映画『梟-フクロウ-』瞳の奥にある「心の目」

映画『梟-フクロウ-』瞳の奥にある「心の目」

2024年2月25日

あなたはこの闇に何を見るのか?映画『梟-フクロウ-』

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ここにまた一つ韓国映画の名作が、誕生した。盲目の鍼医が体験する恐怖の一夜が、幕を開ける(ただ、主人公は盲目という設定ではあるが、全盲ではない。本作は、この点が肝であり、鍼師は主盲症を患っている人物として描かれている。この病は、日中はほとんど見えないが、光のない夜には少しは見ることができる症状であるが、この状態を上手に表現しているのが、原題「The Night Owl」と邦題「梟-フクロウ-」だろう。昼間は見えず、夜は薄明かりが見える主盲症の事を「夜の梟」として例えている)。王の子の死を目の前で「目撃」してしまったあまり、追われる身となった視力のない主人公。17世紀・朝鮮王朝時代の記録物「仁祖実録」の中の一作「怪奇の死」が、本作の基になっている。「仁祖実録」(※1)とは、「朝鮮王朝実録」と呼ばれる朝鮮時代の歴代王達の王室内で起きた出来事を物語にした実録ものを指す言葉で、収録された物語を纏めて通称「仁祖実録」と呼んでいる。「太祖康獻大王實錄」から「鉄宗大王実録」至るまで472年間にわたる25代賃金(書物の冊数)の実録28種を擁する韓国の大作古書だ。《朝鮮王朝実録》とは、歴代の国王達が政権交代する度に編纂し続け、紡いで来た物語を蓄積したもの。また、「朝鮮王朝実録」は「実録もの」として略称する事がある。この書物の中には「燕山君日記」や「光海軍日記(光海君日記)」のように「日記」という体をなす読み物も収録されている。王族ごとに一種の実録を編纂しているが、《先祖実録》《玄宗実録》《軽宗実録》は後に修正実録、あるいは改修実録として編纂されている。現在、韓国で素材が把握された「朝鮮王朝実録」は計2,219本存在する。そのうちの定足散本1,187本と洛質及び山葉本99本が、ソウル大学奎章閣韓国学研究院に大切に所蔵されている。他に太白山本848本が国家記録院歴史記録館に、五大山本75本が国立故宮博物館に、適性山本4本と奉謨堂本6本が韓国学中央研究院長西閣・国立中央図書館など、それぞれに所蔵している。また、「朝鮮王朝実録」は、1997年に「訓民正音」とともにユネスコ世界記録遺産として登載されている韓国を誇る歴史書だ。日本で言えば、いわゆる古事記や日本書紀に喩える事ができる、その国の重要書物の一つと言える。本作『梟-フクロウ-』は、何百年と韓国で受け継がれて来た「仁祖実録」の中の一章を映画化した韓国製ホラーではあるが、17世紀の朝鮮時代に存在したとされる盲目の方の暮らしは、如何だったのだろうか?庶民や王朝という格差の中で、それぞれ待遇の違う生活を送っていたのか?日本には、そんな情報が入っていないので、彼らがどんな人生を歩んだのか、映画を観ただけでは計り知れないだろう。視力のない人々が、彼ら自身が持つ真の視覚で、当時の朝鮮王朝の何を見て来たというのだろうか?そして、目の見える私達は今の何を見ているのだろうか?本当に、ちゃんとした真実を見ているのだろうか?その真実を本作を通して、私達は目撃しなければならない。

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映画『梟-フクロウ-』は、17世紀の朝鮮王朝に籍を置く盲目の鍼師の男の壮絶な体験が物語のあらすじではあるが、この時代の韓国の盲目の方はどのように生きていたのだろうか?本作では、盲目の鍼師が主人公だが、当時朝鮮王朝時代には管絃盲人(※2)と呼ばれる盲者による音楽隊が結成されていたと言われている。恐らく、王族の周辺で鍼をする者、音楽を奏でる者など、格差のヒエラルキーで言えば、下の位の人間として、王族に仕えていたと考えられる。また、文献「李氏朝鮮時代の聾唖教育成立準備」(視覚障害者の視点ではなく、ろうあ者教育の視点の文献)において、朝鮮時代の障害者達の環境について書かれている内容が、非常に興味深い。一節を引用する。

