映画『今日の海が何色でも』あなたはあなた自身

映画『今日の海が何色でも』あなたはあなた自身

静かで深い共感の映像詩。映画『今日の海が何色でも』

20世紀から21世紀へと時代が切り替わったそのタイミングで、世界の価値観が転変する出来事が起きた。2001年4月1日。この日は、オランダで初めて同性婚が許された日とされており、2001年から今年で24年。世界の価値観は少しずつではあるが、変容し始めている。古くは、1989年にデンマークで「登録パートナーシップ法」(※1)が制定されだが、この法律は同性婚という価値観が生まれる以前から同国で導入されている制度だ。同性カップルに対して、初めて異性カップルとほぼ同じ権利として国が認めた取り組みだ。結婚はできないものの、同性同士のカップルが法的に保障される法律だが、日本ではまだそれほど浸透していないと推測できる。日本では、2015年11月に東京都の渋谷区と世田谷区でパートナーシップ制度が初めて導入されているが、この1989年のデンマークでの事案を考えると、2015年という数字はあまりにも遅い判断と言わざるを得ないだろう。ヨーロッパ諸国の地域は、先進国として最先端の価値観も有し、マイノリティだけでなく、女性の権利や立場も守り、他国のモデルケースとしての模範的な位置を成している。それでも、全世界では同性婚どころか、同性愛そのもの違法と捉えられ、異端の存在として差別・迫害・無理解に晒されている。映画『今日の海が何色でも』は、タイ南部の海辺の町で出会ったふたりの女性がひかれあう姿を、環境問題をテーマにしたアートを交えながら美しい映像でつづったドラマだ。同性愛という異質の存在に対して、不寛容な社会が世の中に鎮座するが、日々少しでも改善されるようにと、当事者達は社会におねる公平性を訴えかけている。

2001年にオランダで世界で初めて認められた同性婚を経て、多くの国が今、同性婚を認める動きが盛んになっており、この同国の最初の取り組みが起爆剤となっている。たとえば、オランダの次に2番目に認めた国は、2003年6月にベルギーだ。そして、この2カ国の動きを皮切りに、スペイン、カナダ、南アフリカ、ノルウェーなど、オランダが最初に認めた2001年から10年近くの間にヨーロッパを中心に10以上の国と地域が同性婚を認める法律を可決している。また近年では、イギリス、アメリカ、ドイツ、オーストラリア、台湾、ネパール、2025年1月にはリヒテンシュタインで同性婚への認可が降りている。この四半世紀という長きに渡る戦いの中で多くの国々が同性婚への理解を示した一方で、アジア地域は台湾とネパールだけとなる。LGBTQに寛容なタイやフィリピンはまだ法が整備されていないのが、現状だ(後述で詳しく説明)。日本もまた、同国に続き、同性婚への法的認可が降りておらず、各々の地方自治体における「パートナーシップ制度」によって、左右されている一面もある。アジア諸国同様に、アフリカ大陸でも同性婚を反対する国が多く、そこには紛争やイスラム教徒が要因にあると言われ、むしろ同性愛に対して厳しい罰があり、最低死刑判決が出る場合もあると言う。国や地域によって、その価値観は様々であり、同性婚が許可されていない国での社会的地位や居住問題は、マイノリティに分類される人々にとっては、由々しき事態だろう。

タイでは、首都や都会に行けば、比較的同性愛は寛容的ではあるが、理解が及ばない地域が存在する現状もある。タイでの同性婚(※3)が2025年1月23日に可決され、アジア諸国では台湾、ネパールに続く3例目となる快挙を遂げた。タイの1832組の同性カップルが婚姻届(※4)を出し、挙式を上げる明るいニュースが世界中を駆け巡っている。この権利には2023年12月21日に開始された審議から始まるが、この日より前の2015年にタイ国会でジェンダーに基づく差別への法的保護を目的とする男女平等法が成立した日まで遡れる。この時から10年、タイにおけるLGBTQの関係者達は自身の権利を求め、長きに渡り戦い続けた。一方、日本では同性婚を巡る裁判が、至る所、各地方で今でも争われている。2019年2月14日「結婚の自由をすべての人に」訴訟(※5)が始まった。6年の月日が流れたが、それでも、裁判に決着が着いていない。日本におけるマイノリティ達の戦いは、まだまだ係争中だ。この裁判が起こる背景には様々な要因がある中、日本のパートナーシップ制度(※6)の欠陥が裁判に拍車をかける。パートナーシップ制度には、定められた地方自治体や一部の企業からの理解を得られるが、デメリットの方が大きい。この制度はあくまで自治体(地域)に限定したもので、全国共通で利用できない。転居で住む地域が変わると、パートナーシップ制度を受けられない可能性が出て来る。だから、マイノリティの人々は今も裁判で争っている。より法的に補償される「結婚の自由をすべての人に」訴訟が行われている。いつ決着するかは未知数ではあるが、いつか今回のタイのようにマイノリティに権利が与えられる世の中になって欲しいと願うばかりだ。映画『今日の海が何色でも』を制作したパティパン・ブンタリク監督は、あるインタビューにて釜山国際映画祭で上映され、LG OLED New Currents Award と NETPAC Award の 2 つの賞を受賞した時の心情についてこう話している。

