ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』未来永劫、語り継ぐべき偉業

ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』未来永劫、語り継ぐべき偉業

2022年1月6日

ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』

©UFO Production/©浦野千賀子・TMS

文・構成 スズキ トモヤ

およそ60年前に日本で開催されたスポーツの祭典、東京オリンピックで偉業を成し遂げたあるチームがいる。

彼女たちは、世界の「大きな壁」に立ち向かいながら、世界一(世界No.1)の称号を手に入れた。

あれから、半世紀以上の時が流れた。

当時、「東洋の魔女」と呼ばれ、恐れられた彼女たちは今、全員歳を重ね、ひっそりと暮らしている。

本作ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』は、当時の女子バレーボール選手の苦悩と偉業を称えた作品だ。

監督は、フランス在住のジュリアン・ファロー。

国立スポーツ研究所で働く傍ら、2003年頃からスポーツに関連したドキュメンタリーを監督する。

2018年に製作したテニス選手ジョン・マッケンローを追った『完璧さの帝国』は、同年のロンドン映画祭とシネマ・デュ・リールにて上映された。

本作が、監督にとって、日本で初配給、初公開となる作品だ。

ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』のあらすじは、約60年前の東京オリンピックの元日本代表のバレーボール選手たちが久しぶりの食事会の場面から始まる。

久しぶりに会食した彼女たちは、過去のことを回想し始めるという形式を取っている。

物語は、実業団が結成された1958年頃から東京オリンピックで優勝した1964年までのおよそ6年間の出来事を追っていく。

©UFO Production

「苦しくたって 悲しくたって コートのなかでは へいきなの」

これは、有名な国民的アニメ『アタックNo.1』のオープニング主題歌の一節だ。

この作品は、今でこそ日本アニメを代表するシリーズ作品となったが、 『アタックNo.1』 が題材にしている話が、実は過去に存在していた。

アニメの土台となったのは、今回紹介するドキュメンタリー『東洋の魔女』の女子バレーボール選手たちの半生だ。

今でこそ、70代を迎えた彼女たちは、女子バレーボール日本代表選手時代は皆さん、20代の若い女性ばかりだった。

彼女達バレーボールの実業団が立ち上がったのは、昭和28年(西暦で数えれば、1958年のこと)だ。

大阪府のクラボウという会社で旗揚げしたチームだった。

日本代表として選ばれる前は、その会社にある工場で働く女工たちでもあった。

朝から夕方までは、工員として工場で働き、夕方から深夜まで、酷い時は明け方までバレーの練習に取り組んでいたという。

映画の冒頭は、数十分は少し間延びした印象を受けた。

その要因のひとつに、知らない年配女性たちの食事場面から始まり、彼女達の各々の人生を本人にナレーションさせるという変わった手法に興味も薄れる演出。

でも、現代の話から過去の話へとタイムスリップする場面展開から、作品に引き込まれていく。

彼女達の練習風景は、過酷を極めた「スパルタ」という言葉が似合うほど、過激すぎる。

レシーブの練習時は、それはそれは冷酷で、観ているこちら側が苦心を強いられる。

当時の選手を指導したのが、大松監督という人物だ。

その時代特有の寡黙な男性だが、指導は熱心、いや恐ろしいほどスパルタそのものだ。

この厳しい指導が、後の世界制覇に繋がり、世のバレーボールブームを作り出すトリガーとなる。

また、冒頭で紹介した国民的アニメ『アタックNo.1』には、興味深いセリフがある。

「試合は自分のためにするものよ。結局、誰も助けてはくれやしない。」アニメ『アタックNo.1』第61話 決勝・インターハイより

「スポーツを誤解しています。ひとつの目標に向かって、みんなが励まし競い、力を合わせて行くことは、一人でする勉強とはまた違ってよさがあるのです。」アニメ『アタックNo.1』第68話 トリオ誕生より

©UFO Production

バレーボールに対する選手たちのひたむきな感情を代弁しているようだ。

ただ、この時代の指導は、あまりにも「パワハラ」「モラハラ」が過ぎる。

「スポーツ根性」という言葉が産まれる背景には、こうした大松監督の極端すぎるほどの指導が横行していた。

時代錯誤に感じるかも知れないが、この時代には極めて普通なことで、選手たちは監督を尊敬していたという趣旨の発言もしている。

時代の変化と共に、このようなスパルタ的思考は変わりつつあり、近頃人気に火がついたバレー漫画『ハイキュー』では、そのようなスパルタな指導の描写は影を潜め、選手同士が切磋琢磨する描き方へと変動している。

©UFO Production

本作を監督したのは、ジュリアン・ファローという人物だ。

先にも触れたように、フランスの国立スポーツ研究所で働きながら、ドキュメンタリー映画を製作している。

過去の作品には『Paris jeux t’aime(2003)』『Regard neuf sur Olympia 52(2013)』『L’Empire de la perfection(2018)』の三本を製作している。

そして、一貫して言えることは、どの作品もすべて「スポーツ」に関連したドキュメンタリーということだ。本作『東洋の魔女』が、日本で初めて紹介された作品ということだ。

フランス本国でも、既に話題にもなっているようで、監督自身へのインタビュー記事もいくつか、掲載されているようだ。

フランスでは、本作『東洋の魔女』は、原題『Les Sorcières de l’Orient』として昨年、2021年7月28日に公開されている。

本作を製作するきっかけとなったのは、「東洋の魔女」たちのアーカイブ映像の発見から始まったと、監督は話す。

ジュリアン・ファロー監督のコメントをいくつか紹介する。

(1)J’ai été surpris par l’intensité des entraînements, très loin des standards du sport féminin de l’époque, et aussi par la connexion immédiate avec Jeanne & Serge, la série animée diffusée en France en 1987. J’ai alors découvert qu’elle avait été inspirée par d’autres dessins animés, à commencer par Attack n° 1, qui mettait en scène, en 1969, cette équipe de volley féminine en 104 épisodes. Cela m’a immédiatement donné envie de travailler sur cette confusion entre fiction et réalité.

