映画『白日青春-生きてこそ-』今という瞬間を懸命に生きる

映画『白日青春-生きてこそ-』今という瞬間を懸命に生きる

2024年2月5日

陽のない場所にも春は訪れる映画『白日青春-生きてこそ-』

PETRA Films Pte Ltd ©2022

移民問題や難民問題(※1)は、今や世界規模レベルの問題として問題視されている。どこの国でも、どこかの国からやって来た移民の外国人が生活している。違法滞在の者もいれば、移住先の国に迷惑をかける者もいる一方で、移住国に馴染もうと必死にその国の文化や習慣を覚えようと懸命になる者もいる。そのどちらも考えている事は、移住先での安定した暮らしだ。皆、貧困から脱出し、より安全で裕福で、幸福な日々を送ろうとする考えは一緒だ。ただ、そんな想いを邪魔するかのように、中には移民を拒否感を持つ人間がいる事も事実だ。「治安が悪くなる」「移民に仕事を奪われる」など、心無い言葉を投げられる(もしくは、投げてしまう)場合も少なからずある。永住者にとって、自身の安定した生活を死守するのは絶対条件ではあるが、他者を排除しようとする動きには甚だ疑問を感じて止まない。なぜそこまでして、壁を作り、攻撃的になり、互いの無理解からなる分断を生じさせようとするのか。特に、日本は移民や外国人に対する排除感や拒否感が、非常に溢れているのでは無いかと、狐疑の念を持つ。日本人は、表立っては何も言わない上、表情には一切出さないが、その内心では移民に対する憎悪が沸々と込み上げていると状況にあると思っている。このままだと、互いを理解せぬまま、事態は悪い方向へと思わぬ形で表出せざるを得ないと思っている。たとえば、本作『白日青春-生きてこそ-』に登場する香港に移住してきた中国人とカナダを移住先に決め、パキスタンから香港経由で生活しているパキスタン人家族の関係性が今、世界中で起きている現状だろう。この作品の物語は、互いの無理解が最悪の結果を産む事にもなる。本作では、交通事故を原因として、交わらなかったであろう2つの魂が交差していく姿を描くが、外国人労働者による交通事故(※2)は近年、日本国内でも危険視されており、日本人の4倍の割合で、外国人が事故を起こす頻度が多いと言われている。そのほとんどが、交通マナーに対する怠惰であったり、車を運転する時の日本人との認識の違いが原因と言われている。たしかに、他者に危害を加える人種には、他国に来て欲しいと願いたくはないが、だからと言って、排斥運動が起こってしまっている現実には遺憾でもある。来たる日本の移民政策を迎えるにあたり、今日本国内が起きている事は、日本人の中にある「排除の論理」(※3)が働いている。その一方で、日本人や外国人に問わず、双方の国の文化の良さを伝えようと、尽力している人々がいる事も事実だ。

PETRA Films Pte Ltd ©2022

本作『白日青春-生きてこそ-』の主人公のハッサン少年は、パキスタン人の子どもだ。近年、パキスタンにおける仕事を求めて国を離れた移民・難民は2022年には80万人に上り、コロナ禍前の2019年の62万5876人、その前年の38万2439人に比べ急激に増加している。その背景には、コロナ禍における経済難も含まれるであろうが、コロナになる前からパキスタンは経済難だった。パキスタンにおける経済難は、過去5~6年の間に大きく推移している。現在の経済データ(※5)によれば、GDP比7%台の高率で推移し、2021年には同7.9%に達す。債務のGDP比は84%を超え、2024年までに計350億ドル、2030年までには730億ドルの返済期限が迫っている。また、パキスタン人が海外移住を決意する理由はは、良い生活拠点を求めてだけでなく、そのほとんどが「子どもの教育」のためだ。特に、英語教育に力を入れるため、カナダに移住するパキスタン人家族がいる。本作の主人公のハッサン少年家族もまた、これら今挙げたパキスタンにおける経済状況や教育関係が、大きく家族の行く末に影響を与えている。なぜ、パキスタン人が香港経由でカナダに移住しようとして、一時を香港で生活している。その背景には、パキスタンという国家全体の問題が今、パキスタン人の庶民に大きくのしかかっている。また近年では、2022年にバロチスタン州、シンド州、カイバル・パクトゥンクワ州、パンジャーブ州で起きたモンスーンによる大洪水の問題(※7)が、パキスタン人の移民問題に益々、拍車をかけている。今後さらに、パキスタンから海外に人々が流出する趨勢はどんどん増して行く事になるだろう。非常に興味深い事に、パキスタンからカナダに正しく移住する方法を示した公式なサイト「パキスタンからカナダに移住する方法–ガイド」(※8)にて、紹介されている。パキスタンは、私達日本人にとって遠い国の外国人ではあるが、彼等が今、祖国で置かれている状況は、ここ日本に暮らしていたら、想像する事もできないだろう。なぜ、彼等が安定した生活を求めて、祖国を捨て、他国に移住する夢を見るのか。そこには、現在パキスタンで置かれている経済状況や教育環境における問題がある事を知る必要がある。今日本にもパキスタン人の流入が、ここ数十年の間に増えて来たと言える。埼玉県八潮市にはヤシオスタン(※9)、富山県射水市にはイミズスタン(※10)と呼ばれる地域が産まれている。ここには、コミュニティの中で日本人とパキスタン人の異文化の助け合いも、産まれている。

