映画『無名』スパイ映画が誕生する必然性

映画『無名』スパイ映画が誕生する必然性

映像美に浸るスパイ・ノワール映画『無名』

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諜報活動は、今も世界中のどこかでヒッソリと行われている。どこの誰か、スパイなのか、私達は知る由もない。道を歩いていて、電車に乗っている時、エレベーターの中、バスの移動中、私達の日常生活の中に常に息を潜めて、諜報員はスパイ活動をしている。「ほら、あのバスの座席に座っている黒いスーツ姿の黒いスーツケースを持った黒縁メガネの色白のおじさん、あの人は日本を付け狙うどこどこの国のスパイだよ。」真向かいの家の人、電車の向かいの座席、交通渋滞が激しい道路の向こう側にはスパイが乗っている車が一般車両に紛れて走っているかもしれない。気付かぬ内に日々、至る日常の場面において、私達はスパイとは擦れ違って過ごしているかもしれない。一般人に紛れ込んでいたり、旅行者やバックパッカーとして日本に入り込んでいる可能性も捨て切れない。昭和からずっと囁かれ続けているのは、北朝鮮の工作員の存在だ。戦後、約70年の間に、日本国内では幾度となく外国人によるスパイ活動事件(※1)が起きているが、2000年以降には2000年ちょうどに起きた新宿百人町事件、2003年に起きた東中野事件、2004年に起きた布施寿町事件が、日本の近年における諜報活動事件においては大規模な事件として記録されている。併せて、北朝鮮工作員による日本人拉致問題(※2)は未だ、解決の糸口さえ見出せず、この出来事は現在、少しずつ風化しつつある。拉致被害者家族会(※3)は「親の世代が存命のうちに被害者全員の即時一括帰国を」と今でも政府に求めている。スパイは、いつの時代にも、どこの国にも、どのタイミングでも、必ずあなたの隣に存在する。映画『無名』は、第2次世界大戦下の上海で暗躍する中国共産党・中国国民党・日本軍のスパイたちの攻防をスリリングに描いた中国ノワール・サスペンスだ。近年の映画的要素でもあるCG技術の表現を一切排して、ワイヤーアクションや役者自身の生身のアクション演技で当時に起きたであろう工作員同士のバトルを臨場感たっぷりに演じる。この生々しいアクション場面が、本作の魅力の一つでもある。スパイとスパイが、生身の姿のまま日常で交わった時、何か大きな事件が起きる。国の威信にかけて、諜報活動をしている限り、彼等は常に危険や死と隣り合わせだ。スパイは、どこにでもいると思わなければならない。騒々しい大都会の喧騒の中、閑散とした田舎の閑静の中、そのどちらの日常風景にも自然と溶け込み、私達と同じ日々の日常の営みを過ごしている。

