映画『宇宙の彼方より』自身と他者との孤独

映画『宇宙の彼方より』自身と他者との孤独

2023年6月17日

史上最も“野心的な”ラヴクラフトの実写化映画『宇宙の彼方より』

©SPARENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

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H.P.ラヴクラフトことハワード・フィリップス・ラヴクラフト は、アメリカを代表する近代SF作家における第一人者の一人だ。

頻繁によく比較されるのは、モダン・オブ・ホラーとしてアメリカ現代ホラー小説界のトップに君臨しているスティーブン・キングだ。

彼はまた、ラヴクラフトが書いた小説から多大なる影響を受けた人物の一人としても有名だが、最も有名な定番ネタでもある。

自身は、どちらかと言えば、キング寄りの読者なので、正直なところ、ラヴクラフトの小説はまだ触れたことがない。

いずれは読みたいとは思っているが、それはいつになるのやら。

ラヴクラフトが初めて書いた小説は、18歳の頃の「The Alchemist(錬金術師)」。

作家デビュー前の青年期やオーガスト・ダーレスとの合作等を含めると、彼は死ぬまでに実に100タイトル近く書いた大物作家だ。

だが、彼は生前に名前が広く知れ渡ることなく、自身の死後、知名度が上がった小説家。

一例を挙げるなら、海外ならフランツ・カフカ、国内なら宮沢賢治が有名だ。

死後に評価される「天才」と存命中に大成功する「天才」の違い(※1)について、記事を見つけたが、非常に興味深く書かれている。

死後に評価される「天才」は、存命中に作品を発表したなかったり、頑固者であったりと。

存命中に大成功する「天才」は、物事に対して柔軟であったり、盗作をあっさりパクリと認めていたり、惜しげも無く自身の行動の狡猾さをより正当化する気概を持っている点は、逆に常人では有り得ない。

では、ラブクラフトは、どうだったのだろうか?

彼の経歴や性格、生い立ちを調べる限り、ある二つの原因を確認することができる。

①「昼はブラインドを降ろしランプを灯して、無気味な物語を書き続けた」②「発表する作品の多くはパルプ・マガジンだった」とあるが、彼は今で言う陰キャな上、大衆人気のなかったカルト雑誌「パルプ・マガジン」での作品発表が、彼の作家活動、作家人生を邪魔したのだろう。

鑑みれば、ラブクラフトや死後に知名度が上がった人物の人生はまるで、私自身の今の状態と似ている一面もありそうだ。

私自身もまた、人付き合いは苦手だ。

また、個人が運営する無名な媒体で書いている点、これはマイナス要素だろう。

従って、何もアクションを起こさず、現状に満足していれば、私自身、彼らと同じ死後に評価された人物の仲間入りになることだろう。

それでも、それは本望ではあるし、知名度が欲しくて活動している訳ではなく、何か映画や文章を通して、発信できる立場である事を誇りにしなければならない。

有名になることより、何かを発信する意義を見つける方が大事だ。

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さて、映画『宇宙の彼方より』は、ラブクラフトの作品の中でも屈指の名作と言われている(発表当時の評価は、あまり芳しくなかった)。

作品名は『宇宙からの色』またの名を『異次元の色彩』と呼ばれている。

過去には、何度も映像化されており、近年では2019年にニコラス・ケイジが主演した映画『カラー・アウト・オブ・スペース -遭遇-』が、記憶に新しいだろう。

この短編小説が書かれた時代背景は、ちょうど1927年。

その当時、第一次世界大戦後のアメリカでは、戦後の影響で経済不況が吹き荒れ(第一次世界大戦不況と呼ばれる)、復員兵たちは就職難に直面していた経済政策が苦しい時代であった。

また、産業においては新技術、新製品への思考が高まりつつある中、自動車産業が大きく時代を賑わせた。

そして、アメリカ全体においては、裕福な地域での都市化が益々進み、ニューヨークやシカゴと言った都市部では摩天楼建設を競い合い、NYではクライスラービルやエンパイアステートビルの建設が先行して行われた。

文化面では、「失われた世代-ロスト・ジェネレーション-」と呼ばれる第一次世界大戦を経験した作家達が、挙って世の中を失笑の眼差しで見る風潮も見られた。

代表作家には、主な者としてアーネスト・ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルドおよびガートルード・スタインら。

