映画『悪は存在しない』地方創生への大きな足掛かり

映画『悪は存在しない』地方創生への大きな足掛かり

2024年4月27日

観る者誰もが無関係でいられない映画『悪は存在しない』

© 2023 NEOPA / Fictive

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もし私達が住む居住地域に新しい施設の誘致が実現すれば、それはその地域におけ将来展望の非常に明るい兆しだ。経済が復興し、人々が集まり、観光客が増え、過疎化が進む地方の田舎町を世間に広める絶好のチャンスが眠っている。夢にまで見た新築の振興施設は、その地区の明るい未来を約束し保証させる素晴らしい取り組みである。それと同時に、若者が増え、地域産業が蘇り、先細り廃れてしまっていた街の活性化にも繋がる可能性も含まれており、行政側、地域住民側、観光を主とする人間、そして施設を運営する会社側、どの立場の人にとっても、必ずwin-winの関係が約束される土壌が産まれるはずだ。それにも関わらず、新しい施設が建設されるようであるなら、必ず企業側と住民側の小競り合いが、現実のものとして浮上する。ちょうど昨年の4月という今の時期に、藤井道人監督の手によって生み出された映画『ヴィレッジ』は田舎町のゴミ処理場誘致から住民同士の波紋が広がる姿を描く。両作、少し視点が違えども、キラキラと未来に輝く地方復興の裏に隠された行政や施設、地域住民のドロドロの関係を描いている点、考えが全く纏まらず言い合いし、憎しみ嘆く人間たちの姿は、似て非なる存在だ。日本の二大監督が見つめる先の日本の未来は、相互の関係に分断が生じ、相互理解や互いの歩み寄りが成されないままの日本人の醜い姿を映している。映画『悪は存在しない』は、「地方と都会」「自然と人間の対話」という考えを背景に描かれる地方の人間と都会の人間の相反する関係。グランピング施設の建設が引き起こすのは、人間同士の浅ましい醜悪な姿だ。作品の予告編で印象的なセリフは、「汚染水と言っても、都会の水よりずっと綺麗ですよ。」この言葉に、私は心底、心の震えが止まらない。地方の方々は、どっちが綺麗か汚いかを議論しているのではなく、そもそも論として、そんな汚染水を流さない事が重要だ。先にそこに住んでいた方の想いを蔑ろにしてまで、その土地に新しい建物を建設しようとする都会の人間は、もっと他者に対して配慮が必要だ。この「配慮が必要」という考え方は、今の日本社会の全体に言える事だ。他人の気持ちを慮らず、好き勝手するのはその町の発展を願う行為でも何でもない。自身の保身に走り、住民の願いも無碍にし、人の怒りを助長させる行いは、将来性なんてものはない。本当に大切な事は、新しい施設の建設ではなく、町に住む人々への配慮や心のケアだ。この点を軽視すればするほど、両者の摩擦が発生し、分断が生じてしまう。この関係は、今の日本社会の縮図と言えるのかもしれない。両者、互いの歩み寄りと相互理解を望むばかりだ。

