映画『つ。』「僕らの中にある「生きようとする力」」伊野瀬優監督インタビュー

映画『つ。』「僕らの中にある「生きようとする力」」伊野瀬優監督インタビュー

地方から世界へ。佐賀メイドで取り組む映画『つ。』伊野瀬優監督インタビュー

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

—–まず、本作『つ。』の成り立ちを教えて頂けますか?

伊野瀬監督:数年前に非公式ではありますが、佐賀県佐賀市呉服元町と柳町に拠点を構える写真館「ハレノヒ」(※1)さんと一緒に「サガランド」という3分程のPR動画を作ったのが、最初のきっかけです。その3分動画を作って、SNSや様々なプラットフォームで公開する中、なかなかの反響を頂きまして、NHKさんでも取り上げて頂きました。その動きが一頻りした時に、再度「ハレノヒ」の代表の笠原さんから、「もう一度、何か一緒にやろうよ」とお誘いを頂きまして、もう一本PR動画を作っても面白くないので、「是非、今度は映画を作りましょう」という話になった所から始まりました。これが、最初の小さなきっかけです。

—–PR動画から映画という流れが、PVや短編作品を通らず、ものすごく飛んでいますね。だいぶ思い切ったのではないでしょうか?

伊野瀬監督:僕はずっと、映画を生業にしていたので、驚きはありませんでしたが、佐賀の方々にとっては、だいぶ、思い切っていると思います。3分の動画をいきなり映画化するという話に何を言い出しているんだ?最初は、戸惑いと驚きで始まった企画ですね。

—–それが、一本の作品として完成するのは、素晴らしいと思います。どうしても映画は、世に出ない作品のほうが多くある中、それでも今こうして、世に出せたというだけでも、非常にプラスな事かなと思います。

伊野瀬監督:今回、実際に佐賀で映画制作しようってなった時、いつも47都道府県の中で何もなくて、人気がないと言われ、最下層にいる佐賀県で、しかもその中、もっと条件を付けようと、よくあるご当地映画も含め、作品の企画として出来上がって、東京の事務所に企画を持って行き、事務所所属の役者さんを募って、佐賀県に連れて来て撮るというシステムがあると思いますが、それが佐賀映画と言えるのかと会話が上がって、そのやり方は何も面白くないと賛同がありました。これは、佐賀県に関係する方だけを集めて、企画を進めようと動き始めました。調べてみると、佐賀出身の役者の方はほぼいないんです。言ったものの大変だなと思いましたが、もう発言した以上、自分の足で役者の方を見つけるしかないと言って、本当にロケハンと出演者を見つけるのに、一年ぐらい要したと思います。 佐賀県内の高校、大学、飲み屋、広場に顔を出して声をかけて、多くの方々にオーディションに参加して頂くようにお願いして、面白い人がいれば、紹介もしてもらう事を何度も繰り返して、ようやく主演の方含めて、作品に出て頂ける方を見つけました。見つけてからも大変で、演技経験のない方ばかりで、カメラの前に立つ事すらしたことない方ばかりが集まりました。 まず、台本の読み方をする前の段階から始まりました。企画が立ち上がって、8ヶ月は経っていました。お金はなかったけど、時間はあったので、リハーサルには時間をかけました。

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

—–作品を観ていて感じたのが、映画『つ。』が、自主という観点で言えば、今まで本作のような佐賀映画はなかったのかなと思います。本作では作中の方言の取り扱いが、非常に印象的でしたが、脚本を書く上でセリフに何か工夫されましたか?

