「許す」って何?映画『エス』太田真博監督インタビュー
—–まず、この映画『エス』の制作経緯や作品における舞台裏について何か、お聞かせ頂けますか?
太田監督:まず、僕自身が2011年に逮捕されています。罪状としては「不正アクセス禁止法違反(※1)など」となりますが、一言で言えば気持ち悪い犯罪です。女性のアカウントを不正に乗っ取り、その女性になりすましたというものです。
—–女性のアカウントを乗っ取ってやろうと企てたんですか?なぜ、他人のアカウントを乗っ取ろうと考えたのでしょうか?好きだったんですか?
逮捕されるよりも前に、3年ほど出会い系サイトのサクラの仕事をしていました。女性になり切って男性にメールをして、相手から返事をもらう仕事です。そこで僕、すごく成績優秀だったんですよ。架空の人物の設定を作っていくこと自体も、とても楽しかった。それで、その仕事を辞めた後も、似たようなことをもう一度やりたいという気持ちがずっとあったんだと思います。
—–仕事には復帰せず、女性のアカウントを乗っ取った訳ですね。そのアカウントを持っていた女性は、お知り合いの方だったんでしょうか?監督自身が、相手の方が好きだったのか、面白おかしく、冗談半分でしてしまったのか。
太田監督:好きだった訳ではなく、友人でもなく、知人という距離感の方です。
—–簡単に、バレるものなんですね。相手方が「あれ?」って気付き、捜査が始まり、ある日突然、警察が家に来た感じですか?
太田監督:朝8時ぐらいでした。「警察24時」じゃないですが、警察って本当に朝来るんですよね。そんな時間に呼び鈴が鳴るって普通じゃないじゃないですか。何事だろうと思って覗き穴を覗くと、8人ぐらいのパリッとした着こなしの男性や女性がいらっしゃる。ドアを開けてみると一言、「警察です」と。
—–ある日突然、逮捕状を出されて連行されてしまったと。その経緯から、この作品が生まれましたが、別の作品でもご自身の体験を作品として制作していますが、けどまた、なぜ本作『エス』で同じような題材で映画を撮られたのでしょうか?
太田監督:プロデューサーの一言がきっかけです。僕が逮捕経験をモチーフに作った最初の作品(『園田という種目』という自主映画)を気に入ってくれていて、あれをアップデートさせたものをやりましょう、と言ってくれたんです。僕には、捕まってからずっと生き恥を晒し続けているという感覚がありました。逮捕経験を一度映画にできたからと言って、じゃあこれで一旦そういう過去は脇に置いて生きていきましょう、なんてことには全然なってなかったんです。だからこそプロデューサーの言葉をすんなり受け入れられたんだろうと思います。
—–本作の物語は、法を犯した事や逮捕された事がメインではなく、当事者の「その後」が描かれていると私は感じましたが、監督自身、過去に体験した事に対して、知人や親友によって救われたのでしょうか?救われたからこそ、本作のような物語が生まれたのかと、私は感じました。
太田監督:周りの方たちにはすごく支えられました。そうじゃなかったら精神崩壊してたかもしれないです。留置所から出てきた後、息の吸い方が分からなくなっていました。外に出たり、電車に乗ったりすることもままならない。それでも目的地へ行かなければならない。もちろん悪い事をした自分が悪いんですが、そんな時期がありました。そうなったのには、逮捕そのものよりも実名報道されたことが大きかったように思います。一度、駅の構内を歩いていた時、前から歩いてきた全然知らない人が僕の顔を見て「ああっ!」と、とんでもないものを見たような顔で言ったことがありました。その時、僕は思ったんですね。「あ、夕方のニュースで僕の顔を見たんだな」と。つまり僕が犯罪者であることをこの人は知っている、と。それでもう歩けなくなってしまった。でもその時、僕はすぐ友達に電話をかけることができた。相手の都合なんて考えなくていい。そういう関係の友達がいたから。電話した相手だけじゃなく、そういう友達が僕にはたくさんいました。だから、駅の構内で立ちすくんで、物理的には完全に止まってるんだけど、でも人生まで止めることはせずに済んだ。足は止まっていても、友達に電話をかけるという行為によって、僕の人生はあの瞬間ですらちゃんと前に進んでいたんだ、と。今、そう思います。電話の向こうで、その友達は言いました。ニュースで一瞬流れてきた顔をいちいち覚えてるはずがない。知り合いに似すぎてて思わず声が出たとか、その程度のことだろ、と。
—–実際、罪を犯したら、周りの人は離れて行くと思うんです。友達であっても、学生時代に仲良くしていても、その友達はなぜ、離れなかったと思いますか?
