ゾンビを描きながらの、その根底にある人類愛を表現した映画『DEAD OR ZOMBIE ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』特殊メイク・メイクアップディメンションズ担当の江川悦子さん、主要ゾンビ役宮澤寿さんインタビュー
歩くゾンビに原点回帰した短編ゾンビ映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』に特殊メイク・メイクアップディメンションズとして作品に携わった江川悦子さんと主要ゾンビ役としてご出演された宮澤寿さんにインタビューを行った。特殊メイクやゾンビ役について、本作の見どころについて、お話をお聞きしました。
—–まず初めに江川さんにお聞きしますが、特殊メイクの業界に行くにはどうしたら良いのか、またこの世界に入ったきっかけはなんでしょうか?
江川さん:どんな業界でもそうですが、ただ興味を持って、思っているだけではダメなんです。
行動に移さないと、次には繋がっていかないと思います。
今、うちの会社は定員オーバーの状態で、働きたいと希望される方もお断りせざるを得ないので、「次の機会がありましたら、またお声掛け致します。」と言う事もあります。
ただ、多くの方はその時の一回きりなんです。
「はい、ありがとうございました。」と縁が切れてしまいます。
何度でも足を運んでくれる方がなかなかいません。
私自身も、トップレベルの監督さんと働きたいと言う目標があります。
ご挨拶にお伺いしても、一度きりでは門前払いだと最初から覚悟していますので、へこたれません。
逆にアドバイスを頂いた後に、違う作品を持って再度トライします。
それで、今の道が開けているんです。一歩踏み込む行動力が必要かと思います。
どんなに腕が良くて、どんなに素晴らしい作品を作ってたとしても、表に出さないと分からないですよね。
もう少し自身のアピールをしてもいいかなと思います。
私は特殊メイクが素晴らしい作品に出会い、この業界に興味を持ちました。
ゼロの状態から、経験も知識もなく、いきなり大師匠の扉を叩いたとしてもご迷惑になるだけと思って、私は最低限の基礎を勉強しようと、アメリカの学校に行きました。
独学で学べる方もおられると思いますが、私のスタートはアメリカで、すべてが英語の世界だから、専門用語にしても基礎の基礎すら分かっていない状態でした。
でも今では進学して正解だったと思っています。
基礎の知識さえあれば、ある程度の仕事はできます。
最低限の基礎を身に付けておけば、何にでも対応することは可能です。
学校に行って学ぶのがひとつかなと、私は思います。
様々な事情で進学できない場合は、文献を取り寄せて自宅で作品作りをしてみれば、何が必要で今の自分のレベルが分かると思います。
それから、次、どう行動するかですね。
—–最初はアメリカの学校に行かれたそうですが、当時は日本には専門の学校はなかったのでしょうか?
江川さん:まったくなかったです。当時、ゴジラを作る方々がいました。造形部と特撮を担当されている方はおられました。
でも、特殊メイクという顔にメイクを施す部署は、仕事としては確立されていませんでした。
例えば、当時のメイクさんがお岩さんの化粧をするとなったら、メイク担当の方や美術担当の方が、見よう見まねで作って、顔にくっ付けたりしていた時代です。
それを確立させた特殊メイクという一つのカテゴリーで、職業として成り立つようになったのが、80年代の話です。
—–宮澤さんはゾンビ映画以外にも、一般の映画にもご出演されてますね?
宮澤さん:メイクアップ事務所に所属させて頂いておりますので、ゾンビ系の役がウェイトとして一番大きいです。
普通に活躍しておられる役者さんよりも、特殊メイクによって違うキャラクターになる仕事を頂ける確率は、非常に高くなっています。
ゾンビの演技に関しても、実は海外のYouTubeでゾンビの演じ方を教えているチャンネルがあるんです。
佐藤監督も仰るように、今は走るゾンビが多かったりしますが、昔のゾンビの動きを教えている動画もあります。
そういうサイトでゾンビの演技や動きの研究をずっとしています。
お陰様で、あるお仕事でヒロインの方から「何年ほど、ゾンビ俳優やられていますか?」って、聞かれました。
ゾンビの役者として認識して頂ける時もあります。
—–ウェイトはどちらに置かれていますか?
