映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』Action Never Die…

映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』Action Never Die…

奇想天外なおばあちゃんの妄想を描く映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』

微睡む浮遊の空間の中で、誰もが一度は、レオノールおばあちゃんのように覚醒したいと思った事はないだろうか?たとえば、少し行き過ぎだが、映画『ルーシー』の主人公ルーシーのように、ある日、突然変異して、力持ちになったり、疲れが感じにくくなったり、瞬発力や洞察力が人一倍、所望したくなる時もあるのでは無いだろうか?また、映画『ザ・フライ』でのジェフ・ゴールドブラム演じるセス・ブランドルのように、人間かハエか分からない得体の知れない怪物まではなりたくなくても、それ迄の過程としてのセス・ブランドルが強靭なパワーを手に入れて、アームレスリングの相手の手首をへし折り、突然自宅で大車輪(鉄棒競技の技名)を披露り、温厚だった性格が攻撃的になる経緯が恐ろしくも、ある種、羨ましくも感じる。他者を平気で傷付ける性格は嫌だが、ある時、自身の頭脳における肉体改造が行われ、想像以上の力を発揮し、文章が今まで以上にスラスラと頭から出てきて、思考が止まらなくなって欲しい。寝る暇も与えず、長時間、ビンビンに冴え渡る意識の中、スラスラとライティングを進められたら、それはそれで非常に欲しい能力だ。でも、覚醒後の強力なパワーが本当に必要なのか?今、自身が持つ本来の人間らしい力さえあれば、本当はそれでいいはずだ。無いものを強請り続けるよりも、今ある自身の中に秘めた能力に気付き、自身を正しい方へ導き出せる力さえあれば、覚醒してまで得れるパワーは必要ないと言い切れるのが結論だが、映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』は、過去にフィリピン映画界で活躍し、引退していた女性監督レオノール・レイエスが、ある時、脚本コンクールの記事を目にして、現役時代に未完で終わったアクション映画の脚本に取り組もうとする。そんなタイミングで、彼女は落ちて来たテレビに頭をぶつけ、ヒプナゴジアに陥り、脚本の世界に入り込むという奇想天外な物語だ。奇想天外な物語と言えば、映画『脳内ニューヨーク』『チャールズ・スワン三世の頭ン中』『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』などを連想させるが、この作品の魅力はこれら作品群とは打って変わって、年配の女性が自身の妄想の中に囚われる姿が目新しい。歳を重ねれば重ねる程、活躍できる場が減っていく年長者の女性が、自身が活躍できる場を自らの力で開拓していく様は、私自身も見習いたくなる挙動には他者を引き込む魅力が詰まっている。年配の方だけでなく、中年、青年、若手の若い世代達も同様に、皆が自身の夢に向かって、行動できる社会が存在する事を望むばかりだ。

フィリピン映画の本作『レオノールの脳内ヒプナゴジア』を制作した女性監督マルティカ・ラミレス・エスコバルさんは長い間、フィリピン映画におけるアクションに対する懐疑的な想いを抱いていた事を本作に置き換えて、アンチテーゼのような姿勢で本作を制作したと言うが、これに似た映画制作の背景が日本にもあった。映画『ダンスウィズミー』の矢口史靖監督も海外のミュージカル映画に対して、猜疑心を抱いていた感情を自身のミュージカル映画で爆発させている。本作では、その爆発度合いが数倍上を行くような強烈なインパクトを残す。特に、日本が作成した日本版ポスターのヴィジュアルは、記憶に残りやすいだろう。物語もまた、脳内妄想が炸裂したおばあちゃんの冒険、カラフルな脳、妊娠した男性、フォトコピーするゴーストたち、カタツムリやニワトリなど、レオノールおばあちゃんの無限のイマジネーションが暴走するのだが、この迷妄はおばあちゃん自身なのか、常人では考えられないエスコバル監督のトンデモナイ妄想癖が作品に滲み出ているのか、まったく計り知れないが、唯一無二を誇る斬新奇抜さは巾箱之寵だ。本作は、監督の風狂過ぎる自身の想像の数々をレオノールおばあちゃんに投影させたような作品を構築した事に成功している。90年代のフィリピンアクションへの反対意見を呈したような本作は、フィリピン映画の全貌をまだ知らない私達日本人にとって、少しばかりでも、新しい扉を開けて、開拓する為のいいきっかけの作品になるだろう。多くは90年代のフィリピンアクション映画をオマージュした本作だが、少し遡れば、フィリピンのアクション映画は70年代、80年代も全盛期だ。『Wag na Wag Kang Lalayo(1996)』『Adan Lazaro(1996)』『Afuang: Bounty Hunter(1988)』『Agila ng Maynila(1988)』『Ako ang Batas: General Karingal(1990)』『Alex Boncayao Brigade(1989)』『Alfredo Lim: Manila Police (1977)』『Alyas Pogi: Birador ng Nueva Ecija(1990)』など、挙げれば枚挙に遑がないほど、多くのアクション映画が制作されているが、日本ではそのほとんどが紹介されないまま、その全貌はまだ未開発だ。70年代から80年代で築き上げられた礎が、90年代以降のアクション映画を支えている。この時代に最も人気のあったフィリピンのアクション・スター(※1)は、以下の通りだ。ロニー・リケッツ、エディ・ガルシア、モンスール・デル・ロザリオ、ジェリック・ラヴァル、シーザー・モンターノ、リト・ラピッド(政治家)、ロビン・パディーヤ、ボン・レヴィラ(政治家)、ルディ・フェルナンデス、フェルナンド・ポー・ジュニア。フィリピンにおける90年代のアクション映画界では、彼等10人が人気を博し、活躍した時代だった。

