映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』いつか、歌える日が

映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』いつか、歌える日が

2023年7月10日

なにがあっても、生きる。映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』

©MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 – STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020

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2022年2月24日。私たちは、この日を忘れてはいけない。この日とは、今も尚続くロシア・ウクライナ戦争が勃発した日だ。あの日からまだ、この紛争は「終結」という二文字を知らない。戦争が始まった日から、戦火の中を逃れたウクライナの難民は約800万人。隣国であるスロヴァキアやポーランド、ハンガリー、モルドバ、ルーマニア、ドイツ、チェコ共和国、そしてここ日本へと避難している。2023年1月現在、ウクライナ人による国内避難民は600万人。また、ヨーロッパ諸国へ難を逃れた 人々の数は800万人(※1)にも登ると言われている。まさに今、2023年のこの時代に、戦争が原因として多くの人々が住む家を無くして、生活に困っている状態が続く。私たちは今、彼らに何ができるというのであろうか?戦争が齎した恐怖に屈する事なく、私達はその恐ろしさに立ち向かわなければならない。悪夢はまさに現実となり、今私たちの生活を間違いなく脅かしている。ウクライナ戦争は、遠い国の出来事かもしれないが、遅かれ早かれ、ここ日本でも同じ事が起きる。必ず起きるとは断定できないが、起きないとも言いきれない。この問題を他人事として捉えず、対岸の火事だと遠巻きにするのではなく、明日は我が身だと思って、日々静観するしか他ないだろう。紛争は疑いの余地もなく、私たちの生活基盤を脅かす悪の存在だ。人々は互いを殺し合い、家族は離れ離れに。住む家を追われ、元の生活を取り戻すことはできない。一度体験した恐怖は、人々の心にトラウマとして植え付けられる。この物語は過去の話ではない、今のお話だ。今私たちが日々体験している脅威を、しっかりと映像として表現している。

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映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』は、全ウクライナ国民にとって心の支えとなっている民謡「キャロル・オブ・ザ・ベル」を下敷きに、戦争に翻弄されながらも家族の絆や結束を忘れなかった三組のウクライナ人、ポーランド人、ユダヤ人家族の姿を描いた戦争ドラマだ。この楽曲「キャロル・オブ・ザ・ベル」は、ウクライナ民謡として古くから歌い継がれていると言われる伝統曲「シェドリック」が、起源とされている。正式な呼び方は「シュチェドルィック」と呼ばれるウクライナ民謡「シェドリック(日本語タイトル「豊かな夕べ」)」は、驚いたことに、いつから歌われているのか不明なほど、大昔からウクライナ人にとっての国民曲として親しまれている。この楽曲を1916年に編曲したのが、“ウクライナのバッハ”と異名を持つミコラ・ドミトロヴィチ・レオントヴィチというウクライナの作曲家だ。これ以降、ウクライナ民謡「シェドリック」は、「キャロル・オブ・ザ・ベル」というタイトルとして全世界の人々に親しまれた世界的なスタンダード・ナンバーへと成長した。この楽曲を土台にして制作されたのが、本作『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』だが、まさにウクライナ人の良心とも言うべき楽曲は、第二次世界大戦下の市井の人々のみならず、現在戦争が断続的に続くウクライナで翻弄される現代を生きるウクライナ人達の心の支えにもなっているだろう。ウクライナ国民にとって、最も大切な楽曲が、今こうして映像作品となり、世界中で上映される機会を得ているのであれば、ある種、戦争への理解に繋げる重要な一助だ。言葉では、「戦争はダメ」「戦争反対」と言うのは易しいが、如何に愚かな行動であるかと、認識している人々は、私含め大勢いるだろう。その背景には、「戦争を知らない世代」が増えた事が他ならないが、それでも作品を通して、戦争の悲惨さを知る事ができるのであれば、作品が誕生した意義は実に深い。