PETRA Films Pte Ltd ©2022

また、本作『白日青春-生きてこそ-』には1970年代に中国本土から香港に密入境した初老のチャン・バクヤッの存在が大切だが、なぜ彼が中国本土から香港に移住したのか。彼にどんな背景があったのか想像もできないだろう。「70年代の香港(石塚雅彦)2005年4月中国を望遠鏡でのぞいた日々」(※11)では、中国本土は76年9月に当時の毛沢東主席が死去し、翌10月には4人組の逮捕という重大事件が続いた時代、と記されている。この「4人組の逮捕」とは、毛沢東の死の直後に逮捕された彼の妻江青ら側近を指す。江青以外には、王洪文、張春橋、姚文元の4人。共に、中国共産党中央政治局のメンバー。1976年9月9日の毛沢東の死後、中国の権力中枢は、毛沢東の死を悼むいとまもなく後継権力をめぐる闘争が側近体制の内部で激化したと言われている。「既定方針どおり事を運ぶ」との毛沢東の〈遺訓〉を掲げ、権力継承権をいち早く主張したこの「四人組」が、同年10月6日、華国鋒や汪東興らの指導する公安当局によって逮捕され、毛沢東が築き上げた政界が打倒される衝撃的な事件「北京変革(改革開放政策)」(※12)が1978年に起きた歴史的な時代だ。この毛沢東主席の死去と側近達の逮捕で何が起きたかと言われれば、この当時に毛沢東が推し進めた政治改革「文化大革命」が、これらの事件によって終焉を迎えた事だ。まさに、1970年代の中国本土は激動の時代であったのだ。このチャン・バクヤッは、華僑研究では1970年代以前に香港、マカオ、台湾、そして海外に移住した者として「老華僑・華人」と呼んでいる。チャンがなぜ、産まれ育った中国本土を捨てて、香港へと密入境したのかは、作品では一切描かれていないが、1970年に中国で起きた歴史的背景が、彼を国外へと渡るきっかけとなったのでは無いだろうか?チャンだけでなく、この時代に国外に移住した中国人は多くいるだろう。パキスタンと中国人、香港が結ぶものは何一つないだろう。それでも、彼等に何かしらの共通点があるとすれば、祖国の混乱だろう。この混乱が、彼等を移住へと追い立てている。いつか、それぞれの国が安心安全に暮らせる環境整備が急務だろう。本作の2人の姿を通して、それぞれの国の在り方を知ることができる。本作を制作したラウ・コック=ルイ監督は、中国系マレーシア人である自身の出自と香港に暮らす移民の人々が置かれている環境に対して、非常に親近感があると、あるインタビューで話す。

Lau Kok-Rui:“So as a Chinese-Malaysian, we always have a theme, you know, because we’re kind of the minority, though we’re not that minority because we count for 20% of the population. But in a sense we’re kind of different from the majority, like how [Malays] are Muslim, Chinese are not — it’s ok in daily life but when it comes to some big issues in politics, we can have conflict, and then many leave the country in pursuit of different lives. So this kind of diaspora theme is the thing that I was always looking forward to [exploring].So moving to HK I found a very similar thing happens here. ”

