真千子、高畑充希を迎えて、家庭内の不協和音を描く。

母親たちを囲繞する環境は残酷でありながら、彼女たちが背負う現実は、思いどおりにはならない。

精一杯愛情を注いでも、その想いはなかなか届かない。

理想と現実の隔たりに押し潰されながらも、息子に対する愛憎は増すばかり。

親と子供の関係は、どこですれ違ってしまうのか?

(C)2021「明日の食卓」製作委員会

本作『明日の食卓』は、椰月美智子が上梓した原作を基にしている。

家庭不和を描いた本書は、2017年に第3回神奈川県本大賞を受賞した名著だ。

椰月美智子が書く小説のほとんどが、子どもないしは少年を主体にしている。

デビュー小説では、鈴木さえという少女を主人公にした『十二歳』を執筆している。

この処女作で第42回講談社児童文学新人賞を受賞している。

また、2007年出版の『しずかな日々』では、ひと夏に過ごす一人の少年の成長譚を描いた物語。

こちらも第45回野間児童文芸賞を受賞し、2008年には第23回坪田譲治文学賞も受賞している。

少年の成長や男の子の視点で描く物語で評価を得ている小説家だ。

本書は、まさに彼女にとっての得意なフィールドで書き上げた作品でもある。

そんな原作を映像化したのは、これまたヒューマンドラマの演出に定評のある瀬々敬久監督が、現場の指揮を担った。

監督自身、ピンク映画からの出身ではあるものの、この時代からピンク業界では異色の作品を製作していたという。

90年代にはピンク系の映画監督として監督賞や脚本賞を立て続けに受賞もしているほど、監督としての手腕を発揮していたのが、よくわかる。

それは、商業の現場に移っても変わらず、作品を発表するごとに演出力は上がっている。

過去作を比べれば違いも歴然だ。商業としてのデビュー作はGACKT原案のSF映画『Moon Child(2003)』。

また、本作のようなヒューマン・ドラマもしくはサスペンスを本格的に製作し始めたのは、2010年の傑作『ヘヴンズ・ストーリー』からだろう。

映画は、第84回キネマ旬報ベスト・テン3位や映画芸術1位に入賞するなど、ひとつの作品として大きく成長を遂げた。

この作品以降、映画『アントキノイノチ(2011年)』や『ストレイヤーズ・クロニクル(2015年)』など、商業作品を監督するようになる。

続く、2016年にはミステリー映画『64-ロクヨン- 前編/後編』という当時としては、邦画史上ビッグ・スケールな作品を世に送り出している。

この作品を境に、ヒューマンとサスペンスを掛け合わせたような作品を次々と製作し、作品そのものもヒットをするか、批評家筋からの評価も得るなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで毎年1本から2本の本数をコンスタントに製作、発表している。

今の時代の映画監督としては、必ず観ておく必要のある作品を日本の映画市場に送り出している。

(C)2021「明日の食卓」製作委員会

また、本作で最も際立っているのは、出演者たちの存在だ。

母親役には、菅野美穂、尾野真千子、高畑充希が、それぞれ環境の異なる「母親」像を熱演。

一番印象に残っているのは、二人の男の子を育てる母親を好演した菅野美穂だ。

本作の出演は、久々のスクリーン復帰ではないだろうか?第二子が産まれる2018年前後から出演作品をセーブしているようにも見て取れる。

映画としては2017年の『恋妻家宮本』ドラマとしては2017年の『監獄のお姫さま』以降(2019年にゲスト出演としてドラマ『シャーロック』第二話に出演)、実に数年ぶりのスクリーンに復活している点にも、注目したいところ。

