映画『Cosmetic DNA』「互いにリスペクトをしよう。一番美しい「男女平等」の姿」大久保健也監督インタビュー

映画『Cosmetic DNA』「互いにリスペクトをしよう。一番美しい「男女平等」の姿」大久保健也監督インタビュー

2022年3月26日

映画『Cosmetic DNA』大久保健也監督インタビュー

©穏やカーニバル

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—–まず遅くなりましたが、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭での北海道知事賞受賞、おめでとうございます。今更ながら、改めてこの賞を受賞した時のお気持ちをお聞かせ願いますでしょうか?

大久保監督:映画『Cosmetic DNA』が、僕の初長編監督作品となりますが、この段階で何の賞にも引っ掛からなければ、監督を目指すのを辞めようと、追い込まれて作った映画です。

その時に、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に作品が、まさか通るとは思ってもみませんでした。

作品の傾向的には、どちらかと言うとカナザワ映画のほうに入選するとばっかり思っておりましたが、まさかのゆうばりファンタでした。

すごくびっくりし、嬉しかった記憶がありますが、グランプリを逃したのがとても悔しく、心残りでもありました。

反面、これだけの名誉ある有名な映画祭で3位だったんだということで、今後も映画を作っていくしかないなと、受賞後の腹の括りはありました。

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—–本作『Cosmetic DNA』が、生まれた経緯をお話して頂けますか?

大久保監督:あまり最近見られなくなりましたが、電車の中で化粧をしている女性がたくさんいましたよね。

小学生の頃から「化粧」ってすごいなあと感じていました。

顔が別人のようになることに驚きました。僕自身が化粧してみたいというようなことではなく、作家として女性がする「メイク」そのものに興味があったのが、まずひとつです。

もうひとつは、自主映画監督として、自分の名刺になるようなものを作らなければならないという時に、映画祭の賞を狙いに行く中で残酷描写などのB級映画的要素を散りばめていきたいという思いがありました。

その時に、女の子が男をぶっ殺して、血で化粧するというアイディアが浮かびました。

そこから、撮影を通して経験したイヤな体験や地下アイドルなどのMVを制作していた時に感じたことなどを作品に盛り込みました。

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—–タイトルになっている『Cosmetic DNA』とは、どういう意味合やお考えをお聞かせ頂けますか?

大久保監督:固有名詞的なタイトルにしたいなと言う考えが、初めからありました。

それが、劇中で登場する薬の名前でもあるというアイディアもありました。

化粧が作品のメインテーマのひとつなので「Cosmetic」は、外せないなと思っておりました。

色々考えた時に、地下鉄のホームでふと「DNA」という単語が頭を過り、これだとまず最初に思いました。

語呂もいいなと思うところもありました。「Cosmetic」という形容詞を改めて調べ時に、「化粧する」や「美しくなる」という意味の他に、「本質的なものではない」「偽りの」みたいな意味もあります。

「Cosmetic DNA」というタイトルは、「本当に真実なのかどうか分からない人為的なDNA-遺伝子-」というニュアンスもあるんです。

あのストーリーに、このタイトルが付いているという、そこにある種の皮肉性があって、脈々と語り継がれているストーリーという名の「DNA」が、果たしてどのレベルで真実なのか、偽りなのかという部分も含めて、お客さんには色々感じて頂けたらなと思っております。

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—–現場では、監督含め複数の業務を担っていたようですが、大変だったことはございますか?

大久保監督:大変は本当に大変で。大変じゃない時はなかったと思いますね。

自主映画の監督は大体そうなんじゃないですかね。

本当に一番大変だったのは、とにかくスケジュールが進まなくて、初の長編作品だったので、自分がどれくらいのスピードで、どれくらいのモノを撮れるのか、という自己分析もできてなかったんです。

撮りたいモノを優先していった結果、どんどんスケジュールが遅れていくということが、発生しました。

キャストさんの拘束期日も迫る中、どこを妥協して、どこを妥協しないかというクリエイティブではないところで選択肢が生まれて行きました。

少し大袈裟かもしれませんが、精神的にも追い込まれて、車道に飛び込んでしまいそうにもなったこともあります。「本当に今、死んだ方が楽かな」と思ったこともありました。

でも、もしこの映画を必要としている女性がたったひとりでもこの世にいるのなら、撮らなければならないと思い、気持ちを奮い立たせました。

そんな精神状態で最後まで撮り上げました。その瞬間が一番、大変でしたね。

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—–編集がとても目に留まりましたが、この点には力を入れられましたか?

大久保監督:編集に関して一番意識したのが、とにかく飽きさせないことです。

とにかく情報と情緒を多く詰め込むことに注力しました。

自分の名刺代わりにしようとしていた作品なので、「これだけの演出でこれだけのことができますよ」という自分の持つ演出の手数を作品で提示したかったのです。

「こういう演出ができるなら、こういう作品を撮らせてみよう」みたいなことをプロデューサーの方々が、思ってくれるかなと。

結果的に、こういう映画になりました。それが、まずひとつです。その情報量をすごく理論整然と、かつ感情的に一本筋の通ったものとして魅せる上で特にこだわったのは、音ですね。

(1)SE(サウンド・エフェクト)の付け方です。すごく遊べるんですよね。

映画の「音」には、無限の可能性があって、本作『Cosmetic DNA』も理想論で言うとあれが完成形ではなくて、あと2年とかあれば、もっと複雑な音作りができると思うんです。

