映画『マッド・ハイジ』力強く生き抜いて

映画『マッド・ハイジ』力強く生き抜いて

2023年7月31日

怒りのハイジがアルプスで大暴れ映画『マッド・ハイジ』

©SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

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明るくて天真爛漫、正直者で誰からも好かれるキャラクターとして今も尚、世界中から愛されアルムの山を駆け巡るハイジのあの頃の姿は、もう居ない。おじいさんの姿も、ペーターの姿も、クララの姿も見られない。スクリーンで活躍するのは、大人になった三つ編みのハイジが、日本刀片手に大暴れ。生々しく痛々しいR18+指定の暴力描写とゴア描写が、これでもかと序盤から終盤まで大いに活躍する。それでも、作品が忘れていないのは、スイスの山々の壮大な景気をドローンで空撮している配慮は、ある種、観客への出血大サービスだ。日本人がイメージする「ハイジ」の姿形が、残存としてでさえ残されていない。原作やアニメの世界はここには存在せず、あるのはハイジをはじめとする、登場人物たちのクレイジーさだけが売りの世界線が展開される。ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭やトリエステSFフェスティバルと言った映画祭では、観客賞を受賞しているからこそ、日本の映画ファンにもウケる構成はお墨付きだ。本作はB級エクスプロイテーション(※1)と銘打たれているが、中身を知れば知るほど、この作品がナチスプロイテーションの部類に見えて来ることだろう。ハイジの幼馴染のペーターは、チーズの密売が原因で面前の前で銃殺刑に。アルムのおじいさんは、ハイジと長い時間過ごした山小屋と共に木っ端微塵。人生の何もかもを失ったハイジは、失う物など何も無いほど、強靭な女性へと成長を遂げる。愛する者の死をバネに、ハイジは復讐の鬼となり、悪の巨像にリベンジを誓う。これは、単なるB級映画ではない。一人の女性が、自身の尊厳や権利、自身の存在を求めて戦ったある種の人生記録である。昨今、女性問題(※2)が囁かれる中、女性がたった一人で悪に戦いを挑む姿や姿勢は勇ましい。ある種、本作『マッド・ハイジ』は女性のための女性映画だ。翻って、女性のためだけの作品ではなく、子どもが観るに値する映画でもある。特に、少数意見であるマイノリティのアイデンティティを持つ方々のための映画であると言っても遜色はない。R指定を定めて、作品に触れる世代の幅めているのは、非常に勿体ない。過激な暴力場面を危険視するのであれば、世界が多くの暴力に溢れていることに、何故疑問を持たないのか?現実世界が夥しい醜行の数々だから、映画がリアリティを求めてリアルの世界を模倣する。作品の醜悪な部分にNOと言う風潮は、少し偏執があると疑わないのだろうか?

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と、本作の苛烈なアクションには、ある種の論争が世間で叫ばれているが、その反面、原作であるスイスを代表する児童文学『アルプスの少女ハイジ』は、世界中から愛される少女の牧歌的成長物語だ。この小説を執筆したのは、スイスの女流作家ヨハンナ・シュピリ。彼女は、1827年スイスのチューリヒ州郊外のヒルツェルで生を受ける。24歳頃から執筆活動を始めた彼女の著作は、54歳となる約30年間で28作となり、ほぼ毎年1本のペースで書いていた計算となる。代表作には、本作の原作となる『アルプスの少女ハイジ』の他に、主な著作リストは以下の通りだ。『Heimatlos: Two stories for children, and for those who love children (1877)』『Heidi (1880-81)』『The Story of Rico (1882)』『Uncle Titus and His Visit to the Country (1883)』『Gritli’s Children (1883-84)』『Rico and Wiseli (1885)』『Veronica And Other Friends (1886)』『What Sami Sings with the Birds (1887)』『Toni, the Little Woodcarver (1890)』『Erick and Sally (1891)』『Mäzli (1891)』『Cornelli (1892)』『Vinzi: A Story of the Swiss Alps (1892)』『Moni the Goat-Boy (1897)』『Little Miss Grasshopper (1898)』などがある。原作の児童文学『Heidis Lehr- und Wanderjahre(ハイジの修行時代と遍歴時代)』と『Heidi kann brauchen, was es gelernt hat(ハイジは習ったことを使うことができる)』は、シュピリが作家として文筆活動を始めた初期の頃である1880年から1881年の2年に分けて、二部構成として発表された。この手法は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』を模した構成と言われている。周知の通り、児童文学『アルプスの少女ハイジ』は、日本国内でも過去にズイヨー映像制作によって、1974年、国民的アニメとしてテレビ放送されたのは、非常に有名だ。

