第18回大阪アジアン映画祭(OAFF2023)台湾映画『黒の教育』インドネシア映画『ライク&シェア』インド映画『トラの旦那』作品レビュー

第18回大阪アジアン映画祭(OAFF2023)台湾映画『黒の教育』インドネシア映画『ライク&シェア』インド映画『トラの旦那』作品レビュー

2023年3月18日

3月10日(金)より、10日間開催された第18回大阪アジアン映画祭が、今年も華々しく幕を閉じた。

今年の映画祭のテーマは、「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」。

映画『四十四にして死屍死す』と映画『サイド バイ サイド隣にいる人』を本映画祭の目玉として、16の国と地域で製作されたアジア人に関する多種多様な映画、長編、中短編含め、全51作品を一挙に上映。

コロナ禍という危機的状況を乗り越え、今年のラインナップは、例年にも増して、多彩な作品が集結した。

会場場所には、2022年春にオープンした大阪中之島美術館が加わり、お馴染みのシネ・リーブル梅田、梅田ブルク7、シアター7、国立国際美術館で、上映された。

連日、各回にはゲスト登壇され、貴重なトークを展開した。

近年のコロナ禍によって、叶わなかったゲストの来日並びに、来阪は4年振りに実施は、大盛況であった。

インディー・フォーラムに組み込まれた映画『カフネ』とスペシャル・オープニング・セレモニー作品として選出された香港映画『四十四にして死屍死す』等、アジアに関する作品が数多く上映された今年の映画祭。

今回は、コンペティション部門に出品されたこの三作品、台湾映画『黒の教育』とインドネシア映画『ライク&シェア』と映画『トラの旦那』について取り上げたい。

映画『黒の教育』監督:クー・チェンドン。台湾。2022年公開。海外初上映。

©CHARVEST 9 ROAD ENT.

©CHARVEST 9 ROAD ENT.

寸評レビュー:あなたは、善人になりたいですか?それとも、悪人になりたいですか?

今は誰しもが善人にも、悪人にもなりうるようになった時代。

普通に日常を過ごす人が、ある時突然、悪の行動をしてしまう。

それは、大なり小なり関係ない。

例えば、信号無視をしてしまった。ゴミやタバコのポイ捨てをしてしまった。また、突然降り出した雨、自転車に刺さった傘を手にして、家路に着いた経験は、ないだろうか?精算を忘れて、商品を手に店外に持ち出した事はないだろうか?

常日頃から、私達は小さな小さな悪事を積み重ねて、生きている。

一方で、悪人はずっと悪人のままか?

私はそうは思わない。

ある時、悪事を繰り返し生きていた男が、人生に一度だけ、大きな親切を人に行ったとすれば?

それだけで、彼は彼自身の人生のほんの一瞬だけ、善人にもなれるのだ。

善と悪が二項対立する世の中、複雑な社会で、私達は生きている事を自覚したい。

本作『黒の教育』は、ある出来心から、人生における取り返しのない「過ち」を犯してしまったある三人の高校生の姿を描いたサスペンス・スリラーだ。

高校卒業という非常に大事な日に、ヤクザにケンカを売るという暴挙を犯した彼らの行いは、子どものイタズラを通り越して、単なる犯罪だ。

この時の悪行が自身の人生に大きく響き、身体の痛みや苦しみで痛感させられる。

過誤の代償として、ヤクザのボスに突き付けられた選択肢は「仲間を売る」か、「大金を用意する」か、そして「自身の指を切り落とす」の3択。

18歳という大人にも子どもにも成り切れない彼らは恐怖に戦きながら、今後の人生を左右する選択を迫られる。

そして、ヤクザの親玉は言う。「その痛みを見る度に、お前らは今日やった「過ち」を悔いる事になる」と。

近年、学生たちの間で、またもやイタズラと言うには、度を越した悪行の数々がニュースで報道された。

その中でも大きく大々的に報道されたのが、三大大手の回転寿司屋で起きた(※1)一連の迷惑動画だ。

記事内では、これらの行為を平気で行う若者に対して、「自分への意識は高く敏感だけど、他人への意識は低く鈍感」と遠回しであるが、はっきりと自己中心的な行為であると、断罪している。