ごく一般的などこにでも居そうな母親から精神が崩壊し、発狂していくまでを演じる彼女の演技力には、終始目を見張るものがある。

他の出演女優の方も印象深い演技を見せているが、ここでもうひとつ取り上げるとしたら、作品に出演する子役達の存在だろう。

それぞれ、難しい役を与えられながらも、記憶に残る演技を披露してくれている。

外川燎、柴崎楓雅、阿久津慶人のこの三人の子どもたちだ。それぞれ子役としての経歴もあり、多数のドラマや映画への出演経験がある。

菅野美穂扮する石橋留美子の子ども石橋悠宇役の外川燎んは、母親から長男として叱られてばかりいて、親からの疎外感を感じる少年を演じている。三人の中でも最も経歴が長く、2014年のドラマ『明日、ママがいない』や連続テレビ小説『エール』などに出演していた。映画では『天空の蜂(天空の蜂)』などに出演している。

尾野真千子扮する石橋あすみの子ども石橋優役の柴崎楓雅は、本作では大人の前では「優等生」でありながらも、心に闇を抱えた難役を演じている。最近の映画では『約束のネバーランド』ドラマでは『岸辺露伴は動かない』など、2018年頃から立て続けに映画やドラマに出演している子役だ。

重ねて、高畑充希演じる石橋加奈の子ども石橋勇役の阿久津慶人くんは、今回は関西に住み、関西弁を話すサッカーが好きな少年を演じる。彼もまた、2016年頃から映画やテレビの作品に多く出演している。映画だと昨年公開された『哀愁しんでられ』や2016年公開の『葛城事件』では登場人物の幼少期役を好演している。ドラマでは、Netflix作品『全裸監督』の村西とおるの幼少期役や近年ではNHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』などに出演している。

本作に出演している子供たちは、これから伸びていくであろう注目したい子役俳優だ。

実力派女優と演技の上手い子どもたちの演技合戦が、本作の見どころでもある。

(C)2021「明日の食卓」製作委員会

最後に、本作『明日の食卓』の題材は、外には出にくい、踏み込みにくい家庭内のトラブルが、作品の核となる部分でもある。

親子の不和、親の不在、煩わしい子どもの存在など、他人が一歩押し入りにくい問題を内包する物語だ。

こうした社会的事案は、今に始まったことではなく、昔から日本社会において懸念されていたことでもあるが、今の時代にも「家庭内の問題」として滞留し続けている。

まさに、これらの問題は、「今」に精通しているタイムリーな題材だ。見落とされやすい親子関係の不和は、ここ数年の間に一種の社会問題として浮上しつつある。

本作では、親が子を殺めるというショッキングな設定を主軸にしているが、現実世界ではその逆、子が親を痛ぶり殺すケースも頻繁に起きている。

昨今では、コロナ禍が原因で家庭内でのトラブルが深刻化してきていると危ぶまれている。

心の距離感はとても大切で、家族間の隔たりが近くても遠くても、同じような問題は発生してしまう。

(1)引用記事において、言われていることは、まず互いの「心の健康」を保つことが、家族間、親子間の関係悪化を防ぐ一番の手立てだという。

ひとつ屋根の下で暮らす家族は、その距離感を保つことがなかなか難しい。

家族であるが故に、何にでも心が通い合っているとは限らない。

親からも理解されないこともあれば、理解してもらえないこともある。

その逆があることも然り。親に対して、理解できないこともあれば、理解したくないこともある。

本当、家族に対する距離の取り方は一番、難しいことではないだろうか?

親子間の信頼度を保つには、まず互いの関係性を調整する必要がある。

(C)2021「明日の食卓」製作委員会

映画『明日の食卓』は、心の健康を維持できずに、関係性が崩壊していくある三組の親子の姿を描いたヒューマン・サスペンスだ。

今日、幸せに囲めた「食卓」も、明日には同じ経験ができるかと言えば、それは保証できるものではない。

未来、家族の誰しもが幸せに「食卓」を囲むために、今私達は何をする必要があるのかを一歩立ち止まって、考える時間を有することが大事ではないだろうか?

映画『明日の食卓』は現在、dtvU-NEXTにて配信中。全国のレンタルショップで好評レンタル中。

(1)新型コロナ騒動で「家族トラブル」の深刻化が危惧されるワケhttps://diamond.jp/articles/-/232670(2022年1月3日)