映画『川のながれに』「逃げたっていいよね」杉山嘉一監督インタビュー

映画『川のながれに』「逃げたっていいよね」杉山嘉一監督インタビュー

2022年12月9日

改めて人生を見つめ直す映画『川のながれに』杉山嘉一監督インタビュー

© Consent / Nasushiobara City

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—–まず、映画『川のながれに』の制作経緯を教えて頂きますか?

杉山監督:この作品のプロデューサーである俳優の川岡大次郎氏が以前、(※1)那須塩原市に某番組の企画として4ヶ月間の移住体験をされたんです。

その時、その場所や人に魅了され、なんとか那須塩原を全国にアピールできないかと考えた所、映画祭を思いついたそうです。

その為に那須塩原を舞台にした短編作品を数本製作したのですが、僕はそのうちの一本「くるみるしゃべる」を監督しました。

そうして去年長編製作のお話を頂き、塩原温泉郷を舞台にする事に決め、現地の方々からお話を伺い、全くのゼロからオリジナルストーリーを書き、紅葉が最も美しい秋に撮影をしました。

そこから急ピッチで完成させ、2021年11月に開催されたなすしおばら映画祭のクロージング作品として上映されました。

有り難い事に好評を得まして、更に多くの方々に観て欲しいと考えた川岡プロデューサーがクラウドファンディングを行い、多くの方々にご賛同、ご声援を頂きまして、全国公開に至ったという流れです。

—–ご自身の好きな場所をアピールするために、じっくり時間をかけて映像制作もして、最終的に劇場公開しようとする川岡プロデューサーは非常にバイタリティがある方ですね。

杉山監督: そうですね。俳優もやりつつ、映画祭を立ち上げて。

結果、本当に劇場公開にまで漕ぎ着けた訳ですから。

多分、彼の中ではこれで終わりではなく、次はまだ公開していない地域への上映計画もしつつ、次の作品に向けて動いているんじゃないでしょうか。

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—–舞台は栃木県那須塩原市ですが、この映画において、「那須塩原市」が作品のどこに影響を与えていますか?

杉山監督:どこに影響どころか、影響しかありません。

今作は原作があったり、僕自身が温めていた企画ではなかったので。

那須塩原市に移住中、川岡プロデューサーはアウトドアガイドのアルバイトをしていました。

その経験から塩原温泉郷の真ん中を流れる箒川で、ポスターに登場している(※2)SUP(スタンドアップパドルボード)でアウトドアガイドをしている主人公という話しか最初はありませんでした。

「川」というキーワードから、一体何を語らせれば良いのか?

ゼロからの脚本だったため、ホラー作品やコメディ作品でも良いし、逆にアクションものでもラブロマンスでも良い訳です。

じゃあ、どうしようかと考え、その土地その場所で撮る意味が欲しかったので、川岡プロデューサーから様々な方をご紹介して頂きました。

塩原に住み続けている方。

塩原から引っ越してしまった方、逆に塩原に移住した方などにそれぞれの理由や目的などを聞く事で那須塩原の魅力や、住んでみて分かるその土地の訴求力を少しでも理解するよう努力して脚本を創りました。

結果、完成した作品のように主人公の青年や周囲の人を含めた成長物語となった訳です。

なので、那須塩原がこの物語に与えた影響は100%から150%ぐらいあると言いきれます。

作中の登場人物は架空の人物ですが、モデルになった人は大勢存在しています。

観光名所含め、何でもない場所もすべて塩原にある場所です。

スクリーンを通して、那須塩原を気に入って現地に行けば、映画に登場した物や場所が実際に存在します。

—–作品にとって、那須塩原在りきと言ってしまえばいいのか。あの場所がなければ、この作品は生まれなかったんですね。

杉山監督:間違いなく生まれませんでした。

例えば別の土地でSUPガイドが主人公の物語を創るとしても、そこで抱える悩みや喜びはその土地その土地で変わります。

きっとその土地特有の『川のながれに』が誕生する事でしょう。

本作『川のながれに』は那須塩原市でしか作り得ない作品でした。

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—–主人公の青年、君島賢司が職業としているSUP(スタンドアップパドルボード)は、物語の中の要素としてどのような相乗効果があったと言えますか?

