映画『過去負う者』罪を憎んで人を憎まず

映画『過去負う者』罪を憎んで人を憎まず

2023年11月11日

踏み誤ったとしても、支えたい映画『過去負う者』

©©2022 BIG RIVER FILMS

紀元前552年(または紀元前551年)から紀元前479年の古代中国・春秋時代に生きた偉人、孔子が「孔叢子 ―刑論」の中で残した名言『孔子曰、可哉、古之聴訟者、悪其意而不悪其人(君子はその罪を悪んでその人を悪まず)』を簡単に意訳すると、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉となる。あなたは、罪人を憎むのか?それとも、罪状そのものを憎むのか?今の人々の憎しみの矛先は、間違いなく、罪を犯した人本人へと向けられている。儒学を説いた孔子が、それを望んだ事だろうか?彼が今の世の中を見た時、何を思うだろうか?罪を憎まず、人を憎んで裁こうとする今の時代は、果たして、正しいと言えるのだろうか?罪を犯す者が悪い、再犯を犯す者が悪いと口で言うのは簡単だが、人が罪を犯さないために、人が再犯を防ぐために、世の中に罪人を少しでも作らないために、私達は今、何をすべきなのか?社会は、どうしても不寛容な世の中だ。荒んだ世界、荒んだ人々の心では、今を変えることはできない。本作『過去負う者』は、過去に犯した罪を背負って生きる人々が、再起を図る姿を描く反面、社会の厳しさ、被害者たちの強い反発や疑念、加害者と被害者の交わることの無い平行線が人生を続かせ描く。誰もが、加害者にも被害者にもなりうる時代。支援者の男性だって、明日、我が子をひき逃げされて被害者になる可能性も、もしくは本人が何か罪を犯して加害者にもなる可能性ある。いつの時代でも、私達は両者間、紙一重で生きている事を忘れてはいけない。もしかしたら、私達自身が気付かぬうちに、小さな小さな何かしらの罪を日々、積み重ねている可能性を心に留めておきたい。

©©2022 BIG RIVER FILMS

今、日本の犯罪者は、近畿管区だけで認知数は221,038、検挙数は57,106だ。驚くほど、多いと思いませんか?私達の知らない場所で、目の見えない場所で、日夜犯罪が繰り広げられている。今、こうして私が文章を書いている間にも、貴方方が寝ている間にも、犯罪者達は闇夜に息を潜め、犯罪を繰り返している。日常、多くの人間の影に隠れて、犯罪者達は常日頃、息を潜めているのだ。人と人の間で。今年、令和5年上半期における刑法犯認知件数は33万3,003件で、前年同期比で21.1% 増加(※1)しているが、これは単なる暫定値の上、上半期の数字だ。令和5年の年間犯罪数は今後、ますます増えるだろう。犯罪は、国も、地域も、年齢も性別も関係なく、毎日どこかで起きている。警察サイドが、全国の犯罪率や治安の悪い地域(※2)をグラフで示した図を紹介している。近頃起きた個人的に印象に深く残った報道をここで紹介しておく。1つ目は、歌舞伎町における殺傷事件(※3)、また千葉県松戸市で起きた中国国籍の女性が2人組の男に襲われた捜査中の殺人事件(※4)。他にも、男によるDVによって死に至った女性の事件は、この男の公判が始まり、甲府市で2021年10月に起きた少年による放火事件では、特定少年として事件時未成年であった少年の氏名が異例の報道がされた事件など、今も多くの犯罪事件が起きているが、テレビのニュースで報道されている事件は単なる氷山の一角に過ぎない。ニュースで報道されない事案はすべて、特集映像として報道されている。本作の内容に沿うとするなら、覚醒剤に再び手を染め、再販を繰り返す女性受刑者の姿を追った特集ドキュメンタリーが鮮烈だ。再犯しないと誓っても、忍び寄る誘惑に打ち勝つには、断ち切るという本人の強い意志が本当に必要になってくる。それでも、覚醒剤使用だけでなく、ストーカー、傷害、窃盗と言った犯罪の再犯は、後を絶たないのも現実にある事を忘れないようにしたい。