伊野瀬監督:セリフに関して言えば、台本に書かれた元のセリフはありつつも、さっき言ったように、役者さんと触れ合う時間がたくさんありました。人にはその方なりの過去や想い、経験があると思いますが、役者さんと時間を共に共有する中、その方々の滲み出る感性を大事にしたいと、途中から当て書きになった部分もあります。台本にまったく書かれていないセリフで成立しているシーンもいくつか、映画の中にはあります。その方自身の言葉で語ってもらっています。方言を含めて、映画の雰囲気だと思っています。言葉として理解できなくても、雰囲気で飲まれてしまえっていう思いは強くあります。

—–言い方が少し悪くなりますが、映画の中で話される言語は、8割、9割が標準語です。それも正直、聞き飽きたと感じています。日本には、もっとたくさんの言語や言葉、方言があり、普段聞けない方言を映画を通して聞けるのは非常に貴重な体験だと思います。

伊野瀬監督:本当に、まさにその通りで、映画は何らかの役割を果たすものと思っています。いろんなきっかけがありますが、今回、佐賀で撮影していますので、高校生や大学生に参加して頂いて、映像制作を体験してもらえるきっかけもあったと思います。あとは、観て頂いた方々が個々のストーリーを考えるきっかけにもなると思っています。今回は、日本の中で全く何もないと言われている佐賀県で方言を丸出しにして、一本の映画を作れた事に関して言えば、他府県でも映画を作れるでしょうと、本作を観た全く関係のない別の県に在住の映像制作者が、佐賀にできて、俺らにできないって事は無いよねと思って、地方からもっと映画がたくさん生まれればいいと思っています。東京を無視して、地方で映画がたくさん作られれば、それはそれで楽しいと思っています。新しい才能も生まれるでしょう。多分、その街にしかない風景や逸話、伝聞もあると思いますが、それを題材にした作品が生まれて来たら、逆に新しいものとして、東京だけに限らず、日本以外の人もまた、日本に対する再発見ができる面白みができたらいいなあと思います。そのきっかけになれればと願います。

—–文化の発信を東京だけにしない事が、大切だと思います。地方には地方のやり方があり、発信の仕方や魅力があると思います。そんな事を作品や文章を通して、地方から伝える事もできると思います。

伊野瀬監督:絶対、できます。今回、この作品でできたので、実現可能です。東京を通さず、かつどができると証明しました。

—–東京でしっかり公開できた事が、素晴らしいと思います。配給は、既に付いておられますよね?地方で活動していると、なかなか配給も参入しない背景もありますし、繋がりも生まれないので、東京進出は相当ハードルが高くなりますが、どのように配給会社の方と繋がれたのでしょうか?

伊野瀬監督:配給会社さんとの繋がりは、一つもありませんでした。今回は映画を作った後に、東京には通さず、まずは世界一周しようと思って、一年間は日本以外の世界中の映画祭を周ってみました。日本の中でも少し周りました。沖縄の映画祭含め、いろいろ巡り巡って、一周して戻って来たタイミングで、知り合いづてに、作品に興味を持った配給担当者の方がいると耳にして、お会いしてお話をお聞きしました。その方もまた、普段の作品上映は東京から始まって、その結果から地方の映画館の方が手を挙げる方式です。

—–東京の数字を見て、地方上映の判断が下される訳ではありますが…。それが、筋でもありますね。

伊野瀬監督:僕は、佐賀から上映したい旨をお伝えしました。結局、佐賀での上映は自分で交渉する話になりました。何の宛もなく佐賀県にあるイオンシネマさんに突然アポ無しでピンポーン方式で訪ねました。館長さんに企画のすべてを説明して、佐賀から上映を始めたいとお話して、データをお渡ししました。イオンシネマの館長さんが協力したいですと、申し出てくれました。でも、ただ決定権はないので、一度イオンシネマの東京の本社に話を上げて、協議して頂いた結果、奇跡的に本社で話が通りました。

—–企業の対応が、非常に柔軟ですね。

伊野瀬監督:非常に有難い事に、イオンシネマさんの本社は柔軟に対応して頂けました。その道を作れた以上、全都道府県でも映画制作ができると思っています。最初の上映が、東京じゃなくても別に良いと思っています。

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

—–私は、佐賀県と言う土地を作品を通して全面的に出しているとは思いませんでした。ロケ地含め、敢えて佐賀県の有名な観光地を出している訳ではなく、登場人物の日常から佐賀と分かる構成にしていると感じました。印象的な場所を出さない代わりに、また出さない事自体が印象的でしたが、あるゆる要素を削ぎ落とした事によって、逆に佐賀県の何が見えると思いますか?