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世界には、多くの諜報機関があり、アメリカ、英国、ロシア、中国など、先進国含め、各国が日夜、諜報活動に精を出している。世界有数のトップ諜報機関は、以下の通り存在する。アメリカの中央情報局。インドのインド調査分析局。イスラエルのイスラエル諜報特務庁。イギリスの秘密情報部。オーストラリアのオーストラリア秘密情報部。フランスの対外治安総局。ドイツの連邦情報局。中国の中華人民共和国国家安全部。カナダのカナダ安全情報局。韓国の国家情報院。インドの情報局。アメリカの連邦捜査局。アメリカのアメリカ国家安全保障局。インドの国家調査局。日本の内閣情報調査室。南アフリカのアメリカ国家安全保障局が、リストとして挙がって来る。また、世界の武闘派諜報機関(※4)も存在する。それが、以下の通りだ。トルコのトルコ国家情報機構。ロシアのロシア連邦軍参謀本部情報総局。キューバのキューバ内務省情報局。ベネズエラの防諜機関。アフガニスタンの国家保安局。北朝鮮の偵察総局。パキスタンの軍統合情報局。タイのタイ王国国家情報局。ベトナムの人民軍情報部。イランの情報省。サウジアラビアのサウジアラビア総合情報庁。シリアのシリア軍事情報部(※5)が、それぞれ挙げられる。世界中にスパイに関する国家機関が存在し、その中には戦争を仕掛けるような危険な組織も存在する。諜報活動の主な具体例は、分析や評価にとどまらず、プロパガンダ、ハニートラップ、暗殺・破壊活動、政治工作、準軍事作戦(※6)、時に暗殺・暴行・脅迫などを含めた強行策、情報攪乱やフェイクニュースの宣伝による要人および国民への謀略工作が含まれると言われている。また海外では、教育機関がエスピオナージ(諜報活動)の教育(※7)に力を入れている国家も存在すると言われている。スパイとは、一部のエリートな人間だけが許された特権とされていた価値観は過去のものとなり、今ではより民間に、より教育界隈にまで諜報活動の重要性が降りて来ているが、一方で日本のエスピオナージの能力は、どうなっているのだろうか?日本の今の諜報活動の能力(※8)は、英米の機密機関と今後、どう関わり、どう相手にされるかどうかの段階だ。その為には、相手国から信頼される事。また、相手が必要とする日本の国家機密の決め札をどう配るかだ。それは、先方のアメリカも英国も同じ事だ。信頼足りうる日本に対して、どんな持ち札を提示するのか、常に考えあぐねている。その世界の情報共有の輪に仲間入りする事が、日本の諜報活動にとっての大きな決めてとなるが、それを左右するのは、恐らく、日本が世界と同様に諜報活動への価値観を民間や教育機関に落とし込む必要があるのではないだろうか?世界と肩を並べるのであれば、教育レベルでエスピオナージの重要性を再度、考え直す必要があるだろう。また、「インテリジェンスの必要性は、外交や安全保障に限らず格段に高まりつつあります。特に多くの人にとって重要なのが、2022年5月に推進法が成立した「経済安全保障」でしょう。米中対立が高まる中、日本が持っている高度な技術や先端研究の情報が中国に流れ、産業や軍需品の開発で使われないように、さらには中国の科学技術力の蓄積に使われてしまわないように、経済面からの安全を守るための枠組みが構築されています。」と一部を引用するが、では、この「2022年5月に推進法が成立した「経済安全保障」」とあるが、経済安全保障とはどんな保障なのか?「経済安全保障推進法案」(※9)には主に4つの柱があると言われており、1つ目は「サプライチェーンの強化」、2つ目が「先進技術の開発支援」、3つ目が「インフラの安全確保」、4つ目が「特許の非公開化」の4つの考え方を主な柱にしつつ、その中でも1つ目の「サプライチェーンの強化」は、近年のコロナ禍のマスク不足、半導体やレアメタル・レアアース、医薬品の不足、ウクライナ戦争中の運送ルートの遮断による物資不足に対する大きな課題を解消する推進法だ。世界対立が起きている中、日本が持つ先進技術が、諜報活動において非常に必要になって来る。その為には、インテリジェンスの強化が試されているのたが、先にも述べたように、日本国家は教育機関にまでエスピオナージの落とし込みが、今後ますます重要視されて行く事だろう。

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また、中国には中華人民共和国国家安全部、日本には内閣情報調査室という国家レベルの諜報機関が存在するが、本作『無名』は第二次世界大戦における日中間の諜報活動を描いた物語だが、現在における日中間の諜報活動の関係性は、この両国の中華人民共和国国家安全部と内閣情報調査室が大きく関わって来る事だろう。現代の中国と日本の諜報活動は、日夜、両国の至る所で行われている。日本国内では、東京にある中国人が関係する飲食店(※10)は、諜報活動の温床とされており、そこで誤って口を滑らせてしまったら、日本の国家機密が相手国の中国に筒抜けという極めてデンジャラスな行為だ。また、日本側も中国に負けず劣らず、中国国内でスパイ活動に精を出している。2023年3月、スパイとして諜報活動に関与したとされる大手製薬会社の日本人社員(※11)を、中国当局は過去に逮捕している。更に、中国の諜報活動は過激化され、ドイツで起きた事件では、白人の多く居住する地域で、アジア系が表立って活動できないため、ドイツ人の工作員を用いて、スパイ活動をしていた形跡があるが、この時は男女3人のドイツ人の諜報員が逮捕されている事態にもなっている。これらの出来事は、単なる氷山の一角に過ぎない。いつどこで、誰が諜報活動をしているのか、本当に検討が付かない。これらは、日本と中国、欧州で起こった事件だが、世界では一体、どのようなエスピオナージが行われているのか?「スパイはいつの時代も、世界史を変えるような重要な役割を担っている。最近では、ロシアのウクライナ侵攻や米中対立などの“裏側”で、スパイが暗躍している。」(※12)と、話すのはスパイオタクとして有名な池上彰氏だ。近年、イギリスで起きた元スパイ毒殺未遂事件、ロシア・北朝鮮によるサイバー攻撃、サウジアラビアのジャーナリスト失踪事件が世界中から注目された傍らで、たとえば、イスラエルの諜報機関「モサド」(※14)が今、暗躍し始めていると言われている。また、インドにある諜報機関(※15)が突如として脚光を浴び、静かにその活動が動き始めていると報道されている。昨年2023年には、イギリスのロンドン警視庁が、男女5人を逮捕(※16)したと報道されたが、この男女はロシアのスパイで、長年イギリスに住みながら諜報活動を行っていたと言われている。そして、アメリカ、中国が互いのスパイ活動を暴露する問題が大きく発展した(※17)。アメリカでは、5カ国の情報機関のトップが番組出演し、諜報活動の内容を暴露し、中国はそれに負けじと自国のSNSで暴露の対抗が行われている。なんともお笑い種だ。現代でも、世界中の多くの諜報活動が報告されており、私達の生活の裏側では常に、スパイ達が自身の国家のために暗躍している。本来は、裏社会として表世界に現出する事はないが、本作『無名』のようにスパイ達が暗躍する世界を架橋となって表の世界に映画として表現すれば、より公公然たる世界として私達の目に留まる事だろう。映画『無名』を制作したチェン・アル監督は、あるインタビューにて「実はこれらはスパイ映画ではなく、『中華民国の過去の出来事』なんです。あなたの物語がどのようにして生まれたのか話してもらえますか?聞かれ、と本作についてこう話している。

