ドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』恭謙という心情を心に

ドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』恭謙という心情を心に

母と娘の真実の姿を描くドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』

©2021 NOLITA CINEMA – DEADLY VALENTINE PUBLISHING / ReallyLikeFilms

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親子とは、切っても切れない見えない縁で結ばれている。正直なところ、私はその見えない親子の縁を切ってみたいと、幾度となく願ったことだろうか。時に、親という存在は鬱陶しく、煩わしい。言い争う事もあれば、憎まれ口の一つや二つ言ってしまう事もある。それでも、親という存在は、非常に有難い。それは、何にも変え難いプライレスな存在だ。それでも、社会を見渡してみると、親子同士のイザコザは耐えない。元大阪支社編集局社会部司法担当記者を経て、作家活動を行う齊藤彩氏(※1)が昨年末に上梓した書籍「母という呪縛 娘という牢獄」が今、出版業界で大きな反響を呼んでいる。私もこれを機に、手に触れてみようと思う。この書物は、2018年に滋賀県で実際に起きた教育虐待(※2)の末に実母を殺害した娘の壮絶な半生を書き記した本だ。SNSに投稿した娘の一文「モンスターをやっつけた。これで一安心だ。」の言葉は一時期、注目を集めた。悲惨な結末を迎えた歪な親子関係ではあるが、この事件(※3)の側面から必ず親と子の在り方が見えて来るだろう。2010年から放送開始された情報番組「Mr.サンデー」が取り上げた実録ドキュメントは、この親子関係を詳細に纏め上げている。親子の20年間、30年間に渡る教育虐待という名の元に絡まった母娘の愛憎関係を、分かりやすく見やすく紹介している動画だ。

そこには、他者が介入できない愛憎入り乱れる濃密な親子関係の由縁がある。注釈(※3)で紹介している東洋経済が発表した記事「私か母のどちらかが死ななければ」母娘の呪縛「本当に御免なさい」何度も踏みとどまった末に」では、事件が報道された断片的な情報ではなく、より深淵に鬱葱とし、複雑化した親子の関係性が浮き彫りとなっている。それは、事件の基になった母娘だけでなく、母親の実母、娘から見て祖母にあたる女性まで、親子3世代に渡る愛憎渦巻く関係が、より顕著に顕在化させている。家族という正しい形とは、如何なるものなのか?親子という正しい形とは、如何なるものなのか?母娘という関係性が、いかに濃密であり、特異性であるか、男性視点からでは分からない。いや、同性の女性から見ても他者の家族の当事者間の心緒は、本人達でしか解せない曖昧模糊なのだ。母親から見て、娘から見て、彼ら自身の親子たる繋がりが、疑問符を持って仕方あるまい。母として、娘として、本来あるべき姿とは何か、再考する必要があるのかもしれない。この映画が映し出す親子像が何たるものかを、私自身、少しでも理解できたらと、今は願うばかりでもある。

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ドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』は、フランスを代表する大女優母娘ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールの普段は見られないゴージャスな親子の姿を追ったドキュメントだが、その内情は非常に内省的で、繊細でパーソナルな家庭内の話を作品として仕上がっている。と言うのも、娘のシャルロットから見たジェーン・バーキンという母親像を追っている。ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールの間に産まれたシャルロット・ゲンズブールは、幼くして親の離婚を経験している。両親の離別後、父親の元で育った彼女は本当の母親像を知らずに育っている。年に何度かは家族揃って過ごした時間もあっただろうが、基本はテレビやスクリーンの画面の向こう側にいる世界的トップスターのジェーン・バーキンしか、彼女は知らなかったのだろう。血の繋がった母親なのは間違いないが、親の離婚が原因で、幼少期に経験しておくべき母親の存在を知らずに育っている。いつも見る母は、テレビの向こう側の人気者。近い存在にも関わらず、遠い存在として実の母親を心のどこがで追っていたのだろう。だから、本作は単なるフランスの大女優ジェーン・バーキンを追った人物ドキュメンタリーではなく、娘であるシャルロット・ゲンズブールの視点から語られる母親ジェーン・バーキンの真の姿をカメラが捉えている。なぜなら、母親ジェーンにカメラを向ける理由が、大物女優の母だからではなく、より内情的にシャルロット本人の心に秘めた想いをぶつける為でもある。それは、異父姉妹のこと、次女である自分よりも亡き長女ケイトを愛していたのではないかという疑念など、シャルロットが娘として母親に聞きたかった事を主題に、会話を通じた母娘の関係性を映像に収めている。本作は、非常に私的で、プライベートな二人の母娘の姿が、包み隠さず赤裸々に語られる。撮影場所は、ジェーン・バーキンの仕事場所に留まらず、二人の自宅やプライベート空間と言った極々内輪なスペースで行われているのが、真に迫っており、本作の魅力でもある。また、撮り方や編集の仕方によっては、プライベート・フィルムやファミリー・ビデオにもなり兼ねないが、その様相は作品全体を通して控えめになっている。本作のように映画関係者が、自身の家族や親族を被写体にして、作品として作り上げているドキュメンタリーは過去にも何本か制作されており、女性の監督が知的障害を患う自身の妹に焦点を当てた映画『わたしはサビーヌ』や監督自身の出自のルーツである在日韓国人の姿を自身の父親を通して描いた映画『ディア・ピョンヤン』など、ドキュメンタリーとして非常にクオリティの高い作品が誕生している。この2作品と本作の共通点は皆、女性監督自身の視点から家族の姿を追っている、より女性的な作品であること。女性監督の目を通して見た先には、真の家族の姿がスクリーンを通して優しく穏やかなタッチで綴られている。余談ではあるが、映像関係者が、自身の家族を追うドキュメンタリーで言えば、私自身が取材で知り合ったアマゾン奥地をドキュメンタリーとして描いた映画『カナルタ 螺旋状の夢』を制作した太田光監督が、事実婚で授かった自身の赤ん坊や母親の妊娠や出産、また胎児の旅を通して生命や人間の神秘に迫ろうとしている映画『La Vie Cinématique 映画的人生』(仮名であり、現在制作中)もまた、映画関係者からの視点で綴られるパーソナルな人類学的ドキュメンタリーだ。本作『ジェーンとシャルロット』の構図と似て非なるものかもしれないが、私自身は非常に近い立ち位置ではないかと、一考している。