伊野瀬監督:佐賀県は何もないと言われていますし、佐賀の観光名所がある訳でもありません。この場所を映せば、佐賀県と分かる名所もありません。でも、何も無くても、絶対に日本全国、皆が体験経験した事があるノスタルジックな風景や立ち返るられる場所があると思っています。だから、佐賀県映画と言いつつも、どこか地方在住や地方出身者はホームを感じられるような作品に仕上がっていると思います。地元や故郷を感じられる絵作りにしたいと思って、変に佐賀県の名所を僕は絶対に映さないようにしようと思っていました。下手したら、日本の何処にでもある風景の、とある高校生の視点に立ち帰れたらと思っています。

—–それが、逆にす非常に印象的な作品でした。たとえば、福岡県であれば、作中に有名な中洲がドーンと映ったとしても、それはもう単なる観光映画やご当地映画であって。これらの映画ジャンルが悪い訳ではありませんが、その逆を行く映画が今、求められているのではと思います。それが、本作『つ。』の中に詰まっていると考えています。

伊野瀬監督:お話の中で、その場所が生きるのであれば良いんですが、場所ありきでは面白くないと思います。場所が生きていても、それその場所のイメージだけですよね。

—–場所ありきの物語ではなく、物語と人と場所があってこそ、映画は成り立つと思っています。そこにロケ地だけを目立たせても、作品は活かせないと感じています。

伊野瀬監督:だから、響かないと思います。結局、観光名所だけを映しても作品は生きて来ません。普段、生活していると分かると思いますが、日常の様々な事は観光名所では起きないですか?何も無いところで、事は起きています。

—–それが、日常ですよね。

伊野瀬監督:名所に寄った瞬間にもう、それは日常ではなくなります。観光目線になってしまいます。でも、どこかで共感できそうと考えると、何でもない田園風景や山、学校の校舎が際立ってくると思います。観光名所は映さなくても、先程お話した方言や雰囲気で佐賀を探す事も大切になってきます。まずは、見せる事を体感してもらえたらと思っています。それが、僕らが言っている佐賀映画です。

—–それが生きていると、私は思います。役者の方が、生き生きとしていましたが、その点はどうでしょうか?

伊野瀬監督:今回、主人公の大学生も佐賀大学の学生食堂で出会いましたが、その時はまだ1年生か、2年生ぐらいでした。彼は、高校の時に少しだけ演劇経験はあると言っていましたが、カメラの前で動いた事はなく。演じることに興味はあるけど、それを人生の糧にする気はまったくないと話していました。それでも、オーディションには来て頂きました。

—–佐賀大学の学食で出会うには、どのような行動をされたのでしょうか?

伊野瀬監督:これもほぼピンポン方式で、知り合いを通して、佐賀大学と繋がっている方がいて、その方を介して関係者と繋がって、活動の趣旨をお伝えして、校内をウロウロしてもいいかとお話を持ちかけました。学校の許可を得て、学内を歩き回って声をかけて行きました。無断で入ったら、不審者として捕まってしまいますが、大学側が非常に協力的でした。休憩時間にカフェなど歩き回って、学生の方に声をかけて行きました。主人公を演じた子は、大学を卒業しても、教員免許を取りつつ…。彼は将来について、漠然と考えていました。映画の出演をきっかけに、役所を目指しますと言ってくれました。先月、彼は大学を卒業して、東京に行こうとしています。

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

—–この作品の主人公は、ままならない日常を過ごす人物として描いておられますが、監督が考える人生の「ままならなさ」とは何でしょうか?

