目標は世界。目的は生きた証拠。ドキュメンタリー映画『雲旅』下本地崇監督インタビュー



—–前作『6600ボルト』から、およそ6年が経過しておりますが、本作『雲旅』がどのような経緯で作品の企画が、立ち上がったのか教えて頂きますか?
下本地監督:まず、僕の映像作品のテーマは、対象者を通して、普遍的な人間愛を描く目的があります。
今回の作品でも、同じように取り組みました。
テーマを絞るにあたり、単に女性ではなく、戦う女性にしようと考え、もちろん皆さん戦っていると思いますが、今回は分かりやすく、「葉月さな」という女性ボクサーに照準を当てました。撮る前から作品の着地点は決めておりませんでしたが、前作から「ドキュメント・ロードムービー」というジャンルを提唱しているため、まずはプロセスを大事に進めている中、クランクインの翌年、僕の親友が自死を選んだのです。
頭の中では、その親友の事が何ヶ月も離れませんでした。
もちろん、さなさんの自殺した弟さんの話は聞いていましたが、友達でさえこうなのに、家族は想像以上だと感じました。
その時に、作品の輪郭が見え始めたんです。
彼女がボクシングをする根っこには、彼女がボクシングをする根っこには弟への想いがあります。
そこに、僕がしっかりと向き合えるようになってきました。
この時やっと、物語の構成が確立しました。

—–タイトル『雲旅』には、どのような意味や監督の想いが、込められておりますか?また、監督が作った楽曲とも関係がありますが、映画との関係性を教えて頂きますか?
下本地監督:僕の映画作品は人間愛など普遍的なものをテーマにしていますが、作詞には、「生と死」というテーマもあります。
今回の「雲旅」には、友達の死がきっかけの、やるせない気持ちを混ぜています。
『雲旅』というタイトルには、様々な意味があり、一つは、詞の中に「雲旅」という単語は一切出てきませんが、「雲旅」というタイトルを理解し、詩を詠み、歌を聴くと、壮大な空を思い浮かべる仕掛けがあります。
そして大きな意味として、詞の中に出てくる仏教用語の「諸行無常」という言葉があります。
意味は、「世のすべてのものは常に流転し続け、一定に定まる事はない」といったことです。
雲が旅する姿は、常に変化があります。
それを「諸行無常」に置き換え、詞を書きました。「雲旅」、それは「諸行無常」ということです。

—–撮影期間が長かったとお聞きしていますが、恐らくとても膨大な映像資料が残っていると思います。一本の作品に仕上げるために取捨選択した上、映画本編に残っている一つ一つのシーンには、監督にとって、どのような意味を持っていますか?
下本地監督:結果よりも、僕はプロセスを大事にしています。
収めた言葉をすべてを出したい気持ちもありますが、心情が動く余白部分も、とても大事にしているのです。
テレビのドキュメンタリーにはセオリーがたくさんあり、各編集を尺内に収めるのはもちろん、本来なら、主人公の周りの関係者の証言をより多く集め、そこから本人の輪郭を炙り出す方法もあると思いますが、僕は一切、そのセオリーに従っていません。
前作含め、ほとんどごく身近な家族しか登場しません。
主人公達が自問自答して葛藤する姿に惹き込まれて欲しいのです。
そしてその中での、余白の部分は必ず、大事にしています。
—–正直なところ、被写体の方々は関西では知名度がありません。監督自身、なぜ知名度の低い方々を被写体にして、作品をお作りになっておられますか?
下本地監督:そこにはまず先入観がない事です。
色がつき過ぎていない人の方が先入観なしに入り込み易くなると思います。
僕は誰の人生でも映画になると考えていますが、そこに少しだけ、物語が広がりやすい人を選んでいます。
誰でもいいという言い方は少し違いますが、有名であろうが無名であろうが関係なく、何か伝わるものがあれば、作品になると信じています。

—–プレスで、「人間愛という普遍的なテーマは、無常で無情もある。それでも毎日はやって来る。前に進んで行くということ。」と仰られておりますが、前を向いて人生を歩む私たちにとって、本作は何を得ることができますか?
下本地監督:それぞれに得て欲しいので、答えはひとつではないと、僕は考えています。
少し質問からズレるかもしれませんが、本編では食べるシーンが多かったと思います。
息子が唐揚げ食べていたり、葉月さなさんが計量後に、ハンバーガーを食べていたり。
食べるという事は、生きるという事。
本当に死にたいと思っている人は、食べるという欲がないと思います。
人生には色々あり、それでも毎日が訪れる。
そんな毎日を前に向かって歩く事を表現したくて、食事のシーンを敢えて多く映像に残しています。
一生懸命食べる姿は、力強く生きたいという気持ちの表れだと思います。
僕がワザと食べているシーンを、たくさん挿入している意図は、ここにあります。
—–最後に、本作『雲旅』の魅力を教えて頂きますか?
下本地監督:90分間、一緒に心の旅をして頂き、最後の歌で観てくれた皆さんの明日への活力にして頂けたらと、思います。
90分間の旅と、90分後に訪れる歌の世界を堪能して下さい。
逆説的ですが、『雲旅』の詩を書いて、歌を作った時点で、ラストに向かっておりました。
歌に沁みて頂ければと、思います。
作品や葉月さなさんと一緒に、心の旅をして下さい。
—–貴重なお話を、ありがとうございました。
