映画『愛のくだらない』野本梢監督 インタビュー
インタビュー・文・構成 スズキ トモヤ
—–監督にとっての本作の見どころを教えて頂きますでしょうか?
野本監督:この作品には、色んな人物が出てくるんです。それぞれ自分が正しいと思ったことや守りたいことを持って、行動しています。
結果、それが誰かを傷つけることになってしまいます。実際、生きていて、そんなこと多いだろうなと感じてもおります。
ハッキリとは描いてはおりませんが、ついやってしまいがちな失敗を作品に散りばめています。
気づかれないところもありますが、そんな点が、この作品の見どころと思います。
—–タイトル『愛のくだらない』の本意とは、なんでしょうか?
野本監督:この「の」という格助詞が、割と色んな言葉として変換できると思っています。
「が」にも置き換えられますし、単純に「の」としての所有格として使えることもできます。
そういう観点で、意味を制限しないものかなと思います。
また、「愛」と「くだらない」を辞書に載っているニュートラルなかたちでタイトルに持っていきたい気持ちもありました。
こうして、多様に受け取っていただけるタイトルになったかなと思います。
—–物語を作り上げる上で、何かを参考にしていることは、ございますか?
野本監督:直接的に、構想などを参考にしたものはないんですが、長年連れ添ったカップルが何かによってズレて行ってしまう話が、好きでして。
成瀬巳喜男監督の『めし』という作品が、とても好きです。
私も夫婦という二人の関係性を見つめ直す物語を作りたいという想いが長年ありました。
直接、参考にはしておりませんが、影響は受けている作品です。
—–成瀬巳喜男監督の『めし』ですね。シブいですが、とてもいい作品ですね。今回の撮影で大変だった、良かったと思えるエピソードは、ございますか?
野本監督:ある場面でテレビ局が出てきます。実際に使われている現場で撮影させて頂きました。
そのため、エキストラではなく、実際に働いてらっしゃる方が出演されています。
そんな環境の中で、苦労しながら撮った部分もあり、音声を取り扱うのがとても大変でしたが、役者さんたちは、テレビ局の社員さんがおられる環境での演技にとても緊張感があったようで、そんな状況でお芝居できたのは、とても良かったと仰っていました。
—–会社が営業中に撮影されたんでしょうか?
野本監督:そうですね。土日は休みと聞いていたので土日に撮影スケジュールを組んでおりましたが、一部の方々は休みなく働いており驚きました。
現場として使う場所のすぐ真横で、働いている方もいらっしゃいました。
—–短編『私は渦の底から』の他、何本か観させて頂きました。作品にLGBTQを取り入れておられますが、セクシャル・マイノリティに関心を持つきっかけなどありますでしょうか?
野本監督:同世代なのでお分かりだと思いますが、多分私たちの年代は、中学生の頃にドラマ『3年B組金八先生』で上戸彩さんが、性同一性障害の方を演じられていて、その時に初めて、そういったことで悩んでいる方を知った方が多いと思うんです。
私もその一人でした。当時はまだLGBTQという言葉が認知されていない時代だったと思います。
その時からずっと、セクシャル・マイノリティの方々への関心がありました。
作品にするとか関係なく、その事柄について色々調べておりました。
その延長として、レズビアンの方のお話を撮って完成したときぐらいに、すごく身近にいた子からトランスジェンダーだとカミングアウトされた経験があります。
出会ったときは女性だったのですが、今は男性として生活しています。彼から「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に作品を出品して欲しいと言われたことは『私は渦の底から』を映画祭に出品しようと思ったきっかけの一つでもあります。
それが『愛のくだらない』で描かれる炎上エピソードにも繋がってくるため、トレンスジェンダーの方を物語に登場させたいと考えておりました。
また、彼を見て学んだことや私自身が抱いているものを、作品に残しておきたいというところもありました。
—–『私は渦の底から』は同性愛をテーマをしっかり作り込んでらっしゃる印象を受けました。同性愛者の方々の悩みをしっかり表現されているのが、作品からでも伝わっております。
野本監督:当時、同性愛の方が主人公の作品は悲観的な終わり方をする傾向が多かった気がします。
”禁断の愛”といったように恋が成就しないものが大半。
しかし、いろいろとリサーチをしていく中で、実際は様々な障壁を乗り越えて、楽しく過ごしたり、結婚観も持っていたりする方も多くいらっしゃることを知りました。
皆さん、もどかしさを感じつつも、自由に生きている方もたくさんいらっしゃいますので、作品にもそんな描写を入れたいと思っています。
—–その想いが、作品全体のエッセンスになっておられるのですね。『愛のくだらない』に戻りますが、物語上で男性が、妊娠したことを口にしますが、このエピソードを挿入された意図は、なんでしょうか?