伊野瀬監督:日常は常にままなってなくて、人生は思い通りに行っている事の方がないじゃないですか。生きている9割は、思い通りに行かない事しかないじゃないですか。思い通りに行くことなんて、本当に1割あるかないかと思っています。思い通りに行ってないからこそ、それが日常かなと思います。思い通りに行っている方が、日常じゃないと思うんです。特別と言うか、それが思い通り行けてないのが、日々です。それは今も含め、青春時代はもっとそれを敏感に感じていたと思うんです。思い通りに行ってない事こそが、日常です。思春期と呼ばれる時期は、多感に感じる時ですよね。 だからこの年齢の設定で、今回はストーリーを作りました。日本特有の高校3年生の将来が決められてしまう選択肢の時期が、一番日常の中で楽しみつつも苦しむ時だったかなと思います。

—–それは、何年経っても変わらないような気がします。

伊野瀬監督:僕も今、この歳になりましたが、日々思い返る事はたくさんあります。

—–正直、ままならない事はたくさん感じています。

伊野瀬監督:思い通りにならない事が、だんだん日常になってくると思うんです。

—–若い頃はもっと、私達も抗っていたんでしょうか?もう少し、人生の色々な事に抵抗していたのかなと思います。今は、生きていてままならない事はたくさんありますが、すべて流れに任せているようにも感じます。

伊野瀬監督:良くも悪くも、それが大人になる事かと思います。でも、僕はその諦めると言う言葉は、大好きです。この言葉は、肯定している言葉なのかもしれません。諦める行為は、自身をあからさまにしている事なんです。諦めてしまった方が、幸せになれる事が多いと思います。

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

—–また、タイトル「つ」には、「かさぶた」と言う佐賀県の方言が用いられていますね。これには「傷を負う事が新しい自分を作る」というメッセージが込められているそうですが、人は生涯で傷を負う事は大きければ大きい程、なかなかその傷は癒えないと思います。それが癒える瞬間はどのタイミングで、必ず癒えると思いますか?

伊野瀬監督:傷が癒える癒えないの線引きは、その人によるかもしれませんが、僕が一番言いたい事は、生きている限りは勝手に体がその傷を癒そうと、治そうと働くと思います。こちらの意思に関係なく。僕らの中にある「生きようとする力」は、無意識にも動いていると思うんです。傷を負って、かたふたになって、かたふたの下では新しい細胞が作られて。それが最終的には、新しい傷になっているかもしれないし、歪な形に残っているかもしれないけど、生き残れるように生まれ変わって来ていると思います。だから、傷が完全に癒えるか癒えないかと問われると、本当にその方の受け取り方でもあると思いますが、ただ傷が癒える事で生き残る事を僕ができるだろうと考えています。だから、僕は生き残りましょう、生き残るんだという思いが一番、このストーリーもタイトルに込めた意味でも、僕らは生きているのではなく、生き残るんだ。 そこに響いたらいいなと思います。乗り越える乗り越えない、傷が完全に癒える癒えないは、その人次第なので、「絶対に大丈夫。傷は、言えますよ。心の傷も大丈夫です」と、僕からは言えませんが、ただ傷と共に生きる事を選ぶのは、僕達にもできます。生きると言う点に辿り着きたいんです。タイトルと思います。

—–生き残る事、生き続ける事。それが、大切になってくるんですね。ありがとうございます。最後に本作『つ。』が今後、どう広がって欲しいという願いはございますか?

伊野瀬監督:一人でも多くの方に観て頂きたいと思います。一般上映としては、今回、本作が僕の第一作目になります。僕の幼い頃の映画の印象は、作品全体は忘れてしまっており、ストーリーもほぼうろ覚えの状態で、セリフもすべて記憶に残っている訳ではありませんが、ただワンシーンだけでも、たとえばジャッキー・チェンの印象的なアクションシーンだけが、記憶として残っています。だから今回はもう、本当に僕はそんな思いで、89分の上映だとしても、他愛のない事だとしても、どこかワンシーン、ひとセリフ、一つの表情がすごく深いところで長く、刺さってくれればいいなという思いで作っています。若い方に留まらず、老若男女関係なく、多くの方に観て頂いて、何か心に刺さる方がもっと増えて頂ければと願います。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©️2023 佐賀映画製作プロジェクトチーム

映画『つ。』は現在、関西では4月13日(土)より大阪府のシアターセブンにて上映中。また、4月26日(金)よりアップリンク京都にて公開予定。

(※1)ハレノヒhttps://halenohi.com/(2024年4月12日)