ペット、闇堕ち映画『スラムドッグス』
「子曰、放於利而行、多怨」という有名な論語を知っているだろうか?読み方は、「子曰く、利によりて行なえば、うらみ多し」と、中国発祥の儒教の創始者である孔子が残した言葉だ。この論語の意味は、「もし何事も利だけを考えて行えば人を害することになり、その結果、多くの人から怨みを受けることになる。」という教訓的な言葉で、いつでも心に留めておきたい。これを日本語で言えば、「因果報応」というシンプルな言葉に集約する事ができるが、まるで、この言説を忘れていはいけない。2009年に公開され、世界中でヒットを飛ばしたイギリス映画『スラムドッグ・ミリオネア』ではない。こちらは、どちらかと言えば、アニマル達が大活躍する子供も大人も楽しめる子供向けおバカ映画だ。まるで、2013年に公開された少し下品なクマのぬいぐるみが大奮闘する映画『テッド』や2017年に公開されたある一匹の犬の数奇な命の旅を輪廻転生として描いたファンタジー映画『僕のワンダフル・ライフ』シリーズを足して、2で割ったような作品が、本作『スラムドッグス』だ。徹底して子供向けの下ネタ、下世話、非常に下品極まりない言葉が飛び交う反面、キュートでスマートな動物たちが登場するから、間違いなく、子どもたちにはバカ受けする事、必須だろう。もちろん、子どもだけでなく、犬を飼っている人にも、どこか心の琴線に触れるのではないだろうか?でも、物語の根底にあるのは、一匹の小型犬が持つ元飼い主への鋭い復讐心だ。この精神を基盤として、物語が展開されるので、単なるアニマル映画、下ネタ映画ではなく、近年頻繁に作られているリベンジ映画としても非常に楽しめる。自身の中で決めた約束事を果たすため、長い長い道のりを数日かけて、復讐のために歩き続ける動物たちの姿には、猛烈な剛愎さを感じて止まない。それは、動物としての本能とは別に、他者に対して恨み辛みを持つ人間そのものでもある。憎い相手に対し、どこまでも復讐心を募らせる姿勢は、まるで復讐劇を得意とする韓国ドラマのようでもある。それでも、まったく憎めないのは、本作が下ネタ全開のアニマル・コメディ映画だからだろう。一線を越えて大人向けエロコメディではなく、その一線を守りつつ、大人が安心して子ども達に観せれるコメディ作品として昇華させている点、非常に好感が持てる。とは言え、この作品には様々な問題が見え隠れしているのも事実だ。今回は、その点について書いていきたい。
私自身、この作品で最も腹が立ち、気持ちが傷付けられたのは、作品批判ではないが、冒頭の動物虐待ギリギリの場面だ。初鑑賞の時は、座席で居た堪れない思いを抱き、席を立ちたいぐらいであった。もちろん、これは映画だ、フィクションだと自身に言い付け、何とか乗り越えたが、なぜこんな虐待映画が制作されたのか?制作会社は、なぜGOサインを出したのか?こんな作品が世に放たれ、動物虐待を是とする風潮に拍車をかけるのではないかと、甚だ苛立たしい気持ちでいっぱいであった。近年の動物虐待における推移は、まだ2023年の詳細は発表されていないが、その前の年の2022年の動物虐待に対する通報や検挙数(※1)は、過去2番目に多い数と言われており、ここ数年、動物虐待の事案(※2)は増えつつある。では、どんな内容が動物虐待と当たるのか?たとえば、最も分かりやすいのが動物への暴力、そしてネグレクトだ。これらを細かく分類すると、暴力には「殴る、蹴る、熱湯をかける、動物を闘わせる等、身体に外傷が生じる又は生じる恐れのある行為、暴力を加える、心理的抑圧、恐怖を与える、酷使など」が挙げられる。この中でも「動物を闘わせる」や「酷使」は、外国では見受けられる事案ではないだろうか?「動物を闘わせる」のは闘犬にあたり、「酷使」は労働力の担い手となる動物を極限まで働かせる風潮に「No!」と突き付けている。また、ネグレクトには「健康管理をしない、病気を放置、必要な世話をしない、劣悪な環境に動物を置くなど」様々な問題が提起されているが、これらは特に日本に関係している事ではないだろうか?近年、ドッグトレーナーや繁殖を専門とするドッグブリーダーが増えている傾向にある。中には、真面目に取り組んでいる専門の方もおられるだろうが、一部の人間がブリーダーと名乗りながら、繁殖のために生育している動物達を生死に関した危機的状況に陥れている報道(※3)を良く耳目する。ニュースの内容に目を通すと、信じられない事ばかりが報告されており、不愉快極まりなく、自身、気分を害する程だ。また近年、「多頭飼育崩壊」(※4)という言葉も頻繁に耳にするようになったが、ここで取り上げた事案はほんの氷山の一角に過ぎない。動物たちの命は、人間たちの責任の中に委ねられている。もっと私たち人間が、責任を持って接する事を心掛けたい。動物達は、人間を凌駕する賢い生き物でもある。本作『スラムドッグス』に登場する動物達は、自身の置かれた劣悪な環境を一蹴するかのように、物語を一つずつ伏線回収する様は、冒頭の虐待シーンまでをも否定する展開が、爽快感を持ち合わせている。