「一般的に朝鮮聾唖教育の根っこをどのように形成するのにどこから始まったのか、歴史的に探求した。しかし、聾唖者の観点で見ると、従来の研究と比較して、一つ目に、朝鮮聾唖教育が朝鮮総督府済生院盲唖部の設置と関連して外国の影響で始まったのか、二つ目に、李氏朝鮮時代に文献に基づいて独自で始まったのか疑問を持って、当時の状況と背景を詳しく知りたい。次のように李氏朝鮮時代の聾唖教育の変遷史を時間順に説明する。李氏朝鮮時代、建国(1392 年)以降、王族、貴族の家柄で生まれた聾唖者のために自主的に家庭教育を用意しておいたが、一般的に寺小屋で聾唖者のための教育が実施されることはなかっただろうと推測する。そのような優れた教育を受けた聾唖者は、自ら学び、こぶ、外部の教えを通じて官職、学界、文化界に進出した事例があった。しかし、教育を受けられなかった低い社会階級の聾唖者の犯罪行為に寛大な朝鮮王の命令が朝鮮王朝実録に記録された。同時代に 障害者に対する社会的認識が形成されず、朝鮮政府は全体の聾唖者に対する普遍的な教育政策を実施できなかったようだ。しかし、朝鮮政府は、福祉救済機構の運営を別途に実施し、聾唖者に福祉の恩恵を与えている。」(※3)

とあるように、この時代の障害者達の環境は、日本の貴族階級と同様に、王族貴族と下級階層によって、人々への扱いは大きく違っていた。また、朝鮮時代の障害者の待遇と認識(※4)を掘り下げて、考えてみる。朝鮮時代には、知能に問題がないと判断された脊椎障害者、健康障害者(脳障害)、遅滞障害者達は、障害に関係なく過去をの経歴を判断し、官職に就く事もできた。彼らにちゃんとした能力だけあれば、正一品正勝まで昇格が許されたと言われている。また、視覚障害者達は、病気を治療する独経(鍼師)、楽器を演奏する職業を与えられた。その上で、世宗大王は視覚障害者達に官職として名科学、明通市、官現盲人という位を設置し、障害者を国家レベルで支援した。その一方で、教育が難しい知的障害者、言語障害者達は、家族が扶養する事を定めていたとされる。

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では現在、韓国人における視覚障害者はどのくらいいるのだろうか?2018年を基準として、韓国の障害者数(※5)は計251万7000人いると言われているが、これは2018年の数値。現在、2024年はこの数字から上下はするだろうが、およそ250万人の障害者が韓国にいる。また視覚障害者の方は、全体の9.8%になると言う。全体の数値から言えば、そんなに多いとは言えないが、韓国国内でも視覚の問題で苦しんでいる方は相当の数がいると推測できる。では、日本ではどうだろうか?2021年現在、日本の全人口は1.257億人。ちなみに、韓国は5174万人いる。日本の1.257億人のうち、平成28年における厚生労働省の調査の結果、視覚障害者(※6)は約31万人いる(平成28年の推計となるため、現在は上下しているだろう)。ただし、残念ながら、この調査結果は障害者手帳を取得した人の数となる。日本眼科医会の調査によれば、実際の数字は、国内で暮らす視覚に障害がある人はおよそ164万人いるという累計があると言われている。この推計数から計算すると、日本ではおよそ75人に1人の割合で視覚に障害のある人がいるという計算になる。75人1人は、決して少ないと数字だ。この中には、全盲だけでは無い、弱視の方も入るに違いないだろう。道を歩けば、街を歩けば、電車に乗れば、必ず私達の隣に視覚障害者の方がおられる。でも、私達は彼らの存在に気付いているだろうか?日々、日常で視覚障害者の方々が暮らしている事を、どれぐらい知っているのだろうか?どれぐらい意識できているのだろうか?電車の隣の席に座る人が、全盲かどうか、弱視どうか確認できるのは、視覚障害者の方が片手に白杖を持っている時だけしか、私達は気づけないのだろうか?全盲で白杖を手にしている視覚障害者の方への社会の理解は、過去に比べて前進していると推測できるが、弱視の方への理解は進んでいないと推測できる。パッと見では、彼らが視覚に問題があるのかどうか、普通に見ているだけでは判断できない。健常者のように見える事もできるから、なかなか一般層への理解が得られないのも事実だ。視覚障害者が抱える世界を少しでも理解し歩み寄る事(※7)が、私達自身の課題だ。本作はホラー要素の強い作品ではあるが、視覚障害者の方が抱える苦悩や葛藤を物語や人物設定、時代背景から少しでも察する事ができればと願うばかりだ。映画『梟-フクロウ-』を制作したアン・テジン監督は、あるインタビューにて、どの部分に力を入れたかと問われ、こう答えている。

