映画『アイアンクロー』困難な人生に最後まで挑み続ける事

映画『アイアンクロー』困難な人生に最後まで挑み続ける事

2024年4月8日

栄光と悲劇を描いた映画『アイアンクロー』

©2023 House Claw Rights LLC; Claw Film LLC; British Broadcasting Corporation. All Rights Reserved.

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鉄の爪ファミリーこと、アイアンクロー・ファミリーは不滅だ。それは、プロレスを愛するすべてのプロレスファンと共に、彼等の功績は未来永劫、輝き続けるだろう。正直なところ、私は格闘技に関して言えば、明るい人間ではない。プロレスも、ボクシングも、総合格闘技も、相撲も、ムエタイも、世界中に存在する全格闘技に明るくない私にとってでも、本作『アイアンクロー』が示す家族の絆や兄弟の存在、そしてプロレスへの愛がビシビシと伝わって来る。80年代における世界や日本のプロレス人気が、何たるものであったかは、私自身、産まれてもいなかったので想像も付かないが、その当時はジャイアント馬場やアントニオ猪木、天龍源一郎らなど、日本のプロレス界も人気のレスラーがいて、明るかったのだろう。ちなみに、私が知っている格闘家と言えば、キックボクシングのアンディ・フグだ。90年代、日本のTVCMにも出演しており、お茶の間にいた幼い頃の私でも目に付く存在であった。それより、遙か10年前の80年代は、格闘技ブームと言ってもいいほど、格闘技が世間でも賑わいを見せていた。そんな時代に、「アイアンクロー=鉄の爪」という必殺技を持ったフォン・エリック一家の光と影の半生を描いた本作『アイアンクロー』は、スポ根映画やプロレス映画の歴史に煌々と輝きを解き放つ名作となりうる一本。どの家族にもそれぞれの家族史の中では、光と影は必ず存在はする。時にいい時期もあれば、時に沈んでしまう時期もあるだろう。それでも、このフォン・エリック一家はリングの上に立つ事だけは、諦めなかった。どれだけ呪われた一家と世間から恐れられ、噂され、揶揄されようが、プロレスラーとしてのそのファイト魂だけは燃やし続けている。時に人生には、立ち向かわなければいけない時がある。逃げる事もできれば、拒否する事もできるが、それでも最後には、その困難な出来事に対峙しなければならない。逃げたり隠れたりせず、真正面から向かって、物事を解決しなければならない。人生(リング)の上では、諦めては行けない。どんな時でも闘魂を燃やし、敵に立ち向かう勇気を持たなければならない。家族との因縁が邪魔をする場面も有るだろうが、家族という存在が時に、目の前にある困難に立ち向かう為の支えとなる大きな存在にもなり得る。あなたにとっての家族の存在について、本作を通して再考してみても良いだろう。

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家族という存在は、一人一人によって価値観や捉え方は様々だ。それは、育って来た環境、育成歴、親と子の関係性など、産まれてから今日の日までのそれぞれの関わり方によって、それぞれの立ち位置や家族内における上下関係に変化を生じさせる。父親という役割、母親という役割、兄弟としての役割は千差万別あり、一人の価値観によって一つに括る事はできない。100人いれば100通りの人生や生き方があるように、100組の家族、100組の親子がいれば、100通りの各々の人生がある。それは産まれてから死ぬまでのルーティンではなく、その時その時の人生で起こりうる出来事が反復して、一つの家庭や絆、歴史が作られる。近年、日本では家族との関係の中での絆が薄まり(※1)つつあるのでは無いかと思わざるを得ない。近頃、親殺し、子殺しという言葉をよく耳にすることはないだろうか?家庭環境の崩壊の末、その恨み辛みや憎しみの矛先が、どこに向かうのか?家庭の外側にいる第三者に向かう前に、家庭内にいる親や子に、ネガティブな感情が殺意となって刃物で制裁を行う。ちょうど昨年の今頃、14歳の女子中学生が深夜に自身の母親の首をメッタ刺しにし、親殺しを現実の悪夢にした10代がいた(※2)。原因は、スマホ依存症から来る高額請求による家庭内不和からだった。いつ、どこで、家庭環境が崩壊するのか、はたまた親子関係の再生(※3)を図る事ができるのか?最近は、家族を大切に思えない人(※4)が一定数、増えたのではないかと思える事件が増えつつあるのではないかと疑いの目をかける。大小関係なく、たとえばDV(※5)や児童虐待(※6)といった問題は、後を絶たない。厚生労働省や警察が発表したデータによると、両問題は年々、増加しつつある問題として捉えられている。本日、報道されたニュース「友達に彫刻刀を突きつけた小3女児が、逆に「いじめられた」と訴え 不登校29万人超の背景に「問題を認められない」親子」は、家庭環境崩壊の温床につながぅているのかも知れないと、異論はあると思うが、私はそう考えている。日本における家族間の関係性が崩壊を招いた最も最初期の事件は、当時加熱した受験戦争を背景に1980年に起きた「神奈川金属バット両親殺害事件」(※8)が、家庭環境の不和や崩壊を通して、社会に衝撃を与えた最初の出来事だと考えられる。家族それぞれの絆を深めるには、5つの方法(※9)が必要(他にもあると思うが)だと言われている。1.料理を一緒に作る、2.読書会を開く、3.ボードゲームの夜、4.週末の家族デート、5.一緒にボランティア活動と言われているが、方法は何でも良い訳で、要は親子との時間をできる限り多く作ることが大切。言うは易しで、共働きや仕事が多忙な家庭はこれを実践するのは至難の業かもしれないが、何か一つでも子どものためになる事が、家庭不和を未然に防ぐ手立てかもしれない。本作のモデルとなったフォン・エリック一家が、どのような家族構成で家族関係だったかは、当時のファンや当時の関係者であろうと、深くは理解できないであろう。家族の問題は、その家族の中でしか解せない。でも、彼ら一家を反面教師にして、同じ道を歩まない事はできるはずだ。

