映画『未来は裏切りの彼方に』「紛争は何も生み出さない存在です」ペテル・マガート監督インタビュー

映画『未来は裏切りの彼方に』「紛争は何も生み出さない存在です」ペテル・マガート監督インタビュー

2023年4月18日

衝撃のラストが胸を打つ映画『未来は裏切りの彼方に』ペテル・マガート監督インタビュー

©2020littlekingdom

©2020littlekingdom

©2020littlekingdom

—–本作『未来は裏切りの彼方に』の製作経緯、またこの作品の基となった物語に興味を持った理由をお聞かせて頂きますか?

マガート監督:製作経緯は、少し変わった経緯を辿っています。

元々は、カメラマンとプロデューサーの企画でした。

この二人が、デブリス・カンパニーの舞台劇「EPIC」を気に入っており、映画化の企画を練っていたんです。

私が別企画を持って行った時、先方から本作の監督を持ち掛けられました。

ただ、舞台劇「EPIC」はダンスを主体にした舞台でした。

ミュージカル映画として製作はせず、脚色して製作するのであれば、監督として参加したい旨を伝えたんです。

プロデューサーには、ズザナ・ハディモバーさんとブラニスラブ・フルピークさんの二人がいますが、ブラニスラブさんの兄弟は本作のカメラマンであるユライさんです。

この兄弟が、舞台劇「EPIC」の大ファンで、彼らから「是非、監督を」と依頼を受けました。

©2020littlekingdom

—–映画の原題『Little Kingdom』には、統治される小国家という意味を受け取ることができましたが、日本語の題名『未来は裏切りの彼方に』には、監督自身、どのような印象を受けましたか?

マガート監督:スロヴァキアのタイトルについて、少しご説明させて頂きます。

この「小さな国」「小さな王国」という意味がある『Little Kingdom』には、象徴的な空間を舞台にしようというところから始まりました。

元のお話が、寓話や昔話と言ったお城があり、領主がいて、城下町や村がある。

市民の運命を握っているのが、領主の裁量です。

国民は、この点に左右されがちです。

昔からある象徴的な物語を作ろうとしたところ、原題『Little Kingdom』となりました。

一方で、日本の題名に関して言いますと、僕は非常に好きなタイトルです。

英語バージョンの題名を考える時、副題を決めるのにとても苦労しました。

日本語の題名は、僕が考えているものにピッタリです。

僕たちの狙いとしては、人々が生き抜くために、どういう行動をするのかをテーマにしています。

また、それを体験していない方々に裁く権利があるのかということもテーマにしいています。

それを踏まえて、この日本語の題名は作品に合っていると考えられます。

©2020littlekingdom

—–近年、日本国内ではナチスに関する映画が、およそ7年間で数多く紹介されている背景があります。書籍、映画を含む関連作が70タイトルほど、翻訳や上映がされています。これらの題材が、21世紀の時代において、ナチスやヒトラーを取り上げる理由は、なんでしょうか?

マガート監督:戦争映画には、魅力的な側面があります。

僕たちが作った『未来は裏切りの彼方に』に関して言えば、このジャンルから少し外れると思っています。

僕らが描く物語は、できるだけ普遍性を目指したので史実に忠実ではありません。

本作は、第二次世界大戦を想起させる舞台としての位置付けで作っています。

必ずしも、戦争映画というジャンルには入りません。

ただ、スロバキアに関してご説明しますと、この国は昔、ナチス側の思想を持っていました。

ヒトラーよりではありますが(補足として:戦争が終わる前に、(※1)スロバキア民衆蜂起による反撃をした事によって、思想がひっくり返った国家です)、この国は第二次世界大戦における過去との折り合いがまだ、付けられていない部分が大きくあります。

そんな中、近年まで、政府でも4番目に強い政党が、ナチス寄りの(※2)国粋主義的な政党がいました。

恐ろしい一面を持った国でもあったんです。

現在、ウクライナ戦争も国境を越えてすぐそこにあり、大変恐ろしい状況です。

その点を踏まえても、戦争について語る映画が産まれることは、非常に良い流れです。

作り手として、このジャンルは作っていても楽しいと言えます。

様々な物語があり、史実があり、話題としても議論になりやすいジャンルです。

数年後には、戦後80年を迎えますが、ナチスや第二次世界大戦についてもっと語られてもいいと思います。

©2020littlekingdom

—–作品のラストに流れるシモナ・マグシノバーさんが歌う『人間らしく』という楽曲が非常に重厚な作品として耳に残りました。恐らく、映画のために書き下ろされた一曲だと思いますが、この曲はどういう経緯で作曲されましたか?

