再生医療で手に入れて。映画『サブスタンス』


不老不死、アンチエイジング、若返り薬、若返りメイク、プチ整形、部分整形、豊胸手術。女性を中心に誰もが、老いから逃げたいと考える昨今。10代、20代だったあの頃の美貌とスレンダーなボディ、そして周囲からの羨望の眼差しは倦厭感と共に消失する。お肌は老化を迎え、視力は低下し、身体能力も衰え、人気者のように若い頃に煽てられたあの知名度、好感度、評価は年齢が上がる一方に急降下する。ステージの上で光り輝いた昔の人気者は、今はもう居ない。居るのは、鏡の前で小皺を気にして、小皺取りクリームの「RXザ・レチノール0.1クリーム」や「ライスフォース リンクルボールセラム」(※1)などを必死に使用するあなた自身。もし、そんなあなたに朗報があり、「サブスタンス」という自身の可能性を引き出せる跳躍薬があったら、手にしたいか?ポテンシャルに秘められた自身の中から可能性というもう一人の若い自分を生み出せたら、あなたはもう一人の自分自身を手に入れたいか?それには、いくつかの代償があったとしても、40年前、50年前の若きあなたを取り戻せる。張りと弾力のあるバスト、締まったウェスト、躍動的に活気的なヒップ。再度、20代の頃に感じた聴衆からの眼差しを手に入れる事ができたら、自身の老化現象への悩みも解決するだろう。映画『サブスタンス』は、若さと美しさに執着した元人気女優の姿を描いた異色のホラーエンタテインメント。誰もが欲しがる永遠の若さ、美貌、華奢な体。それでも、手に入れられないものがあるのも事実。この作品を通して、私達人間が本当に手に入れないものは何かを考えたい。

近年、メイクは男女関係なく、誰もがする生活する上での必須アイテムだ。男性用メイクが、店の棚に陳列され始め、化粧品そのものがジェンダーレスな存在になりつつある昨今。誰もが、メイクという魔法に虜になる。一度、顔に化粧を施せば、若返り、小顔に見せ、二重ぱっちり、チークの赤み、顎のラインは細く、誰もが普段の見た目より若返る事ができる。特に、若く見えるメイクのポイントと言えば、ベースメイク、アイメイク、眉メイク、リップメイクの4つのパーツを意識する事が大切。ベースメイクには、薄づけで自然な透明感を演出。そして、コンシーラーで気になる部分をカバー。アイメイクは、アイラインの色や太さを調整。まつげは、強調する。眉は、平行アーチが幼さを印象付ける。リップは、自然な色で小じわを目立たせないように(※2)。①ベースメイク②アイメイク③眉メイク④リップメイクの4肯定が、メイクによって幼顔を演出させるコツだ。他にも、チーク、ラメ、カラーなど、頬を血色良く見せ、目元などへのキラキラ演出、色の濃淡。化粧をする上で様々なポイントを意識し、押さえる事によって、自然で若々しいメイクができる。でも、化粧だけで間に合えば、人は若さを求めなくて済む。それが、度を超えると、次にプチ整形、部分整形、そして豊胸手術に全身整形といった自然の摂理を無視した肉体改造への道へと歩を進める。整形手術が、結果的に成功すればよいが、思いの外、失敗すれば、人の肉体は崩壊への序曲を奏でる。たとえば、整形で失敗した最も有名な著名人と言えば、80年代に洋楽のシーンで人気を博したDead Or Aliveのピート・バーンズ(※3)は、整形依存症に毒された結果、顔面が崩壊し、危篤状態にまで陥り、生死の境をさ迷った。また、韓国では同じ整形依存に陥ったハン・ヘギョンさんは、自己の判断で医療用薬品ではない大豆油やパラフィンなどの異物を顎のラインに打ち続けた結果、彼女は異物の特異反応が原因で顔がパンパンに腫れ上がり、整形前の美しかった時代の面影が残らないほど、歪な顔に歪んでしまい、「扇風機おばさん」(※4)という異名を名付けられてしまう結果となった。美を求め過ぎたばかりに、すべてを失った人は確かに存在する。映画の中だけの話ではなく、自業自得な側面もあるが、実際に現実に存在する事がある。