「当時の女性のスポーツの水準からはほど遠いトレーニングの激しさ。それと、1987年にフランスで放送されたアニメシリーズ『(2)ジャンヌ&セルジュ』との直接のつながりに驚きました。また、日本では1969年から放送されたアニメ『アタックNo.1』が、104のエピソードで構成されています。このバレーボール選手たちを主体にしたアニメから触発されました。私はすぐに、作品製作に取り組みたいと思いました。」

(3)Il a fallu retrouver leur trace. Et comme je partais de zéro, ça m’a pris presque un an. Je suis passé par la Fédération de volley et mon producteur William Jéhannin par l’Institut français au Japon. On a fini par entrer en contact avec une ancienne joueuse d’une génération plus récente, qui travaille sur les JO de Tokyo actuels. Elle nous a permis de contacter une des joueuses, puis de fil en aiguille, les autres. J’étais conscient des difficultés que cela présentait. D’abord parce que je ne parle pas du tout japonais. Ensuite parce que la plus jeune des joueuses a l’âge d’être ma maman. Je devais donc appréhender les usages et la culture des femmes japonaises des anciennes générations pour ne pas commettre d’impair.

「私たちは彼らの痕跡を見つけなければなりませんでした。そして、ゼロから始めていたので、ほぼ1年かかりました。私はバレーボール連盟とプロデューサーのウィリアム・イェハンニンを日本のフランス研究所に通しました。結局、現在の東京オリンピックに取り組んでいる、より最近の世代の元選手と連絡を取り合うことができました。それにより、選手の1人に連絡を取り、次に1つのことで別の方に連絡することができました。私はこれがもたらす困難に気づいていました。まず第一に、私は日本語を全く話せないのです。それから、「東洋の魔女」の最年少の選手は、私のお母さんになるのに十分な年齢です。ですから、間違いを犯さないように、年配の日本人女性の習慣や文化を理解する必要がありました。」

©UFO Production

また、監督はいち映像マンで話を聞きに行くのではなく、一人の人間として「東洋の魔女」達にお話を聞きたいと考え、初めはカメラを持たず、サウンドエンジニアと同行し、プロジェクトを進めたという。

作中、アニメ『アタックNo.1』が構成されているが、この作品をドキュメンタリーに組み込むのに、著作権絡みでとても苦労したという。

過去に、作品の放送を巡り、裁判沙汰にもなったと言われている。

逆も然りだが、フランス人が、日本を題材にした作品を作るのは、相当骨が折れることが、監督への取材記事でとても理解できる。

最後に、未来の日本バレーボール協会は今後、どのように発展するのだろうか?

今回の東京オリンピックでの成績は、男子はベスト8、女子はベスト10という結果に終始した。

(4)次期のオリンピックに向けて、昨年末に男子女子共に新監督が、発表されたばかりだ。

男子監督のフィリップ・ブラン氏は「バレーボールに魅了されて、この道を進んでいる」と。

女子新監督の真鍋政義氏は「今回の悔しさを維持し、それをプラスにしていきたい」と、それぞれ次のオリンピックに向けての意気込みを「月間バレーボール」の月刊誌内で熱心に語られておられる。

また関西には、現役で後進の育成に力を注いでいる(5)薄井信子さんという元バレーボール選手の方もご健在だ。

バレーボール業界に関わらず、どの分野でも未来に文化や伝統を残すためには「後進の育成や指導」が、必要ということを心に留めておきたい。

また、半世紀以上前に「日本」を背負って、海外の選手と肩を並べ戦い抜いた「東洋の魔女」たちの活躍もまた、日本人の功績として未来永劫語り継ぐ必要もあるだろう。

©UFO Production

ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』は現在、京都府の京都シネマにて、2022年1月2日より公開中。また、大阪府のテアトル梅田では、1月7日(金)より。シネ・ヌーヴォでは、1月15日(土)より。ユナイテッド・シネマ岸和田では、1月21日(金)より。兵庫県の豊岡劇場では、1月21日(金)~27日(木)までの期間限定公開。元町映画館は、近日公開予定。全国の劇場にて、順次公開予定。

(1)(3)Julien Faraut raconte 《Les Sorcieres de l’Orienta》https://www.cnc.fr/cinema/actualites/julien-faraut-raconte–les-sorcieres-de-lorient_1481305(2022年1月4日)

(2)1984年に放送された日本アニメ『アタッカーYOU!』のフランス語のタイトル

(4)前田健(2021年11月15日)月間バレーボール12月号、第75巻第14号、2頁~5頁(2022年1月4日)

(5)【特集】東洋の魔女~栄光と葛藤の56年~https://sun-tv.co.jp/suntvnews/news/2020/12/25/32796/(2022年1月4日