映画『バラシファイト』最後に笑ってお酒が飲めるのは、誰か?

映画『バラシファイト』最後に笑ってお酒が飲めるのは、誰か?

2023年8月4日

異色の舞台裏バトルエンターテイメント映画『バラシファイト

©K-Entertainment

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終業後の飲み会出席は、命懸け。舞台の現場は、本番よりも演目の終演後が非常に肝心だ。それは、打ち上げの飲み会に出席するか否かを左右する。酒が飲めるか、飲めないか。仕事が早く終わるか、終わらないか。それは、一般の世界の一般企業に勤める会社員の方々も同じだろう。定時に帰って、華金(※1)を楽しむか、それか終電ギリギリまで粘って、翌週に仕事を残してしまうのか。それは、その時の仕事量や進捗具合で運命が決まる。それとも、月曜日を迎えるのが憂鬱な「サザエさん症候群」(※2)を味わうか。そんな日々の駆け引きが、エンタメ業界でも毎日のように繰り広げられている。皆、飲み会は好きだ(この言葉には、語弊がある。一部の方は、飲み会に出席するのが億劫と言う。そんな私もそれほど、好きではない。でも、付き合いならば、仕方の無い事だ。コロナ禍になってから、緊急事態宣言や感染予防を理由に出席を断ったり、飲み会自体を開催しない流れができたのは、皆さん非常に助かったに違いない)。さて、だいたいの方は、飲み会が好きだろう。そんな毎日の疲弊を癒すために、人は退勤後に飲む最高の一杯を堪能する。映画『バラシファイト』は、そんな一杯に命を賭け、仕事を賭ける舞台裏で暗躍する舞台関係者の姿を追ったアクション・コメディ映画だ。本来、エンタメ業界のステージ裏の苦労話は、何故か敬遠される世の中だ。映画や舞台と言った娯楽は楽しむためにあり、関係者たちの意匠惨憺さには耳を傾けたくないと思う人間がほとんどだ(私は案外、苦労話は嫌いではない。その話の向こう側の作品ができるまでの輝きを知るのが非常に好きだからだ)。そんな人々が不思議と毛嫌いする苦労話を、アクションとコメディでエンタメ化した本作は、非常に画期的革新的と言えるだろう。舞台裏の仕事は、本当に重労働だ。日雇い経験をした事ある方なら、一度は演劇終演後のステージに立ったことがあるだろう。大道具係は皆、大工上がりで言葉が乱暴だ。指示系統の舞台関係者の女性の担当者もまた、何故か言葉遣いが荒く、既にヒステリック。正直、ブラック現場そのものだ。二度と行きたくないのが、本音。私は、過去に映像制作も経験したが、作品制作中、制作費が底を尽き、監督が自身の生活費を制作費に回すように懇願された時、内心マジかよwwと、ブラック現場に驚いた。結果的に、クランクアップの時点で、翌日の生活も儘ならなくなり、日雇いの世界へ慌てて駆け込んだのはいい思い出。日雇いは、ある意味、人生の駆け込み寺だ。そして、上記の舞台裏の日雇い派遣の話となる。内情の実態をツラツラと書き殴ってしまったが、それでもエンタメ業界の世界は楽しい。他者に「楽しみ」を届ける事ができる仕事は、エンターテインメントの世界だけだろう。その想いを胸に、舞台関係者の裏方は皆、日夜「バラシ」の仕事に今日も精を出す。飲み会出席の命運を賭け、舞台美術のセットを片付けて行く。

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さて、映画『バラシファイト』の「バラシ」には、どんな意味があるのだろうか?バラシとは、言葉の通り組み立てた足場をバラバラにバラして行く意味があるが、実はこれ、舞台(エンタメ)用語ではなく、元は建築用語から来ている。ただ、今回はこの「バラシ」(※3)を映画・映像・舞台関係の業界用語として考えて行きたい。ちなみに、エンタメ関係の業界用語は、五十音とアルファベットを合わせて、およそ全部で5000語の用がある事を知っておきたい。そして、エンタメ関係の業界用語の場合の「バラシ」には、「撮影収録などの終了後、機材・美術セットなどを片づける作業だけでなく、出演者や機器類の不調などの事由により、急遽予定されていた内容が実行できない場合、その予定そのものを取り止めること」もバラシと呼んでいる。現場では、頻繁に使われる用語であるため、覚えていても損は無い。また、バラシの意味に似た言葉として「現状復帰」という言葉があるが、これは借りた部屋や場所、舞台であるならステージで、映画の撮影やイベント時に使わないであろうと動かしていた物を、退去する最後に元の位置に戻す作業の事を指すが、これは元々、法律関係の用語だ。正直、私は今回、調べるまで「現場復帰」「現状回復」が、法律関係の言葉(※4)であることを知らなかった。映像の世界で使われている専門用語かと思っていたら、賃貸の部屋を退去する時に元の姿を戻す行為から「現状復帰」「現状回復」と呼ぶそうだ。ある種、不動産関係の業界用語と言っても過言ではない。それでも、この「現状復帰」は良く、撮影終了後の映画の現場でも頻繁に耳にする言葉だ。エンタメ業界の専門用語は、もしかすると、他の業界用語から拝借した言葉が多いのかもしれない(ここは詳しく、細かく調べてみないと分からない事なので、今回は追わない事にする)。映画でも舞台でも、表でスポットライトの前に立てるのは、基本役者たちだ。そして、次に舞台演出家や映画監督達が、輝かしいステージの中央に立てる。その一方で、影の存在で、縁の下の力持ちとして活躍しているのが、裏方のスタッフ達だ。残念ながら、彼らは、滅多に表舞台に立つことはない。だからこそ、本作『バラシファイト』の物語の設定は、非常に有意義だ。裏方の人間が、どんな想いで仕事に取り組んでいるのかが、よく分かる。昨今の風潮で言えば、苦労話を聞きたくない人が増えた中、それを笑いやアクションに変えて、裏方の世界を伝える本作は、この業界の裏話を爽快に描写している。この点に注視して観れば、業界の内情や本作を楽しめる点が理解できるだろう。