Cheng Er:“Be it “Romantic Disappearance History” or “Hidden Blade”, the framework of these films must still be related to my reading experience, because I have always been more interested in modern history, and I often read related books. Over time, some characters, events, scenes and even objects will settle in my heart, and finally these unforgettable or lingering parts become the origin of these two scripts. In the process of reading, I will actually find that no book is comprehensive. Even the same event has many books with different perspectives and viewpoints. Afterwards, I will have my own thinking and try to use my own logic to intervene , trying to sort it out and come up with a logical relationship that I think is closer to the historical process. This is a process that comes from feelings. As for the cityscape of Shanghai and the colorful appearance of various people, they are all attached to the history and are the details of creation. I think the historical sense of “Hidden Blade” is relatively complete, but it still establishes a large historical framework, and the specific character creation and plot weaving are still a process of creation and fiction.”(※18)

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チェン監督:『浪漫失踪史』にせよ『隠された刃』にせよ、これらの映画の枠組みは今でも私の読書体験と関連しているはずです。なぜなら、私は常に近代史に興味があり、関連する本をよく読んでいたからです。時間が経つにつれて、いくつかの登場人物、出来事、シーン、さらには物体が私の心の中に定着し、最終的にこれらの忘れられない部分、または残っている部分がこの 2 つの脚本の起源となります。読んでいくうちに、包括的な本はないことがわかります。同じイベントでも視点や視点が異なる本がたくさんあります。その後、私は自分なりの考えを持ち、自分なりの論理を介入させて整理し、より歴史的過程に近いと思われる論理的関係を導き出していきます。これは感情から生まれるプロセスです。上海の街並みも、様々な人々の多彩な姿も、それらはすべて歴史と結びついており、創造の細部です。『Hidden Blade』の歴史感は比較的完成されていると思いますが、それでも大きな歴史的枠組みが確立されており、具体的なキャラクターの造形やプロットの織り方はまだ創造の過程であり、フィクションです。」と話す。本作『無名』は、監督の中ではフィクションであり、自身が過去に読んだ本の中の物語を具現化した結果の物語として生まれた作品だが、それでも、積み重ねられた多くの歴史の層や襞の裏には実在したであろうスパイ達が、現代の時代のように第二次世界大戦にも暗躍していたのだろう。今も昔も、諜報員達の世界や活動内容は変わらない。

最後に、映画『無名』は、太平洋戦争時に活躍した中国や日本のスパイ達にスポットを当てた中国産スパイ・ノワールの真骨頂であるが、今のこの時代にスパイ映画が誕生する必然の裏には、今の世にも諜報活動が如何に必要かを裏付ける結果なのかもしれない。ただ、従来の危険視される工作員の存在を支持するのではなく、世界や日本の経済の立て直し、必要物資の確保、先進技術の開発支援、インフラの安全確保の為の諜報が今後、必要とされる時代が訪れるだろう。その為にも、今から日本が国家としてすべき事は、過去に陸軍中野学校が存在したように、世界の価値観に追いつく為に教育機関への諜報教育を反映させ、実現させる手立て興じる必要がありそうだ。私達の日常生活に潜むスパイへの価値観を一旦、過去のもにして諜報活動への新しい価値観を、ひとたび考え直す必要があろうだろう。