太田監督:学生時代の友達は、結果的には一人も離れませんでした。逮捕された直後から、高校の友達が中心となり、大学の友達や先輩も巻き込んで、僕のために嘆願書を書いてくれたりもしました。だから『エス』でも、逮捕された染田という人物のために、仲間たちが集まって嘆願書を書くことにしました。ただ、友達や仲間との関係が危うくなった時期もありました。留置所から出てきた後、「お帰り会」というか「太田を元気づけてやろう的な会」みたいなものがあちこちで催されました。2人きりの会の時もあれば、10人、30人という会もあった。もちろん嬉しかったです。でも、こういう会が、実は当時の僕には一番の難所だった。まず、笑っていいかが分からない。たとえば駅の改札前に集合する。友達は改札の外に待っていて、僕は改札を抜ける。友達は「お勤めご苦労様です!」なんて言う。でも、笑っていいかすら分かっていない僕には同じトーンでふざけることができない。真顔で「あ、ありがとう」なんて言ってしまったり。「太田、つまらなくなったな」なんて言う人もいました。で、それを気にして逆に明るくしてみれば、それをたしなめる人も現れる。反省してないんじゃないのか、と。とにかくあの時期は難しかった。それでも、そういう会には行き続けた。会おうと言ってくれる人には全員に会いました。
—–逮捕される前と後では、周囲との関係性が表面は変わって無くても、内面での関係性が変わったのではないでしょうか?
太田監督:というより、僕が勝手に思いこんでいた部分が大きかったと思います。『エス』の主人公・千穂(松下倖子)や染田たちと同様、僕も大学演劇をやっていました。留置所を出た直後にはその頃の仲間とも飲みに行きましたが、そこで僕はうまく振る舞えなかった。もの凄い人数がいたせいもあって、いつも以上にどうしたらいいか分からなかった。酔っぱらえばなんとかなると思ってひたすら飲んで、泥酔。酔った勢いで暴言に近い言葉も放った気がしますね。だからその日でそこにいる全員に嫌われたと思った。それで、それ以降13年くらい、その仲間とは会わずに暮らしてきた。そしたら今年の1月、『エス』がアップリンク吉祥寺で上映された時、その仲間たちが大勢で見に来てくれた。あの日で全員に嫌われただなんて、完全なる僕の思いこみだったと、13年かかってようやく気づけたんです。
—–友達だけに救われた訳ではなく、映画を通して救われたのかな、と。映画が、その役割の一翼を担ったと、私は考えました。この作品を作った事によって、疎遠になっていたままのご友人と再会し、会話もできましたよね。もしかしたら、この作品が生まれてなければ、会えないまま何年も過ごしていたのではないかと思います。関係性を修復できたのは、この映画があってこそと、私は感じました。ただ、「今」を生きるしかなく、過去には絶対に戻れないと思うんです。以前の楽しかった友達との関係性も、一度、事が起きた事によって、ブツッと縁が切れてしまいますよね。だから、過去に戻す事ができないからこそ、切れてしまった以上は、「今」を生きて行くしかないですよね。これからをどうして行くかが、大事ですね。
太田監督:でも、本当に、ほとんどはシンプルに僕の思いこみのせいだったんですよ。確かに関係が切れてしまった方も数人いますが、それ以外の方たちとの関係は丸々残っています。
—–太田監督自身、確信犯ではあると思うんですが、まさかご自身が逮捕されるとは思っていなかったのではないかと、私は思うんです。人は、知らず知らずのうちに、一線を越えてしまい、人生の落とし穴に迂闊にハマってしまい、その時感じた太田さんご自身の感情や心情を正直に、赤裸々に、お話をして頂く事はできますか?
太田監督:まず刑事さんが「どこどこ署の者です」と訪ねて来た時、僕はこう思ったんです。「近所でどえらい事件でも起きたのかな、それで朝っぱらから訪ねて来たのかな」と。そしたら僕が捕まる、と。心底驚きました。僕は今43歳なんですが、ネットが出始めた世代というか、ネットの本当の初期を知っている世代でして。で、最近年上の友達ともネット初期の頃のことを話したりしましたが、その頃ってネットに本当の事を書く人なんかいなかったんです。嘘をまじえて書くのがむしろ当たり前だというくらいに思っていた。出会い系のサクラも、嘘ばっかり書く仕事ですしね。ネットと現実とのリンクが、完全に欠落していました。
—–ネット上での行動が、現実の世界で捕まるという考えまでには至らなかったのか?