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また、映画や舞台には多くの関係者が携わっているが、表舞台でスポットライトに当たる人々は限られており、ほんのひと握りに過ぎない。基本的には、映画なら監督と主役級の役者。舞台なら舞台監督や舞台演出家が、頻繁に注目されているが、実際一つの作品に携わっている関係者は、大作なら何百といる。それは、作品のエンドロール、エンドクレジットを見れば一目瞭然だが、そんな関係者達が表舞台に現れることはない。表で目立つ必要が無いという意見を持っている方がおられるのは、重々承知だ。それでも、私は彼ら一人一人にもスポットライトを当ててもいいと思っている。先に、制作現場を経験した事があると書いたが、その時の体験が遺憾無く、今の考え方に影響を与えていると、私は思っている。監督の他に、映画であるなら助監督、カメラマン、照明部、音声部、衣装、スタイリスト、メイク部、制作部、スチールと、現場で主に活躍する部署を挙げたが、撮影終了後のポストスロダクションの段階でも編集部、カラーグレイティング、整音部、ミキサー。また、企画立ち上げの段階では、企画原案や脚本家など、一本の作品ができるまでに多くの関係者が携わっている。にも関わらず、残念ながら、注目されるのは監督か、役者のみに絞られる。先に書いたように、私自身も制作現場に参加して感じたのが、関係者一人一人が作品に対して何かしらの感情を持っているということ。それは、人だからでもあるが、自身が携わる作品だからこそ、大切にしたいと言う想いも必ずあるはずだ。それでも、近頃は作品を一目見て、面白いのか面白くないのか、スパッと一刀両断する風潮が散見している。私は、映画は何でも面白いと思っている。退屈と感じたり、面白ないと感じる作品があったとしても、その中に一つや二つ、発見があれば御の字では無いだろうか?また、作品を観て瞬時に面白い面白くないと一刀両断するのではなく、まずはじっくり関係者の声や心に耳を傾けてから、作品を判断しても遅くはないと思っている。だからこそ、私は監督や役者以外の関係者にもお声掛けをして、インタビューするように気を配っている。表から見ると、舞台裏やステージ裏は見えにくいかもしれないが、本作『バラシファイト』は舞台裏の世界を余すこと無く、そして魅力的に表現している点は非常に評価している。近年、映画内映画が流行している背景があるが、その大体の作品がエンタメ業界を美化している。魔法の世界であるかのように切り取っているが(私は、それにまんまと騙された人種)、実際は皆、命懸けであり、必死だ。一杯のお酒を楽しむために、今夜も精を出す。映画『バラシファイト』に出演している小澤さんは、東京の初日舞台挨拶でコメントを残している。

「コロナが明けると信じて、希望をもってこれからもっと楽しいことしよう、みんなで日本全体を盛り上げていこうと思える作品になればいいなと思って、一生懸命作った作品です。」(※5)と話す。コロナ禍が明けつつある今、映画という文化が益々、再度最盛を迎える事を、ただただ願うばかりだ。

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最後に、本作『バラシファイト』は、舞台裏で活躍する撤収班が慌ただしくしている日々を描いた映画内舞台裏映画だ。そんな日常を、少しコミカルに、サスペンスフルに、またアクションシーン交えて、エンタメ業界の裏の顔を描いている。先にも先述したように、映画業界にも多くの関係者の部署がある。紹介したのは、ほんのひと握りで、エンドクレジットだけでは一体、現場で何をしているのか分からない部署も数多く存在するが、映画は監督一人では作られず、たくさんの作り手があって、初めて作られる。それが映画、または舞台だ。そんな部分を念頭に置きながら、本作を鑑賞すれば、また違った質感の映画鑑賞体験ができること、お墨付きだ。さぁ、最後に笑ってお酒が飲める時が、彼らに訪れるのだろうか?

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映画『バラシファイト』は現在、関西では7月28日(金)より大阪府の大阪ステーションシティシネマにて、絶賛公開中。また、全国の劇場にて順次、上映予定。8月5日(土)は、上映中の大阪ステーションシティシネマにて、関係者による舞台挨拶が行われる。登壇者は、主演者の小澤雄太さん、寺坂頼我さん、浅野寛介さん、監督の開沼豊さんの予定。

(※1)「華金」の意味とは? 由来や使い方、ブラックフライデーとの違いを紹介https://oggi.jp/6728050(2023年8月3日)

(※2)月曜を憂鬱に感じる「サザエさん症候群」とは?原因と症状、対策方法https://mba.globis.ac.jp/careernote/1506.html(2023年8月3日)

(※3)映画・映像 業界用語辞典 「ばらし」https://tf-tms.jp/glossary/getword.php?w=%E3%81%B0%E3%82%89%E3%81%97(2023年8月4日)

(※4)弁護士が教える法律知識 原状回復の範囲https://www.mirailaw.jp/knowledge/1016/(2023年8月4日)

(※5)『バラシファイト』初日舞台挨拶https://www.cinema-factory.jp/2023/07/29/29594/(2023年8月4日)