その一方で、近年、問題視されているのが「ルッキズム問題」(※5)だ。ルッキズムとは、外見だけで人を判断し、容姿を理由に差別したりする考え方や行動を指す言葉。1970年代にアメリカで生まれた言葉で、日本語では「外見至上主義」(※6)とも言われている。外見が美しいから、ボディラインが細いから、幼くて可愛い顔立ちだから、人はチヤホヤするのか?もし、その反対の顔や体を持つ人がいたら、あなたはどうする?それが、ルッキズムと言ってもいいだろう。この「ルッキズム」が差別に当たる具体的な例を挙げるとするなら、「採用面接で容姿を理由に合否を決める」「SNSやメディアで特定の体型や容姿の人だけが美として扱われ、他のタイプの人が除外される」「親しい間柄でも、容姿について不用意に言及する」「容姿を理由に、人を嘲笑したり、差別的な言葉を使う」「容姿のせいで、自信をなくしたり、自己肯定感が低下する」(※7)などがある。より分かりやすい身近な具体例を挙げるなら、少し肉付きの良い相手に対してストレートに「デブ」。前歯が人より大きく人の事を「出っ歯」。また人より目と目の位置が離れていて、その間が空いている人の事を「爬虫類」なんて呼ぶのは、このルッキズムにおける差別的発言に分類されるだろう。他にも、体型や容姿を理由に、人を非難したり、いじめる事を「ボディシャミング」。同上で太っている人を非難する事を「ファットシャミング」たとえば、「妊娠何ヶ月」なんて言うのは、男女両方に失礼だ。話を戻して、自分の体を大切にする前向きな考え方を「ボディポジティブ」。ルッキズム的な考え方を持つ人を「ルッキスト」など、様々な価値観の元、多くの考え方や呼び方が生まれている。この差別的な意味合いを持つルッキズムに対抗するには、「自分の外見に自信を持つ」「外見を理由に差別や偏見を受けたら、声を上げる」「他人を外見だけで判断しないように注意する」「ルッキズムの考え方について学び、理解を深める」「多様な価値観や考え方を受け入れる」など、体や顔ばかりを磨くのではなく、自身の中身をしっかり磨き成長させる事が、ルッキズム問題への一つの解決策になるだろう。自身の中にいる自分を磨く事に失敗した(いや、若い頃からエリザベスは磨き続けた結果、精神をすり減らし消耗させている。)エリザベスやスーは、間違った方向に研磨剤(サブスタンスという若返り薬)を自身の体内に盲信的に注入し続けた挙句、自身の中にある「本質」を見失ってしまった姿が滑稽だ。映画『サブスタンス』を制作した主演のデミ・ムーアは、あるインタビューにて自身の経験について、こう話す。

ムーア:「私は自分自身にプレッシャーをかけすぎていました。痩せるように言われた経験もありました。確かに、恥ずかしく屈辱的だったかもしれませんが、それは私が自分自身に与えたプレッシャーだったのです。また感情的に、多くの人が経験したことがあると思いますが、何かを良くしようと努力しているのに、結局は悪化させてしまうんです。私にとって、それは映画全体で最も胸が張り裂けるような瞬間の一つです。毎回少なくとも15テイクは撮り直しました。だから、最後には顔が真っ赤になってしまいました。」(※9)と話す。撮影中の15回撮り直しは、彼女自身の本気の現れだろう。完全復活、代表作、ムーアの為の作品と評される裏側での努力が、批評的大衆的な評価に繋がっているのだろう。ただ、その現場経験以上に、90年代の出演作の頃には、痩せるように業界からの圧力があったと軽快に話すデミ・ムーアは、当時はつらく悲しかったに違いない。ダイエットの強要、スレンダーな体型へのキープに対する周囲からの妄執的な同調圧力、すべてにおいて経験したムーアが演じるエリザベスは当たり役だ。

