映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』更なる映画ファンが生まれることを

映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』更なる映画ファンが生まれることを

中国コメディのエッセンスが凝縮された、痛快無比なエンタテインメント・コメディ映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』

©New Classics Media

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2008年に日本国内で大ヒットを飛ばした三谷幸喜の代表作『ザ・マジックアワー』を覚えているだろうか?映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』は、その作品を中国の喜劇集団「開心麻花(カイシンマーファー)」が大胆にアレンジして、リメイクされた作品だ。売れない役者や裏社会の人物をコメディタッチに描いた映画『ザ・マジックアワー』は、ギャングや映画の世界を美しく切り取っている一方、映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』の魅力は、中国を代表するコメディアン集団「開心麻花(カイシンマーファー)」だろう。劇団に所属する団員たちの立ち振る舞いや顔芸、役者のユーモラスな動きやアクション場面が、作品をよりコミカルな物語へと仕上げている。偶然にも、日本を代表する劇作家である三谷幸喜の生誕日7月8日に日本公開された本作は、映画という娯楽が最も盛んに花開いていた頃に私達を誘い、招待してくれる。昨今、衰退しつつある映画文化の美しさ、華麗さ、高尚さを再認識させてくれるだろう。

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先述もしたが、三谷幸喜監督・脚本の映画『ザ・マジックアワー』は、2008年に日本国内で話題を攫ったその年を代表する邦画だ。興行収入(※1)は、39.2億円。観客動員数は、236.0万人。2008年の年間映画興行収入ランキング1位~50位では、上から数えて11番目。この年の上位には、映画『崖の上のポニョ』(1位)、映画『花より男子ファイナル』(2位)、映『おくりびと』(3位)、映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』(4位)、映画『レッドクリフ Part I』(5位)など、精鋭作品が上位を押さえる中、11番目の興行収入の高さをマークしたのは、今から振り返っても大健闘だ。あらすじは、港町を牛耳るギャングの愛人に手を出した男が、命を狙われる羽目に。ただ、助けてもらう代わりに伝説の殺し屋を連れて来るよう命じられる。追い詰められた男は三流役者を雇って、映画撮影だと信じ込ませて伝説の殺し屋を演じてもらうが、最終的には誰もが予想もしなかった展開にもつれ込むというお話。映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』も大まかな物語の流れは変わっておらず、この両作品の土台にあるのは、映画に対する愛や羨望、望郷心だ。まだ、映画という文化を深くは知らなかった学生の頃に観た自身は、映画『ザ・マジックアワー』で描かれている世界観が、現実の世界にもあるものだと信じて疑わなかった。それが、映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』にも滲み出ており、作り手達の映画愛が身に染みて感じ取れるが、実際はそうでは無い。私達が子どもの頃に描いていた世界はすべて幻想で、今目の前にあるのは泥臭く、人力で、苦労も苦心も厭わず、努力と下積みという言葉が一人歩きする浮世離れした到底疑問の余地が残る世界線だ。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』や映画『グッドモーニング・バビロン』映画『雨に唄えば』映画『アーティスト』映画『カイロの紫のバラ』などが描くあの美しく、心を酔わせ、うっとりさせる世界は、実際の映画業界にはない。あれはすべて幻で、あんな世界があったらいいなと勝手に妄想を膨らませていた子どもたちの、残念ながら戯言だ。それでも、映画『ザ・マジックアワー』はあの当時、映画ファンや観客を、ある種、人々の歓声の渦へと身を動じさせたのは、事実だ。そんな2008年の日本中の映画ファンを虜にした作品が、なぜ海を越、隣国にまで人気が飛び火したのだろうか?ここからは、その時の流れと中国の喜劇集団について、触れて行きたい。

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この作品『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』の肝となる部分は、喜劇集団「開心麻花(カイシンマーファー)」だ。日本では全く以って知名度の低い、ほとんど知られていないコメディを得意とする演劇集団だ。喜劇集団「開心麻花(カイシンマーファー)」とは、どんな集団なのか?ここ日本では、ほとんど聞いたことがない中国の演劇集団ではないだろうか?ここでは、彼らの活動歴や舞台作品、映像作品など、少し紹介したいと思う。開心麻花こと「北京開心麻花娯楽文化メディア有限公司」が旗揚げされたのは、2003年のこと。今年でちょうど20周年という節目の年となる。舞台公演を中心に、映像制作、バラエティ番組出演といった俳優マネジメント業を行う傍ら、専門劇場の運営など、業務を拡大させている。自身の活動だけに留まらず、全国各地に劇団員を抱え、少年少女劇団も設立している。中国では、将来のスター俳優を目指す若者たちの登竜門的存在となっている程、大きな役割を果たしている。“人々に娯楽を届ける”を劇団のコンセプトにして、舞台でオリジナルの笑劇を確立。特に“新年は爆笑舞台で幕開けを”というイベント・スタイルを築き上げ、唯一無二の活動を行う。彼ら「開心麻花(カイシンマーファー)」が舞台の次に着手したのが、映像作品だ。彼らの代表作は、2015年に公開された映画『夏洛特煩悩(Goodbye Mr. Looser)』だ。他に、2018年公開の映画『李茶的姑妈(Hello, Mrs. Money)』や同年公開の映画『西虹市首富(Hello, Mr. Billionaire)』2019年公開の映画『跳舞吧!大象(Dancing Elephant)』などがある。これだけの作品がコンスタントに制作されて来た経緯があるにも関わらず、日本の映画業界は今まで見向きもしなかった。今回、本作『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』が配給された経緯には、恐らく、日本人にも馴染みのある三谷幸喜作品のリメイクだからだろう。誰もが知っている映画だからこそ、作品も人気が出るであろうという計算であることは、確かだ。また、本作が中国国内で公開した時、大きな反響を呼んでおり、2022年の旧正月に公開された映画の中で最も成功した映画の一つとして挙げられている。最初の6日間で、2億1,700万ドルの興行収入を上げ、中国映画における日本映画のリメイク作品で過去にヒットした『鍵泥棒のメソッド』の記録を更新し、歴代興行収入1位を叩き出したと言われている。そんな背景を耳にすれば、日本の映画業界も黙っていないだろう。本作は、ある海外の映画祭が発表した評論が印象的だ。