© 2023 NEOPA / Fictive

地方都市に大企業が運営する商業施設が誘致されるのは、まるで夢のようでもある。たとえば、ある地方都市の市内に一件もなかったチェーン店が初出店されるだけで、街の人間の間には噂話が飛び交い、まるでお祭り騒ぎが起きたかのように、噴水が吹き出すように街が活気づく。地域住民が寄せる大きな期待が、街の経済発展を約束させる。近頃、これに似たような話題であれば、今年の初旬、四国にある愛媛県新居浜市の県立新居浜南高校に在学する学生達(※1)が、アミューズメント施設の大手企業「ラウンドワン」の誘致を高校生の声から発せられた。この動きの背景には、日本国内の教育機関における新しい授業の取り組みである「主権者教育」(※2)がきっかけであるが(主権者教育の取り組みは、今後の日本社会における非常に重要な考え方の一つだ)、若い力を中心に学生達が主体となって、田舎町に大企業を誘致する動きは非常に素晴らしい。国力となって将来の日本社会を支える若者達の取り組みは、成功するしない関係なく、大人達が支えとなる必要がある。また、少し視点や角度は違うが、私が居住する地元の枚方市でも(枚方市は大阪府北部と京都府南部の間に位置する地方都市。一言で言えば、何にもない都会と田舎の間を行く地方都市の一つ)似たような取り組みがなされている。先程の愛媛県の話は、高校生が主体となっていたが、私の地元では小学生が主体となって、人気ゲーム「桃太郎電鉄」の停車駅に枚方市を追加してもらおう!(※3)という提案をプレゼンするために、実際のゲーム会社コナミに所属する監督/ゲームデザインの桝田氏と株式会社コナミデジタルエンタテインメントのシニアプロデューサーの岡村氏を招いて行われた。この取り組みの背景には、コナミが23年、人気ゲーム「桃鉄」を学校教育機関向けに無償で提供する取り組み(「桃太郎電鉄 教育版Lite ~日本っておもしろい!~」)と枚方市の教育機関が手を組んで実現した教育である。教育現場の取り組みがきっかけではあるが、高校生達の取り組みにしても、小学生達の取り組みにしても大きな相手や企業と対峙しながら、地方都市や田舎町に新しい文化や大手企業を誘致する活動は非常に大切だが、それをするには周囲の理解が必ず必要ともなる。また、地方にはない企業の施設や催しを促すのは非常に魅了的であるが、その一方で何かしらの危険が孕んでいるのも事実だ。地域住民と企業側の双方の無理解が分断を助長させる事実も胸に留めておきたい。

© 2023 NEOPA / Fictive

子どもたちの取り組みの一方で、本作『悪は存在しない』のように、施設の誘致や何かしらのある取り組みに対して、大人達が揉める事は良くある話でもある。近頃、奈良県では新知事の山下氏が、前知事が取り組んでいた肝いり事業に対して、見直しの声を上げた事を発端に、県知事と奈良県の地方自治体のトップである市町村の長達が不満の声を上げている(※5)。一つ何か新しい事業に取り組めば、必ず異論も出れば、反対運動も起こってしまうのも事実だ。そこには、新しい事をする事への抵抗感や猜疑心、本当に街にとっての有益な事業となるのか、誰もが不安と期待を寄せる。その結果、いがみ合ったり、反対の声が上がったりして、事業は二転三転してしまう。なぜ、私達大人は相手の意見に耳を傾けようとしないのだろうか?人の活気が減少した地域に、新しく事業を取り組むだけが、大人同士の醜い言い争いになってしまうのか、非常に残念でもある。似たような問題は、日本国内にいくつもある。大きい話で言えば、大阪におけるIR誘致問題(※5)は、大阪府の市民の反対を受けながら、未だに強引に事業が推し進められている中、この反対運動は国家レベルへと発展している。大阪市府の市民達は言う「これは、一体誰のためのIR誘致なのか?」まさに、誰得の話ではあるが、得をしているのは大阪の行政と建設業者やその周辺の多くの関係者だけで、実質的には市民への還元は一つもない。また、他の事例で言えば、10年程前の2015年頃の古い話(※6)になってしまうが、愛知県の小牧市で、大手企業の「ツタヤ」(CCC株式会社)と連携した市立図書館建設の是非を問う住民投票が行われた過去がある。その他、沖縄県与那国町で自衛隊配備計画、埼玉県所沢市で市立小中学校へのエアコン設置、茨城県つくば市で総合運動公園計画の賛否を問う住民投票も行われた。すべては、地方創生を取り組む過程で起きた反対運動が、各地方で起こっている。地方創生を急いで足早に取り組むばかりに、双方の考えや想いが理解されないまま、賛成反対の渦中へと問題が押し流される。少しローカルな話になるが、およそ20年前、私の実家の真裏に4DXを設備する大きめの劇場が入る複合施設が建設され、隣接する場所にはラウンドワンが同時期に建てられた。この時、私の親が本作に登場するような住民達と同様に、何度も企業説明会に参加し、地域の治安と企業の運営に対して折り合いを付ける話し合いをしていた記憶がある(私は学生だった為、参加は許さるなかったが…)。一番記憶している双方の約束事は、近隣に住居がある為、22時以降は大きな音を出さない。ラウンドワンである企業側が、若者を中心に利用者には配慮をお願いするようアナウンスするで、話は纏まっていたと記憶がある。それから20年、22時以降も時々、営業する音が住宅地まで聞こえるが(非常に近い場所にある)、私の近隣住民はもう気にしていない。それが、一つの生活風景にもなったからだ。余談だが、そのラウンドワンは学生時代の私のアルバイト先にもなった。新事業や新規拡大に対して賛成か反対か、その点ばかりが重要視されているが、果たして、それが正しい事なのか。私達日本人はもっと互いに「対話」をして行く必要があると思えてならない。双方が、双方に言いたい事だけを一方的に伝えるのではなく、相手の言葉に耳を傾ける事が今後、益々必要となって来るだろう。本作『悪は存在しない』を制作した濱口竜介監督は、令和6年4月6日発刊の週刊文春CINEMA2024年春号内のインタビューにて、「本作における自然と切り分けられた人間と、自然と融合している人間が両方、作品に映し出されている」という質問に対して、監督はこう話している。