【やりたくなる…】 再び、 覚醒剤に手を染めた女性受刑者たち。 身近に潜む実態と薬物…

©©2022 BIG RIVER FILMS

次に、トピックとして取り上げたいのは本国における再犯率の推移だ。本作『過去負う者』は、過去に背負った罪に対して、元犯罪者の社会復帰に横たわる問題に対して、彼らの就職活動を積極的に支援する実在の就職情報誌の活動にヒントを得て映像化したドキュ・フィクションだ。現実の社会では、立派に社会復帰をする者、または自身の心の弱みに漬け込まれ、誘惑に負けてしまい再犯する者。その二極に別れる訳だが、日本における再犯率は今現在、どう推移しているのか気になるところでもある。ここに「令和2年度犯罪白書」(※5)となるものがある。これには、1997年以降の再犯上昇率と、無職者と有識者の再犯率の比較が記述されている。「令和2年度犯罪白書」の文章の一部を抜粋して、ここに紹介しておく事にする。「令和2年度犯罪白書」刑務所に戻った人の中で有職者の割合は約3割、無職者の割合は約7割となっている(※6)。再犯を繰り返さないと誓って、社会復帰を目指そうとする元犯罪者に寄り添い、理解する事が、今私達にできる犯罪防止策を練る事ではないだろうか?同じ罪に手を染めないために、頑張る彼らの支えになる事、また良き理解者になる事が、私達一般人の責務だ。本作の肝となるのは、元受刑者達の演劇を観劇しに来た周辺地域の住人達の本音や心の声を耳にする場面だろう。これは、日本の現実社会でも、私達一般人が本当に思っている事を作品にぶつけて来ている。元犯罪者が、本当に社会復帰できるのか?また、再犯を繰り返してしまうのか?私達一般人に危害を加えないのか?この憤怒や疑問、欺瞞の矛先は、支援者達にも向けられる。元加害者ばかりを擁護して、被害者本人やその家族、遺族には何も支援や手を差し伸べる事はしないのか?守られるのは、元犯罪者ではなく、被害者達ではないのか?これは、ここ最近、よく聞く言葉でもある。日本という国は、加害者には甘く、被害者には厳しい。それは、確かにそうである。なぜ、被害者ばかりが泣き寝入りせねばならないのか?なぜ、被害者ばかりが損をする社会なのか?なぜ、加害者達に人権があり、守られる立場なのか?この間違った社会のシステムこそが、私達の加害者被害者間の関係性を歪にさせている。被害者達が守られて当然の立場ではあるが、加害者や元受刑者達もまた、一人の人間だ。彼らにもまだ、人権があることを忘れてはいけない。

©©2022 BIG RIVER FILMS

本作『過去負う者』は罪人達の心の再出発を図ったヒューマン・セミドキュメントだ。覚醒剤に手を染めた者、児童に手を出した者、窃盗を繰り返す者、皆、再犯に怯えながらも、必死に今を生きている。被害者側もまた、日々心の喪失に向き合いながら、必死に生きている。でも、私達が一番しなければいけない事は、加害者と被害者両者の心の救済だ。また、ここに興味深いニュースがある。皆さんは、2021年の年末に起きた北新地ビル放火殺人事件を覚えているだろうか?私は、この放火事件のあったクリニックに発達障害の診断を求めて、数年前に通院していた為、この事件は本当に恐ろしく感じた記憶がある。この放火事件を巡っては、ある人物が院内に火を撒いたのだが、この人の目的は大型集団自殺であった。被疑者死亡のまま事件の幕は降ろされたが、その後、無縁仏となる遺骨を、社会からの批判を覚悟に受け取ったキリスト教の牧師西田好子さんという女性が、大阪にいる。私は、彼女の事を「なにわのマザーテレサ」と呼んでいる。彼女のように「罪を憎んで人を憎まず」という精神を持つ人間は、そういないだろう。私達は、彼女のようにはなれないだろう。以下、ニュースの特集映像で紹介する。12分8秒から動画を視聴して欲しい。

【西成・メダデ教会】 犠牲者26人 クリニック放火事件の容疑者の遺骨を引き取り “人生につまずいた”人たちと歩む牧師 “元やくざ”の信者「イエス様ってどこにおるんや」

片や、2019年夏に起きた京都アニメーション放火殺人事件の被告人に対する被害者感情に寄り添った罵詈雑言が、散見されている。言いたい気持ちも理解できるし、つい汚い言葉で罵りたくなる気持ちも分からなくもないが、それでも、もっと冷静沈着な思考を持って欲しいと願うばかりだ。被害者の一人である男性は、自身の子どもに犯人を恨んで欲しくないと話す。にも関わらず、なぜ第三者の無関係な人々が被告人に恨み、罵声を浴びせるのが心痛む。ただ、もし私が当事者になった時、どう受け止めて良いのか迷いを生じる。

【京アニ事件】 「人を恨むことを覚えてほしくない」 妻を失い3年….. 夫が息子に伝えた言葉『お前のせいでママが死んだ”と思うと同じことをやりかねないよ』 (2022年7月18日)

