映画『月』「施設の外側でも起こり得る」石井裕也監督インタビュー

映画『月』「施設の外側でも起こり得る」石井裕也監督インタビュー

2023年10月27日

問題に対して“見て見ぬふり”をしてきた映画『』石井裕也監督インタビュー

©Tiroir du Kinéma

©2023「月」製作委員会

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—–監督は、本作『月』の基になっている数年前に起きた「津久井やまゆり園事件」の最初の一報を聞いて、どう思われましたか?

石井監督:真摯に答えると、作品を作ってしまっている以上、記憶が改竄されていると思うんですよ。だから多分、当時の第一印象は僕の中で捏造されていると思いますが、それでも良ければ、お答えします。当時は、弱い立場の人間が狙われた事実に対して、大きな衝撃を受けました。それでも、子供が狙われたりしたらもっと世間は真っ直ぐに反応したと思うんです。けれども、この事件に関して言えば、多分、世間はどう反応するべきか躊躇したんじゃないかと思うんです。

©2023「月」製作委員会

—–タイトル『月』には、様々な含みや解釈があると思いますが、私自身は私たち日本人が持つ濁った心では、美しくあるべき月が美しく見えないと受け取れました。いわゆる、「あなたには心がありますか?」と。監督はこのタイトルに対して、どんな印象を持たれていますか?

石井監督:タイトルの意味は、原作者の辺見さんに聞いてしまいました。 辺見さんに、なぜ月なんですかと聞いたら「ルナティック」と言っていました。 まさに、「狂気」なんです。でも、ちょっと面白いのは、 月の光は太陽の光です。それが、 反射しているだけですよね。 太陽は、直視できませんが、月は直視できる。ここに、何か面白さがある気がするんですよね。

—–直視できる、できないの違いは、どういう事でしょうか?

石井監督:直視できるからこそ、すべて見えた気になる。また、こちら側の状況が問われるのが月。美しいと感じる時もあれば、 怖いと思う瞬間もあります。様々に表情を変えながら月は存在しています。ある時は見えません。でも、確かに存在しています。色々な含みが、ある気がしますよ。

©2023「月」製作委員会

—–心だと思います。心で月が、どう見えるか?私には、今の日本人は、月を美しいと思える心を失いつつあるのではと。だから、作品が示す「月」が、もしかしたら、しっかり見れていないのでは、 と。作品を通して、感じるところもあります。

—–障害者の世界を取り扱うのは、作品として非常に難易度が高いと、私自身、認識していますが、この度、なぜこの題材で作品を制作しようとされましたか?

石井監督:完成した映画を最初に観た時、きわめて真っ当な映画だなと感じました。それが僕の最初の感想です。それが、何故かと言えばですが、誰も見てこなかったもの、見えなかったものを可視化することが映画の本来あるべき姿だと思うからです。この映画で描かれていることは、社会や人間の死角になっていたんですよ。でも、 当たり前ですが、間違いなく存在します。そこに光を当てない手はないと感じました。

©2023「月」製作委員会

—–今回、レビューを書くにあたり、作品を鑑賞させて頂き、色々と調べる中で、この事件そのものよりも、もっと根本的なところに原因があると感じました。 私達が見て見ぬふりして来た過去。 たとえば、 障害者に対する暴力や虐待(※1)。それは、 施設だけの問題ではなく、 学校や家庭で起きている事に対して見ているようで、 私達は一切見ようとしなかった。それが、 監督がお話する死角だと私は思います。この映画の本質は、事件の事ではなく、事件になる前に施設で起きていた暴力が、根本的な本質と思います。事件を起こした本人を擁護はできませんが、暴力を見て見ぬ振りをして来た、日本社会全体、または私たち自身が、ある意味、罪ではないかと私は思います。この点、監督はどうお考えでしょうか?

石井監督:おっしゃる通りで、台詞にもありますが、障害者施設は社会そのものだと言ってもいい。これは取材していく中で確信したんですが、誰も見ていない、誰の目も行き届いてない状況に置かれた時、ある条件さえ整えば、人間は何でもするということはもう間違いないと思います。特に被害者が告発できない状況では。そしてこれは、障害者施設だけの問題ではありません。保育園や老人養護施設の虐待問題もありますし、性加害問題もある。だから、障がい者施設内の内部告発をするような作品であったら、正直あまり意味がないんです。今回扱ったような事件や問題は、施設の外側でも起こり得る。

—–実際問題、身近にあると思います。たとえば、斜め近所の家の中で、子どもが虐待されている事実に対して、見て見ぬふりをしているのは私達です。

石井監督:もう一つ重要なのは、自分も同じ状況に置かれたら、同じことをする可能性があるということです。

—–最後に、本作『月』は、私達日本人にどんな影響を及ぼす、もしくは何を与えてくれる存在になるでしょうか?

石井監督:どんな影響を及ぼすかは分かりませんが、少なくとも、この事件だけでなく、非常に重要な出来事や事象が目の前にあるのに、 見て見ぬふりをすることがとても多いと思うんです。問題になるかもしれないから何も言わないでおこうと、やり過ごす。でも、そんな態度こそが世の中を悪くしている元凶だと、僕は本当に思っています。その点こそ、改善していくべきだと思っているんです。第二、第三のさとくんを生んでしまうかもしれないというリスクは感じていました。それでも、見て見ぬふりをしているよりは確実に意義があると信じてこの映画を作りました。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©2023「月」製作委員会

映画『』は現在、関西では10月13日(金)より大阪府のT・ジョイ 梅田MOVIX堺シネ・ヌーヴォ。京都府ではT・ジョイ京都京都シネマ。兵庫県のkino cinéma神戸国際MOVIXあまがさきイオンシネマ加古川他、上映中。

(※1)横浜 障害者支援施設 2 か所で職員が暴力や暴言 市“虐待”認定横浜 障害者支援施設2か所で職員が暴力や暴言 市“虐待”認定 | NHK | 神奈川県(2023 年 10 月 25 日)