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また、母娘の関係性に関して、統計で見ることはできないだろうか?「母娘 統計 関係性」と言った検索ワードを使用して、ヒットした検索ページの中に非常に興味深い論文があった。それは、「児童期における両親間の葛藤が精神的回復力に及ぼす影響」(※4)という論文名の記事だが、このタイトルの言うように子どもたちの成長や成人後への人格形成は、幼児期・児童期における両親間の不仲や欺瞞、冷たい関係が大きく影響していると、書かれている。論文内では、「児童期における親子関係が,その後のパーソナリティに及ぼす影響について検討した研究は,これまで数多く存在する。たとえば菅原・伊藤(2006)は、大学生 249 名を対象に、児童期における母親の養育態度が青年期の自我形成に与える影響を検討するため、自尊感情と対人不安を取り上げて検討を行っている。その結果,母親の「過保護―期待(頼めばどんな大変なことでも喜んでしてくれる,身の周りのことをうるさいほどよく手伝ってくれる、など)」の養育態度は自尊感情と正の相関がみられ,「厳格―拒否(話しかけても相手になってくれない、同じことをしてもあるときは叱られ、あるときは叱られない,など)」の養育態度は対人不安の各下位尺度(集団や他人に圧倒される悩み、自分や他人が気になる悩み、自分に満足できない悩み)と正の相関がみられている。」(一部抜粋:23行目から34行目)(※4)とある統計研究結果から言えば、幼少期における親子関係の影響し合いは、後の青年期における人格形成まで関連付けられている。これらの研究結果から導き出される答えは、まさにシャルロット・ゲンズブールが、幼女・少女期の頃に経験した母親不在の家庭や異父姉妹の件、亡き長女と母親ジェーンへの嫉妬心が、彼女の人生に何かしらの影響を及ぼしたと言っても過言ではないだろうか?でも、本作に登場するシャルロット・ゲンズブールは、それら自身の過去に起きたとされる家族間の不協和音を払拭させるかのように、今作では幼少期から現在に至るまでの母親への愛憎感を、映画という媒体を通して本人に直接ぶつけている。ただ、そこには暴力的強引さはなく、至って静観的で内発的積極的に、今思っている感情を自身の内側から勇猛果敢に発する姿に少なからず、私達は勇気を与えられるはずだ。本作の監督を務めたシャルロット・ゲンズブール本人は、ドキュメンタリー『ジェーン・バイ・シャーロット』の公開に際し、2022年1月のインタビューで自身と母親の関係について打ち明けた。

Gainsbourg:“Documentaire Jane par Charlotte, elle se confiait. L’occasion pour elle de revenir sur l’amour qu’elle portait à sa mère. « C’était une déclaration d’amour un peu déguisée. On se dit ‘je t’aime’ à des moments critiques. Je crois que ça arrive à beaucoup de gens. On a une facilité à se faire des déclarations par le biais d’une caméra ou d’un micro »”(※5)