“『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』は、映画とそのジャンルへのオマージュだ。コメディ、ギャングスター、スパゲッティ・ウエスタンを組み合わせ、ジーン・ケリーとスタンリー・ドーナンによる人気ミュージカル『雨に唄えば』のシーンが含まれている。さらに好奇心旺盛な映画マニアによると、『ドン・シーゲル監督のネオノワール『殺人者たち』、黒澤明監督の『七人の侍』、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』、そしてロバート・ロドリゲスのネオウエスタン『エル・マリアッチ』。中国語の原題である『浙格沙寿武泰冷情』(文字通り「この殺人者は冷静ではない」)でさえ、中国の観客に愛されている映画、リュック・ベッソン監督の代表作『レオン』の中国語タイトル『这个杀手不太冷』を思い出させる言葉遊びがあり、各々の作品へのオマージュが見受けられる。”(※3)と、映画祭にて評されている。本作を監督したのは、シン・ウェンションだ。彼は、1987年6月19日生まれの若手だ。映画『HERO』『初恋のきた道』など中国を代表する映画監督のチャン・イーモウが総指揮を務め、 中華人民共和国建国70年を記念して2019年にチャン・カイコー総監督で製作された映画 『愛する母国』の姉妹編として評されるオムニバス映画『愛の故郷』の一篇『The Magical Touches』のセグメント・ライターとして参加後、二代目の金持ちの少年が記憶を失い、銭湯に迷い込み、客に対して最高のお風呂を提供する技術を学んでいく姿を描いたコメディ映画『王夢宇志(Mu Yu Zhi Wang)』にて、初めて本格的な脚本家としてデビューした後、本作にて脚本家兼監督としてデビューを果たしている。今後、中国映画業界において、ビー・ガン監督やディアオ・イーナン監督、グー・シャオガン監督、チウ・ション監督、リー・ルイジュン監督と言った中国第7世代から第8世代を代表する若手監督とは、一線を画す映画監督として活躍していく事だろう。

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最後に、映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』は、日本映画を代表する名作コメディ『ザ・マジックアワー』を土台にし大幅に改変した作品だが、両作品において根底にはあるのは、並々ならぬ「映画愛」だ。映画『ザ・マジックアワー』では、映画用語「マジックアワー」を作品に昇華させている。そもそもマジック・アワーとは、何を指すのか?それは、日暮れが沈み、夜が訪れるほんの数十分間の時間を指す言葉だ。非常に幻想的な夕暮れ時の風景が、まるで魔法に掛けられたじかんであるかのようだと、マジック・アワーと付けられた。子の用語を用いて、映画では幻想的マジック・アワーを見逃してしまったら、どうするかと私達に問い掛ける。その答えは、実に単純明快で、明日を待てばいいと諭す。佐藤浩市演じる売れない三流役者への励ましでもある。人気が出ないから諦めるのではなく、明日の夢を見続ければ、いつか夢は叶うと諭しているようだ。また、本作『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』では、名作ミュージカル『雨に唄えば』含め、先述の映画評のように多くの作品へのオマージュが含まれた「映画愛」の詰まった作品に仕上がっている。スクリーンから映し出される映画の世界は、夢があり、豪華絢爛で、華やかな世界ではあるが、その内情は努力も下積みも厭わない、非常に泥臭い世界ではあるものの、これらの作品が描く「愛」は確かにあると、常に実感させられる。だから、自身、この仕事を辞められないし、映画が好きだと改めて、感じさせられる。映画愛とは、永久不滅であると、本作は語っている。そして、本作を観て、更なる映画ファンが生まれることを願わざるを得ない。

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映画『トゥ・クール・トゥ・キル 殺せない殺し屋』は現在、関西では7月8日(土)より大阪府のTOHOシネマズ梅田。兵庫県のkino cinéma神戸国際にて、絶賛公開中。また、全国の劇場にて、順次公開予定。

(※1)年間映画興行収入ランキング2008年(平成20年)日本国内 1位~50位https://entamedata.web.fc2.com/movie/movie_j2008.html(2023年7月12日)

(※2)爆笑! 開心麻花に迫るhttps://shvoice.com/special_feature/69801.html(2023年7月12日)

(※3)FAR EAST FILM FESTIVAL 25 April 21st – 29th 2023 TOO COOL TO KILL INTERNATIONAL FESTIVAL PREMIEREhttps://www.fareastfilm.com/eng/archive/2022/too-cool-to-kill/?IDLYT=15535(2023年7月12日)