このように社会で大きな事件が起きる度、私達に問われるのは寛容さと不寛容さではないだろうか?寛容さと不寛容さで言えば、本作『過去負う者』と併せて鑑賞して欲しいのが、2014年に劇場公開されたフランス映画『キリマンジャロの雪』だ。この作品は、南仏マルセイユの港町で起きる人と犯罪における寛容さと不寛容さがテーマになっている。会社のリストラにあった青年が、その腹いせに上司の自宅を襲撃する。報復された上司は、犯人が会社でリストラした青年だと勘繰り、逮捕に向けて独自の調査を行う姿を描く物語。でも、その彼の生活や生い立ちを知れば知る程に被害者感情が薄れ、心の寛容さを取り戻そうとする。ラスト、この夫婦が決断した選択にこそ、私達人間の「寛容さ」が試されている。また、逆に「不寛容さ」をテーマに持つタイトルもそのままの映画史に燦然と輝くD・W・グリフィス監督の不朽の名作『イントレランス(不寛容)』は、4つの時代のエピソードを描く。1916年現在のアメリカを舞台に青年が無実の罪で死刑宣告を受ける「アメリカ篇」(『母と法律』のストーリーにあたる部分)、ファリサイ派の迫害によるキリストの受難を描く「ユダヤ篇」、異なる神の信仰を嫌うベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロンを描く「バビロン篇」、フランスのユグノー迫害政策によるサン・バルテルミの虐殺を描く「フランス篇」から成る一大ドラマ。これは、私の個人的な捉え方をしたが、「ユダヤ篇」「バビロン篇」「フランス篇」は、過去に起きた出来事であって、その悲劇を無かった事にはできない(歴史を動かしたり、変更する事は不可能)。ただ、1916年当時のアメリカを描く「アメリカ篇」のエピソードを通して、今目の前で起きている出来事に対して、私達は私達の意思で時代も、歴史も、人の命までも救うことができると、映画『イントレランス』は教えているようだ。今目の前の出来事に対し、何か良い行いをする事、それが「イントレランス」である「寛容さ」「不寛容さ」に繋がって来るのでは無いかと思って止まない。過去の悲劇を変えることはできないが、目の前の出来事を変えることは可能だ。現代と100年前の2つの作品を比較した時、不寛容さとは100年よりずっと前、もしくはそのまた昔から続く、私達人間にとっての永遠のテーマなのかもしれない。

©©2022 BIG RIVER FILMS

最後に、最初に示した言葉をここに戻するとするなら、私達は孔子の言葉「罪を憎んで人を憎まず」の精神を持ち続けなければならない。また、キリストが全世界の人類に問う「隣人を自分のように愛しなさい」という考えに対して、私達は今、隣人をちゃんと愛せているのか、必ず問われるだろう。紀元前500年頃から言われて来た「罪を憎んで人を憎まず」という思想が、この先の未来にも必ず機能して欲しいと祈る。本当に憎まなければならないのは、罪を犯した人達に対してではなく、この世にある罪状そのもの、たとえば、殺人、窃盗、強盗、傷害、放火、麻薬と言った罪を一つでも減らす事が「罪を憎んで人を憎まず」の考えに立ち戻る風潮になって欲しいと願う。

©©2022 BIG RIVER FILMS

映画『過去負う者』は現在、関西では11月10日(金)より京都府の出町座。11月11日(土)より大阪府の第七藝術劇場、兵庫県の元町映画館にて上映中。11月11日(土)と11月12日(日)には、それぞれ舞台挨拶やトークショーが行われる予定。

(※1)令和5年上半期における刑法犯認知・検挙状況について【暫定値】https://drive.google.com/file/d/1kkuA170Ym7q7qOAKQIiJ2-12L3BVkmsf/view?usp=drivesdk(2023年11月11日)

(※2)全国治安ワーストランキング2022https://www.alsok.co.jp/person/recommend/dangerous-ranking2022/(2023年11月11日)

(※3)「クソガキ!舐めんな」「1800万円貢いだんだ」女性客が入れあげたホストを路上で刺して殺人未遂。12時間後、別の男がビルの上から両手を広げて飛び降り…歌舞伎町3連休“最悪の最終日”https://shueisha.online/newstopics/172798(2023年11月11日)

(※4)殺害された女性の頭頂部にも殴打痕 数十回殴られたか 2人組の男たち逃走中 千葉・松戸市https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/828922?display=1(2023年11月11日)

(※5)再犯を防ぐ本気の取り組みhttps://www.nippon-foundation.or.jp/who/about/history/60years/1-communities-1-1#:~:text=%E3%80%8C%E4%BB%A4%E5%92%8C2%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%8A%AF%E7%BD%AA,%E3%81%AE49.1%25%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82(2023年11月11日)

(※6)再犯を防ぐ本気の取り組みhttps://www.nippon-foundation.or.jp/who/about/history/60years/1-communities-1-1#:~:text=%E3%80%8C%E4%BB%A4%E5%92%8C2%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%8A%AF%E7%BD%AA,%E3%81%AE49.1%25%E3%81%A7%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%82(2023年11月11日) 1行目から9行目を抜粋