新時代の悪夢を描く映画『マイマザーズアイズ』整音担当 由井昌宏さんインタビュー
—–まず初めに、なぜ由井さんは音の世界に興味を持たれたのでしょうか?
由井さん:最初から音の世界に興味を持っていた訳ではなく、僕は子供の頃からテレビがとても好きだったんです。だから、テレビに関わる仕事をしたいと、子供の頃からずっと思っていたんです。でも、僕が住んでいる環境には、テレビを仕事にしている人が周りにいませんでした。どうすれば映像を職業にできるのか、漠然とし過ぎていて、分かっていなかったんです。ちょうど高校生の時、バンド活動をしていた時期がありました。その時、テレビとは違う業界でしたが、ミキサーをやられている方とお話する機会があり、音を操る職業があるんだと知りました。進路を決める時、音に関係する専門学校を探して、音響専攻として入学しました。専門として音の世界に入ったはいいものの、様々な種類の世界が入り乱れていて、僕がやりたいと思った事とのギャップも感じて、もしかしたら、選択肢として違っていたのかなと思い悩む事もありました。専門の2年の時、ゼミの選考があったんです。そのゼミが、映像に関われるMAというお仕事に関したゼミだったので、MAのような職業だったら、テレビにも興味があったから、近い世界に就職できるのかなと希望が湧きました。就職活動で映像関係の企業を探す中、今就労しているPTHREE(※1)というコマーシャルのポスプロで編集や音響を専門的に扱う会社を訪問した時に、他の会社と比べて社内の風通しが良い印象を受けましたので、勤めさせてもらって、現在に至っています。
—–PTHREEという会社に所属しながら、どのように監督と出会ったのでしょうか?お仕事の依頼を通して、ご一緒されておられますか?
由井さん:会社としてお仕事を請け負っていますので、依頼を通して親しくなった監督からは、次回作でも呼んで頂いて、繋がって行く事が多いです。串田監督とは彼がピラミッドフィルムという、うちとはグループ会社の演出部に所属することになった事が縁で仕事するようになりましたので、串田監督の暗黒時代も知ってます。
—–前作『写真の女』の音も素晴らしかったです。
由井さん:串田作品のワークフローとしては監督が既に音を作り込んだ状態で頂く事がしばしばなんです。それをブラッシュアップしていって、普通の制作のワークフローとは違った感じで行いますので、完成したものは少し違った印象の感じはあると思います。
—–前作『写真の女』の串田監督作品から引き続き、整音として本作『マイマザーズアイズ』へのご参加されておりますが、今回はどのような経緯で本作の制作にご参加されましたか?お仕事として依頼がある流れでしょうか?
由井さん:前作にも関わらせてもらったので、今回も関わらせて頂けた流れはあると思います。
—–串田監督から本作の話を受けた時、もしくは、脚本に目を通された時、映画本編を完成した時、どのタイミングでも構いませんが、由井さんから見て「音」という視点から、本作をどう受け取られましたか?
由井さん:串田監督作品で言えば、台本というものを読んでないんです。そもそも、最終的に僕が関わるタイミングは画が繋がれた状態で、音も作り込まれている状態を見た上で、関わるんですね。最後に、参加して作品を仕上げています。監督からこれは音楽劇ですと言われて作業に入りました。『マイマザーズアイズ』は、チェリストが主人公の作品なので、音楽に関しては、前作より印象的になるように心がけた所はあります。
—–今回は、視覚がメインのお話なので、「音」に関しては、比率的なもので言えば、作品において視覚がメインになるイメージはありました。ただ、作品を観る限りで言えば「音」が全面的に印象的で、すごく作品の中でも印象的だったと、私は思います。
—–由井さんは、本作において、専門的に整音を担当されておられますが、たとえば、映画の世界やCMの世界で、色々な部署があると思います。録音部やミキサー、整音など。音に関する部署がたくさんある中、それぞれ何か違いなどございますか?ミキサーとしての一連の作業を教えて頂けますか?