宮澤さん:どちらもですね。舞台で演じるのも非常に楽しいですし、特殊メイクをして自分がまったく違うキャラになって演じるのも、両方とも自分のやりたい事ですので、どちらも大事なお仕事ですね。
—–ゾンビ専属になろうと思って、役者を目指したわけではなく?
宮澤さん:そうですね。純粋に役者を目指していますが、色々演じていくうちに特殊メイクの世界にも出会い、ゾンビの役者を演じさせて頂く機会を頂けました。
ただ、普通の役をさせて頂きながらも、自分の中では「ゾンビ役をやらせたら、宮澤が凄い。」と、言ってもらいたいという気持ちも、正直あります。
その点で言えば、ちゃんとゾンビ役もできますという立場でいたいと思っています。
やりたくて目指した訳ではありませんが、そういう立ち位置に立てたので、一層のこと、ゾンビも全力でやってみようというスタンスです。
今回、他のゾンビ役の方から「凄かった。」と言って頂けたのは、非常に嬉しかったです。
普通の役にしてもゾンビの役にしても、どちらが上という意識はまったくなく、どちらも自分の中ではやりたい事です。
本当に今、色々経験させて頂けるので、とても楽しいですね。
—–様々なゾンビ映画や特殊メイクの現場に携わっておられますが、今作『DEAD OR ZOMBIE』において、特殊メイクに対するアプローチは、他の現場での違いはありますか?
江川さん:時間的にタイトな現場でしたので、短時間で効果的に魅せるメイクを目指していました。
世間では、特殊メイクには時間がかかると思われがちですが、私のポリシーでは1、2時間以内で、ひとつの作品を仕上げたいと思っています。
なぜなら、長時間の特殊メイクは私も役者さんも疲れてしまいます。
メイクだけで疲れてしまい、演技に身が入らないのは本末転倒ですので、なるべくスピーディに仕上げて、現場に送り出したいと考えています。
どうすれば、効果的に、また素早く仕上げることができるのか。
何人もの役者さんにメイクをし、出演して頂く必要がありますので、一人一人に何時間かけていられません。
今回、その点が工夫したところです。
—–ゾンビの被り物は、今回の撮影のために発案されたのか、もっと前から技術としてありましたか?
江川さん:一つのパターンとして、この技術は前から持っていました。
こういうやり方と、そうでないやり方は、随分前から使い分けていました。
—–その技術は、アメリカの技術ですか?それとも、江川さん自身がオリジナルで発案されたのでしょうか?
江川さん:どちらかと言えば、オリジナルですね。
私が渡米した時、アメリカの撮影現場は比較的、多くの時間をかけて、お金をかけて、特殊メイク含め、ちゃんとした撮影をする時代でした。
今は向こうも多少タイトな時間で撮影しているようですが、80年代のアメリカ映画はちょうど全盛期だったため、たっぷりお金も時間もかけて製作するスタンスでした。
日本でアメリカのスタイルを真似ることはできないと思っていましたので、日本式に応用して如何にコンパクトに、如何に効果的にできるのかは、いつも考えて取り組んでいます。
—–宮澤さんも本作で演じる上で気を付けていた事はありますか?
宮澤さん:一番意識していたことは、撮影前に監督から説明を受けたんですが、ヒロインの早希は家族がゾンビになってしまったことで、逆に家族の絆が強くなります。
自分の役柄は映画の冒頭だけ、生きている人間なんです。
その時は逃げられなくて、奥さんから「あんたなんかと、逃げるんじゃなかった。」と、言われて彼女を食べてしまう役柄なんです。
絆が強くなる関係と、別れてしまう関係の対比を作品で表現したいと、監督から説明を受けました。
できるだけ残酷に演じるように意識しました。
あとは、ゾンビとして表情が出せるメイクをしてもらいましたので、如何にゾンビの表情で演技をするのかを気をつけたんです。
被り物のマスクだとメイクは早いですが、細かい表情を表現するのが難しい。
私がしてもらった造形のピースを貼っていくメイクの時間はかかりますが、自分の顔と連動して動いてくれるので、頬を上げた時の表現も演じることができました。
そういう点を如何に、表に出して怖くするかを意識していました。
—–声を出さずに演じるのは難しいと思います。例えば、目力だけで訴えたり、演じるのは役者さんとしては難しいと感じますか?