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また、どんな環境であろうとも、人生を諦めず、リングの上に立ち続ける事が大切だ。デスマッチのカリスマ、プロレスラーの葛西純氏は「生きるためにやっているんでね。リングに上がって、血を流して、痛い思いをする。それで生きている実感があるんですよ。」(※10)と言う。身体への痛みがあるから、生きている。生きている事への実感は、痛みが教えてくれる。私は、その痛みは普通に日常を過ごしていても常日頃から痛みは感じるものだと考える。確かに、リングに立ち続けていれば、レスラーとして身体的痛みや苦痛を感じるだろう。それは、どの格闘技でも同じだ。相撲、ボクシング、空手、どれも身体的精神的痛みは伴うものだ。先日、相撲界で110年振りに新人力士として快挙を成し遂げた尊富士もまた、若手ながら土俵の上では苦労に苦労を重ね、痛みを伴いながら、今の地位にまで登り詰めた訳だ。格闘技も人生も、痛みを伴うものと、私は思っている。痛みのない人生、痛みを伴わない格闘技は、人生でも格闘技でもない。闘う為の痛みが伴うからこそ、頂点に登り詰める事ができる。痛みを知る事で優しい心が育つと言われているが、身体的精神的な痛みを知る為に格闘技の世界に身を置くのもまた、一考として考えても良いのかもしれない。心の強さを磨いたり、芯の強さを身につける(※12)には、1.自分を肯定する2.自分で考える習慣を身につける3.自分の言葉で発言する4.言葉や行動に責任を持つと、自発的な行動力の連続が芯の強さを育ませる。何度も諦めずにリングの上に立つ事と人生を諦めない事は、同じライン上にある事柄に思えないことかもしれないが、どちらも「諦め」たら終わりだ。リング(人生)に立ち続ける事によって、芯の強さを磨いたり、心の痛みを知ることができるのではないだろうか?芯の強さを磨き、心の痛みを知り、他者に対する優しさを持つは、格闘技だけではなく、日常の中でも身に付ける事はできる。たとえば、「人の気持ちを想像する癖をつける」「親が「優しさを発揮する相手」になる」「子どもの「優しさ」にアンテナを張る」(※13)という思想があるが、これらの考え方を転じて考えると、上記の家庭不和への問題に対するある種のアンサーにもなりうるのかもしれない。リング(人生)に登り立ち続ける事が、他者の痛みを知り、人への優しさを学び、芯の強さを身に付ける事であると、本作が題材とするリングの上に立つフォン・エリック一家の兄弟の背中が教えてくれているようだ。映画『アイアンクロー』を制作したショーン・ダーキン監督は、あるインタビューにて家父長制、兄弟愛、ジェンダー関連の偏見とレスリングのような身体的要素の間にどのように共通点があるのか質問されて、こう答えている。

Durkin:“I really wanted something that both celebrated the family, celebrated wrestling, celebrated this great moment in their life, and showed their brotherhood and their love, but also examined and challenged wrestling and these sort of false ideals of manliness and these very crushing ideals of masculinity.”(※14)

