心は晴れないのに、空は憎らしいほど青かった映画『とべない風船』宮川博至監督、東出昌大さんインタビュー
現在、全国の劇場で上映中の映画『とべない風船』の宮川博至監督と主演の東出昌大さんにインタビューを行った。製作の経緯、ロケ地の影響力、タイトルの真意、東出さんの今後の俳優業について、そして作品の魅力について、お話をお聞きしました。
—–本作『とべない風船』の着想は、どのように産まれましたか?
宮川監督:映画『テロルンとルンルン』を監督してから、広島国際映画祭で上映した時には既に、西日本豪雨災害は起こっていました。
それから、コロナ禍にもなり、『テロルンとルンルン』も全国公開で各地を巡業する中、コロナの感染拡大を危惧して舞台挨拶が行えず、リモートでの挨拶が一般的になって来た時期でした。
中編を上映する中、僕自身、思う事も多々ありました。
この数年間を振り返って、感じる事がたくさんある中、自分の知り合いの話やお会いして知り得た事実が、作品に入っています。
人々の生活や人生が、すべて詰まっている物語です。
—–監督自身も広島県にご在住という事もありますが、その理由以外で、なぜ「西日本豪雨災害」をセレクトされたのでしょうか?
宮川監督:「東日本大震災」の時は、多くの作品が生まれましたよね。
「西日本豪雨災害」をテーマにした映画は少なく、あれからもう4年が経つ今、ドキュメンタリーも鑑賞しましたが、少し疑問が残る作品もありました。
東日本大震災の時は、僕は広島に住んでいましたので、遠い所で大変な事が起きているという感覚でした。
西日本豪雨災害もまた、悲惨な状態でした。
親戚や親友が被災し、大変な目に遭っていたんです。
僕が東日本大震災の時に受けた印象と今回の西日本豪雨災害で東日本側の人々が感じた感情は、同じだと思いました。
あの時、僕が感じた「遠い所で大変な事が、起きているんだろう」という感覚を持っているんだと。
それに、このまま、西日本豪雨災害に関する作品が産まれない可能性も感じて、ならば自分自身で物語を生み出したいと思い、本作を製作しました。
—–東出さんは、脚本を頂いた時や読んだ時、何か感情を抱きましたか?
東出さん:僕は、死別した肉親に逢う夢を見て、泣いて飛び起きた経験があります。
今まで色々な役をさせて頂き、兄弟を亡くした友人を見てても、皆自分を責めてしまうんですよね。
そういう気持ちや感情が、脚本の中で丁寧に描かれていると感じました。
間違いなく、この本を書いた監督は、優しい人だろうと、お会いする前からシナリオを通して、想像していました。
優しい反面、作品作りには厳しさも必要です。
実際、監督にお会いしましたが、優しさだけでなく、作品に対する厳しさもしっかり持った方でした。
大変な製作になると思った分、監督とはすぐに同じ気持ちを共有し、いいモノを作る体勢になって行ったんです。
—–ありがとうございます。次に、監督にご質問ですが、シンプルにタイトル『とべない風船』には、どんな想いを込めましたか?
宮川監督:実は、このタイトルは違う方に付けてもらったんです。
色々な題名を考えたんですが、『テロルンとルンルン』がいい感じのタイトルだったので、これと似たような言葉を考えていました。
例えば、『憲二と凛子』ですね。
ただ、これはしっくり来ませんでした。
色んな言葉を考えて、コピーライターの知り合いに相談し『とべない風船』を考えてくれました。
—–ありがとうございます。ポスターのビジュアルはなぜ、逆にしたのでしょうか?また、「風船」の「風」の部分も同時に、逆さまになっています。この「逆さま」にした意図は、ございますか?
宮川監督:これに関しては、タイトルの「とべない風船」という逆説的なワードを視覚化するために上下反転させました。
そうすることで風船だけが飛んでいるように見えますよね。
少し遊び心をポスターグラフィックに導入してみました。
タイトルの『とべない風船』の「風」が、逆さまになっているというのも視覚的なトリックを意識しています。
—–村田という人物を通して描かれているのは、遺された災害被害者の苦悩や葛藤ですが、この人物を演じた東出さんは、災害被害者の胸の内を少しでも理解することができましたか?また、それを演技に活かすことが、できましたか?