最後に、映画『サブスタンス』は、若さと美しさに執着した元人気女優の姿を描いた異色のホラーエンタテインメントだが、単なるグロ系のホラー映画ではない。この物語は、ギリシャ神話に喩えるのであれば、若さを求めて死んだり、欲望を諦めたりした人物がいた。神話に登場するイカロス、ギルガメシュ、カリュプソの3人はそれぞれ、海に落ちて死んだ者、海底に眠る永遠の若さの植物を求めたが諦めた者、不老不死の約束を反故にし家路に着いた者。悲劇的な結末を迎えた者から若さの追求を諦めた者まで。度合いは違うが、皆一様に何かしらの悲劇に襲われている。この作品の根底にあるのは、若さを追求した余り、我を忘れてカルト的に美への妄執に取り憑かれたトップモデルの破滅的な悲劇を描いている。ただ、作品は単なるルッキズムや不老、整形に対するアンチテーゼでもなく、女性を性的対象にしか見ない男性社会に対する復讐と言った見方もできるが、この作品が最も訴えている事は、「Substance」だ。この英語の本来の意味は、「本質」だ。なぜ、人は若さを求めるのか?なぜ、人は老いへの抵抗をするのか?その本質は、一体何か?それは、誰も答えられない。「サブスタンス」を身体に注入し続けた一人の女は、その自身の行動に対する「本質」を忘れて、ひたすら、愚行を繰り返す。この映画を観た世間の人は皆、ルッキズムや不老への注意が行き過ぎて、この作品が持つ本当の「本質」について気がついていない。ある者は、その本質が膿から出た「モンスター」と表現するが、美を求める女性に怪物と言ってしまうあたり、作中の終盤に登場する観客やテレビ局関係者と同等の人間だ。差別的思考が抜け切れず、誰彼構わず、奇形を見たらモンスターと罵るのは、この映画の何を見ていると言うのか?皆一様に、この物語に登場するエリザベスが訴えている「本質」について何も理解していない。でも、様々な解釈ができるこの作品の「本質」に対し、一つ答えを見出すとしたら、「あなたは、あなたのままでいい」「自分をもっと好きになる」と社会全体や個々の中にある自分自身が、ちゃんと自身を認める社会が必要だ。若さを求める余り、我を忘れて、自分を取り戻そうとした女性は、他人からの優しさを求めていたのだろう。「君は、君のままで美しい」と言ってもらえる、誰か相手を。これが、この映画の「本質」なのだろう。

映画『サブスタンス』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)【2024最新】シワ改善クリームのおすすめ15選!選び方も解説https://www.cosme.net/matome/I0022808/(2025年6月13日)
(※3)整形依存で顔面崩壊した「デッド・オア・アライヴ」のピートバーンズの最新画像2016。子どもや、妻は?https://nigiwasu.com/peteburns2016(2025年6月13日)
(※4)ハン・ヘギョンさん、今月15日に死去…「扇風機おばさん」として日本で番組出演もhttps://kstyle.com/article.ksn?articleNo=2107180(2025年6月13日)
(※5)「ルッキズム」ってなんだろう? 社会学者 西倉実季さんをたずねてhttps://co-coco.jp/series/mfms/lookism01/(2025年6月13日)
(※6)ルッキズムとは? その原因や社会に与える影響などについて解説https://eleminist.com/article/3531(2025年6月13日)
(※8)【時の話題:「ルッキズム」を考える】
外川浩子:「見た目問題」から考える、ルッキズムの行く末https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/featured-topic/2021/08-3.html(2025年6月13日)
(※9)Demi Moore on “The Substance” andらresisting a toxic beauty culturehttps://www.cbsnews.com/news/demi-moore-on-the-substance-and-resisting-a-toxic-beauty-culture/(2025年6月13日)