由井さん:今回、本作では撮影現場に行って音を撮る録音という作業はしていませんが、基本的に、通常行っている作業は、現場に行ってタレントさんや出演者さんの声を収録する作業が、まず第一にあります。その後は、今度繋がっている編集された映像に対して、セリフが当たっているものを整えていく整音という作業があります。あとは、効果音を担当する時もあります。最終的には、ナレーションが入るのであれば、ナレーターの声をスタジオのブースで録音して、全体を混ぜる作業が、一連の仕事の流れとしてあります。
—–音響関連で調べ物をしますと、「ミキシング」という言葉は出て来ますが、実際、現場では何をどうミキシングしているのか、非常に気になります。
由井さん:簡単に言えば、音のそれぞれのバランスを整えています。一個の音で合成されている訳ではなく、複数の音が重なって一個の映像に当たっていんです。その中で何のレベルを上げるのか、下げるのかを考えています。機材に着いている多数のつまみを微調整しながら、音の強弱をつけたり加工する作業の事を「ミキシング」と呼んでいます。
—–ご説明して頂けた通り、音やセリフの強弱を判断して行くんですね。恐らく、知っている方は知っていますが、知らない人は知らない世界だと思うんです。
由井さん:多分、職業として音声さんは、比較的分かり易いのかもしれません。MAミキサーという役割が、そもそも世に知られていないと思いますので、興味ある人にしか知らない世界かもしれないです。
—–本作は、音や聴覚よりも、光や視覚が物語のイメージとして比率的に占めている印象を、私自身は受けています。由井さんは作品に対する音や視覚、光が物語の中で相互作用していると思いますか?音と視覚と光が、補い合っていると思いますか?
由井さん:串田監督作品では比較的、実験的に試していますが、通常、聞こえないような音を意図的に効果音として使用しています。前作『写真の女』だと、カマキリが餌を食べている音や、人物の咀嚼音は普段、耳にしないと思います。日常では、主張しない音なんです。映像に対して、やりすぎと思えるほど主張させて、音を通して映像が表している気持ち悪さや映っているものへの居心地の悪さを表している部分はあると思います。今回であれば、瞼のカットがあったと思いますが、瞼の音が非常に響いたと思うんです。普通だったら、瞬きをしても、瞼の音は聞こえないですよね?それに対して、意図的に意味を持たせているのは、串田監督作品の特有の表現だと思うんです。
—–たとえば、瞼の音は、監督からの指示や意図があっての事ですか?
由井さん:僕が、音の素材を頂いた時には、ほとんど出来上がった状態で渡して頂けます。その素材に対して、細かい部分を足したり、加工したり、バランスを整えて行きます。要素的には、串田監督がイメージするものを受け取ってブラッシュアップしてます。
—–串田監督のイメージに対して、補う話が出ましたが、たとえば、どのように補っているのでしょうか?
由井さん:たとえば、広い空間で喋っているのであれば、響きを足す加工をします。足音が付いている時は、固い空間だと感じたら、それに対して、音質を変えたり。他の効果音に対してもシーンごとに今回は様々な細かい響きを足しています。あとは、串田監督が映像に当てている音に対して、別のイメージを当ててみたら、よりイメージが強くなる事もあります。細かい微調整を効かせながら、音と音を補っています。
—–映画の感想で、「セリフが敢えて小さくなっているが、その分、効果音が大きい」という意見や感想も出てきています。その点、何かお考えはございますか?
由井さん:今回は、ミキシングや全体のレベル調整をした中で、串田監督に一度目に聞いてもらった本編は、今の完成型に比べて、セリフが立っている状態の作品を聞いて、ジャッジして頂きました。串田監督からのオーダーは、もっとドキュメンタリーっぽくして、全体が沈んでいていいんですと説明を受けて、どんどん現在の状態に近付けて行きました。最初は本当にセリフが立っているものを仕上げて、一回聞いてもらっています。それは、今回の作品の意図とは違いますので、やめてくださいと言われてしまったので、すべて直しました。自分でセリフを全くない状態で作品を見てすでに役者さんの演技と効果音でそれぞれの心情が伝わってきたのでセリフに関しては全体の一つのパーツという扱いでこういう形にしました。
—–本来は、いつもの劇映画っぽい感じのセリフの大きさだったのが、今回はセリフが小さい印象を受ける方もおられるのではないでしょうか?
由井さん:セリフとして考えてしまうと、聞き取れない事が、人によっては非常にストレスだと思います。多分、セリフだけど、そこにすごい意味があるかと問われれば、逆に意味があるものではない事も考えられますよね。セリフに頼るのではなく、役者さんの演技や動きの中で出ている表現の仕方にこそ、意味があると思います。
—–おっしゃる通り、監督の意向や意見、意図が折り重なっていると思いますが、MAの制作現場ではじっくりとした制作時間がないと耳に挟んだ事もありますが、由井さん自身、音への細かい微調整に対して納得できる所まで音作りができたと思いますか?
由井さん:今回に関して言えば、前作の経験を踏まえて、制作面で変えている一面はあります。基本的に、全体を通して何度もやり直しをしています。細かい微調整はできたと言えます。
—–その微調整は、何回ほど、整えられましたか?