東出さん:まず喜びも悲しみも、数値化できるものではありません。
実際に被災された方が、1キロの悲しみだったと言ったとしても、それを理解できると、僕の口からは言えません。
1トンの悲しみかも知れないですよね。
だから、分かったつもりになるのも違うし、最後まで分からない時もあるかもしれません。
でも作品は、想像の翼を使って、飛んで行き、自身を肉薄する事だと思います。
だから、分かってお芝居をしたとは、僕は思えません。
僕自身も家族を亡くした経験や死別の悲しみを持っていますが、ただそれと被災された方の感情は、別物だと思っています。
ただ、舞台挨拶の最後にもお話させて頂いた通り、自分の傷がほじくり返され、中途半端な事をして欲しくない、嫌な思いを感じたと言われないように、演じるしかないと覚悟を持ちました。
—–ロケ地は、「呉市」と「江田島市」ですが、役を演じるにあたり、この場所はご自身にとって、どう影響を与えたと思いますか?また、このロケーションを通して、村田という人物をどう作り上げようとされましたか?
東出さん:東京の雑踏の中で過ごすよりも、日々キラキラしたモノに溢れていました。
朝日にしろ、西日にしろ、空が青ければ、海も青くなります。
空が曇ってる時のグレーな色合いもまた、美しく感じました。
そういう綺麗なモノや色彩を失う経験をした憲二なので、綺麗な所に居続けるんですが、その場所に対して、憎らしく思ったり、綺麗に思えない心の痛さを感じながら、そこを離れません。
でも、憲二のようなご経験をされている方は、沢山おられると思います。
だから、綺麗な分、それはそれで、物語の前半の彼にとっては、苦痛の時間だったのではないかと思います。
だから、お芝居をするに当たり、ロケ地から多くの力を頂きました。
—–プレス内の東出さんのコメントにて、「遠くに吊るされた萎んだ風船を眺める男がいる」と仰っていますが、この「萎んだ風船」は作品の何を示しておられると思いますか?
宮川監督:ある場面でも、萎んでしまって、落ちかけている風船もありますね。
風船は意外と、すぐに萎んでしまい、常に頻繁にケアしないといけない作業だと思います。
ケアする度に、ルーティンワークになっているんですよね。
憲二は、萎んだ風船を通して、失った家族の事を毎回思い出しているんです。
あの萎んでしまった風船ですが、そこから踏み出せるかもしれない。
その一方、一歩を踏み出すことで、家族を忘れる事への恐怖もあると思います。
この「萎んだ風船」には、混沌とし、カオス染みたモノが、込められています。
—–東出さん演じる村田は、過去の出来事に対して心に傷を抱え乗り越えようとする人物ですが、東出さん自身も、過去を乗り越えようとしておられますが…。
東出さん:どうなんでしょうか。
まず、僕と憲二はまったく違います。
過去は別として、役者の人生は地続きなので、憲二の天災で妻子を失った事実と、僕のプライベートはまったく関係ありません。
その点に関しては、まったくリンクはしません。
それでも、僕は、何があっても、作品を頑張る事に対しては、まったく嘘はありません。
それに、俳優業をずっと続けて行きたいです。
頑張ることは、とにかく、お芝居です。
ご一緒した人達に、またアイツと仕事がしたいと言ってもらえるように、お芝居に対して最善を尽くす事です。
とにかく、今は芝居を頑張って行きたいです。
それが、僕のこれからの目標です。
—–俳優業を頑張ると仰って頂けた事が、非常に嬉しく思います。最後に、本作『とべない風船』の魅力を教えて頂きますか?
宮川監督:今のお話ではないですが、東出くんを見て欲しいです。
もちろん、三浦さんも、小林さんも素晴らしいので、注目して欲しいです。
一人の男が、苦悩して、そこからどう判断し、どう歩んで行くのかを、見て頂く事によって、東出くんの良さや魅力があると思います。
東出さん:前情報だと、豪雨災害が前面に宣伝されていたと思いますが、改めて鑑賞すると、温かい映画だと思います。
観た人の気持ちを、軽くする映画になっていると思います。
晴れた日に綺麗な島が連なる、瀬戸内の多島美を見に行く感覚で、まったく構えずに、映画館にフラッと足を運んで頂けたらと、思います。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『とべない風船』は現在、関西では1月6日(金)より大阪府のシネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX堺。京都府では、アップリンク京都。兵庫県では、kino cinema神戸国際にて、絶賛上映中。また、全国順次公開予定。