ゲンズブール:「母親への愛情を振り返る機会となった。それは、ある意味、偽装された愛の告白でした。私たちは重要な瞬間にお互いに「愛しています」と言います。これは、多くの人に起こることだと思います。私たちはカメラやマイクを通して、お互いに発言するのが簡単だと感じています」とシャルロット・ゲンズブールは語るが、この言葉には母娘の何十年にも渡る深淵で、浜の真砂に幾重にも折り重なった愛憎に関係する二人の感情が渦巻いている。それは、他者では図り知り得る事ができないその当事者間の精神的部分の問題であり、解決という一言では到底片付けられない。当の本人たちでさえ、分かり合えないアンビバレントな親子関係は、死ぬまで親子でしかないのだ。それは、母親の元に生まれてきた子、その子を産んだ母親の最大限の運命なのである。それを理解した上で、シャルロット・ゲンズブールは歳を重ねた今、勇気を振り絞ってカメラを持って、自身の母親という巨大な相手に挑むことを決意したのだろう。若かりし頃のゲンズブールであるなら、本当に今みたいな行動ができたのかどうかは、本人でしか理解できないことではあるが、今本作を制作した意義は大きく、深いものだろう。

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最後に、本作『ジェーンとシャルロット』は世界的大女優を母親に持ち、自身も長年に渡ってフランスを代表する女優として活躍してきたジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールの母娘(親子)関係を裏も表も包み隠さず、赤裸々に綴ったドキュメンタリーだ。公開待機しているヒューマン・ホラー『マイマザーズアイズ』は、まさに泥沼の母娘関係を刺激的な映像と耳に残る音で表現した作品。本作はドキュメンタリーだが、母と娘の姿を描出した作品は新旧、数多く作られている。上記の作品と同時期に関西ローカルで公開予定の映画『虹のかけら』もまた、若年性アルツハイマーを患った初老の母とその娘の関係性を取り扱っている。新旧、ドキュメンタリー、劇映画、商業、インディーズ関係なく、映画が取り扱うテーマの一つとして「母娘」が存在するが、これは永久不滅の普遍的な問題であり、何百年前から今に伝わり、そして何百年後先まで未来永劫続く私達人類への課題の一つだ。どうして、私達は親子として存在するのか?どうして、母娘としてか家族になったのか?生きとし生けるものとして、この部分にはしっかりと向き合い、家族として親子として、家族という他者(※6)を大事にしなければならない。それでも、親兄弟は皆、他者である事を忘れてはならない。血の繋がりがあろうがなかろうが、私達は皆、家族であり他人だ。ただ、他人だからと言って、冷たい関係では良くない。時に歩み寄り、時に譲歩し、時に言い争う仲でも問題ないが、時には人と人との心の交流が家族間で必要になってくる。本作は、幼い頃から母親との関係性に悩み続けたシャルロット・ゲンズブールが、成人した今、選んだ最大限の母への敬意だろう。この映画からは、親子同士の互いに対するリスペクトが感じられる。奇しくも、本作制作後に母親であるジェーン・バーキンはご逝去された。彼女の最期の出演作品が、長年蟠りがあり燻っていた親子関係の修復の物語。本人が亡くなった今、何を想い、何を感じているかは、第三者の私達には到底、理解に追い付かない。それでも、ほんの少しだけ、本作を通して、ジェーンとシャルロットが互いに双方への恭謙という心情を心に持てたのであれば、両者にとっての本望だろう。本作『ジェーンとシャルロット』は、21世紀中にリリースされたドキュメンタリーの中では最高傑作(こんな言葉で表現したくはないが…)と言っても過言ではないほど、作品の出来は最高である。

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ドキュメンタリー映画『ジェーンとシャルロット』は現在、関西では10月6日(金)より京都府の出町座にて、公開予定。兵庫県の宝塚シネ・ピピアは、秋公開予定。また、全国の劇場にて順次公開予定。

(※1)『母という呪縛 娘という牢獄』著者、齊藤 彩さんインタビュー。「母を悲しませたくない娘の思いが分かるんです」https://croissant-online.jp/life/196964/(2023年9月10日)

(※2)教育虐待とはどのような状態?親の特徴や教育虐待にならないよう気をつけたことhttps://sitter.kidsna.com/article/child-raising/10181#:~:text=%E6%95%99%E8%82%B2%E8%99%90%E5%BE%85%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E3%80%8C%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82,%E3%81%84%E3%82%8B%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2023年9月10日)

(※3)「私か母のどちらかが死ななければ」母娘の呪縛「本当に御免なさい」何度も踏みとどまった末にhttps://toyokeizai.net/articles/-/659918(2023年9月10日)

(※4)児童期における両親間の葛藤が精神的回復力に及ぼす影響https://drive.google.com/file/d/1JpTmEVUXdS_OMLOdfjRHjk3q29bWuOw7/view?usp=drivesdk(2023年9月13日)

(※5)Interview de Charlotte Gainsbourg : Elle se confie sur sa relation compliquée avec sa mère Jane Birking.https://suis-nous.com/interview-de-charlotte-gainsbourg-elle-se-confie-sur-sa-relation-compliquee-avec-sa-mere-jane-birking/(2023年9月13日)

(※6)「家族は一番身近な他人」ということに早く気がついてhttps://p-dress.jp/articles/6532(2023年9月15日)