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アニメ『アルプスの少女ハイジ』は、全26作品を総称する「世界名作劇場」シリーズの前進作品に当たるが、ハイジのシリーズが人気が出なかったら、次回作となる「世界名作劇場」の全作品は生まれなかっただろう。幾つかの作品があるが、日本アニメの黎明期の礎を築いたのは、間違いなく「世界名作劇場」シリーズ、そしてアニメ『アルプスの少女ハイジ』だ。このシリーズを語る上で、日本のアニメ版ハイジは避けては通れない。また、アニメ本体だけではなく、「世界名作劇場」シリーズそのものがプロのアニメの職業声優としての初期の活躍の場となったのは、非常に貴重で豪華だ。野沢雅子や永井一郎を筆頭に、杉山 佳寿子、宮内 幸平、中西 妙子、中西 妙子、小原 乃梨子、喜多 道枝、松尾 佳子、池田 昌子、吉田 理保子、鶴 ひろみ、巖 金四郎、山田 栄子、槐 柳二、潘 恵子、青木 和代、白川 澄子、古谷 徹、松島 みのり、藤田 淑子、島本 須美、坂本 千夏、堀江 美都子、銀河 万丈、緒方 賢一、佐久間 レイ、折笠 愛、日髙 のり子、松井 菜桜子、岡本 麻弥、高山 みなみ、愛河 里花子、林原 めぐみ、水谷 優子、岡村 明美など、錚々たる豪華な顔ぶれが出揃い、1作だけの出演者からシリーズの何作かに渡って声優を演じたベテランから若手が集結。また、80年代以降から若手の登竜門の側面も見せるようになり、単なるアニメ作品の枠を越えて、後世に残る名シリーズへと成長している。声優が活躍できる土壌が世界名作劇場に備わっていたのは、顕著だ。声優だけが素晴らしいのではなく、本シリーズの制作サイドは、後のジブリを立ち上げることになる当時から師弟関係のようにあった高畑勲や宮崎駿らが、日本アニメーションの社員として初期作品に参加しているのは、誰もが知ることだろう。80年代以降は、製作の本橋 浩一、監督の楠葉宏三がシリーズを支えたが、初期作品と比べて、中期から後期のアニメ作品以降、濃厚な作品として趣旨が変わったと伺い知ることができる。その変化には、恐らく、先述した両者関係者が作品に携わり始めたのが、シリーズの良い契機になったに違いない。80年以降のアニメ作品において、制作サイドは当時の子供たちに逆境に負けずに、力強く生き抜いて欲しいというそんな想いを各々の作品に込めたと言われている(どこソースが調べたが、結局見つからず。ただ、確かにこんな記述を見た記憶がある)。この時代は、初めてのいじめ自殺問題(中野富士見中学いじめ自殺事件)(※3)、受験戦争(神奈川金属バット両親殺害事件)(※4)、戸塚ヨットスクール事件(※5)、学級崩壊(※6)と、この時代は子供たちを取り巻く環境が如何に危険であったかを、アニメーター達は憂いたに違いない。だから、先述したような作品テーマが生まれたのだろう。

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最後に、本作『マッド・ハイジ』は、あの牧歌的な物語を、非情なまでにバイオレンスな作品に仕上げてしまったブラック・ジョークを含んだアクション映画だ。その上、内容が内容なだけに、残念ながらR-18指定が設けられてしまっている。だがしかし、私は本作の特異性を踏まえて、小学生の年齢は難しいにしても、ローティーンからミドルティーン、ハイティーンの年代の多くの学生や子ども達にはこの作品に触れて欲しい。確かに、過激な暴力描写は避けられないが、本作が描く反逆精神やハングリー精神は、世界名作劇場の作り手達が80年代の子ども達に願ったような要素が、たくさん詰まっている。本作に登場する主人公マッド・ハイジは、恋人のピーターや親族のお爺さんを殺されて、復讐の鬼に燃える。そこには、悪への反逆精神や復讐心があるが、彼女は自身に取り巻く環境や逆境に対して、抗う姿が特徴的だ。現実社会でも、本作のような突飛な物語のようなものではなくても、子ども達を取り囲む現状はお世辞にも良いとは言い難い。だからこそ、マッド・ハイジのように反発心や野心を持って、今の時代を生き抜いて欲しいと、私は願う。マッド・ハイジのように…。

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映画『マッド・ハイジ』は現在、関西では7月14日(金)より大阪府のシネ・リーブル梅田MOVIX堺MOVIX八尾。京都府のアップリンク京都。兵庫県のシネ・リーブル神戸にて上映中。また、全国の劇場にて、順次公開予定。

(※1)ハリウッド映画形成期における衛生映画― 精神への投薬とその規制をめぐってhttps://drive.google.com/file/d/1SgVmbX5dHEQU765wDLpP2Sg-4qqj9pSS/view?usp=drivesdk(2023年7月13日)

(※2)女性差別女性差別にはどのようなものがある?世界の事例とはhttps://gooddo.jp/magazine/gender_equality/discrimination_against_women/11760/(2023年7月29日)

(※3)「生きジゴク」になっちゃうよ……教員も参加した“葬式ごっこ”が奪った中学2年生の命https://bunshun.jp/articles/-/38469?page=1(2023年7月30日)

(※4)海城高校出身の浪人生が起こした「金属バット殺人事件」の悲劇的な結末https://gendai.media/articles/-/91994(2023年7月30日)

(※5)朝の海岸に響き渡った悲鳴 少年非行「第3波」のひずみ 特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/17〈サンデー毎日〉https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220418/se1/00m/020/001000d(2023年7月30日)

(※6)校内暴力とは何だったのか ~1980年代教育暗黒史https://edupedia.jp/archives/23876#index_id1(2023年7月30日)