감독:“일단 올빼미는 주인공 경수의 시선을 따라가는 영화입니다. 그래서 시각장애인이 주인공인 영화의 시선을 관객들이 잘 따라가도록 하는 것이 중요했고요. 그래서 무엇을 보고 경수가 보지 못하고 어떤 식으로 보는지를 관객들에게 잘 쉽게 납득시키려고 노력을 했습니다.”(※8)

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テジン監督:「まず、映画『梟-フクロウ-』は主人公の視線を辿る映画です。観客の方は、視覚障害者の主人公の視線を追う重要があります。主人公が何を見て、何を見られないのか、またどのように見えるのかを観客の方に容易に納得してもらえる努力をしました。」と話す。私達観客は、主盲症の主人公が何を思って、何を見ているのか、どこを見ているのか、彼の気持ちになって、映画を追いかけなければならない。でも、それは世界が見える私達には至難の業ではないだろうか?ただ映画を観て、物語を追うのではなく、視覚面の問題を抱える主人公の苦悩を想像しながら、私達自身は盲目(もしくは主盲症)であると錯覚させながら、主人公の心情と私達の考える事をシンクロし、投影する必要があると私は思う。

最後に、映画『梟-フクロウ-』はホラーとミステリーの要素が重なり合った極上のサスペンス映画だ(ホラー映画と捉えても良い)。本来、日中では見えないはずの主盲症を患っている人物が、真夜中の薄明かりの月光の元、霞む視界のその先に見た真実が、何だったのか推測しなければならない。事実は、その時起きた事ではあるが、その真相はその出来事の奥にある。私達は、肉眼で見える事実にだけフォーカスするのではなく、その事実の裏側、もしくはその奥にある真の真実を見定めなければならい。日本国内では、昨年から政界で起きている裏金問題(※9)が大きな騒動となっているが、私達国民はこの問題の真実を知らない。日夜流れる報道の中にある事実でしか事の顛末でしか判断しておらず、私達はこの問題のその奥にある真実や真相を見ようとも、知ろうともしていないのではないだろうか?目の前で起きている出来事に対して、私達は冷静に判断し、そこで何が起きているのか、瞳の奥にある「心の目」で精査しなければいけないと、この映画が私達に伝えている。

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映画『梟-フクロウ-』は現在、関西をはじめ、全国の劇場にて上映中。

(※1)조선왕조실록https://sillok.history.go.kr/intro/intro.do(2024年2月25日)

(※2)障害者デー 朝鮮王朝の音楽を再現https://japanese.korea.net/NewsFocus/Korea_in_photos/view?articleId=213585(2024年2月25日)

(※3)李氏朝鮮時代の聾唖教育成立準備(左側1行目から26行目)https://drive.google.com/file/d/1ELSX5JQVDsnTdN9uq6V7NOvcoOkeJZNm/view?usp=drivesdk(2024年2月25日)

(※4)우리나라 장애인 인식의 역사https://www.jjan.kr/article/20200315705695(2024年2月25日)

(※5)韓国の人口の5%が障害者…3人に1人だけ就職https://s.japanese.joins.com/JArticle/268470?sectcode=400&servcode=400(2024年2月25日)

(※6)福祉の知識をイチから! 視覚障害(1)視覚に頼らない生活の工夫https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/632/#:~:text=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E8%A6%96%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%82%8C%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%81%94%E5%AD%98%E7%9F%A5%E3%81%A7%E3%81%99,%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E6%8E%A8%E8%A8%88%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年2月25日)

(※7)視覚障害者の理解のためにhttp://www.rehab.go.jp/Riryo/hk_tebiki/hk_tebiki_info7_1.htm(2024年2月25日)

(※8)인터뷰: 2023 호주한국영화제 개막작 ‘올빼미’ 안태진 감독, 17년 만의 데뷔작 성공 “아직도 가상 현실 같아…”https://www.sbs.com.au/language/korean/ko/podcast-episode/an-tae-jin-director-of-the-2023-koffias-opening-film-night-owl/wteyu639q(2024年2月25日)

(※9)1からわかる政治資金事件 自民派閥 いったい何が?https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/104266.html(2024年2月25日)