PETRA Films Pte Ltd ©2022

ラウ・コック=ルイ監督:「中国系マレーシア人として、私たちは常にテーマを持っています。なぜなら、私たちはある種の少数派だからです。ただし、人口の 20% を占めているので、それほど少数派ではありません。しかし、ある意味、私たちは多数派とは少し異なります。たとえば、(マレー人は)イスラム教徒であり、中国人はそうではありません。日常生活では問題ありませんが、政治上の大きな問題になると、紛争が発生する可能性があり、その後多くの人々がイスラム教徒になります。さまざまな人生を求めて国を離れます。ですから、この種のディアスポラのテーマは、私がいつも楽しみにしていたものなのです。そこで香港に引っ越してみると、ここでも同じようなことが起こっていることに気づきました。」と、本作が監督自身の人生の自伝的部分の要素を持つ作品として捉える事もできる一方、この物語に登場するハッサン少年や初老のチャン・バクヤッのような人間が、どこの国、どの時代にも存在すると再認識させられる。

最後に、本作『白日青春-生きてこそ-』の原題「The Sunny Side of the Street」には、「大通りにある太陽のあたる場所」と受け取る事ができるが、この作品に当時する香港の移民たちは、クラシック映画『陽のあたる場所』の主人公の青年ジョージのように「Sunny Side」には行けない影の存在だ。私自身もインディーズ界隈で活動するシネマ・ライターとして「商業」というメインストリームには行けず、いつか行く事ばかりを夢見てしまいがちだが、本作の副題「生きてこそ」にこそ、この作品の真髄が刻まれている。暗い路地裏から明るい白日の元に姿を現したいが、私達は今、ここで存在する事。そして、生きる事こそが大切であると、ハッサン少年とチャン・バクヤッの姿が物語っている。今という瞬間を懸命に生きる。

PETRA Films Pte Ltd ©2022

映画『白日青春-生きてこそ-』は現在、全国の劇場にて上映中。関西では、1月26日(金)より大阪府のなんばパークスシネマ、兵庫県のMOVIXあまがさきにて上映中。また、3月15日(金)より京都府の京都シネマ。兵庫県の神戸元町映画館は順次公開となる。

(※1)移民問題とは? 難民との違いや日本と諸外国の移民政策を知ろうhttps://www.worldvision.jp/children/crisis_07.html#d0e9d87eb78fa54e47cd213ca7606442(2024年2月5日)

(※2)「移民」と日本人 今年起きることおばあさんは外国人のダンプにひかれ死んだ 事故率は本当に高いのかhttps://www.sankei.com/article/20240101-ULEWUGVLSJL4LFOJ66WA7N745U/(2024年2月5日)

(※3)「排除の論理」を使う人たちとどう付き合うか排他的な組織・環境に対処する方法とは?https://toyokeizai.net/articles/-/215189?page=4(2024年2月5日)

(※4)アングル:経済危機のパキスタン、若年労働者の頭脳流出が深刻にhttps://jp.reuters.com/article/idUSKBN2UC0D8/(2024年2月5日)

(※5)パキスタンは大丈夫なのか経済危機にも内政は安定せずhttp://www3.keizaireport.com/report.php/RID/535668/?mSeries(2024年2月5日)

(※6)在日パキスタン人移民のエスニック・ビジネスと越境する親族https://drive.google.com/file/d/17KRBQWS5Ow7W7PTaMHuqX84sBUZwSDrL/view?usp=drivesdk(2024年2月5日)

(※7)【速報】パキスタン洪水:国土の3分の1が水没・日本赤十字社は海外救援金の募集を開始https://www.jrc.or.jp/international/news/2022/0906_028257.html(2024年2月5日)

(※8)パキスタンからカナダに移住する方法–ガイドhttps://workstudyvisa.com/ja/%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80%E3%81%AB%E7%A7%BB%E4%BD%8F%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95/#google_vignette(2024年2月5日)

(※9)八潮+パキスタン=ヤシオスタン 助け合いの精神でつながるhttps://www.nhk.or.jp/shutoken/saitama/article/008/71/(2024年2月5日)

(※10)富山にあるパキスタン「イミズスタン」で出会ったものhttps://www.driveplaza.com/trip/michinohosomichi/ver225/01.html(2024年2月5日)

(※11)70年代の香港(石塚雅彦)2005年4月中国を望遠鏡でのぞいた日々https://www.jnpc.or.jp/journal/interviews/22347(2024年2月5日)

(※12)改革開放政策https://www.y-history.net/appendix/wh1702-045.html(2024年2月5日)

(※13)Lau Kok-Rui Interview: “Everyone wanted Anthony Wong to play crazy roles”https://www.easternkicks.com/features/lau-kok-rui-interview/(2024年2月5日)