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映画『無名』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)北朝鮮によるテロ等https://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten271/japanese/0404.html(2024年5月19日)

(※2)【そもそも解説】北朝鮮なぜ拉致? どんな経緯? 日本の対応は?https://www.asahi.com/articles/ASQ3T20VDQ3SUTIL016.html(2024年5月19日)

(※3)横田めぐみさん拉致46年、母・早紀江さん「本当にしんどい」「写真でも録音でもあったら」https://www.yomiuri.co.jp/national/20231107-OYT1T50203/#google_vignette(2024年5月19日)

(※4)イスラエルとハマスの衝突が金融市場に与える影響についてhttps://www.smd-am.co.jp/market/ichikawa/2023/10/irepo231010/(2024年5月20日)

(※5)世界の諜報機関ベスト20【危険な”武闘派”ランキングも!】https://www.japanpi.com/ja/blog/intelligence-agency/best-and-dangerous-intelligence-agencies-in-the-world/(2024年5月20日)

(※6)英国に学ぶ日本のインテリジェンスhttps://ippjapan.org/archives/2797#:~:text=%E4%BE%8B%E3%81%88%E3%81%B0%E3%80%81%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%80%81%E3%83%8F%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%97%E3%80%81,%E3%82%88%E3%81%8F%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82(2024年5月20日)

(※7)なぜ「諜報活動を教える大学」が増えているのか? 学生人気も急上昇https://www.sbbit.jp/article/cont1/36759(2024年5月20日)

(※8)池上彰が解説「日本のスパイ能力」の実態、米英の機密情報共有の輪に加われるかhttps://diamond.jp/articles/-/321033(2024年5月20日)

(※9)経済安保とは?なぜ今必要?経済安全保障をイチから解説https://www3.nhk.or.jp/news/contents/ohabiz/articles/2022_0316.html(2024年5月20日)

(※10)中国スパイの協力店に潜入、社外秘を盗む手口解明https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00372/112400017/(2024年5月20日)

(※11)中国、拘束の大手製薬会社 日本人社員を逮捕 “スパイ関与”https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231019/k10014230681000.html(2024年5月20日)

(※12)欧州で相次ぐ中国スパイ事件/厳格に管理された中国諜報活動の実態と日本に求められる施策とは(過去寄稿記事から抜粋)https://www.japancia.com/post/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%81%A7%E7%9B%B8%E6%AC%A1%E3%81%90%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E4%BA%8B%E4%BB%B6-%E5%8E%B3%E6%A0%BC%E3%81%AB%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AB%9C%E5%A0%B1%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%85%8B%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%96%BD%E7%AD%96%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%88%E9%81%8E%E5%8E%BB%E5%AF%84%E7%A8%BF%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%81%8B%E3%82%89%E6%8A%9C%E7%B2%8B%EF%BC%89(2024年5月20日)

(※13)スパイオタクの池上彰が解説。世界の「スパイ最前線」と日本の事情https://forbesjapan.com/articles/detail/64693?read_more=1(2024年5月20日)

(※14)スパイ大国イスラエル「モサド」の暗殺手口が神業過ぎるhttps://courrier.jp/news/archives/139773/(2024年5月20日)

(※15)アングル:インド諜報機関に突如脚光、西側諸国で静かに活動拡大https://jp.reuters.com/economy/NJOBTYQAU5MMPGCZVVRB63DDDU-2023-10-05/(2024年5月20日)

(※16)ロシアのスパイか、英ロンドン警視庁が男女5人逮捕https://www.bbc.com/japanese/66517803(2024年5月20日)

(※17)米中が互いのスパイ活動を暴露合戦…米側5か国の情報機関トップが番組出演、中国はSNSで対抗https://www.yomiuri.co.jp/world/20240207-OYT1T50020/(2024年5月20日)

(※18)Interview with Cheng Er: A good movie in my mind is a movie that can be explained in simple termshttps://inf.news/en/entertainment/0d9006c63c86d6c832deff7213735a8b.html(2024年5月20日)