本作は、ピストルひとつにしても、弾が飛び出す音、火薬が弾ける音、ここからどこまで空気が伝わっていくかの摩擦の音を細かく全部、複数の音を組み合わせて作っているんですよね。

単純にフリーの素材から拝借してベタ貼りするだけの音は嫌いなんです。

自分でいろいろ組み合わせてオリジナルな「音」を作っていこうという意識はありました。

僕のSEに対する美意識が一番出ている場面は、アヤカ達3人が、薬飲んでからハイになって銃を撃ちまくるクライマックスあたりの15分ほどのシーンですね。

その辺のシーケンスはほとんど、ストーリーの展開はないんですが、瞬間瞬間の情緒を映像と音だけで表現し切ることを目指しました。

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—–ゆうばり国際で鑑賞した時と、改めて今回鑑賞させて頂いて、初めて観た時と印象が大幅に変わりました。映画祭に出品した時と劇場で上映している現在では、作品を変更したところはございますか?

大久保監督:ゆうばり版から劇場公開版で、音の足し算引き算は基本的にはしていません。

音の精度を一部、より高めたりはしておりますが、ほとんど誰も気付かない程度です。

映像面で変えた箇所は、裏話をすると、劇場公開するにあたって、本作が映倫でR18+を言い渡されたんです。

インディーズの劇場公開として、R18+の指定だと宣伝的に厳しいということになりました。

僕は、そのR18+指定に相当する場面を切りたくなくて、上手く細工して、ギリギリ本来の表現を守りつつ、単純に120分は長いという意見があったので、アヤカの場面を比較的多く切りました。

柴島の場面を切ったらいいんじゃないかみたいな意見が多かったんですが、10分ほどのアヤカの出演シーンを切ることにしました。

だから、ゆうばりファンタ公開版が121分で、劇場公開版が109分です。

そこがゆうばり版と劇場公開版の違いですね。

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—–本作のテーマには「男尊女卑」が盛り込まれていると思いますが、監督自身が思う「男女の違い」または「男女平等」に対して、何かお考えはございますか?

大久保監督:僕自身、色々思うところはあります。

今この場で、そのあたりについてのパーソナルな想いを話してしまうと、本作『Cosmetic DNA』を「そういう風に観て下さい」と強要しているような印象になってしまうかもしれませんが、そういう意図はなく、あくまで一個人の考え方として受け止めてもらえたら幸いです。

僕は、「男女の平等」というテーマを考えるにあたって、まず一番最初に思っていることは「男」と「女」は、絶対に違う生き物であるということです。

「男女平等」という思想下においては「男」も「女」も同じ人間なんだから、平等にしようよという考え方がありますが、僕はそれだけでは「平等」を実現できないんじゃないかと思っていて。

男と女は、別の生き物で、極端に言ってしまえば別の惑星に住んでいて、たまたま今同じ地球で一緒に住んでいるだけなんじゃないかという。

どうして男と女は、お互いのこと分からないのだろうか。

なぜ分かり合えないかと、相手にちょっとでも期待をしてしまったり、見返りを求めようとした瞬間、差別や戦争が始まるんだと思います。

そこで、あえてお互いをまったく違う生き物と解釈し、様々なシチュエーションで価値観の違いなども当然のようにある。

だからこそ、お互いのことを、よく分からないままでもいいので、リスペクトは絶対にしようというのが、僕が考えている一番美しい「男女平等」だと思います。

だから、そのような理想的な社会や世界になればいいなっていう気持ちが、僕の中ではストレートにあるんですが、それを映画で直球に描く演出力がまだ自分にはないことを自覚しているので、こういう感じの悪い、皮肉っぽい描き方をしています。

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—–プレスのインタビューでは、「映画を撮り続けていく覚悟のようなものができた」というお話をされておられますが、今もそのお気持ちはお変わりないでしょうか?

大久保監督:そうですね。本当に映画をずっと、撮り続けたい気持ちもあります。

この前ニュースで、ある監督さんの「映画だけでは食べていけてない」みたいな発言を聞いて、「そりゃそうだよなあ」と少し気持ちが萎えたりもしましたが、僕は何とか将来的には映画だけで食べていきたいと強く思っています。

日本に限らず、どこの国に行ってもいいので、「映画」一本で食べれたらいいなって言う想いはあります。

少し前にスピルバーグ監督の最新作『ウエスト・サイド・ストーリー』を観ましたが、この境地に達するまでにあと何年頑張らなければいけないんだろう気持ちでした。

これからも映画は撮りつつ、アウトプットだけでなく、インプットも怠らず、もっと映画のことを好きになって、映画からも愛されるように、精進していきたいです。

—–最後に、本作の魅力を教えて頂けますでしょうか?

大久保監督:すごく単純に言いますと、映画館で本作『Cosmetic DNA』を観るという体験は、今後そうそう巡り合えない貴重な経験になるんじゃないかと思います。

ある意味でこんなに狂った画面の映画を大スクリーンで、たくさんのお客さんと一緒に観れるという体験は、かなり異常だと思います。

あなたの人生の大事な一ページになるということを、僕は自信を持って、言えます。

配信やDVDでも追って観れるんですが、とにかくこのイカれた物凄い圧の強い、僕の24歳の全生命を賭けて作った109分を劇場で観て欲しいという気持ちでいっぱいです。

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映画『Cosmetic DNA』は、3月26日(土)よりシネ・ヌーヴォ、4月1日(金)より京都みなみ会館にて上映開始。

(1)効果音の意。