ブンタリク監督:「賞を受賞する事よりも更に嬉しいのは、この映画を作ってくれた事に感謝の意を表してくれる観客がいたという事です。彼は、この映画と同じような状況にあります。そして、彼が常日頃から持つ感情を説明できる映画はありません。その方は、この映画を作ってくれた事に感謝しに来ました。映画を作る者として、この映画を作ってくれて「ありがとう」という言葉が、とても貴重なものでもあるんです。」(※7)と話す。映画を作って、作品を発表して、何らかの賞を獲得する事が、映画界での目的となっているが、最も重要視される事は誰かに何かが届く事。作中の登場人物と同じ心情にいる者、同じ立場にいる者、同じ境遇を味わう者、その皆に寄り添える作品作りを目指す事が、作り手に与えられた特権ではないだろうか?私自身、書き手として書きながら、その立場でありたいと願う。映画を買う買い手、映画を届ける興業側、すべての映画に携わる人間が誰の為に、何をするのかを念頭に置いて、誰に何を届けるのか、これを忘れてはいけない。

最後に、映画『今日の海が何色でも』は、タイ南部の海辺の町で出会ったふたりの女性がひかれあう姿を、環境問題をテーマにしたアートを交えながら美しい映像でつづったドラマだが、今回はタイ語、英語、日本語それぞれのタイトルに着目して締めくくりたいと思う。タイ語タイトル『ทะเลของฉันมีคลื่นเล็กน้อยถึงปานกลาง』には「私の海には僅かから中程度の波がある」という意味がある。また英語タイトル『Solids by the Seashore』には「海辺の個体」という意味が、それぞれある。タイ語は、人物の心情を心の波として表現していると推察できる。「私の海」とは「私の心」。また、英語タイトルの「海辺の個体」は、田舎町や漁師町に昔から漂う固定概念に押し潰されそうになるマイノリティの心情を表現している。そして、最後に日本語タイトル『今日の海が何色でも』には、今の日本にいるマイノリティの方々が置かれている現状をプラスに擁護する言葉のように受け取れる。ここでの「海」とは「あなた」と捉えた時、「今日のあなたは何色でも構わない」と励まされているようだ。あなたには、あなたにしか出せない色がある。黒か白か、黒か赤かと自身から縛るものではなく、あなたはあなた自身でしかなく、あなたが今ここで存在する事自体が尊く、美しい。今日の海が何色でも、あなたが今ここで生きている事、それだけで十分、価値があるという事。当事者の私は、そう受け取っている。

映画『今日の海が何色でも』は現在、1月17日(金)より東京都のヒューマントラストシネマ渋谷にて上映中。

(※1)パートナーシップ制度についてhttps://minnano-partnership.com/en/partnership/about#google_vignette(2025年1月25日)

(※2)世界の同性婚 WORLD世界の同性婚の動き 世界における同性婚の歴史https://www.marriageforall.jp/marriage-equality/world/(2025年1月26日)

(※3)タイで同性婚が法制化 さっそくカップルが婚姻届を提出https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250124/k10014701761000.html(2025年1月26日)

(※4)タイ 東南アジア初となる 「同性婚」の法律施行 1832組が婚姻届を提出https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/900017086.html(2025年1月26日)

(※5)裁判情報https://www.marriageforall.jp/plan/lawsuit/(2025年1月26日)

(※6)パートナーシップ制度とは?【結婚との違いをわかりやすく】https://www.kaonavi.jp/dictionary/partnership-seido/#:~:text=%E3%83%AA%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9-,%EF%BC%91%EF%BC%8E%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F,%E4%BB%A5%E4%B8%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E5%AE%9F%E7%B8%BE%E5%A4%9A%E6%95%B0%EF%BC%81%EF%BC%81(2025年1月26日)

(※7)ความสัมพันธ์ที่เกิดขึ้นไม่ได้เพราะมี ‘เขื่อนในใจ’ : คุยกับ อิฐ ปฏิภาณ บุณฑริก ผู้กำกับ Solids by the Seashore หนังไทยที่ได้รางวัลจาก Busan International Film Festival 2023https://mutualfinding.co/solids-by-the-seashore/(2025年1月26日)