マガート監督:シモナさんは、スロバキアではとても有名な歌手です。

元々、彼女の作品が好きだったので、お声がけさせて頂きました。

もし映画を気に入れば、音楽を作って欲しいとお願いしました。

鑑賞後すぐに、彼女は翌日に曲を仕上げ、最初のバージョンが送られて来ました。

最初の楽曲からほとんど大きな変更もなく、アレジンも行わず、サウンドトラックを作曲したヴァルゲイル・シグルズソンさん(映画『ナルニア国物語』『ダンサー・インザ・ダーク』『マルコヴィッチの穴』などに参加実績を持つ方)が所有する音楽スタジオで録音し、楽曲が誕生しました。

—–また、歌詞の内容に関しては、どのように解釈されましたか?

マガート監督:この曲の歌詞に関しては、映画『未来は裏切りの彼方に』を観たシモナさんが受け取った感情を乗せて歌っていると思います。

彼女はやや保守的なご家庭で育っており、キリスト教的な背景を強く持つ方です。

生き延びるために人間はできる限り努力する必要があり、どんな時も自信を持って自身の顔を鏡で見れるようにという前向きなメッセージが込められています。

©2020littlekingdom

—–監督は、2010年頃から短編含め、いくつかの作品を製作していますが、本作は長編デビュー作ですね。公開当時のスロバキア、もしくは海外での観客の反応や受け取り方は、どうでしたか?

マガート監督:僕に来ているフィードバックは、とても好意的なご意見、ご感想ばかりです。

この作品はどこでも通用する普遍的な物語を作ろうと企画しましたので、どの地方であっても、どの国であっても理解できるように、キャスト、スタッフもまた、EUの様々な国から選びました。

主役のブライアン・キャスぺはプラハ在住で、他の俳優たちもEUの各地から集結しました。

様々な心配や不安をよそに、結果として、良い作品が産まれました。

クララ・ムッチが(※3)ベオグラードの映画祭に足を運んだ時、とてもポジティブな感想を頂きました。

主人公を演じたスウェーデン人のアリシア・アグネソンも映画を気に入り、次の作品があれば、ぜひ呼んで欲しいと言っています。

違う文化であっても、様々な方面から理解を得られたのは、僕たちが目指した普遍的な物語を上手に表現できていると思います。

個人的に、とても嬉しかったのは、当時ベオグラードの映画祭に出品した時に、この時の映画祭で観た作品中、一番良かったと、俳優のジョン・マルコヴィッチが褒めて下さったことが、一番嬉しいことでした。

©2020littlekingdom

—–本作が取り扱う題材は、製作当時と今の2023年とでは、環境が少し違うようにも受け取る事もできます。その背景には(※4)ロシア・ウクライナ戦争が起きる以前と以降があると考えられます。この作品が今の日本で公開される事に対し、監督はどう受け捉えておりますか?

マガート映画が持つメッセージで言えば、一年前のスロバキアの人間は、ロシアがウクライナを襲う可能性があると聞いたら、2022年にヨーロッパの先進国で、そんな事が起きるとは有り得ないと話し合っていました。

目を見開いて、戦争という現状がどのように拡大して行くのか見守っている状態です。

一番近いミサイルは、国境から500kmの所に落ちています。

どんな国同士の関係であれ、戦争は拡大していく可能性があると、気を付けないといけないと心に留めておく必要があります。

本作には普遍的なメッセージが込められており、どの紛争においても変わり得ないものがあります。

そして、まだ訪ねたことがありませんが、日本は僕にとっては、刺激的な国です。

いつか訪ねてみたい国として旅行リストに載せています。

そういう意味では、まず製作者として、作品が日本に届いたのは嬉しいです。

また映画とは、違う文化について知れる可能性や選択肢を持っている力があります。

他国の文化の違いを発信するのに映画を媒介として伝えるのは、とてもいい機会だと思っていますので、多くの人に観て欲しいです。

©2020littlekingdom

—–本作は一つのテーマとして、ナチス、ヒトラーを題材にしている一面もあると言えますね。また、今で言えば、ロシアの独裁政治と捉える事もできますが、これらを前提として、本作における重要性や必然性について、監督はどうお考えでしょうか?

マガート監督:この映画における重要性は、一年前よりも増していると思います。

僕たちの目標としていた事は、強い女性の主人公を見せる必要がありました。

戦争映画には、兵士や強い男性がモチーフになる事が多いですが、残された戦う女性や無力な女性を描いています。

女性視点で物語を語ることが、一つの目標でした。

ただ、同時に政治的な状況が変わりつつある今、終戦80年目を迎えることも含め、ロシアウクライナ戦争のように、小さな武力の衝動が大きな戦争になった事に対して分かるのは、紛争は何も生み出さない存在です。

そういう事実も考えるためにも、本作には重要な役目があります。

そして、強い支配者、あるいは武力で支配して来た側は、最後に鼻っ柱を折られて、去って行くのが世の常です。

©2020littlekingdom

—–本作で登場するのは、スロバキアの小さな村で暮らす市井の人々ですが、戦火で生きるウクライナの人々とも彼らの姿が被ります。この物語はまさに、今を生きる私達の物語です。監督は、このストーリーに登場する人々に対して、どんな想いを込めて、作品作りに取り組みましたか?