宮澤さん:本当に、その通りだと思います。
でも、そういう意味では、今回は特殊メイクに非常に助けられている所はあります。
リアルなメイクを頼りに、見た目はクリアしている分、あとは自分で表情を作って表現するだけなんです。
—–ゾンビメイクをすることで、それになりきろうとする感覚になりますか?
宮澤さん:もちろん、あります。当然、最初はなりきるまでに時間がかかりますが、ある程度、期間が経つと、メイクの造形を付けている感覚はなくなってくるんです。
休憩時間は普通に過ごしていますが、自分の顔を鏡で見るとゾンビメイクなので、改めて自分がゾンビであると認識させられます。
なりきるという点で言えば、特殊メイクの力は非常に必要かと。
心の入り方もまったく違います。
—–本作の撮影現場では、特殊メイクに関して3種類の方法を採用されたそうですが、スクやメイクを使い分けることでどのような効果がありましたか?
江川さん:効果とすれば、宮澤さん演じる一番メインとなるゾンビは、先程もお話しされたように、表情が大事です。
隅々まで良く動くように、と額から顔から、ピッタリと貼っているんです。
貼りながら作ってもいますので、表情がストレートに表に出ます。
被る方のマスクは、目の周りと口周りしかメイクはしませんが、多少遊びがあるんです。
顔型を取って、その方専用に作ってなくても、目と口の位置さえ気をつければ、どんな方にも合うようになっています。
少しの違いがあっても、正確にフィットします。
細面の顔だと、また違った表情を出すことも可能です。
相乗効果を出しつつ、時間短縮にもなる利便性はあると思うんです。
つまり、全体的にメイクをするゾンビは、細かい表情も出せます。
逆に、被り物のゾンビは、多少遊びがある分、面白い動きができる要素もあります。
—–今回、演じられたゾンビは、作中において非常に重要なキャラクターだったと思いますが、どのようなポイントに比重を置いて演じられましたか?
宮澤さん:先程と近いお話になるかもしれませんが、如何にゾンビを怖く見せるかが、重要なポイントでした。
皆さん、ご存知かと思いますが、本作はゾンビ映画ですが、独特な雰囲気がある作品かと思います。
例えば、ヒロインがゾンビを見ても、逃げる姿を見せなかったり。
家族のゾンビと一緒に住んでいる設定も、少し不思議ですよね。
前半では、ゾンビがそれほど怖く描かれていないんです。
ゾンビだけど家族という雰囲気を出しています。
逃げないヒロインは逆にゾンビを実験台にしたり、コミカルに扱われている場面も多々あります。
だからこそ、ラストの場面では、残酷なゾンビとしての存在感を意識していました。
—–ギャップを大切にされていたのですね。
宮澤さん:様々な要素が混ざっている中、自分はラストの場面では恐怖担当としても意識していました。
今なら言えますが、喉が潰れそうになるまで叫んでいました。
ゾンビの唸る声は、喉に負担がかかるんですが、最後の場面は数日、声が出なくなってもいいという覚悟で、怖さに気合を入れて演じました。
—–江川さんにとっての特殊メイクの役割や重要性はなんでしょうか?
江川さん:特殊メイクはどうしてもなければいけないモノとして、使われています。
なぜかと言えば、ゾンビひとつにしても、実在する訳ではありませんので、架空のものを作る必要があります。
架空ではないものの場合でも、例えば役者さんの坊主のかつらも特殊メイクで作ってしまうんです。
役者さんは他の現場にも行かないといけないので、実際に坊主になることができません。
そういう方のために特殊メイクが必要なので、なくてはならない部署です。
様々な現場に行かせて頂き、特殊メイクを施せるのは、大変ありがたく、忙しい状況が続いています。
特殊メイクというと、無いものを作っているイメージなんですが、恐らく誰もメイクだと気付かない特殊メイクもあります。
そういうお仕事を、山のようにしています。
映画業界における特殊メイクの必要性は、非常に高いと感じています。
—–宮澤さんにとってのゾンビ俳優の役割や重要性はなんでしょうか?
