ドキュメンタリー映画『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』誰かの犠牲の名の元に…

ドキュメンタリー映画『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』誰かの犠牲の名の元に…

2023年4月24日

知られざる魅力を明らかになるドキュメンタリー映画『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』

©2022 Adama Films, LLC

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映画『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、ウクライナに暮らすユダヤ系移民の一家の半生を描いたミュージカルだ。

また、舞台としても人気を博し、ここ日本では1967年9月6日に初演を迎え、主人公のテヴィエ役には森繁久彌(1967年から1986年)が登壇。

その後、上條恒彦、西田敏行、市村正親らが、作品の主演として長年に亘り携わっており、日本国内でも幾度となく上演されて来た全世界を代表する舞台劇『屋根の上のヴァイオリン弾き』だ。

本作『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』は、映画版の舞台裏の視点を丹念に取り上げたバックヤード映画に当たり、同ジャンル作品としては、ここまで丁寧に作り込まれた作品は、そうそうお目に掛かれないほど、貴重なドキュメンタリー作品として仕上がっている。

映画『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、ミュージカルが主体となっている色褪せることの無い傑作だ。

ミュージカル映画というジャンルは、いつ頃から生まれたのか、広い視野を持って、考える必要がある。

©2022 Adama Films, LLC

ミュージカル映画史は、実に古いジャンルと言える。

第二回アカデミー賞から既にミュージカル映画が一つのジャンルとして台頭し、アメリカでは人気を得た映画の種類だった。

その背景には、映画技術の進化が大きく影響を与え、ミュージカル映画『雨に唄えば』また近年では映画『バビロン』でも取り上げられたように、サイレント期からトーキー期に移り変わる時代に大変人気が出たジャンルだ。

映画ジャンルで最も古いのは、SFジャンル(映画『月世界旅行(1902年)』)で、次にアクション(西部劇)ジャンル(映画『大列車強盗団(1903年)』)が、最も古い。

世界初のミュージカル映画は、誰もが知る限りではあるが、1927年に公開された映画『ジャズ・シンガー』が、世界初と呼ばれている。

ただ、作品的には、部分的サイレント、部分的トーキーであるため、完璧なトーキー作品、ミュージカル作品と言われれば、少し痼が残る。

翌年以降、数多くのミュージカル作品が製作されるようになり、個人的には第二回アカデミー賞作品賞を受賞した映画『ブロードウェイ・メロディ(1929年)』や映画『巨星ジーグフェルド(1937年)』と言った、第一次黄金期のミュージカル映画が記憶に残っている。ハリウッドの同ジャンルの隆盛と衰退は、幾度も繰り返されており、第二次ミュージカル映画の全盛期は先述の映画『雨に唄えば(1952年)』や映画『サウンド・オブ・ミュージック(1965年)』映画『ウエスト・サイド物語(1961年)』と言った公開当時、特大ヒットを飛ばした作品が挙げられる。

その反対に、イギリスでのミュージカル映画事情は、アメリカよりも数十年遅咲きの作品が並ぶ。

映画『オリバー!(1968年) 』映画『心を繋ぐ6ペンス(1968年)』映画『ダウンタウン物語(1976年)』映画『チキ・チキ・バン・バン(1968年)』映画『チップス先生さようなら(1969年)』。

こうして、作品を並べてみると、ある法則に気付いて来るだろう。

それは、イギリスミュージカルは皆、1960年代(以降)に集中している。

それには、恐らくハリウッドにおけるミュージカル映画第二次黄金期の影響が、伺える。

また、(※1)フランスのミュージカル映画事情を見てみると、まずジャック・フェデー、ジャン・ルノワール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、マルセル・カルネと同時期に活動し、フランス映画の古典における「ビッグ5」(「詩的レアリスム」)の一人として挙げれるルネ・クレールが、フランスのトーキー初期作品である映画『自由を我等に(1931年)』映画『ル・ミリオン(1931年)』で実験的に精力的にミュージカル映画というジャンルをフランス国内に導入している。