1920年代北アメリカの絵画は、ヨーロッパとは異なる方向に発展し、結果として、表現主義とシュルレアリスムが台頭した時代であった。

この時代背景を総評して、人々は「狂騒の20年代」と呼ぶ。

そんな時代に誕生したのが、本作の原作となった小説『宇宙からの色』だ。

映画『宇宙の彼方より』は、このラブクラフトの怪作短編を大きく改変しており、ベトナム系ドイツ人の映画監督フアン・ブーが、自身の人種的ルーツであるベトナム人が体験したベトナム戦争を背景に、SF映画として撮り上げた異色サイエンス・フィクションだ。

彼は、本作以外にも監督・ライターとして『The Dreamlands』『Eternal War(テレビショートドラマのうちの1エピソード『Voices at Night』)』『Damnatus』を製作している。他に、視覚効果担当として映画『レッド・バロン』『Albert – Mein unsichtbarer Freund (TV Movie)』『Beutolomäus und der geheime Weihnachtswunsch』(TV Movie)。

出演者として、映画『Zwei im falschen Film』『タートオルト (TV Series)』など、今日に至るまで作品を発表し、役者としても技術としても、精力的に活動している。

彼の作品が、日本に紹介されたのは、恐らく本作が初めてだろう。

その上、制作されたのが2010年前後。

そこから数えて、およそ13年越しに本作が、日本の劇場で上映されるのは貴重な機会だ。

フアン監督の自身の民族の根底に流れる「ベトナム戦争」(※2)の存在は、彼自身の人生において最重要を占める事柄であるということが、伺える。

ベトナム戦争が、全世界の人類に何を残し、何を失わせ、そして何を学ばせたのか?

この出来事のトラウマ(※3)は、日本人が太平洋戦争で抱えた苦心の生き様と、まったく同じだ。

ベトナム戦争下での人々の苦しみは、今を持ってしても、変わりようがなく、今もどこか、世界の片隅で戦争後遺症や枯葉剤による後遺症に悩まされ、人生を狂わされた人々は多くいるはず。

恰も、日本における被爆者何世の方の苦悩に近い。

そのベトナム戦争を体験したのが、フアン監督の父親母親世代。

彼は、自身の両親の後ろ姿を見て育っているからこそ、本作のようなSF映画のバックグラウンドとしてベトナム戦争を取り入れた作品が生まれたのは事実としてあるのだろう。

現代におけるベトナム戦争は、まだ終わりを告げておらず、様々な課題を残したまま次の世代へと受け継ごうとしている。

あの時体験した戦時下の記憶と今ある全く新しい社会の価値観が、統合し共生する道(※4)は今もまだ開拓されていない。

それは、日本も同様であり、如何にして、過去の出来事と現代における価値観をマッチングさせて行くかが、大きな課題だ。

表現や価値観が、今と合わないからという理由で、あの当時に起きた出来事を排除しても良いという考え方は、甚だ疑問だ。

あの時代があってこその「今」であると、関係者や専門家は考え、受け入れる必要がある。

近年、第二次世界大戦を題材にした日本の漫画『はだしのゲン』が、教育教材から削除される問題(漫画『はだしのゲン』排斥問題)(※5)が起きたが、日本は今後、戦争を仕掛ける立場にってもおかしくないだろう。

あの時の教訓は何一つ活かされること無く、また戦争が神の御名の元に許された正当性の高い行為であると好意的に受け入れられる時代が訪れる。

フアン監督もまた、ベトナム戦争の影響が今でも、如何に多くの人々を苦しめ、生きながら殺しているのかを、監督は本作から伝えようとしている。

ドキュメンタリー映画『プーチンより愛を込めて』や『独裁者たちのとき』でも描かれたように、戦争の無意味さが今も残滓として社会の至る所に残留している。

本作が取り上げたベトム戦争の様相は、今も続くロシアウクライナ戦争(※6)までをも批判している。

制作時の2010年には、至らなかった考え方や価値観までもが、今の2023年という時代に、大いに影響し共鳴し合っている事、反響の波魔に存在することを忘れないでいておきたい。

本作を監督したフアン・ブーは、作品における制作や資金面について、話す。

©SPARENTOR, Studio / Produzent / Cinemago

HV: “Right now* I’m writing a treatment for another Lovecraftian film, though this time it isn’t a direct adaptation of a particular story. It’s more like throwing several stories and ideas into a box, shaking it thorougly, and looking what will result out of that. I’m close to finishing it, and all I can say is: this time it’s for both audiences. Unfortunately it’s a really epic story, so probably impossible for us to finance even with fan support. Thus, we are thinking about producing a promotional trailer (with fan support hopefully) so that we can try to get some attention from the film industry.”

