映画『クレマチスの窓辺』田中銀蔵撮影監督インタビュー
—–まず、田中さん自身の事をお聞きしたいと思います。なぜ、カメラマン(撮影監督)を目指したのでしょうか?
田中さん:僕自身、スチール写真が好きでして、普段から写真を撮ったりするのも好きだったんです。
岡山の田舎から大学進学で東京にでてきて、地方にいたときは大作の映画しかみてなかったんですが、東京でミニシアターや文芸坐などに通うようになり、映画にどっぷりはまってしまって。
映像に関わる仕事をするってことで大学中退して、日本映画学校という専門学校で映像を学んだという流れです。
—–それが、最初のきっかけだったんですね。例えば、専門学校に入学した頃から「これをしよう、あれをしよう」みたいな目標はありましたか?
田中さん:最初は、やっぱり脚本を書こうと思っていました。
シナリオを書くことが、スタートではないかと考えておりました。
最初は撮影部として携わろうとは、まったく考えておりませんでした。
何で撮影かというと監督になるより飯食えそうとかそういう感じだったと思います。
—–技術職が一番、生活は安定しますよね。
田中さん:技術職の方が現実的かなと、思いました。
映画学校には撮影コースがあり、撮影部の道に進んでも映画は撮れると思いました。
卒業後はアシスタントで現場入りし、経験を積んだ後は映像制作の会社を立ち上げました。
企業広告やライブなどの撮影がメインです。
そして7年ほど前に、映画学校の同期の永岡監督から卒業して5年ぶりぐらいに突然電話がかかってきて、「自主で映画を撮りたいと思っているのですが、まだ撮影続けていますか?」みたいなことを聞かれました。
そこから永岡監督と初めて組んで作品を撮りました。今回の『クレマチスの窓辺』が4本目になります。
彼からの連絡が映画の世界に引き戻してくれたというのもあります。
そこから、インディーズの現場を手伝うようになったりと、「作品」を作る機会が増えました。
—–他の作品では、照明部もご担当されているようですが、どういった経緯でしょうか?
田中さん:映画『クレマチスの窓辺』に照明部として入った岡田翔君という方も、普段撮影をしております。
やはり、撮影が分かっている照明部さんは、カメラのことを理解しながら、ライティングを組んでくれるので、とても重宝してしまいます。
今回、撮影監督と言っていただいていますが、実際は撮影監督というスタイルよりも、いわゆる普通の日本映画の現場で言う撮影部、照明部というそれぞれ独立して分担したスタンスで映像製作に挑んでおります。
撮影、照明を含めて監督するという形のハリウッドの撮影監督スタイルではないんです。
照明技師の岡田君には、イメージを伝えて、撮影の構図や芝居が行われているフレームを切ることに集中しておりました。
細かく照明の指示を出した訳ではなく、ある程度イメージを伝えて、ライティングを組んでいってもらいました。
その逆もありまして、岡田君が僕に照明をオファーしてくれたのも、同じ感覚だと思います。
岡田君がカメラマン、僕が照明技師という形です。
—–撮影部と照明部は、セットですよね。
田中さん:予算に合わせて、ライティングやフレームを組んでいく感じです。
永岡監督の作品の時は、過剰なライティングは組まないように気をつけておりました。
ですので、基本的には自然光を活かして、邪魔にならないライティングになります。
撮影時もカメラが、演出するようなカメラワークは極力、やらないようにしておりました。
割と、淡白に撮影をしたと言いますか、被写体に迫るような「画」やカメラワークで魅せる「画」は、極力抑えた感じにしております。
(シナリオの)構成もまた、絵本みたいな感じでしたので、「いいフィックスの画が一発あれば、いいんじゃないかな」と。
—–凝った構図より、シンプルな構図なんですね。誰が見ても分かりやすいものをイメージされたのですね。
田中さん:そうですね。今回の映画でも、極端な引きとか、極端な寄りって、ほぼないんです。
説明カットをなるべく、極力減らしました。「極端な引き」とは、その場面の説明にもなってくると思いますので、この映画にはあまり合わないかと、思いました。
「極端な寄り」に関しましてもそうです。主演の瀬戸さん自身が、その間を取った適切な距離感が似合う女優さんかと思っておりました。
そして、ラストシーンの瀬戸さんの寄りのカットは、現場で自然に、あの場面を撮ろうという話になりました。
振り返ってみれば、「全然アップ撮れてなかったな」「さすがに、一度ぐらいはアップがあってもいいんじゃないか」という思いもありました。
この最後のシーンが、ちょうどいい光が外から入ってきて、とても良かったんです。
フレームも上手くハマって、条件やシチュエーションがピッタリ揃っておりました。
それでやっと、「寄り」を撮ったという感じです。
—–ほんと、その時のタイミングですね。
田中さん:時間との制約がある中で、最後のシーンにとてもいい自然光が入ったから、良かったです。
—–全シーンの中で、その場面が一番、大切なんですね。
田中さん:そうですね。撮影の最終日でしたので、粘れたら粘ろうと思って撮影しました。
—–本作の撮影時において、どこの場面に力を入れられましたか?