© 2023 NEOPA / Fictive

濱口監督:「その両方をひとつのフレームのなかに収めたいという考えがあり、映画の中では巧と(グランピング施設を建立しようとする芸能事務所の)高橋がその両極のようになっています。」(97頁上から5段目右から16行目より)と、話す。私達は、どこかのコミュニティに所属しながら、日々を過ごしている。より守られた地域社会や共同体の中から都市開発の計画や地方創生に向けて、関係者同士が話を続ける。ただ、そこには対立と並行が存在するだけで、双方の互譲や理解は存在しない。これからの私達に必要なのは、この両極端のコミュニティにいる私達の生活に互いを理解し合う「架け橋」を架ける事だ。

最後に、映画『悪は存在しない』は街の経済発展や地方創生を願う裏で起きる人間の醜くも尊い姿を描いた作品だ。私事ではあるが、本作を鑑賞しながら、ふと思った事はこの物語に登場する人物は、もしかしたら未来の私自身なのかもしれない。と言うのも、実際に私は最近、私が居住する地方自治体(行政)と縁があって繋がる事ができた。そして、市の担当者には将来的に、私の住む市にミニシアターの誘致を提案した。市に提案できる立場になれ、そのような機会を設けられるのは奇跡に近い話ではあるが、ミニシアターの誘致が実現する実現しないという話は別として、映画文化の乏しい我が町に映画館の誘致は非常にハードルが高い。この願いを地域住民に提案したところで、果たして、受け入れてもらえるのか。相手に理解してもらう為には、相手の言葉に耳を傾けなければならない。他者の理解を得るには、やはり互いを知る為の「心の対話」が必要だ。それは、あらゆる場面において必須事項であり、心と心で対話を行った時、私達の人間関係に大きな変化が訪れ、また地方創生への大きな足掛かりとなるだろう。

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映画『悪は存在しない』は現在、4月26日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下K2にて絶賛公開中。また、関西の劇場では5月4日(土)より大阪府の第七藝術劇場ほかにて、全国順次公開予定。

(※1)僕らの街に「ラウンドワン」を 手作りボウリング場で高校生が誘致活動https://www.sankei.com/article/20240120-7D6AZRHI5NITPDI6HCNMN3I7T4/(2024年4月26日)

(※2)主権者教育の推進はなぜ必要か。解決すべき課題とはhttps://www.kyoiku-press.com/post-227223/(2024年4月26日)

(※3)「桃鉄に枚方市を追加してください」 桃鉄ゲーム監督の前でガチプレゼン 大阪・枚方市小倉小学校の6年生https://ovo.kyodo.co.jp/ch/humhum/a-1945708(2024年4月26日)

(※4)新知事が前知事“肝いり”の公共事業を停止 その余波は 奈良県https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/100081.html(2024年4月26日)

(※5)大阪IR誘致に地元の反対運動は国へ。強引な計画の矛盾噴出https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5eaa4209fcd65bcf3cc191bfabacd7727876ffbb(2024年4月26日)

(※6)「住民投票」が変える地方創生の未来、地方の「議会不全」を正す“武器”になるhttps://www.sbbit.jp/article/cont1/30316(2024年4月26日)