文・構成 スズキ トモヤ 協力 堤 健介
映画『夕霧花園』は、第二次世界大戦、1950年代、そして1980年代の3つの時代のマレーシアを舞台に二人の男女の関係性を丁寧に描いた大人のための恋愛映画だ。
日本兵に殺された妹のために、彼女の夢であった日本庭園の造園に着手しようとする女性の姿を描く。
監督は、台湾の映像の魔術師ことトム・リン。本作の主演には、マレーシアを代表する女優アンジェリカ・リーと日本人俳優の阿部寛を迎え、台湾、日本、マレーシア合作として製作された。
日本庭園を通して、描かれる儚くも、美しい男女の恋愛が丹念に描かれる。
あらすじは、1980年と1950年のマレーシアが舞台。ある一人の日本人庭師が、マレーシアでスパイの容疑にかけられた。
彼の潔白を証明するため、一人のマレーシア人女性が動き出す。遡ること、1950年代。彼女は太平洋戦争で命を落とした妹のために、日本人庭師と共に庭園を造り上げようとしていた。
作品内では、戦時中における、言い知れぬ大人の事情が複雑に絡み合う背景がある。日本が誇る麗しき日本庭園をテーマに描かれるのは、マレーシアの歴史に翻弄された女性の姿だ。
本作『夕霧花園』は、そんな時代に人生を振り回された一人のマレーシア人女性と日本人男性の関係性を描写しつつも、その根幹にあるのは激動の時代に生きたマレーシア人女性を讃えた映画。
太平洋戦争から戦後のマレーシアは、英国の統治と日本の侵略の狭間で揺れていた。本作『夕霧花園』の主人公テオ・ユンリンは、両国の政治や価値観に挟まれた一人のマレーシア人女性だ。
彼女は戦時中に祖国を支配する日本兵から妹を虐殺され、大切な家族を助けられなかったと、戦後も自身を責める女性だ。
この物語を生み出したのは、マレーシアを拠点に活躍する小説家タン・トゥアンエンだ。
彼はマレーシア人として国民の視点から戦後の祖国の姿を時に厳しくも、愛情に満ち溢れた眼差しで綴っている。
彼が執筆した小説『Garden of Evening Mist』は、2012年にMan Asian Literary Prizeと言う賞を受賞した名著だ。
そんな原作を基にストーリーを脚色したのは、英国でプロの脚本家として活動するリチャード・スミスだ。
彼は、シナリオライターと言うよりも脚本へのアドバイスを担う重要な役職に就く人物だ。
そんなシナリオのスペシャリストとして書いた脚本は、より高貴な作品として筆を取っている。
彼らは、マレーシア人とイギリス人の視点から、一人の女性の揺れ動く感情を丁寧に描写する。
戦中から戦後にかけて、大英帝国と大日本帝国の思惑に挟まれた女性は、最愛の妹を殺されたという事実に許容する、許容できない不安定な感情の狭間で葛藤する女性像を緻密に表現している。
そんなシナリオを映像として表現した監督は、2008年に『9月に降る風』で長編デビュー後、キャリアを積んだ現代台湾映画界を牽引するトム・リン監督だ。
初期2作では、ティーンネイジャーの姿を瑞々しく描いた青春ドラマを製作。本作では、マレーシアの風光明媚なキャメロン高原をバックに、日本人とマレーシア人の大人な関係を描く。
また、作中には息を呑むほど美しいシーンが、随所に散りばめられている。
作品の冒頭から挿入されるキャメロン高原を空撮する映像は、本当に美しく言葉を失う。
トム・リン監督が携わる作品で見逃せないのが、映像面での優美さだ。
彼が作り上げる映像は、心奪われる壮大さと繊細さを有している。
本作の物語は、太平洋戦争で人生を狂わされたマレーシア人女性の力強い生き様を描く映画だ。
マレーシアを支配する英国と日本の間で、妹の死に対する赦す赦さないという揺れ動く情感に、彼女は板挟みに遭いながらも、強く逞しく生きようとする姿を美しい映像で切り取った美的な東南アジアの映画だ。
本作『夕霧花園』は、日本ではとても珍しいマレーシア映画だ。物語は、太平洋戦争で翻弄されたある男女の姿を艶やかな雰囲気で描いている。
多くのテーマが混在する中、日本古来の文化、日本庭園の美しさを描写する。
トム・リンの監督としての手腕も去ることながら、主演に抜擢された日本を代表する俳優阿部寛の流暢な英語にも耳を傾けて欲しい。
マレーシア人女性と日本人庭師の姿を通して描かれているのは、太平洋戦争の是非と女性であることの秀麗さを静かなタッチで訴えた作品だ。
映画『夕霧花園』は、関西では8月13日から大阪府のシネ・リーブル梅田にて現在公開中。また、京都府の京都シネマにて9月17日から公開予定。兵庫県の元町映画館は、9月25日(土)から公開予定。