また、「やっていいことと、よくないこと」の学習が必要あるとも書いているが、それは親が子にしっかりと幼少期から説かなければならない問題だ。

そんな親自身が、「やっていいことと、よくないこと」や「ITリテラシー」について、しっかり知識として身に付けなければ、同じ子どもが今後、不良在庫のように大量に量産されるのは、目に見えている。

本作『黒の教育』は、一夜の過ち、一度の悪事が、人生の方向性を大きく変動させる行為であると、警鐘を鳴らしている。

つい出来心で、その場のノリで、面白そうだからと、SNSでバズるからと、自身の将来を思慮せずに、浅はかな行動を取ってしまうと、物語に登場した若者たちのような未来が待っている。

本作は、大人達が観るのではなく、10代を中心とした、若者達に達に観て欲しい。

また、教育現場でも、教育の一環として、本作を教材資料として取り扱って頂きたい。

たった一回の過ちが齎す重大な結果は、(※2)本人の人生だけでなく、(※3)家族やその周囲の関係者にまで多大な影響を及ぼす事を肝に銘じたい。

私達は、善と悪の二項対立する狭間で生きている。

最後に、あなたは善人になりたいですか?それとも、悪人になりたいですか?

この文言で、締めくくりたい。

映画『ライク&シェア』監督:ギナ・S・ヌール。インドネシア。2022年公開。日本初上映。

寸評レビュー:「この世は、必ず男が勝つ。最後に泣くのは、女達の方だ。」

これは、本作『ライク&シェア』の劇中で放たれるセリフだ。

映画を通して、この言葉を耳目して、感情を揺さぶられるのは、何時ぶりだろうかと思わせるほど、この作品が持つ男女の性に対する訴求力は、殺傷能力がある程、凄まじ過ぎる。

自身のYouTubeチャンネル「ライク&シェア」を有するリサとサラ。

彼女らは、家庭内に悩みを持ち、年上の男性に好意的に見たりと、どこにでもでもいる女子高生。

日本の女子高生と何ら変わりのない二人は、自身の学生生活を楽しんでいた。

そんな日々を壊される出来事が起きるまで、彼女たちの未来は明るかった。

本作『ライク&シェア』は今、日本社会で問題視されている(※4)「デジタルタトゥー」への脅威を、力強く否定した作品だ。

世間から見て批判的な(炎上するような)動画や性的動画は一度、ネットに載せてしまうと、それを消すことはできない。

自身の身体に刻むファッショナブルなタトゥーよりも、非常に悪質な性質を持つ「デジタルタトゥー」。

映画『ライク&シェア』は、インドネシア社会のネット社会が持つ危険性をサスペンスタッチに描きながら、厳しく糾弾している。

物語の冒頭こそは、ポップでキャッチー、それでいて「効果音」や「視覚的効果」による、映像の見栄えは作品の魅力的な部分ではあるが、話が展開して行くにつれ、徐々にサスペンスフルなダーク感を出してくる辺り、監督の演出に対する技術や技巧が非常に優れている。

終盤では、性加害に対して、女性側が高らかに「No」と言えず、最悪の結果である「示談」で物語が収束するが、これはまさに女性側の敗北を、作品は示している。

それでも、いつか性被害を受けた女性(今は女性、男性関係なく、誰が性的被害を受けてもおかしくない。そんな可能性がある時代)が、「この世は、必ず女が勝つ。最後に泣くのは、男達よ。」と言えるような社会が、来て欲しい(この問題に関しては、勝ち負けが焦点ではない。男が勝った、女が勝ったと言ってる時点で、それは大いに間違いでもある)。

ただ、ひとつの方向性として、女性側が声高に堂々と「勝ち」を宣言できる時代が来ることを、願うばかりだ。

ここでは、「男が…」「女が…」と性を区別した考えで、社会の尺度を測ってはいるが、実際はそうではなく、私達は男性性、女性性に囚われることなく、一人の「人」として、生きていける社会を、これからの未来、構築して行く必要がある。