ブー監督: 「今、私は別のラヴクラフト映画の作品を書いていますが、今回は特定の物語を直接翻案したものではありません。それはむしろ、いくつかのストーリーやアイデアを箱に放り込み、徹底的に振って、そこから何が生まれるかを考えることに似ています。完成に近づいていますが、私に言えることは、今回は両方の聴衆に向けた作品であるということだけです。残念ながら、これは本当に壮大な物語なので、ファンのサポートがあっても資金を調達するのはおそらく不可能です。そこで、映画業界から注目を集められるように、プロモーション用の予告編を (できればファンのサポートを得て) 制作することを考えています。」と、本作の制作局面が如何に、困難であったのか分かる記述だ。

それにも関わらず、この作品が日本に届いたのは、あまりにも遅すぎる。

日本の映画業界はエグゼクティブチェアにふんぞり返って、売上金だけを数えるのではなく、若手の映画関係者に製作資金をどうプールし、潤滑に業界に回して行くのか考えて頂きたい。

自身の懐がホクホクするのを喜ぶのではなく、次世代の若手を育成する観点を、自身にどう養うのか、その足りない頭でじっくり熟考して欲しい。

金に目が眩んだ亡者には、映画のホントの美しさを理解することは死ぬまでできないだろう。

そして、その「美しさ」とは、一体何かを死ぬまで、死んでからも、無限ループの中、激しく考え猛省して頂きたい所存だ。

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最後に、本作のドイツ語の原題『Die Farbe』には、「色」という意味がある。

まさに、原作の持つ要素をそのままタイトルに置き換えたような非常にわかりやすい題名だ。

ただ、この「色」にこそ、作品(小説含む)が示す最終目的を滲ませている。

「色」とは、何か?

例えば、本作は全体的な色のトーンを落として、モノクロ映像として作品を表現しているが、色を落とした画面に何を描写させたのだろうか?

それを考え答えを得た時、本作が持つ真の目的を知ることができるだろう。

これは、単なる宇宙人侵略もののSF映画ではない。

様々な視点や解釈で作品を掘り下げる事ができるが、例えば、よくある仮定であれば、宇宙人の侵略が戦争における侵略であったり、宇宙人の攻撃が他国からの攻撃であるという見方もできる一方、私達は今の時代に何を忘れたというのだろうか?

それは、恐らく、人と人との関係性だ。

ネットが発達し、コロナウイルスが蔓延した今の世界には、既に他者は存在しない。

あるのは、利己的な思想を持つ人間という生き物だ。

小説は、地球外生命体を描きつつ、そのベースにあるのは、私達人類の一人一人に与えられた「孤独」への課題だ。

恐らく、筆者であるラブクラフトもまた、孤独の中で生きてきた人物だろう。

それを隠すために小説を書き、人々とのコミュニケーションツールとして「SF」「侵略もの」「宇宙人」というネタを用いて、自身と他者との孤独を埋めようとしたのだろう。

今の日本社会が抱える孤独が、本作による何らかの要素で、近い将来、解毒し雪解けすることを願わざるを得ない。

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映画『宇宙の彼方より』は現在、関西では7月1日(土)より兵庫県のシネマ神戸にて上映予定。また、全国の劇場にて絶賛公開中。

(※1)死後に評価される「天才」と存命中に大成功する「天才」の違い。ゴッホとピカソhttps://romanoff-lab.com/journal/goahnpicaso/(2023年6月17日)

(※2)ベトナム戦争は終わらない ~枯れ葉剤後遺症に苦しむ人びとhttps://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2006/03/post-210.html
(2023年6月17日)

(※3)トラウマはどこへ行った?―米軍ベトナム撤退から40年をへてhttps://drive.google.com/file/d/1wW99MjhCcLNalFRQGQuslgjAmyBauLYC/view?usp=drivesdk(2023年6月17日)

(※4)ベトナムの農村 における戦時の記憶 と今の社会関係 :共生への課題https://drive.google.com/file/d/1wrraAymrQ7KOZaM2Rhk85k597XtBLJ4y/view?usp=drivesdk(2023年6月17日)

(※5)『はだしのゲン』削除から考える平和教育――軍拡・安全保障教育にしないために(高橋博子さんインタビュー)https://d4p.world/news/20370/(2023年6月17日)

(※6)ロシア・ウクライナ戦争 核保有大国ロシアが隣国に侵攻https://www.bbc.com/japanese/60631515(2023年6月17日)

(※7)Huan Vu: Interview with the Director of “Die Farbe”http://darkofthematineepodcast.blogspot.com/2012/09/huan-vu-interview-with-director-of-die.html?m=1(2023年6月17日)