映画『三度目の、正直』野原位監督、川村りらさんインタビュー
—–タイトル『三度目の、正直』に付けられている句読点「、」には、何か意図するものがあり、このような題名になられましたか?
野原監督:「三度目の正直」という言葉がありますが、この作品のタイトルは元々違うもので企画、撮影を進めていました。
ただ、撮影後の編集をする中で、当初の想定とは良い意味で違うテイストになっていき、最終的に、出来上がったものが、元々付けていたタイトルとはマッチしていなかったので、変更しようという話が出てきました。
この「三度目の正直」という言葉そのものは、中盤の旅館の場面があるんですが、実は結果的に撮影を3回チャレンジしたんですね。
その2回目の撮影後に、これで最後だろうと出演者・スタッフみんなが思う中、春の母・しま役の福永祥子さんが「2度ある事は3度ある。
三度目の正直ね。」と仰ったそうで、みんなでタイトルを出し合った際に、川村さんがその福永さんの言葉を思い出したんです。
そこで初めて「『三度目の正直』はどうだろう」という話になり、プロデューサーの高田聡さんが、「三度目の正直」という言葉だけだと慣用句として埋もれてしまうので、そこに句読点「、」を付けるのはどうかと提案してくれました。
「、」をつけることで、結果的にこの映画が描く「三度目の子供を持つこと」と「人が現代社会で正直に生きること」とを結びつけることができました。
今となっては、このタイトルしかなかったなと思えるくらフィットしています。
—–ワンクッション置けますし、「三度目の正直」という言葉がある中で、聞き慣れている言葉なのに、タイトルを読んだ時に「、」を目にしたら、それだけで違うイメージが湧いてきます。この題名にすごく惹かれる要素があります。次に、川村さんにご質問です。役を演じられる上で、気をつけていることはございますか?
川村さん:まだ2本目なので、演じるということは手探り状態です。
濱口さんの演出が初めてでしたが、それが残っている部分もあったかもしれません。
感情を排した本読みですね。あとは、私はこの人の役をやるけども、自分はこの人ではないと言うことが、大前提にあります。
月島春という人物を尊重しながら演じていました。
春と、春の人生を大切にしなくてはいけない。それをずっと意識していました。
—–そのままですが、役を大切にする。演じる上で、一番大切かと思います。
川村さん:テキスト上の人物を貶めることなく、寄り添う気持ちでその場に立ちセリフを言うというのは、綱渡りをしているような感覚でやっています。
—–ロケ地ですが、映画『ハッピーアワー』同様に、神戸の街が選ばれておられますが、そのロケーション選びは慎重にされましたか?
野原監督:濱口竜介監督の映画『ハッピーアワー』にスタッフとしても関わらせて頂いた際、神戸での撮影が多く、神戸の魅力を知る機会を得ました。
ただ、『ハッピーアワー』でロケ地を探すなかで様々な良い場所があったのですが、すべての場所を撮ることはできませんでした。
そこで、本作『三度目の、正直』を撮る際には、その撮りきれなかった場所を少しでも撮れたらという気持ちもありましたね。
神戸は、山があって、海があって、傾斜も多く、関東からきた私にとって魅力的な「画になる」地形でした。
その中で、「人が住んでいる空気感を出せたら」という意識を持って、撮影場所を探しました。
—–「月島春」という人物に、どのような「想い」を持っていたり、彼女に対してどういう感情を投影されましたか?
川村さん:私自身はどちらかと言えば、「美香子」の方の人生に近く、出産経験も子育て経験もありますが、春のような人生も有り得たと思いながら脚本を書いていました。
子供を諦めたり、人の子供を育てる人生も有り得ただろうと。
その、自分が歩まなかった人生について、想いを馳せつつも、自分が想像できないような人生もいっぱいあると思うんですよね。
ですので、それをちゃんと形にしてみたいなという想いは、ありました。
スタートは想像からではあるんですが、映画にするということはひとつの世界を起こすことなので、着地点としては春自身にきちんと行動を起こして、自分で考えて、答えを見つけて欲しいという想いがありました。
彼女がちゃんと実存として、この世界で前進し続けるということを念頭に置きながら、ずっと書いていました。
—–劇中曲が、耳にとても聞き心地良かったのですが、ラップも然りですが、ピアノの旋律など、とても気になりました。音楽やスコア担当者の起用には、力を入れられましたか?
