映画『ポトフ 美食家と料理人』食材愛とは何か?料理愛とは何か?

映画『ポトフ 美食家と料理人』食材愛とは何か?料理愛とは何か?

2023年12月18日

新たなるグルメ映画の金字塔!映画『ポトフ 美食家と料理人』

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

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世界には、数多くの家庭料理が存在する。日本の家庭料理と言えば、「さばの味噌煮」「筑前煮」「肉じゃが」「ひじきの煮物」「だし巻きたまご」が代表的だ。では、海外の家庭料理には、一体どんな種類があるのだろうか?隣国の台湾家庭料理と言えば、「菜脯蛋(切り干し大根入りの卵焼き)」「三杯鶏(醤油と台湾バジルを使った、鶏肉炒め煮)」「蛤蜊絲瓜(ヘチマとハマグリ炒め)」「麻油雞(鶏肉とごま油のスープ)」「涼拌茄子(ナスの香味あえ)」の5品が有名だと言う。では、韓国の家庭料理と言えば、何が挙げられるのだろうか?韓国家庭料理は、「ビビンバ」「サムギョプサル」「冷麺」「スンドゥブチゲ」「キムチ」と言った日本の韓国ブームに相乗した聞き慣れた食べ物が並ぶ。それでは、アメリカの家庭料理と言えば、何を思い浮かべる事ができるだろうか?「バッファローウィング」「ジャンバラヤ」「ミートローフ」「ターキーの丸焼き」などがある(上記3品は、どちらかと言えば、家庭料理というより郷土料理、「ターキーの丸焼き」は常日頃から食べている訳ではなく、サンクスギビング(感謝祭)の日に食べる饗膳の食べ物だ)。また、イギリスの定番家庭料理と言えば、「ジャケットポテト」「サンデー・ロースト」「フィッシュ・パイ」「シェパーズ・パイ」「パスティ」などなど、聞き慣れない料理名が並ぶ。そして、最後にフランスの家庭料理で非常に有名なのが、「アッシ・ド・ブフ・パルマンティエ」「ブランダード」「ステーク・フリット」「ブフ・ア・ラ・ブルギニョンヌ」「カスレ」そして、定番家庭料理の「ポトフ」だ。「ポトフ」の作り方は、非常にシンプルなため、日本でも頻繁に各家庭で作られている万国共通の食べ物と言ってもいいほど、フランスの家庭料理として定番化しているフランス料理の一つだ。その「ポトフ」に焦点を当てて制作されたのが、本作『ポトフ 美食家と料理人』だ。このシンプルで、作るのが簡単な割に、非常に奥が深いフランスの家庭料理を映画のいちキーワードとして昇華させたトラン・アン・ユン監督のディレクターとしての手腕が発揮されている。家庭料理は基本的に、「おふくろの味」「母の味」「故郷の味」なんて良く言われるが、本作に登場する「ポトフ」は、この言葉のどれにも当てはまらない上、泥臭くない高潔さや気品さ、その料理をの気だかさを感じて止まない。それは、この作品が持つ大きな魅力の一つなのだろう。