また、タイトルにも「ヒプナゴジア」とは、起きている状態から睡眠期へと移行する時(完全に眠る前の微睡み中)に起こる半覚醒状態を指す言葉。また逆に、寝ている状態から覚醒期への移行時(身体や意識が起きる時)の半覚醒状態もまたヒプノポンピアとしているが、広い意味では、これもヒプナゴジアとしてに含まれるが、このヒプナゴジアは医学用語ではなく、1800年代後半に実在した古典文学者、詩人、心霊研究の開拓者、また初期の深層心理学研究における重要な研究者であるフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤースが、この時代に初めて提唱したとされ、先に述べたヒプノポンピアの対義語としてヒプナゴジアと命名した深層心理学(もしくは心霊研究)の専門用語だ。人が半覚醒で微睡む間に、脳が活性化し様々なアイディアやイマジネーションを生み出しやすいと言われている。かの有名な発明王トーマス・エジソン(※2)は、深い睡眠を嫌ったと言われている。彼は、数時間のうたた寝の中を好んだとされ、その間に創造力を蓄え、様々なアイディアを創案したとされる。ヒプナゴジアは、閾値意識を行き来する境にある境界線で起こる現象であるが、この閾値は変化が起きるのか、変化が起きないのか境目の数値を指す言葉だが、恐らく、このヒプナゴジアや閾値意識は常人とは縁が遠く、常人では考えられない現実離れした感性や頭脳を持つ人間が、半覚醒の中で生きていると考えられる。そもそも半覚醒になる瞬間やタイミングは、生活の中でほぼ有り得ないと思われるが、もし半覚醒の中で未知の潜在的な能力を発揮できるのあれば、発明王エジソンのように短い睡眠時間で人智を超えた発想が欲しいと願う。私自身は、ショートスリーパータイプの人間なので、それほど睡眠時間は必要としていない。一度の睡眠は4時間から6時間あればいいと思っているので、短い睡眠時間だけで考慮すれば、何か特別な能力が発揮できたらと願いたいが、残念ながら、現実は望むような特別な能力は持ち合わせていない。だからこそ、ヒプナゴジアが持つ能力への覚醒が、人間に与える計り知れないパワーを目に見えない所で伝達し続けている。閾値意識の狭間で半覚醒させられた時、私達人間はどんな能力を発揮する事ができるのか、本当に楽しみでもある。もし私が、そのような立場になった時、どんな反応が期待されるのか想像もできないが、一つだけ望めるのであれば、願わくば、少しでも早く文章を紡ぎ出せる不思議な能力が欲しいばかりだ。本作を制作したマルティカ・ラミレス・エスコバル監督は、あるインタビューにてフィリピンのアクション映画に対する疑問について、こう話している。

エスコバル監督:「このアクションスターが大統領になるという不条理な現実は、結びついているのではないかと考えました。そこで、アクションスターが大統領になるぐらいフィリピンに多大な影響を与えているアクション映画についてさらに興味がわきました。」(※4)と監督は話すが、アクション俳優から政治家に転身した人物について、恐らく、上記の人気のアクション俳優で挙げたリストの中にいたリト・ラピットやボン・レヴィラが考えられるが、同じ現象が度々、ここ日本でも発生していて、果たして、政治の勉強をして来なかった芸能界出身の方が、政治家に転身して、国民のために成果を残す事ができるのか甚だ疑問だ。彼等は、その政党の顔として、マスコット人形として議席に座るだけで、そこには知識も経験も必要ない。その人の資質が、問われる訳だろう。果たして、そんな状態で良いのだろうか?この疑問こそが、エスコバル監督を本作制作へと駆り立てたのだろう。

最後に、映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』は、映画業界を引退したおばあちゃんが、人生の最後に一念発起して、再度自身の人生を生き抜こうとする力強い物語だが、そこには人間が持つ潜在能力の現れをヒプナゴジア(半覚醒)で描写している。意識レベルが低下する中で自身の本来の能力を見い出す事はできない。真の自身の力は、今の平常時の自分自身の中にある。本作『レオノールの脳内ヒプナゴジア』の英題「Leonor Will Never Die」には、決して衰退することの無い人の能力とアクション映画への強い愛を感じて止まない。アクション映画は、決して死なない。Action Never Die…

映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』は現在、全国の劇場にて上映中。

(※1)10 Most Popular Filipino Action Stars From the ’90shttps://reelrundown.com/celebrities/Top-10-90s-Most-Popular-Action-Stars-in-The-Philippines(2024年1月29日)

(※2)天才のようにまどろめ エジソンに学ぶ半覚醒状態のひらめきhttps://www.nikkei-science.com/202208_070.html(2024年1月29日)

(※3)閾値とは?|これで解決!意味をスッキリご説明https://fuelcells.org/blog/12780/(2024年1月29日)

(※4)アクションスターが大統領になる不条理な現実。いまだ男性中心、女性不在の業界への疑問がきっかけにhttps://news.yahoo.co.jp/expert/articles/69d70240ec348eb40f0255d4181b75ad01193f04(2024年1月29日)