杉山監督:SUPをただ主人公の職業として使っても今流行りのアウトドアにしか映りません。

それだけにしたくないと思いSUPの魅力や川の意味を色々と考えました。

SUPと呼ばれるスタンドアップパドルボードはただ立っていようが、寝そべろうが川の流れが運んでくれる。

その先が、望む場所か、望まない場所かは別としてです。

そして川の流れはよく人生に例えられる。

こうした事をテーマそのものとして物語に組み込んでいきました。

そして、ガイドという職業は人を案内する役割ですが、アウトドアガイドとして優秀でもそれ以外。

つまり自分の人生という旅におけるガイドは果たして出来ているのか。

賢司自身が道に迷っているのだとすれば、彼にもまた別のガイドが必要かも知れない。

それは彼だけではなく、誰しも同じだと思います。

師匠や兄貴分、パートナーや友人。導いてくれる存在とまで言わずとも、助言をしてくれるガイド役が人生でも必ず必要です。

賢司にとってそれは前田亜季さん演じる森音葉ですね。

那須塩原に移住して来たイラストレーターという設定ですが、実はこの方にもモデルが存在しています。

100カ国以上7年かけて旅した女性イラストレーターの加藤さんという方で、現在は那須塩原に住んでいます。

取材時に立ち寄った居酒屋で彼女が描いたポストカードを偶然見つけ、資料として持ち帰った後にそのカードの裏面を何気なく眺めていると、「世界中を旅したイラストレーター」という紹介文が。

川岡プロデューサーに直ぐにその彼女を探してもらい、リモート取材でなぜ旅をしたのか、なぜ那須塩原市に移住したのか等色々なお話をお伺いしました。

それらは音葉の設定としてそのまま活かさせてもらった事も多いです。

こうして、那須塩原で生まれ育ち殆ど出た事のない男と世界中を旅して那須塩原に移住してきた女という設定が出来ました。

アウトドアガイドとイラストレーターという職業は体育会系と文化系で対比も良く、これだ!とばかり作品に盛り込み、偶然にも奇跡的なお話に仕上がった訳です。

—–本作における魅力は、「栃木弁」かと、思います。調べてみると非常に興味深い言語かと。この栃木弁に対して、どのように作品とマッチングさせようとしましたか?

杉山監督:劇中において印象的なセリフとして使わせて頂いていますが、那須塩原の方々は「だいじ」と口癖のように言うんです。

普通「だいじ?」と聞かれれば、「大事」かどうかと考えてしまいますが、栃木では「大丈夫」という意味で。

「だいじ?」と訊ねて、「だいじだいじ」と答えれば、栃木県出身だと笑い話があるくらいで、そう言ってしまえるほど他にない言葉なんです。

栃木県の方々はこの「だいじ」という一言で、相手を気遣っているんですね。

この言葉は他者との関係に置いて、非常に重要な意味を持っていると思い、シナリオに組み込みました。

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—–タイトル『川のながれに』というタイトルに込めた意味は?また、『川のながれに』の「ながれに」は、なぜ漢字を使用せず、敢えてひらがなで表現した意図は?

杉山監督:漢字で表現すると、印象的に硬いイメージだったり、某有名曲と被ってしまいます。

漢字と違い、優しく包み込むような印象があるのでひらがな表記にしました。

タイトルの意味ですが「川の流れ」については多くの名言や格言が存在します。

川を人生に例えた言葉もたくさんありますので、それらを想像させつつ僕が拘ったのは「川のながれに」どういう文章が続くのかと考えてもらえたらいいなという事です。

つまり、「川のながれに乗っかって」なのか「川のながれに逆らって」なのか。

観て頂いた方々がそれぞれどう捉えますか?

と。もしかしたら、「川のながれに入らない」と言う人もいるかもしれません。

劇中の賢司のように、ちょっと振り返って、自分が今居る場所や状態を見渡して頂ければと。

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—–物語は、ある一人の青年の「自分らしさ」を見つけようとする人生や旅を描いていますが、この彼の姿勢を通して、私たち若者(そうでなくてもよく)は、何を発見し、学ぶことができますか?