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ダーキン監督:「私は家族を祝い、レスリングを祝い、彼らの人生の素晴らしい瞬間を祝い、兄弟愛と愛を示すだけでなく、レスリングやそのような誤った男らしさの理想、そして非常に圧倒的な男らしさの理想を検証し、挑戦するものを本当に望んでいた。」と話す。近年、「Toxic Masculinity」と呼ばれる「有害な男らしさ」への価値観について是か非かという議論が白熱している。80年代の遥か昔には、こんな価値観が世に浸透していなかったと容易に想像する事はできる。男らしさへの押し付けだけでなく、価値観の押し付け合いが意味する顛末は、家族崩壊や他者への不信感にと繋がって行くのではないかと思う。

最後に、本作が題材の一つとする「有害な男らしさ」が家族崩壊の最悪な悪夢のシナリオを作ったと言わざるを得ないが、それ以上に、どんな苦境にも心折れず、リングに立ち続けたレスラーとして、人としての精神力こそが、人という存在を美しいものに変える。本作『アイアンクロー』のフォン・エリック一家の物語が美化されたものとして捉えるのではなく、困難な人生に最後まで挑み続ける事への重要性を説いているようだ。

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映画『アイアンクロー』は現在、全国の劇場にて上映中。

(※1)日本人は、なぜ家族との関係が「薄い」のかフランス人は家族との時間を第一に考えるhttps://toyokeizai.net/articles/-/204911?display=b(2024年4月8日)

(※2)14歳の娘が突然母に殴る蹴るの暴行をはじめ…「スマホを与えてしまったがために家庭崩壊」スマホ依存のヤバすぎる実態https://gendai.media/articles/-/109381?page=1&imp=0(2024年4月8日)

(※3)親子間の事件、家庭崩壊を未然に防いだ ~親子再生の軌跡~https://www.mirossacademy.com/blog/testimonials/2019/05/4953/(2024年4月8日)

(※4)「家族を大切に思えない」。そんな私は人として何か欠けているのだろうかhttps://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f028695c5b6ca9709205474(2024年4月8日)

(※5)配偶者からの暴力事案の概況https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/index.html(2024年4月8日)

(※6)厚生労働省 令和2年度の児童虐待相談対応件数を公表https://www.orangeribbon.jp/info/npo/2021/08/-2-1.php(2024年4月8日)

(※7)友達に彫刻刀を突きつけた小3女児が、逆に「いじめられた」と訴え 不登校29万人超の背景に「問題を認められない」親子https://www.dailyshincho.jp/article/2024/04080600/?all=1(2024年4月8日)

(※8)海城高校出身の浪人生が起こした「金属バット殺人事件」の悲劇的な結末https://gendai.media/articles/-/91994(2024年4月8日)

(※9)『子育て、楽しもう!家族の絆を深める5つの活動』https://infofromtokyo.com/mamako_childcare/2023/08/19/00/16/%E3%80%8E%E5%AD%90%E8%82%B2%E3%81%A6%E3%80%81%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%82%82%E3%81%86%EF%BC%81%E5%AE%B6%E6%97%8F%E3%81%AE%E7%B5%86%E3%82%92%E6%B7%B1%E3%82%81%E3%82%8B5%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%B4%BB%E5%8B%95/#google_vignette(2024年4月8日)

(※10)映画『狂猿』:デスマッチのカリスマ、葛西純はなぜ全身を切り刻み闘い続けるのかhttps://www.nippon.com/ja/japan-topics/c030131/(2024年4月8日)

(※11)【取組動画】大相撲 尊富士が新入幕で初優勝「気力だけで」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240324/k10014400681000.html(2024年4月8日)

(※12)【芯の強い人】ってどんな人? 芯の強さを持つための4つの方法https://domani.shogakukan.co.jp/563303(2024年4月8日)

(※13)「優しい気持ち」や「思いやりの心」を身につけさせる方法とは?https://sport-school.com/largeha/%E3%80%8C%E5%84%AA%E3%81%97%E3%81%84%E6%B0%97%E6%8C%81%E3%81%A1%E3%80%8D%E3%82%84%E3%80%8C%E6%80%9D%E3%81%84%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%BF%83%E3%80%8D%E3%82%92%E8%BA%AB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%91/(2024年4月8日)

(※14)Sean Durkin Talks The Iron Claw, Curses and Toxic Masculinityhttps://www.wonderlandmagazine.com/2024/02/09/sean-durkin-the-iron-claw/(2024年4月8日)

(※15)性差別につながる「有害な男らしさ」とは ステレオタイプが生み出す無意識のプレッシャーhttps://eleminist.com/article/1338(2024年4月8日)