昨年公開された映画『ミューズは溺れない』の淺雄望監督とのインタビューでも、この件については、深く議論を交わし、いい取材記事にしようと、二人で時間を重ねて、何度も推敲した記事を過去に掲載した。

両者の考えは、男性、女性に囚われることなく、一人の人間として、映像製作やライティングに取り組める、そういう未来が訪れ、社会を作って行く意志を再確認した。

少し話がズレたが、世界から、「この世は、必ず男が勝つ。最後に泣くのは、女達の方だ。」という考えに対して、社会はしっかりと懺悔し、悔い改め、そして戦っていかなければならない。と言う、事だ。

映画『トラの旦那』監督:リマ・ダス。インド。2022年公開。日本初上映。

寸評レビュー:本作『トラの旦那』は、上記二作品『黒の教育』『ライク&シェア』とは打って変わって、コロナ禍におけるインドの実情を生々しく描いたリアリズム主義の映画だ。

タイトルの『トラの旦那』の「トラ」とは、主人公ジャーンの奥さんの名前ではあるが、映画は終始、奥さんのタラの視点ではなく、ジャーンの視点から描かれ、語られている。

では、この題名『トラの旦那』には一体、どんな意味や意図があるのだろうか?この部分の詳細が分かれば、作品により深みを与えてくれること、間違いないだろう。

本作の物語は、終始、主人公ジャーンと彼の妻、そして子どもたち、彼がオーナーとして経営するレストランという日常の一画を切り取ったリアルでパーソナルな題材だ。

マスクをしたインド人、ニュースでは新型コロナウイルスに対する注意喚起、消毒液の過剰使用、子どものオンライン試験など、どこか日本と全く変わらない同じ風景がそこにはあり、非常に共感性が持てる上、あの時代の空気感を振り返らざるを得なくなる。

コロナは、何を産み出し、何を削ぎ落とし、そして何を失ったのか?

その疑問は、この作品が教えてくれている。

少し話が逸れるが、インド映画のイメージはやはり、ボリウッドの歌踊りの饗宴乱舞と言ったミュージカル映画が真っ先に脳裏に浮かぶだろう。

その次に、映画『エンドロールのつづき』『スタンリーのお弁当箱』『マダム・イン・ニューヨーク』そして、忘れてはならないのが、サタジット・レイ監督のオプー三部作『大地のうた』『大樹のうた』『大河のうた』は、これら全ては歌い踊らない、大人しい方のインド映画だが、本作『トラの旦那』は其のどちらの種類にも属さない、インドのインディペンデントを地で行くような自主映画だ。

インドのインディーズ映画の存在に初めて触れた時、必ずや、必ずや、新しいインド映画の可能性や方向性に対して、驚きを隠せないだろう。

最後に、私達人類は、コロナ禍という一大パンデミックの最中、多くの人や物を喪失した半面、多くの学びを得たに違いない。

本作には、それらの要素が多く詰まった全く新しいインド映画の伊吹を感じさせられる。

第18回大阪アジアン映画祭は、3月19日まで大阪府にあるシネ・リーブル梅田ABCホールにて盛大に開催された。

(※1)寿司テロなどの迷惑行為めぐる騒動に欠けた視点加害者への怒りと原因の推察ばかりでは非生産的https://toyokeizai.net/articles/-/653640?page=4(2023年3月20日)

(※2)【検証】「スシローペロペロ事件」親の賠償責任は「0円」⁉ 立ちはだかる「民法714条・709条の壁」https://gentosha-go.com/articles/-/49353(2023年3月20日)

(※3)【直撃】スシロー “ペロペロ高校生” への賠償請求に母が憔悴告白「悪いのは私たちなので…償っていくしかない」https://smart-flash.jp/sociopolitics/220668/1(2023年3月20日

(※4)デジタルタトゥーとは~その意味や種類をわかりやすく紹介https://sports-for-social.com/3minutes/degital-tattoo/(2023年3月20日)