太田監督:至らなかったです。アカウントが人の持ち物で、だから勝手に奪ったらいけないと、道徳
的な部分では理解してました。でも犯罪だとまでは思っていなかった。
—–だから、法律があるとか、法に触れているという意識や感覚が、なかったんですね。
太田監督:まったくなかったです。
—–それは、皆だと思うんです。その問題や感覚は、今でも残っていると思います。世の中の人たちが、まだ理解できていない部分もあると思います。
太田監督:そうかもしれないですね
—–たとえば、SNSで誹謗中傷する事が、今は現在、法として引っかかりますが、皆、詳しい法律を知らないから、それを誰でもやってもいいんだという状況になっていると思うんですよね。種類が違っても、太田監督がやってしまった事と全く一緒だと、私は思います。
太田監督:僕は今、ネットやSNSで人の事を悪く言いませんが、言っちゃう人の気持ちは100%理解できます。一方で、ネットでのことを真に受けてダメージを受ける方もいると思いますが、それは逆に、僕の感覚ではたかがネットじゃないかと。世代のせいにばかりしてはいけないかもしれませんが、2ちゃんねるが流行っていた時代を生きていた身としては、ネット上に書かれていることはまず疑えというのが染みついてるんです。たとえば当時、竹下通りに有名なアイドルが来てる!と、ツイッターに呟いた人がいまして。嘘なんですけどね。でも、それにつられて結構な人数が竹下通りに押し寄せてしまって、それがネットニュースになりました。その時、大半の人は「そんなの嘘に決まってるだろ」というスタンスでした。僕もそうでした。「 何、信じてんだよ」と。だから、ネットが現実に即した事しか言っちゃいけないっていうのは…、ある意味では今もそうは思ってないです。ありもしない事をわざわざ自分で言おうとは思ってないですが。でも、たとえば誰々がこういう悪い事をやったなんて情報がネットに流れてきたとしても、それをすぐに信じる事だけは絶対にしません。そういうことを言っている人が少なくとも一人いる、としか思わないですね。
—–監督の赤裸々な胸の内をお聞きして、聞けて良かったと私は思えました。ネットと現実のリンクや境目が分からなくなるのは、まさに今の問題として起きているんですよね。実際の体験者が話をして、私達が耳にする事で考え方も変わって来ると思います。これは、凄く貴重なお話だと思います。ネットより現実の社会の方が、大切だと私は思います。
太田監督:それは、本当に僕もそう思います。
—–ただ、監督と同じように、今後同じ経験される方もきっと出て来ると思うんです。これはもう、今もどこかで起きている事だと思います。ご経験者の口から何か伝えたい事は、ございますか?
太田監督:映画『エス』の東京公開時のアフタートークでは、逮捕歴のある方達ともお話をさせて頂きましたが、逮捕歴がある人と一口に言っても、その後の罪への向き合い方は人それぞれだと思います。だから、これから逮捕されてしまう方がいたとしたら…?言いたい事は、ないと言えばない。誰か味方がいますから、なんてことも安易に言えない。罪の重さにもよるかもしれないですし。あと、自分の事を褒める訳ではないですけど、それまでの人付き合いにもよるかもしれません。ただ、やはり僕よりもっと重たい罪を犯した方が山のようにいる現実を思うと、そういうことだって言いづらい。それこそ留置所の中でも色々な罪の重さの方達と時間を共にしましたからね。『エス』を作る時に「逮捕されても、人生は終わらない」と思って作りました。それはそうなんですけど、でも、あくまでも、そういうふうに思っている人が一人「ここにいます」という事しか言えないです。だから、あなたもそう思って下さいとは言いにくい。
—–ただ、「ここにいる」という事。そして、今を生きている事が大切ですね。もしかしたら、自殺を選ぶ方もいるかもしれないです。人生つまずいても、今を生きる事が大切です。
—–最後に、本作『エス』が、上映を通して、どのような広がりを持って欲しいなど、何かございますか?
太田監督:まずは、逮捕されたやつが自分のことを映画にしてるらしいぞ、と興味本位で観て頂けたら嬉しいです。その先に、俳優を見て欲しいという気持ちがあります。俳優の皆さんを輝かせたい一心で映画を撮ってきました。留置所を出た直後、周りの俳優さん達はすぐに「次いつ撮るんですか?」と聞いてくれた。そんなの、まさかのまさかじゃないですか。そういう俳優さん達のおかげで、僕はもう一回、映画監督になれた。だから、俳優さんの演技をより良くしていきたいと、そのことをずっと念頭に置いて生きてきました。映画『エス』では、松下倖子と辻川幸代さんが対峙するクライマックスのシーン、これは凄いものが撮れた。確かめていただけたら最高です。入口のご興味は、犯罪者の作った映画への興味でもなんでも、もちろんいいんです。それで実際に見てみたら、いい俳優見つけてお得だったなと、それがお客様の出口になったらいいなと、心から願っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『エス』は現在、関西にて7月20日(土)より大阪府のシアターセブンにて、上映開始。23日(火)、25日(木)を除いて、連日舞台挨拶が行われる予定。
(※1)不正アクセス禁止法とは?押さえておきたいポイントを解説https://www.hitachisolutions-create.co.jp/column/security/unauthorized-accesslaw.html#:~:text=%E6%B3%95%E5%BE%8B%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%BD%B0%E5%89%87,%E7%BD%B0%E9%87%91%E3%81%AB%E5%87%A6%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年7月19日)