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

では、フランスの家庭料理の一つ「ポトフ」に焦点を当てた本作『ポトフ 美食家と料理人』は、唯一無二の存在だ。幾度となく、料理をテーマにした作品はフランスから放たれて来たが、「ポトフ」という家庭料理にピンポイントを当てて作り上げた作品は、今まで観た事がない。フランス料理をテーマにした映画は、過去にたくさん制作されている。たとえば、『ジュリー&ジュリア(2009年)』『マダム・マロリーと魔法のスパイス(2014年)』『デリシュ!(2021年)』『大統領の料理人(2012年)』『ウィ、シェフ!(2022年)』『シェフ! ~三ツ星レストランの舞台裏へようこそ~(2012年)』『アラン・デュカス 宮廷のレストラン(2017年)』『父から息子へ、引き継がれる料理(2012年)』etc…フランス料理を主題にした映画は、ドキュメンタリー含め、多く制作されているが、ここで書き記した作品は全体のほんの一部だろう。それに、この中に「ポトフ」を作品の中心に据え置いた映画はない。それほどまでに、本作『ポトフ 美食家と料理人』が取り上げている料理の世界は、他に類を見ない。ポトフは、先にも述べたように、フランスの家庭料理の一つではあるが、一体にどんな料理なのか想像に難くない。一言で表現すれば、日本のスタンダードな冬の料理「鍋」と言えば、想像しやすいだろう。それのフランス版が、「ポトフ」と認識しても悪くはない。「ポトフ」という言葉を分解すると、「pot-au-feu:ポトフ」となりpot(ポッ)は「鍋」、feu(フー)は火という意味になり、これを繋げた言葉にすると「火にかけっぱなしの鍋」となり、フランス版鍋料理の代表となる。作り方も日本の鍋同様に、ざっくり刻んだ野菜に、ざっくりした肉を長い時間煮込むだけ。日本の鍋料理とほぼ同じ調理工程を要するが、この料理で最も大事なのが味付けだろう。シンプルな調理方法なだけに、味はうるさいという印象だが、家庭料理と言われるだけ、各家庭の味付けが違う上、料理をする都度、まったく同じ味が出せないのがポトフの魅力だろう。フランスのポトフ料理は、フランスを中心にしたヨーロッパの諸外国にも影響を与えている。たとえば、フランスの西隣りの国スペインには、「コシード」と呼ばれるポトフに似た料理がある。また、東隣りのベルギーには、「フランス料理の伝統を受け継ぐ」と言われているだけあり、ポトフ風の煮込み料理がある。スイスには、ポトフに近い「ベルナープラッテ」と呼ばれるものものあり、今ではフランスの家庭料理「ポトフ」は、姿かたちや調理法が変わって、全世界に伝来されている。まさに、フランスを代表するという称号が似合う世界中の人々が口にする家庭料理となっている。

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

ただ、ここ近年、日本では食文化への見直しが急務とされる、衝撃的な食品トラブルがあった事も事実として記しておきたい。折角、フランス料理を題材にした美しい映画にも関わらず、こんな重く苦しい話題を投下するのは些か、場違いではないだろうか?と、異論を唱える方々もおられるでしょうが、食品・飲食トラブルの失敗は必ず、改善すべき事案として未来に引き継がれて欲しいと願うばかりだ。この食品トラブルに関して言えば、先月の11月、日本中が問題を引き起こした渦中の人物に対して、怒りや不満、憎悪に憤怒をぶつける炎上騒ぎが起きた「デスマフィン事件」(※1)。問題発覚後の店主の問題行動も指摘されていたが、今回のこの項目では、その点は一切関係なく、触れるつもりはない(個人攻撃はしたくない)。ただ、「食」に対する向き合い方は、当事者や部外者関係なく、すべての人間が考え直す時期に来ているのかもしれない。ただ、この問題はこの一社だけではなく、大手中小零細企業に関係なく、世間に衝撃を与えている。「デスマフィン事件」以降では、同じような食中毒騒動(※2)が相次ぎ起きた事も記憶に新しい。他にも、「スカスカおせち」「殺人ユッケ騒動」「コンビニチェーンによる恵方巻ノルマ騒動」が起きている。自然発生する菌に対して、予防・対策するのは非常に難しい事だが、故意に(もしくは故意に近い行動で)問題を発生させる事案は非常に悪質だ。今回、上記で挙げた騒動名は、すべて故意的に行った結果、問題視された事件ばかりだが、これらすべてが共通している事は、食への安全性を度外視した「ビジネス」思考が、人々の命までをも脅かしていると考えても良いだろう。食への衛生管理や安全性を軽視したばかりに、多くの消費者が重大な事態に陥れられた事、生産者として生涯、猛省する必要がある。店舗や工場、会社を経営する者として、ビジネス観点への価値観は持っておくべきではあるが、その以前に、本当に大切なのは、食文化や料理の素材への感謝やリスペクト、そして愛を持っておかなけらばならない。精神論で言っている訳ではないが、日本人の昔からある食事の時に発する挨拶「いただきます」が、一体何を指しているのか考え直したい。食の安全性を度外視してまで、飲食を提供しようとする飲食業界関係者は、自身の胸に手を当てて、もう一度、食品を提供する意義や意図、目的を初心に戻った気持ちで再度、取り組んで頂けたら、我々消費者の人間も安全に購入し、安心して口にする事ができるだろう。本作『ポトフ 美食家と料理人』を制作したトラン・アン・ユン監督は、料理や食材を撮影する場面について、そして作中で使用された大量の食材の行方について話した。

Q:“How was it to deal with so much food on set?”

Tran Anh Hung:“It was pretty complicated and very disturbing for Pierre Gagnaire and Michel Naves who was our advisor on set, to see us start by filming the cooked meals and then film raw ingredients. We shot so much food! For instance for the pot au feu we used 40 kilos of meat!”