田中さん:逆に全部、力を入れなかったのかもしれないです。
「なるべく、力んだ画を撮らないようにする」ことに力を入れたのかもしれないです。
あまり、力強いカットを撮らないように、なるべく素朴な画を撮れるようにしました。
どのカットと聞かれれば、答えるのは難しい話ですが、やはりラスト・カットは一番、力を込めたカットでもあります。
あの場面は、自然な感じで撮れたと思います。
—–本作『クレマチスの窓辺』に対する、田中さん自身の熱い想いや気持ちはございますか?
田中さん:普段広告系の撮影が多く、映画の製作に毎年関わらせて頂ける立場ではないので、作品が決まった時からシナリオをしっかり読み込んでいます。
たぶん、主演の瀬戸さんの次ぐらいに、脚本は読み込んでいるのではないかと感じるほど、読む回数は多いかなと、自分では思っております。
現場で崩れていっても、このシーンでは、イメージしていた画を撮らないといけない基準は、ある程度自分では理解している方です。
どの作品でもそうですが、作品が誰か一人のモノではなく、シナリオを読んだ時に、この作品でこういう撮影しよう、表現したいと感じるのは、監督の次、主演の次ぐらいには、自分が入っていけるように、ちゃんと読み込んでいるつもりはいます。
なるべく、技術職という風にならないように、監督の目線も持ちつつ、最低限の画が破綻しない技術はもちろんあります。
演出的と言いますか、作品に寄り添ったような撮影は、今後もカメラマンとして、やっていきたいと思います。
—–田中さんが思う現場での「カメラマン」の立ち位置は、どんな役割を担っていると思われますか?
田中さん:インディーズだからとかではなく、僕的には時間内で撮影を終わらせることを意識しておりますね。
第一の前提として、ですね。そういう意識を持たないと、映画は成立しなくなってしまいます。
シーンの撮影が零れてしまうと、別日での撮影となってしまい、シチュエーションが変わってしまいます。
妥協ではありませんが、限られた時間内でシーンを、一番良い所に持っていくことに心掛けております。
現場のリーダーシップは、撮影というポジションからも必要なのかなと。
—–実際に、自身の目で見る世界と、レンズを通して見る世界の違いは、ございますか?
田中さん:肉眼で見えているものは割と、鮮明にすべてのモノが見えていると思います。
技術的なことで言えば、レンズで言う深度かなと思います。
レンズを通すと、コントロールができると言いますか、必要以上に肉眼で見えない暗さでも見せられることもできます。
カメラであったり、レンズであったり。逆に言えば、その肉眼で見ているものを、今目の前で行われている芝居に集中できるような他の雑音のようなものを消してあげることができると思います。
撮影によって、その部分はコントロールできることかと。
肉眼とレンズの違いで言いますと、演出に近いものがあります。
制約を加えることもできますし、見ているもの以上に、もっとそこを見せることもできるんじゃないのかなと。
それが演出的に上手くはまれば、何か良い映画が撮れるんじゃないのかなと、思います。
—–最後に、本作『クレマチスの窓辺』の魅力をカメラマンの視点から教えて頂けますか?
田中さん:やはり、主演女優の瀬戸かほさんだと思います。
基本的に、永岡監督は出演者さんに過剰な演出は加えてないと思います。
その場で、活き活きとした人間がすべてのシーンにいることが、本作の魅力かなと。
生きた人間が、そのシーンに常にいると言いますか、割とそこは面白いかなと、思います。
何かが起きる映画ではありませんが、そこに映る方達は皆さん、魅力的な人がずっと、物語の中にいることが、この作品のいい部分です。
—–貴重なお話、ありがとうございました。