恋はもう、絶滅危惧種?映画『きっと、それは愛じゃない』
親の決めた相手とお見合いして、結婚する習慣、そんなの古すぎない?そんな疑問から始まった婚活ドキュメンタリーを撮り始めた女性ディレクター。でも、改めて考えて欲しい。それは、家族の掟でも、親からの圧力でもない。ウン100年続く、その国の文化や伝統、慣習に過ぎず、これを古い古くないという現代の価値観や尺度で受け入れたり、弾いたりする事はできないはずだ。この風習を大事にしている民俗がいるのであれば、その方々の考え方や価値観を大切にできる社会になる事が、今後重要ではないだろうか?たしかに、お見合いという出会いは、非常に堅苦しく、息が詰まりそうでもある。よりもっとカジュアル且つ、よりフリーに出会える場がいいと、人々は思うものである。それでも、見合いの出会いのほんの一部分の側面だけで判断して、古臭い風習と決めつけるのは、全豹一斑であり、甚だ良くない認識をしているのでは無いだろうか?恋愛に対するよそ様の価値観を否定すると、忽ち分断が起き、結果として差別や暴力、暴動など、望ましくない事態を生じやすくなるに違いないだろう。今回取り上げる映画『きっと、それは愛じゃない』は、イギリスという同じ空の下で暮らす英国人とパキスタン人との間にある価値観のズレから生じた恋愛観と結婚観への理解を、イギリス人側から追求するスタンスを取った物語だ。英国とパキスタンの関係(※1)は、遡れば、第二次世界大戦後にインドと同様にイギリスによる植民地支配から独立した流れを持つ。その以前、すなわち太平洋戦争以前は英国とインドは200年近くの間、植民地として支配する側と支配される側として両者は関係性を保っていたとされる。そして、終戦後にインドから独立する形でパキスタンが誕生したが、ここの両者間でも印パ問題が叫ばれるようになり、第1次から第3次印パ戦争も起きているが、英国とインド、英国とパキスタンは極めて複雑な歴史を歩んでいる。本作は、イギリスに暮らす英国人とパキスタン人の間にある民族問題や両国における男女の価値観をクリアに、ポップに、そして恋愛的側面を用いて、ロマンチックに語られている。親の決めた相手とお見合いを通して結婚するのか、それとも運命の出会いを信じて結婚するか、それは本人の意思決定や価値観次第である以上、他者が兎や角、口出しをするために横入りする事ではない。まず、本人らの意志を尊重できる社会作りを私達一人一人が意識し、実践して行く事が大切だろう。本作の監督は、歴史スペクタクル映画『エリザベス ゴールデン・エイジ』以来、15年振りに映画畑に復帰したシェカール・カプール。この10数年間は何をしていたかと言われれば、2010年以降、TVドラマ界隈で演出を任されていた。本作が、久方ぶりの映画の世界に舞い戻った監督自身の復活作と言っても過言では無いだろうか。
では、パキスタンのラジオ番組を聴きながら、各国のお見合い事情について進めて行きたい。お見合い文化は、世界の国々に点在し、日本での文化は如何ばかりだろうか?日本のお見合い文化は、最も古いものでは鎌倉時代(※3)にまで遡ることができる。およそ、1000年前の時代ではあるが、日本では時代が進むにつれ、お見合い文化は姿を消しつつあるが、1000年経った今でも全体の20組の1組、5.5%の割合でお見合い結婚した男女が幸運にも、今の時代にも存在しているのは、日本の古来から続く歴史や伝統を継承している立派なご夫婦だ。日本のお見合い文化における豆知識ではあるが、11月6日が何の日かと問われれば、それはお見合い記念日(※4)だと言う。戦後、婚期を逃した若者ために、結婚紹介雑誌「希望」が開催したお見合いパーティーに386人の男女が参加した日だ。この出来事を踏まえて、11月6日がお見合い記念日として制定された。では、海外には日本と同じようなお見合い文化が、果たして存在するのであろうか?アメリカやイギリスには、日本と同じようなお見合い文化はない。強いて言うなら、ブラインドデート(※5)が近い印象を受けるのではないだろうか?親友の力を借りて、双方知らない者同士が知り合い、結婚へと発展させるブラインドデート文化は、日本より英語圏の国地域の若い世代間で盛んに行われている。そして、本作が取り上げているのが、イスラム圏であるパキスタン人によるお見合い文化だ。イスラムは、基本的にお見合いでないと結婚が許されない厳格な教えが、現代に明確に残る厳しい民族だ。宗教のイスラム教や両家の間にある格差問題が、背景にある事が窺い知れるが、今回はこれらの問題を度外視して、純粋になぜパキスタン人がお見合い文化を大事にするのかについて、調べて行きたい。そもそも、パキスタンはお見合い婚が主流で、その内の数%は恋愛結婚があるにはあるが、その大半がお見合いだ。これに対して、疑問を抱き、異議申し立てを行うのは、実際問題、甚だナンセンスだと言う事が理解できるだろう。だから、本作の設定は、イスラム圏の方からすれば、もしかしたら、非常に無頓着な女性が、自己意思でカメラを回しているようにも見える。作中の中盤、密着ドキュメンタリーが単なる「White Savior」(※6)と指摘される。この「White Savior」には、「白人が非白人の人々を窮地から救うという定型的な表現」とあり、主人公が、無意識的に安易に白人が他の有色人種の文化や風習に触れてはいけないという暗黙の了解に踏み入れてしまうという見方もできてしまう。一歩間違えば、単なる好奇心が差別主義者として批判を受け、レイシストと言うレッテルを貼られかねない。イスラム圏のお見合い文化事情をドキュメンタリーで表現しようなんて、下手をしたら危険な行為だと批判される可能性もある。これは日本人の私達には到底理解できない、白人非白人の人々が生きる社会の側面である事を覚えておきたい。