それから、年を経た1960年代、まさにハリウッドの第二次ミュージカル映画黄金期の余波を受けて製作されたのが、ジャック・ドュミ監督作品『ロシュフォールの恋人たち(1964年)』『シェルブールの雨傘(1964年)』『ロバと王女(1970年)』で、フランス・ミュージカルの代表格だ。

この年代前後には、映画『フレンチ・カンカン(1955年)』映画『女は女である(1961年)』映画『この神聖なお転婆娘(1956年)』映画『ローラ(1961年)』など、多くのフレンチミュージカルが誕生している。

この流れは、70年代、80年代以降も続き、映画『想い出のマルセイユ(1988年)』映画『ゴールデン・エイティーズ(1986年)』映画『ル・バル(1983年)』映画『パリでかくれんぼ(1995年)』映画『恋するシャンソン(1997年)』映画『サラフィナ!(1992年)』など、勢いが衰える事なく、多くの作品がフランスから誕生している。

では、日本のミュージカル映画事情は、どうだろうか?

実は、日本のミュージカル(別名オペレッタ)は、他国より古く、ハリウッドの第一次ミュージカル黄金期と同年代に製作されており、日本の映画界は非常に精力的に作品を製作していた。

古くは、戦前のマキノ雅弘監督による映画『鴛鴦歌合戦(1939年)』は、日本初のミュージカル映画に違いない。

ハリウッドやドイツのミュージカル・ブームに影響を受けた本作は、当時では斬新な時代劇風ミュージカル映画だった。

丁髷をしたお侍さんが歌い踊り楽器を吹き、着物姿の女優も歌い狂う。

美術もヘアセットも衣装も時代劇でありながら、その内情は現代劇だ。

今観てもまったく色褪せず、現代の日本映画がこの作品をリメイクするのは確実に難しいと思えるほど、完成度が高い。

日本映画を代表する初期の代表作の一つとして挙げられるだろう。

残念ながら、日本でのミュージカル需要はそれほど高くなく、長い邦画史の中でもほとんど製作されていないのが現状だ。

この点は、非常に勿体なく感じて止まない。

最後に、ミュージカル映画は現代、姿かたちを変えて、様々なジャンルと融合して、既に一筋縄でいかない種類の映画として定着しつつある。

その一例として、近年公開されたイギリス映画『アナと世界の終わり』やイタリア映画『愛と銃弾』では、ホラー×ミュージカル、ゾンビ×ミュージカル、またアクション×ミュージカル、ギャング×ミュージカルとして進化しつつある。

今後、ミュージカルというジャンルが、どのような道を辿るのか、今を生きる私たちは見届ける姿勢が必要となってくる。

さて、本作を監督したダニエル・ライム監督はあるインタビューにて、映画『屋根の上のバイオリン弾き』との個人的な深い関係について質問されている。

(※2)DANIEL RAIM:“Sure, I’ll go in chronological order. I saw the movie version of Fiddler on the Roof first. One day when I was about 13 years old, my grandparents just put it on – I remember they had the double VHS cassette. I had never seen the play, I’d never heard the music, but I was already very curious about Jewish history and identity. My grandparents had survived the Holocaust, and seeing it with them was transformational. Not only was I totally taken by the story, the music, and the filmmaking, but I was transported to the Eastern European Jewish shtetl life that I had only ever heard about through their stories. It was very meaningful and seeing it with them was an impactful experience that taught me a lot about Jewish traditions and community, as well as cinema.”

