映画『静謐と夕暮』プロデューサー・唯野浩平さんインタビュー「各々の記憶を辿る136分の旅」

映画『静謐と夕暮』プロデューサー・唯野浩平さんインタビュー「各々の記憶を辿る136分の旅」

2022年4月24日

『静謐と夕暮』プロデューサー・唯野浩平さんにインタビューを敢行。唯野プロデューサーは、照明・録音技師・整音・脚本・編集も担った。

—–本作の企画は、どのように生まれましたか?

唯野さん:本作は、監督が尊敬する先輩を亡くした記憶から企画は始まりました。

監督自身に起きた一つの出来事から、日常の中で薄れてしまったり、自分の思うように作り替えられてしまう記憶というものについて着目されてました。

自分の記憶と向き合うためにインタビューを重ね、少しずつ見えてきたものを脚本に起こしながら進めていきました。

当初より決まった筋書きというものは決まらず、企画・撮影・編集をするなかで形を変えて一つの作品へと成していきました。

—–本作は、京都造形芸術大学の卒業制作史上、2時間越えという最長の上映時間を誇りますが、この136分に拘った想いをお聞かせて頂けますか?

唯野さん:元々監督が描いた脚本はト書きが多いもので、描いている物や手元一つ一つを丁寧に撮ろうとしている意思を感じました。

テンポよく進むファスト映画ではなく、時間の流れはむしろ自分達の生きる日常生活よりもゆったりと流れる作品作りを目指したいと撮影前から提案していました。

—–監督をサポートしながら、シナリオも一緒に書いていたようですが、物語を生み出す上で、気をつけていた事はございますか?

唯野さん:一緒に書いたというよりは、やりたいと監督が言ったことに対して現実的に可能かどうか、脚本として一貫性があるかを精査していたような印象です。

描いたもの自体は監督自ら描いております。

—–唯野さんは、監督を支えながら、編集にも携わっているようですが、ひとつひとつの場面を編集する上で、「間」や「余韻」を大切にしながら、編集に携わりましたか?

唯野さん:流れに統一感を持たせようと考えていました。主人公の1日は朝起きて外に出て、夜はバイトをして、帰ってきて机に向かう。

当たり前のような日常ですが、この作品における変化は、ふとしたら見逃してしまうような、自分たちが生きている中でも見えているのに忘れてしまっているようなほど些細なものの積み重ねであるために、主人公の日常が展開される時間の流れは一定にすることで変化を浮き立たせようと考えていました。

—–録音や整音にも携わっておられますが、苦労した場面、またはこの場面の「音」は聞いて欲しいなど、ございますか?

唯野さん:音は、「流れるもの」と意識しています。川の波や揺れる草木の音だけでなく、蝉の声や酒場で話す人の声も流れるものだと考えています。

その場では聞こえていても、当たり前のように存在していて、なくなってから気づくものは音にもあると思いました。

その場に流れる「音」に耳を傾けて観ていただくと、また作品は違った見え方がするかもしれません。

—–ここはじっくり観て欲しいという唯野さんにとって、お気に入りの場面は、ございますか?

唯野さん:夢の中で幼いカゲと父が釣りをしている場面があるのですが、段々と夢に落ちていくように、壁越しに聞こえていたピアノの音が広がっていき、波の音が聞こえてきます。

カゲと同じようにピアノの音に身を委ねるように聞いてみていただけると幸いです。

—–今後、プロデューサーとして、本作をどのように育てて行きたいなどは、ございますか?

唯野さん:本作を育てていくというより、僕ら自身この作品の上映を重ねる度に気付かされることや発見があります。

様々な方とお話させていただける機会を大事に、上映の一日一日を過ごせていけたら幸いです。今後とも精進いたします。

—–梅村監督にも同じ質問をしておりますが、唯野さんにもお聞き致します。唯野さんにとって、本作の要素にもなっている「死生観」とはなんでしょうか?

唯野さん:自死が悪いとか、生きていればそれだけで偉いとか、そういうことではないと思います。

どちらも一人の選択であるということを作品を作る中で考えておりました。

—–最後に、作品の魅力を教えて頂けないでしょうか?

唯野さん:この作品は、フライヤーにも『記憶を辿る旅』と記載していますが、辿る記憶はひとえにカゲの記憶だけでなく、観てくださった方々の記憶にも触れられたらと思います。

映画『静謐と夕暮』は、十三のシアターセブンにて、4月23日より1週間延長上映、開始。