マガート監督:この映画で伝えたかったのは、女性の話が最も強い要素がありました。

歴史上の有名な人物に関しては、多くの資料が残っています。

一方で、これらの人物の裏には小さな市民たちが存在します。

特に、女性に関しては、男性たちが徴兵されていなくなった後、何とか生き残らなければいけない環境下で、同時に公安警察が行う暴力的支配、あるいは女性を利用しようとする圧力に対し、女性たちは身を守らなければいけませんでした。

なぜ、この題材を描こうとしたのかと言えば、戦争という環境下に巻き込まれて行かざるを得ない状況の人々が、僕にとっては非常に興味深い対象でした。

なぜ、それに興味を惹かれたかと言うと、僕たちの国が共産主義、もしくは社会主義の背景を持っている事が、大きな理由です。

この共産主義や社会主義は、システムとして存在する中、人々は逃げ出す事ができませんでした。

同意しなくても、逃げ出せない環境は今のロシアと同じです。

もし現在のロシアでも、政府が公式に発表している意見と反対の事を言えば、(※5)トラブルに巻き込まれる状況もありますよね。

僕にとっては、批判ができないことに対して、とても抵抗を感じます。

人の言葉は、人を傷付る事もできますが、そこから学ぶこともできるはずです。

にも関わらず、このシステムが存在するお陰で、人々は他者から言われた言葉に対して、時にネガティブに受け取り、傷付く時があります。

この作品は、人々が自分の意見を言うべきという映画ではありませんが、声を上げることは非常に大事だと考えています。

ウクライナの状況を見ても言えることですが、この武力侵攻が起きた時、スロバキアはウクライナ人が亡命する最初の国の一つでした。

逃げ出して来た方々の中には、女性や子どもがほとんどで、知らない国に来て、知らない言葉を話し、スロバキア人が助けてくれるか、くれないかと依存している状況でした。

その中には、ウクライナ人を利用しようとするスロバキア人もいました。

その反対も、確かにありました。

一方では、ボランティアをした方もたくさんいました。

僕自身もまた、両親の家に小さなお子さんを抱えたご家族を滞在させた経験もありました。

手を伸ばして、命を救った方もたくさんいます。

それでも、本作のような物語は、必ず繰り返されます。

歴史は、繰り返されるんです。

そういう意味で、今まさに、本作は非常に重要な役割を持っています。

—–最後に、本作『未来は裏切りの彼方に』の魅力を教えて頂きますか?

マガート監督:人間ドラマには好みが分かれるかもしれませんが、感情面の起伏を登場人物と一緒に味わって欲しいという狙いで作りました。

映画は、5つの芸術から成り立っていますが、そのすべての分野において、できる限り最上の感動や美しい映像を届けるため、カメラマンのユライとも努力して取り組みました。

予告編を観ただけでも、美しさを感じるような映像になっています。

同時に、ロケ地を探す時、物語の雰囲気と合った場所を一生懸命探しました。

撮影中には、天候を待った時もあります。

できる限り、内容に沿った映像を魅力的に伝えられるように努力しました。

音楽に関しても、作曲家のヴァルゲイル・シグルズソンも参加して頂きました。

国際的なキャストに関してもまた、凄くいいキャラクターを作れ上げてくれたと思っています。

僕が映画で好きなのは、作品を観ていて、共感できる部分です。

観客の方にも、人物の中に自分を見つけて、様々な想いを巡らせて頂ければ、とても嬉しく思います。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©2020littlekingdom

映画『未来は裏切りの彼方に』は現在、関西の劇場では4月14日(金)より大阪府のシネ・リーブル梅田、京都府のアップリンク京都にて、上映中。また、全国の劇場で順次公開予定。

(※1)Slovak National Uprising in our live memory Searching for Heroes in Slovak Historyhttps://www.authenticslovakia.com/slovak-national-uprising/(2023年4月11日)

(※2)「ナショナリズムは危険だ」と誤解されがちな理由https://toyokeizai.net/articles/-/430565?page=2(2023年4月11日)

(※3)Belgrade International Film Festival2023https://japan.unifrance.org/%E6%98%A0%E7%94%BB%E7%A5%AD%E3%81%A8%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88/896/belgrade-international-film-festival/2023(2023年4月13日)

(※4)涙の帰還「半年ぶり、お母さんと会えた」ロシア連れ去りの子供31人救出 「動物のような扱い」劣悪環境だったhttps://yorozoonews.jp/article/14882122(2023年4月13日)

(※5)反戦の絵を描いた少女の父親に禁錮刑、前夜に逃走 ロシアhttps://www.bbc.com/japanese/65108235(2023年4月13日)