由井さん:基本的に、映画はシーンごとに作って行きますが、串田監督と組む時は、すべてを仕上げた上で見ていただいて、串田監督にお伺いして、アンサーを頂くのを何回かやり取りをしました。全体を整えて、聞いてもらったのが、トータルで3回行った上で、最終のミックスで立ち会って頂きました。最低3回は、まるまるやり直して、微調整をしています。ひとつめちゃくちゃ褒められて、ダメ出しが50個以上事細かにくる感じの繰り返しでした。でも串田監督の場合は、音に対しての指示が抽象的ではなく、非常に明確なので、作業を行う者としては、大変ではありません。指摘される箇所が明確になっていれば、直す側も非常に楽ではあります。ただ、その点が曖昧であれば、どう調整すれば良いのか分からなくなってしまうんです。串田監督は、明確に伝えてくれますので、一緒に組むには非常にやり易い作業でした。
—–フィルマークスの感想において、「セリフの声量に対して、チェロの演奏や環境音の大きさが際立っている。咀嚼音や瞬きをした時の音などすべてが、大きく聞こえる。「失明」というキーワードを音で際立たせているようにも感じた」という意見がありますが、この点、由井さんは「音」というツールを使って、際出させていたポイントに対して、何か意識はされましたか?
由井さん:全体を通して、セリフ自体の方向性が少ないので、セリフがない部分がとても多い作品です。どうしても、普通に描いてしまうと観ている人が飽きてしまうと思うんです。音を通して作品の印象付けをして行く必要がありましたので、強調する部分と強調しない部分との差は付けています。
—–その差とは?セリフの中での差なのか、セリフ以外の差なのか?
由井さん:セリフと言うより、セリフ以外の要素を利用して、強弱を付けている状態です。今回、串田監督と話した上で、セリフは主張しすぎないというテーマがありました。セリフに関して、どのぐらい聞こえているのか、気にせずに整音作業を行いました。そのシーンで表現すべき事は、セリフ以外の要素の部分で、補っているんです。
—–セリフ以外で言いますと、環境音や効果音という音が、挙げられますよね。本作で例えるのであれば、冒頭のお鍋がグツグツ煮える音や、グニャグニャ歪む音。その一個一個の音に対して、実は、強弱を付けて、調整しているのでしょうか?すべて、一緒の音量でしょうか?
由井さん:主張的な音は、特に立てているんです。ベースとしている音は、基本として残しています。それに対して、単音で当たっている音に関しては、強弱で上げて調整していますので、際立たせているんです。だから、ご指摘の箇所は意図的に際立たせています。音によって、観る人に何か引っ掛かりを作っている感じです。
—–恐らく、作品を観ている方は、私自身含め、なかなか気付かない部分だと思います。
由井さん:映画を観ている人によっては、違和感を感じている部分もあると思うんです。聞こえない音が、非常に大きく聞こえて、聞こえなきゃいけない音が聞こえにくい印象の人もいると思います。でも、言葉では表現できない気持ち悪さや、この映画の世界観、登場人物の息苦しさを感じてもらえれば、整音として成功ではと思います。
—–それは、音を強弱つける上で、不快感を与えようとしている音でしょうか?それとも、人によって感じ方は違いますが、その辺りの制作者の意図とは何でしょうか?
由井さん:不快感は不快感ですが、それによって、彼らのいる世界が観ている人にとって、現実なのか、非現なのか、自分のいる世界との違和感やギャップを感じてもらえたらいいのかなと思って、敢えて、全体的に不快な部分を持ち上げています。
—–CMでも映画でも、映像において、「音」もしくは「整音」の重要性や役割は、何でしょうか?
由井さん:一つの画に対して、人それぞれがイメージしている音は違うと思うんです。ですから整音は、こちらが伝えたいことを音で表現して、映像のイメージを膨らませて印象づける役割があると思います。
—–「音」の印象によって、違いがはっきりすると思います。
由井さん:前作『写真の女』での写真を撮る時のシャッター音は、非常に大きな音を当てています。普通のシャッター音だったら、印象は全く違うものになっていると思うんです。
—–『写真の女』の冒頭のレタッチャーの場面では、効果音の印象は大きく違って来ると思います。
由井さん:普通の音を当ててしまうと、さらっと流して観てしまうと思うんです。でも、レタッチする音を際立てせる事によって、そのシーン自体に意識が向いてしまう部分もあると思います。
—–最後に、本作『マイマザーズアイズ』の魅力を教えていただけますか?
由井さん:多分、観る人によって、また登場人物の誰に感情移入するのかによって、印象は変わってくると思います。ホラーなのかファンタジーなのか家族劇なのか、一度観られた方でも、一度だけではなく、2度3度観て頂ければ、色々な角度から様々な感情移入ができ、多角の感じ方ができると思っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『マイマザーズアイズ』は現在、2024年1月19日(金)より栃木県の宇都宮ヒカリ座。2月2日(金)より長野県の長野千石劇場にて上映予定。また、愛知県のシネマスコーレは、順次公開予定。
(※1)PTHREE http://www.pthree.ne.jp/(2023年12月22日)