Q:“What did you do with all that food?”

Tran Anh Hung:“We ate it all! The crew was big. So we had the best meals on set. Every morning I would come on set unnoticed and when then Michel would come everyone clapped their hands. I felt jealous. He totally stole the show.”(※3)

Q:「撮影現場でたくさんの食べ物を扱うのはどうでしたか?

トラン・アン・ユン監督:「セットの指導者であるピエール・ガニェールとミシェル・ナヴェスにとって、私たちが調理済みの食事の撮影から始めて、次に生の食材の撮影をするのを見るのは、かなり複雑で非常に不安でした。たくさんの食べ物を撮影しました!例えばポトフには40キロの肉を使いました!」

Q:「あんなにたくさんの食べ物をどうしたの?

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

トラン・アン・ユン監督:「全部食べました!クルー達は皆、大人数でした。だから、私たちはセットで最高の食事を食べました。毎朝、私は誰にも気づかれずに撮影現場に来ていましたが、ミシェルが来ると皆が手をたたきました。羨ましいと感じましたし、彼が完全にすべての話題をさらいました。」と、本作の調理や料理、品目が登場する場面において活躍したフランスを代表する料理人ピエール・ガニェールと現場の指揮を図ったミシェル・ナヴェスの功績は、一番大きい。と、トラン・アン・ユン監督は話す。そして、何よりユン監督を初めとする、本作に携わった全クルー達が、食材へのリスペクトを忘れていなかった事をここで賞賛したい。「ご飯を残さず食べる」は、昔から私達の親が子どもに躾として伝えている事だが、近年、「食べ物の食べ残し問題」や「食品ロス問題」(※4)が悪であると言われ続けている背景もある。料理を残さず食べる事が、どんなに尊い事なのか、食材が飽和状態の日本社会では、誰もが到底想像できないの事だろう。いっその事、戦時中にタイムスリップして、当時の質素な暮らしぶりを体験したら、人々はきっと、今の暮らしに対して、感謝しか産まれないだろうと踏んでいる。この作品を通して、関係者全員が食材や料理へのリスペクトや愛を捨てなかった点、ここが本作の最大の魅力だ。それが、映像にも十二分に表現されている。どのシーンの、どんの料理も、どの食材もすべて、美しい映像として抑えているのは、食に対する深い愛情をスクリーン(モニター)から感じて止まない。本作が、本来持っているであろう料理映画の魅力や芸術祭を再度、私達観客に呼び覚ましてくれた点、大いに映画業界に貢献しているだろう。

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

最後に、本作『ポトフ 美食家と料理人』は違う側面から言えば、「飯テロ映画」だ。小腹を空かして鑑賞すれば、間違いなくカウンターパンチ、先制パンチを喰らう羽目になる。鑑賞前に軽食を摂るか、フードコートで軽めの飲食を購入するか勧めたい。なぜなら、作中に登場する食材や食品がすべて、一つの芸術として切り取られている点、非常に優雅に感じられる反面、空腹時には身体には毒でもある。それでも、「おふくろの味」と呼ばれる家庭料理には、家族の深い深い愛が込められているからこそ、私達は食材や料理に対して深い愛情や感謝を示さなければならない。今、「食」への安全性が軽視され、蔑ろにされている昨今、私達は本作『ポトフ 美食家と料理人』を通して、食材愛とは何か?料理愛とは何か?問い直す時が、訪れたと再認識する事が重要だ。

©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT – FRANCE 2 CINEMA

映画『ポトフ 美食家と料理人』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)糸引く「デスマフィン」騒動で思い出す、ネット上を席巻した「食品・飲食トラブル」 伝説の「スカスカおせち」に、大人気商品への問題も…https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dailyshincho/nation/dailyshincho-1058103(2023年12月18日)

(※2)「食中毒多すぎ」死者2人も…「マフィン」「牛角」「老人ホーム」短期間の続発にネットふるえあがる「やばない?」https://www.chunichi.co.jp/article/808217(2023年12月18日)

(※3)‘The Pot au Feu’ Director Tran Anh Hung on his Cannes Competition Entry, a Slow-Cooking Romance With Juliette Binoche, Benoit Magimelhttps://variety.com/2023/film/global/the-pot-au-feu-tran-anh-hung-interview-1235626950/(2023年12月18日)

(※4)食品ロスは何が問題?社会や家庭が受ける影響と3つの原因を解説https://kurelife.jp/media/foodloss/001/(2023年12月18日)