杉山監督:主人公である賢司に共感してもらっても良いし、逆に彼のようには成りたくないと抗ってもらってもいいんです。

ざっくり言ってしまえば、人に迷惑かけなければ、自分が良いと思う人間、人生であればそれで良いと思うんです。

先程話したように、自覚しているかどうかは別として川のながれに逆らう方もいれば、乗っかっている方もいますから。

賢司は劇中で「自分らしさ」とは何かを模索していますが、この「らしさ」って、意外に他人が決めてるんですよね。

「自分らしさ」って、実際、自分では分からない人も多いと思うんです。

僕自身も「自分らしさ」って何だろうと考えてしまいます。

「自分らしさ」を分かっていないとダメみたいな風潮もありますが、分かってなくてもいいという気もします。

賢司は、色んな方から「お前らしくないよ」って言われますが、他人からそう言われて、戸惑っているんです。

結局、自分は自分なので、その「らしさ」は自分次第であらゆる形に変容します。

昨日までの「自分らしさ」と明日からの「自分らしさ」は違うかも知れない。

結論は明確にしていませんが、そんな考えを持ってもらってもいいと思います。

「~らしさ」とか、「~すべき」とか、決めつけるのを良しとする事が最近多いように感じます。

「変わるべき」「前を向くべき」と言われますが、そうかなぁと。その人本人が、どうするか決めれば良くて、他者がどうこう横から言う必要もないんじゃない?

何もしなくてもいいんじゃない?

と観終わった後に楽になったり、何か感じて頂ければと。

—–プレスにて、「この先の物語は、あなた自身の心の中にある」とお書きになっていますが、監督自身の中ではどんな物語がその後展開されていますか?

杉山監督:僕の中には、こうなるじゃないかな?という物語はありますが、敢えて言えないですね。

いい映画は、その先が気になるみたいな事をよく言われますので、登場人物たちのその後の人生を想像しながら、現実の世界のそれぞれの人生を歩んでもらえたら監督冥利に尽きます。

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—–公式ホームページにて、「河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と方丈記の引用ですが、水も川も、時間も、人の人生も、非常に流動的だと思います。絶えず流動的な、この流れは何を差していますか?

杉山監督:ざっくり言えば、人生かもしれませんが、日々の事象も人の考え方や価値観も変わりますよね。

硬い信念を持っていて、「俺の信念は揺るがない」と言う一見強そうな人には憧れを抱き、そんな風に強くありたいと思うかも知れないですが、果たしてそれが強いという事なのか。

そうじゃなくない?って考え方があってもいいと思います。

僕の大好きな漫画『からくりサーカス』の作者、藤田和日郎さんが仰っているのは、「人間は変わるから強い」と。

弱い事を自覚して、どうすれば強くなれるのかと考えて、努力し変わっていく。

でも、強くなるだけが良いわけではなく、怖ければ逃げてもいいよね。

立ち向かうだけでなく、逃げることだって有りだよね。

という考え方に強い共感を覚えます。

ただそれも、そうじゃなくても良くない?変わる事が絶対じゃなくない?とも思う。

劇中にも出てくる「川の流れのように万物は流転する」という言葉をどう受け取るのか、皆さんそれぞれで考えて頂ければと。

—–最後の質問ですが、本作『川のながれに』とロケ地、那須塩原市の魅力を教えて頂きますか?

杉山監督:メインビジュアルでもある箒川のSUPを初めとするアウトドアアクティビティ。

キャンプ場での焚火。暖炉を囲んでの鍋。温泉に美しい豊かな自然。そしてそこに住む暖かい人々。

それら全ての魅力が本作「川のながれに」には詰まっておりますので、ぜひご覧下さい。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『川のながれに』は現在、関西では12月3日より大阪府のシアターセブンにて、絶賛公開中。また、京都府の京都みなみ会館はじめ、全国の劇場にて順次公開予定。

(※1)那須塩原市観光局https://nasushiobara-kanko.jp/(2022年12月3日)

(※2)水上スポーツの新定番!SUP(サップ)とは?必要な道具と適した服装https://sotoasobi.net/activity/sup/blog/sup-ocean-river-lake-enjoy(2022年12月3日)