アメリカ同様に、イギリスにもまた、長い長い移民の歴史が存在する。パキスタン系イギリス人もまた、その長い歴史の中の一部にいる民族達で他ならない。英国の移民の歴史(※7)というより全体の割合は、イギリスの人口の14%が外国生まれ。ロンドンでは、人口の全体の35%が、移民で占めている程、多くの外国人がイギリスで暮らしている。恐らく、アメリカに次ぐ多さを誇るのではないだろうか?その中でパキスタン人が移民として英国へと流れ着いたのは(ほとんどの外国人が同時期に移民をしているが)、第二次世界大戦後の事と言われている。国籍法(※8)(イギリスにおける国籍法は、過去何度か改革されており、70年代、80年代と新しい法律が制定されているが、この「国籍法」の存在が、移民増加に拍車をかけたと思われる)と呼ばれる法律が整備された後、英国の旧植民地であった国や地域の人種の方々が、職を求めて大群で移住したと言われている。その中のパキスタン人は、工場労働者としてイギリスで従事したのが、イギリス系パキスタン人のはじまりだ。映画では、『やさしくキスをして』『カセットテープ・ダイアリーズ』『マイ・ビューティフル・ランドレット』『グアンタナモ、僕達が見た真実』『ぼくの国、パパの国』etc…映画全体で言えば、数は少ないかも知れないが、英国内におけるパキスタン人の実情を描いた作品が、イギリスではよく制作されている。英国における人口増(※9)は、年々増えていると言われており、出生率の関係から数えられる「自然増」並びに、外国人の移民で増える「移民増」がある。この「移民増」の背景や目的には、「就労目的」や「留学目的」が挙げられてると言われている。イギリス人から見たパキスタン人、パキスタン人から見たイギリス人の存在は、彼らにとっては日常であり、必ずその日常の隣には、ムスリム(イスラム)が存在するのは日常風景のほんの一コマだ。本作『きっと、それは愛じゃない』の人種間風景は、日本人が想像する以上に、至ってノーマルな光景である事が、推測できる。ただ、「お見合い」と言う文化が、今の時代、英国内の若者の間でも不思議な習慣として目に映っているのだろうが、他国の文化に口を出すのは御法度ではないだろうか?彼らには、彼らなりのアイデンティティがあり、それが奇妙だからと言って、他人の恋路を詮索するのは、ナンセンスに近い行為にも受け取られる場合もある。よりもっと他者を大事にできる社会を生み出す事が大切で、私達は多様にある外国文化を受け入れる心の素養を養う必要がある事を、本作から改めて再認識させられるだろう。本作を制作したシェカール・カプール監督は、近年の近代化におけるSNSを中心にした男女の恋愛に関して、どう思われているのかと聞かれ、インタビューでこう答えている。
Kapur:“That’s why I wanted to do this film — to understand what does it mean, in this age of social media and dating apps — to look for love? It is fundamental human need and emotion. If you get addicted to dating apps, are you finding intimacy? The film doesn’t make value judgments on that. But it shows: What does it mean to have so much choice? Women suddenly have power. A woman can swipe up, down, left, right, and decide who she wants to go out with, or have sex with, or who she wants to date. A long time ago, she had to be asked. It gives women a choice. How do you deal with finding love and intimacy with so much choice? And then [with assisted marriage] you are confronted with: I don’t want so much choice. I’m going to put it all on my parents. It’s an interesting juxtaposition.”(※10)
カプール監督:「それが、私がこの映画を作りたいと思った一番の理由です。ソーシャル メディアと出会い系アプリのこの時代に、愛を探すということが何を意味するのかを理解するためでした。それは人間の基本的なニーズと感情です。マッチングアプリにハマった場合、親密な関係を見つけることができますか?この映画はそれについて価値判断をしません。しかし、これほど多くの選択肢があるとは、どういう意味なのかを考えて下さい。 携帯上では、女性は権力を持ちます。上下左右にスクロールをし、誰と付き合いたいか、誰とセックスしたいか、誰とデートしたいかを決めることができます。アプリは、女性に選択肢を与えます。選択肢がたくさんある中で、愛と親密さを見つけることにどう対処しますか?そして、お見合い婚(援助結婚とも言われる)あなたは次のような問題に直面します。私はそれほど多くの選択肢を望んでいません。全てを両親に押し付けるつもりです。」と、現代におけるSNS文化が齎す男女の出会いの場が、インターネットの中にある反面、オフラインの世界の女性たちは親や兄弟、親族総出で、自身の結婚相手を探す文化は、まだ廃れておらず、今の時代にも残っている。恋愛結婚しようが、お見合い結婚(援助結婚)しようが、それはもう、個人の自由でしかない。結果的に、結婚生活が互いにとって、本人達が幸せと感じるのであれば、他者が口を挟んで、兎や角、詮索する必要はない。他人は他人。他人の幸せを祝うことも、妬むこともしなくなれば、より私達は平穏無事に日々を暮らせるのではないだろうか?