宮澤さん:まず、ゾンビ映画には必ず必要な存在ですよね。
でも、色んなゾンビ映画が量産されている昨今、その中でも作品によって、ゾンビのジャンルが微妙に違うんですよね。
作品ごとに、ゾンビ役の役者がもっと色々な表現ができてもいいと思うんです。
今は、大量のゾンビが一気に襲ってくる設定の映画も多いですよね。
そういう中で、皆が皆、同じゾンビではなく、ゾンビにも個性があったりしたら、面白いと思うこともあります。
ゾンビになる前のその人の人生を考えられる設定でも、いいと思うんです。
そういう意味では、ゾンビ映画という大きなジャンルがある分、ゾンビの役者が様々な表現をすることによって、作品の個性を出せるのが一番、演じる側にもいい刺激になると思います。
ただ、大量のゾンビがいる中、目を引くゾンビでありたいと、今はリアルに思っています。
集団のゾンビの中にいても、このゾンビとあのゾンビは、違うように見えて、両方とも宮澤だと気づかれたいです。
ゾンビの中でも個性の幅を出せる存在に最終的になれたらと目指しています。
ゾンビを演じつつ、それぞれに個性を出せる演技の幅ができるのではないかと、思うんです。
ゾンビ映画やゾンビには、まだまだ可能性が眠っていると考えています。
周りと同じような事をしても、面白くないと感じるんです。
もちろん特殊メイクの力を借りつつ、今お話しした事を実践できたら、面白いと想像しています。
—–特殊メイクのアーティストとして、今後何か将来の展望やチャレンジしたい事はありますか?
江川さん:新しくキャラクターを出したいと考えています。
そのキャラとは、特殊メイクでないと生み出せないと思っているんです。
そういうものが登場する映画を作りたいと、漠然と思っています。
—–宮澤さんもまた、役者として将来の展望やチャレンジしたい事はありますか?
宮澤さん:実は、チャレンジしたい事があります。
偶然、江川さんが仰った事と似ているんですが、まだ誰にも話してない事です。
役を頂いて特殊メイクをしてもらう立場だけでなく、自分で考案したキャラクターを作ってもらうことも時々ありますが、最近ふと思ったのが、ハロウィンで皆が作れそうなカボチャのコスプレのモンスターを考えてもいます。
ハロウィンの時期に定着させられるキャラを作れないか、そういう事を考え始めました。
—–最後に、映画『DEAD OR ZOMBIE ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』の魅力をそれぞれ教えて頂きますか?
江川さん:映画『DEAD OR ZOMBIE』は、ファミリーの結束がある作品なので、ストーリー性として、私は非常に愛せるシチュエーションだと思って、製作に参加させて頂きました。
そういう点が、いい所だと思っています。
それに合うような様々な工夫を凝らしましたので、ぜひより多くの方に観て頂きたいです。
宮澤さん:やはり、他には無い所が一番だと思います。
ゾンビ映画でありながら、家族の話でもありますね。
普段のゾンビ映画なら、ゾンビとの初めての出会いではヒロインが叫んでしまいますが、本作ではそのヒロインが素通りしてしまうんです。
その時のコミカルさや衝撃は、他の作品では味わえないと思います。
そういう演出やストーリー展開が、非常に面白いと感じています。
それぐらいゾンビが日常の風景となっている独特の世界観は、唯一無二だと思っています。
その点が一番の魅力かなと、感じています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『Dead or Zombie ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない』は現在、2022年12月23日(金)より栃木県にある小山シネマロブレにて、公開中。また、来年2023年 1月6日(金)より神奈川県にあるあつぎのえいがかんkikiにて上映予定。