また、本作で考慮したいのは、動物達が持つ本能や能力ではないだろうか?人間には持っていない計り知れない力は、人間の能力をも凌ぐパワーを持っている。遠く離れた場所から、元飼い主の僅かな残り香だけを頼りに、4本の我が脚だけで何千キロも移動する気力と体力は、人間には真似出来ないだろう。1963年に公開されたディズニーの動物映画『三匹荒野を行く』や1993年に公開されたリメイク『奇跡の旅』シリーズをも彷彿とさせる動物達の旅は、人間のようにナビや地図、GPSを頼らなくても、彼らが持つ動物特有の本能だけで切り抜ける事ができる事に動物達の勇ましさを感じる。動物の本能行動(※5)とは、合目的的行動(※6)の中で学習や思考に頼らず、外側からの刺激に対して引き起こされる反射的行動が複雑に組み合わさったものと認識されている。たとえば、節足動物に分類される蜘蛛が放つクモの糸で作った大きなクモの網には、実は正確性があると言われており、蜘蛛たちが適当に作ったものでは無い。実際は学習が必要で、人間が作るにしても、ずいぶんと繰り返し練習が必要となる。その反面、クモの場合は、生まれつきながら、蜘蛛の巣を張れるだけの可能な行動を取る事が出来る本能行動を持っている。本作で取り上げた動物達が行った長い道のりの旅は、まさに、この合目的的行動における本能行動である。彼らは理解した上で行動しているのではなく、生まれ持った自身の本能と復讐心を頼りに、あの長い道のりを歩いただけだ。動物達が持つ野性的な本能は、我々人間には到底計り知れない太古の昔から伝わる超常的な力を備わっている。それは、先にも挙げた映画『僕のワンダフル・ライフ』でも遺憾無く発揮されている。ただ、あの輪廻転生が彼らが持つ本能かと問われれば、それはまだ、誰もが到達し得ない未知の領域ではあるが、転生後に繰り返される飼い主の匂いだけで本人かどうか突き止める行動は、まさに、合目的的行動の一つではないだろうか?余談だが、この作品を観た小さなお子が、自身の飼っていた犬が亡くなった際、この映画のように犬もまた自身の元に帰って来るかと懇願したエピソードを近しい方から耳にしたことがあるが、子どもの純粋な心には大きく頷いてあげたい。動物達の合目的的行動があれば、必ず君の元に可愛がっていた犬が帰って来ると優しく慰めてあげる事はできるだろう。
最後に、映画『スラムドッグス』は元飼い主に対する動物達の強い復讐心を元に描きながら、作品自体を重くならないための下品な笑いの要素で塗り固めたアニマル・コメディ映画だ。また、本作における音楽の取り入れ方が非常に好ましく、ラストのシーンで犬が元飼い主のGolden BallをBiteする場面で流れるマイリー・サイラスの楽曲「レッキング・ボール」を選曲している音楽の趣向には、ただただ粋を感じる。
冒頭にも述べた、孔子の言葉「子曰、放於利而行、多怨」は、まさに、本作の事を指している。日本での「因果報応」という言葉もあるように、悪事は必ず跳ね返る。迷信のような言葉ではあるが、本作がすべてを体現している。先に述べた一部のドッグブリーダーのように動物達を大切に扱えない者たちには、必ず動物達から復讐される。因果は必ず巡り巡って、我が身に降りかかると肝に銘じておきたい。利己的な考えを持つ人間は、多くの反感を買い、最終的には自身の身を滅ぼすと、この作品から学べるだろう。
映画『スラムドッグス』は、全国の劇場にて公開中。
(※1)動物虐待統計https://www.eva.or.jp/gyakutai2022#:~:text=2023%E5%B9%B44%E6%9C%88%E3%80%81%E8%AD%A6%E5%AF%9F,2%E7%95%AA%E7%9B%AE%E3%81%AB%E5%A4%9A%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82(2023年12月4日
(※2)動物虐待とはhttps://www.jaws.or.jp/welfare01/welfare02/(2023年12月4日)
(※3)「子犬が朝カチカチになり死んでいる」動物虐待の疑いでブリーダーの女逮捕 杉本彩さん代表の団体が告発https://www.ktv.jp/news/feature/230208-1/(2023年12月4日
(※4)多頭飼育崩壊を防ぐためにhttps://www.city.akashi.lg.jp/kankyou/dobutsu/info/tatou.html#:~:text=%E4%BA%BA%E3%82%82%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%82%82%E4%B8%8D%E5%B9%B8,%E9%A3%BC%E8%82%B2%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%80%8D%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2023年12月4日
(※5)生物の行動や反応にはどのような種類がある?https://inarikue.hatenablog.com/entry/2019/12/04/111712(2023年12月4日)
(※6)生物学における目的論的説明*一植物のトゲの機能を例に一北川尚史舳(生物学教室)https://drive.google.com/file/d/1rZ4zpI0SsvSzENLOjz-3v73QcAX0qk1l/view?usp=drivesdk(2023年12月4日)