ドキュメンタリー映画『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』「あの絵の中に、すべてが込められている」河邑厚徳監督インタビュー

ドキュメンタリー映画『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』「あの絵の中に、すべてが込められている」河邑厚徳監督インタビュー

やさしければやさしいほど、沖縄の惨劇は胸をえぐるドキュメンタリー映画『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』河邑厚徳監督インタビュー

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–ドキュメンタリー映画『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』の制作経緯を教えて頂きますか?

河邑監督:僕自身は、ずっとNHKでドキュメンタリーを作って来ました。沖縄に関しては、歴史ドキュメンタリーや紀行番組など、様々な番組を作っていました。戦争画家である丸木位里さんと丸木俊さんのご夫婦が、原爆の図を描いた事はよく知っておりましたが、実は「沖縄戦の図」が沖縄の佐喜眞美術館(※1)に貯蔵してある情報を教えて頂き、一体どんな絵画なんだろうと思って、その美術館を訪れたのが、ちょうど2020年の2月でした。その時、初めて「沖縄戦の図」という絵画に出会いました。僕自身は、世界中の様々な絵に触れたり、世界遺産の番組を作っていましたので、人類が遺した大きな仕事には触れてきましたが、「沖縄戦の図」を初めて見た時、ある種、ショックを受けました。凄い迫力に圧倒され、この絵が持っている底知れぬ力とは何だろうかと、感じたのが本作を作るきっかけでした。今まで携わって来た映像を通して伝え行くために、この絵を基に何か映画を作れないかと感じたのが、本作を作るスタートでした。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–監督自身、「沖縄戦の図 全14部」という絵画に触れられて衝撃を受けたとお話されましたが、それ以外では、どのような感情をその絵画に対して抱かれましたか?

河邑監督:要するに、頭が真っ白になるという表現が、一番しっくり来ます。この絵の見方を分からない上、ただただ凄い作品で、自分にとっては一種の金縛りを体験した気分でした。でも、非常に興味が惹かれる途轍もない作品です。この絵画を基に映画を作れば、今まで見たこと無いような映像世界が作れるのではないかと感じました。最初は、映画を作ろうと思った訳ではなく、ただ絵に取り憑かれる感覚や、吸い込まれて行くような感覚を受けました。自分自身は、この絵について何も語れない上、謎が多いんです。物凄いパワーがある絵ですが、それに対して説明ができない感情がずっと、渦巻いていました。

—–鑑賞させて頂きましたが、映画も絵画も非常に力強い何かを感じる事ができました。

河邑監督:丸木さんご夫婦は、ご存知でしょうか?

—–誠に申し訳ありませんが、全く存じ上げておりません。

河邑監督:彼らご夫婦は、一般的に言えば、「原爆の図」を書いた画家さん達です。最初に、広島に原爆が投下された時、ご主人の位里さんが広島出身の方なので、原爆が投下された数日後に広島入りするんですが、その時からずっと地獄絵を描き続けるんです。僕らは、画家として目撃した以上、作品を通して伝えなければいけないと言う想いから、画家としての丸木ご夫妻の大きな歩みが始まるんです。広島の地獄絵からスタートした彼らの活動は、1945年の広島から1982年の沖縄まで、30年以上の歩みを通して、世界中の戦争や人類が犯した罪を絵に描いて来たお2人が、最後に辿り着いたのが「沖縄戦の図」だったんです。描かなければいけない絵が、最後に残された「沖縄戦の図」でした。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–画家としての丸木位里さんの原体験が40年の歩みであり、戦争で体験した事が絵画に込められておられるんですね。

河邑監督:ただ、位里さんが訪れた広島の場合は、原爆投下の後に現地に入っています。彼の実際の戦争体験を描いているというより、画家とは自分の目で見た景色や出会いを絵の形で表現する仕事です。丸木さん達は、彼らの目で見てしまった以上、絵画を描かなければいけないと、感じたのでしょう。誰もそんな仕事をした人がいないからこそ、「原爆の図」が始まっています。「沖縄戦の図」もまた似た部分があり、あれだけ島民の4分の1が戦争で亡くなった事実は、日本での唯一の地上戦です。日本人は、戦争を様々な角度で聞き、様々なドキュメント映像を観て、戦争を学んで来ましたが、私たち日本人が知っている戦争は空襲や空爆なんです。直接、アメリカ軍が日本に上陸して戦争した訳ではありません。だから、空襲や空爆が先行しているのは、直接、日本の国土の中で日本の民間人とアメリカ兵が巻き込まれる地上戦はしていませんでした。戦後、地上戦のイメージを持っていない日本人が多くいていましたが、唯一日本の戦争を通して、体験した地上戦が沖縄だったんです。豊かで平和な暮らしをしていた沖縄の人々が、ある日突然、戦争に巻き込まれてしまった体験を、お2人はちゃんと伝えたいと絵に込めています。その点が、一番大事な所です。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–監督は映像制作を通して、絵画に対する考え方や価値観は、何か変化はございましたか?

