映画『コントラ』時代を超越した現代に蘇る厭戦映画

映画『コントラ』時代を超越した現代に蘇る厭戦映画

2021年6月14日

映画『コントラ』の作品概要

映画『コントラ』は、インド出身で日本在住のアンシュル・チョウハン監督による長編2作目だ。本作は、ある日本の田舎町を舞台に、女子高生ソラ(円井わん)と後ろ向きで歩く謎のホームレス(間瀬英正)との交流を通して描かれる清閑な作品だ。

チョウハン監督は、前作『東京不穏詩』では都会に暮らす気の強い成人女性の半生を描いていたが、本作『コントラ』では田舎町で暮らす猛々しい少女の日常をモノクロタッチで描く。本作は、北米最大の日本映画祭、第14回ジャパン・カッツにて「大林賞」を受賞した作品。現在、国内外から注目度が高まりつつある新鋭監督の最新作だ。

映画『コントラ』のあらすじ

地方の奥深い山村に暮らす女子高生ソラと彼女の父親の関係は既に破綻し、冷えきっている。そんなある日、祖父が老衰のため急逝した。彼が死去した後、遺ったのは一冊の日記帳。そのノートに書き記された家宝を巡り、孫のソラ、彼女の父親、親戚の男、そして後ろ向きで歩くホームレスたちが繰り広げる少し下劣な人間ドラマだ。

映画『コントラ』の感想と評価

冒頭、祖父の後ろ姿のショットに合わせて、口笛で奏でているのは、戦後の名曲『異国の丘』のBGMだ。この冒頭の1分で続きを鑑賞できなかった。ある疑問が、頭の中で沸き起こったからだ。この疑いの根源を解消しない限り、先へは進めないと思ってしまった。なぜ、軍歌でもなく、反戦曲でもなく、この楽曲を選曲したのか?名曲『異国の丘』を選んだ意図が、どうしても知りたくなってしまった。

この楽曲は終戦直後、シベリアで抑留された日本兵が、遥か遠い異国の他で、祖国への帰郷を夢見て唄った哀歌だ。そんな楽曲を聞かされたら、つい想像が掻き立てられてしまう。この作品に登場する高齢の男性は、一体どんな人物なのか?年代から言えば、間違いなく、若い頃に出兵したのだろうと、安易に想像がつく。ただ、どんな苦労をされたのか?シベリアに抑留されていたのか?など、彼の人生背景が見えて来ないから、本作と『異国の丘』には何か関係性があるのかと、頭が痛くなるほど深く考え込んでしまった。その答えは、きっとラストの数分に盛り込まれているはずだ。最後まで鑑賞して、そのラストにこそ強く惹かれるものがあると確信した。

また、本作に出演している役者の方々の迫真の演技にも、注目して観て欲しいところ。主演の女子高生ソラ役を演じた円井わんさんの激情的な身の振る舞いと情け深い心優しい性格を使い分けている演技には、驚かされた。

また、後ろ向きで歩くホームレス役の間瀬英正さんの終始言葉を発さず、おかしな歩き方をし続ける演技にも注目他にも脇を固める父親の山田太一さん、叔父役の清水拓藏さん、本作が長編デビュー作となる女優セイラさんが、主演の2人を支えている。特に、本作では叔父役を演じた俳優、清水拓藏さんの演技に意識が向く。最初の登場シーンから最後まで、彼は主人公の父親を虐め抜く、嫌な役柄を好演している。悪役や敵役と言うのは、観客から観れば、悪い心証を持たれがちだ。日常生活においても、悪い性格の人ではないだろうかと、誤った印象操作も持たれてしまうもの。清水拓藏さんは、劇中で必ず必要となるそんな悪役を一貫して演じている。本作での見どころのひとつだ。

最後に、この作品で最も特筆に価することは、本編すべてをモノクロームで撮影したことだろう。映像作品で白黒撮影するということは、何かしらの意図がある。カッコイイからとか、モノクロに憧れてなどと、安易に考えて、このような撮影にするには演出上、危ういもしれない。演出の意図をはっきりさせておかないと、映像から色を抜き取った単なるスタイリッシュな映画となってしまう。

ならば、鑑賞しながら、モノクロ映画にした真意を考えてみた。すると、ある一つの答えに辿り着く。時と場合にもよるけど、重厚な題材を扱った作品には、モノクロでの演出が必要不可欠と言う答えだ。閉塞感のある村社会、祖父の突然死、荒れた生活の女子高生、歪みが入った親族関係など、田舎という狭いコミュニティで展開される濃密な物語には、カラーではなく、このモノクロームな映像がしっくりくる。色を付けることで、この重苦しい雰囲気をカジュアルな空気に変えてしまうだろう。作品作品にあったカラーが必要で、この映画にはモノクロと言う演出が一番違和感がない。

映画『コントラ』のまとめ

本作『コントラ』は、突然の祖父の死から始まる少し奇妙でファンタジックな物語だ。祖父が遺した家宝を求めて、繰り広げられる息子たちの骨肉の争いを静かなタッチで描く。その家族に加わるように、後ろ向きで歩く無口のホームレスの存在が、作中一番光る。彼はいったい何者なのか、それは誰も分からない。けれど、もしかしたら、死んだ祖父の昔の姿か、戦時中に国のために無惨な死を遂げた若い英霊の姿なのかもしれない。祖父が遺した家宝を巡る本作『コントラ』の物語は、脈々と今の時代に継承される戦争への訓戒と悲哀を描いた力強い反戦映画だ。

映画『コントラ』は6月5日(土)から大阪のシネ・ヌーヴォにて上映開始。また、兵庫県の元町映画館、京都府の出町座にて、近日公開予定。終映した劇場もありますが、全国でも、現在公開中。