野原監督:音楽担当の佐藤康郎さんは、プロデューサーの高田さんがよく通われているジャズ・バーのマスターであり、ドラマーでもある方です。
その方のおかげでジャズのトリオでの生演奏を収録させていただき、色んな音も作っていただきました。
それが映画の中で活かされています。ジャズは、映画にマッチしやすいジャンルだと感じています。
映画冒頭の音楽は、「セカンド・ワルツ」というショスタコーヴィチが作曲したクラシック音楽をジャズ風にアレンジした曲です。
この映画の編集がまとまった時に、「どういう音楽が合うんだろう」と考え、あまり日本映画らしくない、韓国映画のような力強い印象を受ける音楽が良いのではと漠然とですが想像していたんです。
そこで編集時、音楽のことで川村さん、高田さんとも話し合いを重ね、ジャズにしました。
結果的にあんまり日本映画にはない、即興性の高い音楽になったかと思います。
—–ラップとジャズが混在している映画って、今までなかったのかなとお見受けですますよね。次に、川村さんにご質問させていただきます。「子供を産みたい女性」という少しナイーブな題材を扱っておられますが、この作品を通して描かれる女性像は、川村さん自身、どう映っておられますか?
川村さん:春も美香子も自分で考えながら行動に移し、最終的に自分の行きたい道をきちんと選べている、自分の声をちゃんと聞けている人たちだと思います。
きっと、この先、二人はもう大丈夫やなと思っています。
ここまでこれたら、春も大丈夫だし、美香子もきっと前向きに生きていこうとすると思いますね。
—–前向きになれる人物像ですね。
川村さん:そうですね。この先きっと、また色々あると思いますが、彼女たちは自分たちの力で必ず人生を切り開いていけるだろうなと。
—–本作が題材にしているテーマや要素は、センシティブな一面を持っておられますが、監督はこの題材に対して、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
野原監督:いま映画を作るという時に、精神疾患やヤングケアラーなどの現代的な問題に触れないことはなかなか難しいことですし、触れるとしても覚悟がいることだと考えています。
ある意味で、今回の映像制作を通して、自分自身もそういった問題をじっくり考えたいという気持ちでした。
映像制作をする中で調べたり、勉強するなど、できる限り行いましたが、各々の出演者さんが演じて頂いた人物を通して、私自身も新しい知見を得ることができたと感じています。
川村さん:作っている間は、なかなか気付きにくく、作品が出来上がって初めて、作品のテーマに触れ、じっくり考えることができる部分もあります。
野原監督:撮影している間は、分からないなりに、もがきながらも、考えて作っているんですよね。
完成後に、作品を観て、こういうことなのかも知れないなと感じるときがあります。
—–川村さんは、共同脚本として作品に携わっておられますが、この作品や物語に、どんな想いを込められ(託され)ましたか?
川村さん:こういう風に観て欲しいという深いメッセージは、一切ないんですよね。
ただ、今の世の中って、生きていく上でとても窮屈だと思います。
コロナで、日本だけでなく、世界中の人が同じ思いなんだと気付かされました。
7年前の『ハッピーアワー』でも「生きづらさ」がテーマになっていたけれど、今、更に「生きづらく」なっている感じはするんですよね。
その中で、映画を作る意味とは何だろうかと考えざるを得ないんです。
それぞれの人がそれぞれに考えを持っている世界をそのまま映す。
その時、この人はこんな風に考えており、こんな風に生きている、と人の想像力みたいなものに訴えかけられるということが、文化芸術を嗜むメリットだと思います。
そのひとつとして、観て意味がある作品になればいいなとは思いました。
ただ通り過ぎていくのではなくて。必ずしも良い意味でなくてもいいので、立ち止まってもらえる作品になったらいいなという思いでした。
—–最後に、お二人に同じ質問をさせて頂きます。本作の魅力を教えて頂けないでしょうか?
野原監督:出演者の皆さんそれぞれがとても魅力的な方々でありながら、みんな全然違った表情を持っているんです。
その多様性に感激しますし、観客の方々にもその部分を楽しんで頂けたらと思います。
川村さん:高い所からも、低い所からも、見ていないと言いますか、人の事を善悪で分けていない映画だと思います。
その点が、他の作品と比べた時、稀有(けう)な視点ではないかと思います。
ですので、見ている人物によって、不快に感じたり、嫌だと思う部分もあるかと思いますが、それも含めて、自分も含めたくさんの人達が、この世界で生きているんだなと、思って頂けたら、とてもありがたく思います。