河邑監督:変化と言うより、最後に行き着いたのが「沖縄戦」と言う流れに納得感がありました。その理由として、日本で唯一の地上戦とありますが、沖縄は日本の国土から独立した歴史を長らく歩んでいます。常に、沖縄は海の向こうから襲って来る何者かによって、支配されて来た歴史を持つ島です。その最後はまさに、沖縄戦だったのです。日本の全体を考えた時、沖縄という南の小さな平和な島が、大きな力によって犠牲になって来た事に対して、丸木位里さんの戦争に対する怒りがこの絵に込められています。戦争を告発して行きたいと願う背景には、力無く殺されて行った人達の傍に少しでも寄り添いたいと言う色々な想いがあります。最後の最後に、沖縄戦を描いた事実があります。

—–監督と沖縄を結び付けたものは、絵画含め、その根源的な部分とは、何だと思いますか?

河邑監督:この作品に限らないのですが、沖縄という小さな島は日本全体を写し出す鏡のような土地だと思います。隠されてきた国の矛盾とか、日本は多様な文化と歴史を持っていることがいつも沖縄に行くと実感できます。変更の北海道と沖縄はその意味では大切な土地だと思います。あの小さな島々に例えば豊かな織物があり工芸があり踊りや民謡が伝えられてきました。その島で日本で初めての地上戦が行われたことにも象徴的な運命を感じます。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–絵画は1987年にすべて書き上げたとありますが、それから35年が経過した今でも、この絵の存在は必要とされていますが、この35年における絵画の役割は何でしょうか?また、未来における役割も教えて頂きますか?

河邑監督:アートのもつ力は永遠の今という事です。過去は過去ではなくて今を考える力、普遍性を持っています。古くならないんです。資本主義ではすべてを商品にして流行を生み出し、それを消費してまた新しいものを作って古いものは捨てていきますが、アートは商品ではないと思います。現在も沖縄戦が持つ意義と訴えは生きていて、それは過去を未来に伝える力ではないでしょうか。

—–作中でも沖縄民族の反戦歌が取り上げられており、今世界でもウクライナ民謡が元となった反戦歌「花はどこへ行った」がウクライナ戦争に対する反戦歌として歌われています。では、本作の「沖縄戦の図 全14部」における「反戦」とは、何でしょうか?

河邑監督:反戦という言葉は政治的な立場やイデオロギーを感じさせますが、丸木夫妻が目指したのは、単なる戦争反対ではなく、命の尊さを伝えようとしたものです。沖縄の言葉でよく使われる「命どう宝」ですね。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–プレス内の監督のコメントにおいて「あの悲劇の歴史を伝え続けなければ、戦争はまた起きるという危機感」とありますが、現在世界ではウクライナ戦争が起きており、私自身は今後、戦争は繰り返されると思っています。でも、この世から戦争を無くすには、私たちはどうすればよいでしょうか?

河邑監督:人類全体、ということはだれがどう考えるとか、どう行動するかという事ではなくて、核兵器を持ってしまった人類は、今後戦争がおきれば地球上から消えてしまうということです。今生きている我々だけではなく、次の世代やその次の世代に地球を手渡す責任は大きいと思います。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

—–再度、プレスから一部抜粋ですが、「絵に描かれていたのは「空爆」や「空襲」と違う様相を見せた地上戦の真実……最後は読谷村の戦後を描ききって未来の沖縄へと希望を託した。」とありますが、この作品で描かれる未来の希望とは、どの点でしょうか?

河邑監督:元々、琉球が持っていた彼らの歴史です。だから皆が平和に、三線を弾いたり、太鼓を叩いたりできる環境が、未来の希望です。沖縄は、昔から平和な島なんです。軍事力によって、独立させられた小さな島国ですが、外交や文化、芸能を通して、中国や朝鮮と言った外国によって島の支配を奪われないようにして来ました。平和外交をして来た島が、沖縄です。軍事力で平和を作るのではなく、もう一度、平和な沖縄に戻って、島民の方々が三線や歌、踊り、太鼓を通して文化や芸術を守り切る。今回はアートでしたが、私達が平和を守るための一番大事なテーマが、あの絵の中に込められていると思います。

—–最後に、本作『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』が、今後どのような道を歩んで欲しいとか、また作品に対する展望はございますか?

河邑監督:絵画鑑賞で大事な事は、本物を見ることが大事です。あの絵画の中で描かれている事に対して何か感じることがあれば、多くの方々が沖縄旅行に行かれると思いますが、沖縄のリゾートも海も自然も綺麗で、芸能も非常に豊かで、食事も美味しいです。観光で沖縄を選ばれるなら、沖縄の方々もとても喜ばれます。ただ、観光ついでに、半日だけでも構いませんので、佐喜眞美術館に足を運んで頂き、あの「沖縄戦の図 全14部」を肌で感じて欲しいと願っています。なかなか難易度の高い絵画ではありますが、映画は私達のガイドであり、テキストです。テーマは古くなりませんので、これならも様々な場所で、世代を超えて、若い世代の方々にも作品を観て頂きたいと、私の一番の望みです。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©2023佐喜眞美術館 ルミエール・プラス

ドキュメンタリー映画『丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部』は現在、関西では7月29日(土)より大阪府の第七藝術劇場。7月28日(金)より京都府の京都シネマにて上映中。また、8月11日(金)より兵庫県の神戸映画資料館にて上映予定。全国の劇場にて、順次公開予定。

(※1)佐喜眞美術館https://sakima.jp/(2023年7月27日)