野本監督:男性が妊娠するという設定は、実は私自身が夢で見たことなんです。当時、付き合っていた彼が、妊娠する夢でした。
私一人が戸惑っているのに、周りは出産の準備に協力しているんです。
そこで抱いた感情が、とても強烈に残り、これは作品にすべきなんじゃないか、と思ったことが一番最初のきっかけだったと思います。
ただそれを、リアル?ファンタジー?どう着地させるべきか悩みましたね。
そうして脚本を書いていた頃、周りの妊活している友達から、なかなか妊娠できないという話を聞いていました。
子どもは望めばすぐできるものだと幼い頃は思っていましたが、いざ世代になったときに、こんなにも苦労している声を聞くとは思いませんでした。
またその悩みの原因は男女比でいうと同じくらいだということも知り、先ほどの妊娠の夢の先に子どもを持つことの彼の思いや訪れるかもしれない悩みが見えた気がして、このエピソードを描こうと思いました。
—–本作には「女性のキャリアと出産」の話でなく、「様々なことを失敗して成長する姿」を描いている。なぜ、このような視点で描こうとされましたか?
野本監督:元々は妊娠など彼とのエピソードが強かったのですが、作品の企画からクランクインするまでに状況が変わりました…。
まず、『透明花火』という長編の依頼を頂けが、現場で経験したことに対して感情が動かされることが多くありました。
プロデューサーと衝突してしまったこともあります。同じ方向を向いていたにも関わらず、一番近くにいた人同士の関係が、悪化してしまうことは他の作品でもありました。
作中に炎上するエピソードがありますが、あれもほぼ実話なんです。
会議室に呼ばれて、「君がしたことはね」と、作中と全く同じことを言われてしまったんです。
仲間内でこんなことになってしまうことを何度か経験したことから、そこへの反省と言いますか、どうすれば良かったのかという点を考えていく中で、この考えが作品の軸になりました。
—–失敗から学ぶことも、たくさんありますよね。その失敗を乗り越えて、自分たちも主人公も成長していくのかなと思います。
野本監督:そうですね。最初は嫌な思いもしましたし、愚痴を書く勢いでもあったんです。
でも、見返してみると、結局自分にも原因がたくさんあるなと思うようになりました。
それが、後半の物語に繋がっていきます。今はこの作品に対して裏切りたくはないと思うようになりました。
この作品を振り返り、これから誰かとぶつかりそうになったら、立ち止まるようにしたいです。
—–反省する時は、海に行かせていただきす。あの場面は、色々考えることができるシーンですね。
野本監督:最後の場面ですね。水の扱い方が冒頭と変化しています。
—–海はある意味、行き止まりでもありますが、あの広大な海の先には、もっと広い世界が待っている。作品に登場するカップルが、どう乗り越え、その先に何を見るのかというのが、物語の先の話として考えることもできますね。
野本監督:そうかもしれないですね。主人公は今までなら、水に触れられなかったんですが、最後に触れていくという設定が、彼女自身の前進の暗喩です。
—–監督は「今」を見つめる眼力が、長けているのではないかと思います。どこから、情報をキャッチされておられますか?
野本監督:「今」に本当に興味があると言いますか。あまり「過去」に思いを馳せることは少ないかもしれません。
人と話してるときも今嫌な思いしているんだろうなとか、今これに対して感じてることがあるんだなろうなと想像しながら、そこに関心を持つことが多いんです。
目の前で見てきたことが、心で感じたことに関心があるのかなと思います。
—–監督自身が感じていることが、物語やセリフに落とし込まれているなと、観ていて感じることがございました。
野本監督:言ったことや言われたことを、そのままシナリオに落とし込んでいることが多いので、そのように受け取って頂けたのだ思います。
—–最後に、監督自身、この作品に刺さる部分や魅力を感じる部分は、ございますか?
野本監督:上映してみてわかったことなんですが、この作品の魅力と思う部分は、ハッキリとした善悪というのを描いてないところだと思います。
作品をご鑑賞された方が、どのような状況に置かれているのとか、どういうところに関心があるのかで、まったく受け取り方が違ってくる作品だなと思っております。
いい部分も悪い部分も、登場人物がみんな嫌いだったという感想も、その方が置かれている状況や見ているものを表しているなと思います。
とても貴重な感想だなと思っております。そんな声を聞いて、いろいろな人がいるということを共有できればいいなと思っております。
映画『愛のくだらない』は、関西の劇場では現在、大阪府のシアター・セブンにて絶賛、公開中。また、京都府の京都みなみ会館でも、近日公開予定。