最後に、多国籍になればなるほど、その国の文化は多文化と多重になる。そんな時、私達は他者や他国の文化をどう受け入れれば良いのか、今からでも心の準備、知識の習得が必要である。来る将来、日本にも移民文化の波が益々、押し寄せて来る。そんな時に限って、アタフタする日本人だからこそ、本作『きっと、それは愛じゃない』に触れて、予習復習が大事だ。他国の文化やアイデンティティ、風習を広い心で持ってして、受け入れられる日本人になって欲しいと、私は心から願う。余談だが、本作の原題「What’s Love Got to Do with It?」には、「それが、愛と何の関係がある?」という日本語訳ができるが、80年代にヒットした全く同じタイトルの洋楽がある事をご存知だろうか?こちらは、アメリカの楽曲ではあるが、ソウルの女王ティナ・ターナーがソロ復帰作として最初にヒットした楽曲に「What’s Love Got to Do with It?」と同じタイトルの文言があるが、これを日本語訳した題名が「愛の魔力」とある。では、本作『きっと、それは愛じゃない』の作品内には、どんな「愛の魔力」があると言うのだろうか?それを作品内で探して、見つけて欲しい。その魔力を見つけた時、「人を愛する」という感情において、今後の指針となるに違いない。
映画『きっと、それは愛じゃない』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)パキスタンについてhttps://jfsa.jpn.org/pakistan.html(2023年12年18日)
(※2)そもそもカシミール問題はなぜ存在するのか? カシミールを手放せない、印パの歴史的背景とは?https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b5f0b76efde9734ebef3b13154bfc2f61b5f6ca6(2023年12年18日)
(※3)11月6日はお見合い記念日!時代に合わせて変化する日本の文化を知ろうhttps://tenki.jp/lite/suppl/shigematsu/2020/11/06/30057.html(2023年12年18日)
(※4)11月6日は「お見合い記念日」。年間100組を成約させる婚活アドバイザーが勧める〈条件の見極め方〉。マッチングアプリ感覚では難しいhttps://fujinkoron.jp/articles/-/6990?display=full(2023年12年18日)
(※5)海外では定番婚活「ブラインドデート」とは?5つの魅力や基本の流れを解説https://happymail.co.jp/happylife/marriage/blind-date/Log=newspa(2023年12年18日)
(※6)白人の救世主問題を考える/グリーンブックがなぜ批判されたかhttps://hibino-cinema.com/white-savior/#google_vignette(2023年12年19日)
(※7)英国の移民の歴史https://www.jlgc.org.uk/jp/ad_report/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%A7%BB%E6%B0%91%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/(2023年12年19日)
(※8)1948年イギリス国籍法における国籍概念の考察―――入国の自由の観点から―――https://drive.google.com/file/d/1yXGgzYmI3uh854eDP8v88COfXhdtELa2/view?usp=drivesdk(2023年12年19日)
(※9)イギリスの高い住宅需要と人口増https://kaigai.starts.co.jp/london/life/5127#:~:text=%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AB%E7%A7%BB%E6%B0%91%E3%81%8C%E5%A4%9A%E3%81%8F,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82(2023年12年19日)
(※10)”What’s Love Got to Do With It?” director on dating today, from apps to setups: “Love is a mystery”https://www.salon.com/2023/05/05/whats-love-got-to-do-with-it-shekhar-kapur/(2023年12年19日)