DANIEL RAIM:「その件については、時系列でお話しします。屋根の上のバイオリン弾きの劇場版を初めて見ました。私が 13 歳くらいでした。私は演劇を見たことがなく、音楽も聞いたことがありませんでしたが、ユダヤ人の歴史とアイデンティティーについてはすでに非常に興味がありました。私の祖父母はホロコーストを生き延びた生存者です。私は物語、音楽、映画製作に完全に夢中になっただけでなく、彼らの物語を通してしか聞いたことのない東ヨーロッパのユダヤ人のシュテットルの生活に引き込まれました。それは非常に有意義で、映画だけでなく、ユダヤ人の伝統とコミュニティについて多くのことを教えてくれた衝撃的な経験でした。」と、映画云々よりも、自身の血統、アイデンティティ、祖父母との関係性、そしてユダヤ人である事への認識が、本作を製作する気骨へと駆り立てているのだろう。

©2022 Adama Films, LLC

最後に、本作『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』は華やかな映画や舞台と言った表舞台の、そのまた裏舞台を余すことなく映像で記録したバックヤード映画だ。

インタビュー相手には、映画『屋根の上のヴァイオリン弾き』を監督したノーマン・ジュイソン、音楽担当のジョン・ウィリアムズ、主演のトポルと3人の娘役だった女優らが、当時を振り返りながらインタビュー形式に答えていく。

非常に華やかなドキュメンタリー映画で、ミュージカル映画という少し特殊な映画ジャンルと相まって、非常に豪華絢爛な印象を受けることになるだろう。

でも、この華やかさの裏側では、多くの人間の人権や尊厳が蹂躙されているのも事実だ。

言ってみれば、ミュージカル映画『屋根の上のヴァイオリン』もまた、ユダヤ人一家の迫害と差別の生活を綴っていることを胸に留めておきたい。

また、この作品の舞台となっているのは、ロシアウクライナ戦争で苦難を強いられているウクライナだ。

華やかな表舞台のその裏側では、多くの人間が人生の苦杯に直面している。

私たちが日夜、映画を観て、また1日遊び疲れて、楽しいと歓喜するその裏側では、ウクライナ人が戦火に怯えている事を忘れてはならない。

彼らが犠牲を払っている事実を忘れずに、私たちは平和な日々を過ごし、楽しいと思える映画に触れて欲し。

開戦から1年たった今、ウクライナではまだまだ悲しいニュースが耐えない。

(※3)拉致された子どもらの救出に奔走する大人たち、(※4)爆撃は1年経た今でも続いている現状

近頃、ドキュメンタリー映画『(※5)マウリポリ 7日間の奇跡』が公開されたばかりだが、本作はニュースでは伝えられないありのままの、日常のウクライナが映し出されている。

本作『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』では、この件については一切、触れられていない。

ただ、この華々しい作品の舞台裏の、そのまた裏側で一体何が起きているのか理解する必要がある。

作中では、しっかりと明言はされていないが、ただ一つ言えるとするなら、彼らの犠牲の元に、私たちはこの場所に立ち、生かされているということ。

これを胸に、今をしっかりと生きて行きたいと願うばかりだ。

楽しいだけが映画ではないが、鑑賞中は楽しいことだけを考えて欲しい。

そして、観終わった後に、自分たちが感じたこの「楽しい」の先に何があるのか、再度見つめ直して欲しい。

誰かの犠牲の名の元に…。

©2022 Adama Films, LLC

ドキュメンタリー映画『屋根の上のヴァイオリン弾き物語』は現在、4月22日(土)より大阪府のシネヌーヴォにて、上映中。また、京都府の京都みなみ会館、兵庫県の元町映画館は近日公開予定。

(※1)近代日本とフランスhttps://www.ndl.go.jp/france/jp/column/s2_3.html(2023年4月24日)

(※2)INTERVIEW: FILMMAKER DANIEL RAIM ON ‘FIDDLER’S JOURNEY TO THE BIG SCREEN’https://bostonhassle.com/interview-filmmaker-daniel-raim-on-fiddlers-journey-to-the-big-screen/(2023年4月24日)

(※3)ウクライナの子ども6000人 ロシアの施設で愛国教育や軍事訓練https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230215/k10013981021000.html(2023年4月24日)

(※4)ウクライナの2023年、ロシアによる新たな攻撃で厳しい幕開けhttps://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_82967/(2023年4月24日)

(※5)マリウポリ 7日間の記録https://www.odessa-e.co.jp/mariupoli7days/#modal(2023年4月24日)