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本作『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』を監督したのは、オレシャ・モルグネツ=イサイェンコ。脚本を書いたのは、クセニア・ザスタフスカ。両人共に、女性である彼女らが作り上げた本作は、女性による、女性に贈る、女性という存在の偉大さを描いた女性讃歌の作品だ。一人の妻であり、母であり、そしていち女性である彼女たちが、あの第二次世界大戦下で体験した出来事を映画として表現しているのは、まるで彼女たちがあの時代に生きていたという一種の証だ。そんな女性たちの生き姿を映像した描写したオレシャ・モルグネツ=イサイェンコ監督は、本作が長編2作目となるウクライナ出身の新人女性監督の一人だ。彼女が、映像マンとして業界の扉を開けたのは、2008年のこと。卒業制作“MOLFAR(08)”が、モスクワで開催された「21世紀の新しい映画祭」にて審査員賞を受賞したのを皮切りに、テレビドキュメンタリーを制作して来た彼女は、2014年に映画監督としてデビューしたのち、次に制作に着手したのが本作だ。ウクライナの精神的な支えとなる楽曲「キャロル・オブ・ザ・ベル」に導かれ誕生した本作は、戦争の愚行さに振り回されながらも、自身の尊厳や子どもたちの未来、そして生きることを諦めなかった当時の人々を力強く描く物語。監督自身、本作の制作前に自身の我が子を産んでいるだけあり、作中の子どもたちの姿を生き生きと、そして自愛(慈愛)を込めて、描く。モルグネツ=イサイェンコ監督は、本作のの主なテーマやメッセージを監督自身でどのように定義するのか、聞かれたイサイェンコ監督は、あるインタビューでこう答えている。

Ісаєнко:Від самого початку, коли я вперше прочитала цей сценарій, для мене цей фільм був про єднання і про те, що в світі має існувати різність, мають існувати різні народи, різні мови, різні культури, і кожен народ має право на існування. Як по мені, це найголовніший такий меседж, який є в цьому фільмі. (※2)

イサイェンコ監督:「初めて、この脚本を読んだ時から、私にとってこの映画は団結に関するものでした。世界には、多様性があるべきであり、異なる民族、異なる言語、異なる文化が存在すべきです。すべての人には、存在する権利があります。 私の意見では、これが作品に込められた最も重要なメッセージと、受け取りました。」と。全人類には、ここ地球上で生きる権利があり、そして誰しもが多様性を受け入れられる社会を構築する必要があると話す。映画は、その願いを一途に担っていると言っても過言がないほど、完璧な反戦映画の一面を持つ。

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最後に、映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』は、戦争に翻弄されながら強く逞しく生きようとしたある三組の物語だ。これは、架空の話ではあるものの、あの戦時下において幾万という全世界の人間が戦争という二文字の魔物に弄ばれた時代だ。この物語に登場する人物はあの時代、確かに存在した。そして現在、第二次世界大戦が終結してから、今年で78年を迎える今、あの戦争で翻弄させられた人々のように、歴史は繰り返されると言われるように、現代も同じ状況がずっと続いている。戦争には、終わりはない。何十年経とうが、あの時の弊害は今の世に響いている事を忘れてはならない。1955年11月1日から1975年4月30日まで20年間続いたベトナム戦争は、まだ終わりを告げていない。最近、ニュースで報道された結合双生児ベトちゃんドクちゃんのその後を記した記事(※3)が、紹介された。この報道を通して、彼らのその後を知れば知るほど、戦争には終わりがないことを嫌というほど知らされる。また、アメリカでよく行われている帰還兵によるサプライズ動画は非常に感動的だが、いつかこれらの動画が、またその中の親子や兄弟、恋人たちがひと組でも減ることを祈らずにいられない。一人でも多くの人間が幸せに暮らせる世界を作ることが、今を生きる私達ができることだ。ただ、私達は前を見て、明日を生きていくしかない。いつか、全世界が安全に、安心して、ウクライナ民謡「キャロル・オブ・ザ・ベル」を口を揃えて、歌える時が訪れることを、皆さんで祈りましょう。今回は、平和を願いながら、この辺で筆を止めたいと思う。

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映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』は現在、関西では7月7日(金)より大阪府のシネ・リーブル梅田シネマート心斎橋。京都府のアップリンク京都にて公開中。また、7月14日(金)より兵庫県のシネ・リーブル神戸にて上映開始。また、全国の劇場にて順次、公開予定。

(※1)ウクライナ難民の最新状況|受け入れ国一覧や日本の現状、私たちにできることhttps://spaceshipearth.jp/ukraine-refugees/(2023年7月10日)

(※2)Фільм “Щедрик” Олесі Моргунець-Ісаєнко дав світу краще зрозуміти війну з Україною: Як стрічку презентували у Вільнюсі та інтерв’ю з режисеркоюhttps://www.lrt.lt/ua/novini/1263/1996849/fil-m-shchedrik-olesi-morgunets-isaienko-dav-svitu-krashche-zrozumiti-viinu-rosiyi-z-ukrayinoiu-iak-strichku-prezentuvali-u-vil-niusi-ta-interv-iu-z-rezhiserkoiu(2023年7月10日)

(※3)ベトちゃん・ドクちゃん「一緒に」生まれ、大手術の末「分かれ」…幸運な男「見守ってくれる兄の分も生きる」https://www.yomiuri.co.jp/national/20230708-OYT1T50183/(2023年7月10日)