映画『草の響き』疲れた社会に潤いの癒しを。心打たれる感動のヒューマン・ドラマ 斎藤久志監督にリモート・インタビュー

映画『草の響き』疲れた社会に潤いの癒しを。心打たれる感動のヒューマン・ドラマ 斎藤久志監督にリモート・インタビュー

2021年10月21日

映画『草の響き』斎藤久志監督 インタビュー    2021年10月21日

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS    斎藤久志監督

インタビュー・文・構成 スズキ トモヤ

https://youtube.com/watch?v=Zw8RUmxwKvY

本作『草の響き』は、函館市にある映画館シネマアイリスの開館25周年記念作品。

映画『海炭市情景』を初めとする函館出身の作家佐藤泰志の作品シリーズ5作目にあたる。

今回は、本作を製作したインディペンデント界の雄、斎藤久志監督にインタビューを行った。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

——本作の製作プロジェクトは、どういう経緯で決まりましたか?

斎藤監督:函館シネマ・アイリスの菅原和博さんと函館港イルミナシオン映画祭に『空の瞳とカタツムリ』で参加した時に会ったのが最初ですね。

その後しばらくして佐藤泰志5作目の映画化として『草の響き』をやろうと思っていると連絡が来ました。

なんで僕だったのかは菅原さんに聞かないと分かりませんが、大阪芸大出身だからですかね(過去の4作の監督は、大阪芸大か北海道出身)。

菅原さんは「今回は、同世代の監督とやりたかった」と言っています。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

——佐藤泰志さんの小説はもともと読まれていましたか?

斎藤監督:一冊も読んでませんでした(笑)。

どうゆう映画にするかと、考えなが『草の響き』を読んだんですが、最初に思い浮かべた映画が、『長距離ランナーの孤独』(62 トニー・リチャードソン)と『青春の蹉跌』(74 神代辰巳)でした。

菅原さんからアメリカン・ニューシネマのような映画にしたいというオーダーがあったせいもあると思いますが。

それから手に入る佐藤作品をとりあえず全部読みました。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

——原作を映像化するにあたり、気を付けた点はございますか?

斎藤監督:原作の舞台は東京の八王子なんです。地方から東京に出て来た若者の話です。

しかしこの企画はオール函館ロケーションが条件であるため、まずは舞台を函館に移さねばならない。

それと自律神経失調症と診断された男が走るのを彼の目線から世界を見るように語られた小説をそのまま映画にすると全編モノローグ(心の声)で綴る映画になってしまう。

それは僕としては避けたいと思いました。

その辺りのことを脚本の加瀬仁美に投げて上がってきたプロットが、函館出身の主人公が結婚して心を病んで東京から地元に戻るが、自律神経失調症と診断されて函館の町を走る。

それを見守る妻はやがて妊娠する。という原作にはない設定に変えて来ました。

主人公を見る第三者の目線が入る事で、それも女性の視点であることで、起きている出来事が客観的に見えるようになりました。

心の声で語らないと見えない気持ちが、夫婦という関係性の中での具体的な事象に置き換えることができ、目に見えるアクションになっていったと思います。

写真提供 北海道写真史料保存会 所蔵

——撮影中、こだわった場面はございますか?

斎藤監督:『海炭市叙景』の中の一遍に『一滴のあこがれ』という、ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』のアナ・トレントの瞳に惹かれる少年の話があるんですが

夏になったら七メートルの岩から海に飛び込むと決意するエピソードがあって、その岩と言うのは立待岬のことなんですね。

かつてそこは海水浴場だったんです。

北海道写真史保存会の写真に、すずなりの裸の男たちの群れが見守る岩場から、ひとりの男が頭から海に飛び込んでいるモノクロの写真があるんです。

今はその場所は、遊泳禁止はもちろん、岩が崩れるということらしく立ち入り禁止にもなっている。

佐藤さんと同年代の函館の人に聞くと、そこは大事な場所なんですね。

そこで泳いだことを嬉しそうに話してくれる。海水浴場と言ってもいわゆる砂浜じゃない。

岩だらけの見たかぎり泳ぎにくそうな場所なんです。さらに佐藤さんが仲間と作った『立待』という同人誌もあるんです。

その一方で自殺の名所だったこともあるようですが。映画では「決意」ではなく、本当にそこから飛び込むというシーンを作りました。

11月の北海道。遊泳禁止区域というのもあって大変ではありましたが、どうしても撮りたかった。ので、ほぼそのモノクロ写真と同じポジションで撮ってます。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

——演出する面で気をつけていたことは、ございますか?

斎藤監督:生きていて欲しいということですね。お芝居なんかしないで、画面中で生きて欲しいということです。

例えば、東出昌大さん演じる和雄が大量の睡眠薬を飲むシーンがありますが、あれって30分ぐらいワンカットで止めずに回しています。

和雄が、ベビー服を持ってリビングに入って来てテーブルについてそれを畳む。

そして薬を持って来て飲み出す、という流れです。本編で使っているのは薬を取り出し飲んでいるところだけです。東出さんとは撮影に入る前に「俳優と監督と言うよりは共犯関係でいきましょう」と話していました。

だから東出さんからの提案もあってああゆう撮り方をしています。脚本上だとベッドに眠っている妻の姿を見て、次のシーンの台所でもう薬を飲んでいる。時間が飛んでいるんですね。

映画的には当たり前なのですが、このシーンとシーンの間の和雄はどうだったんだろう、てなって。じゃあそこから撮ってみようかとなった。当然尺はかかります。

和雄はなぜ飲むのか?死ぬつもりだったのか?それともつい飲んでいるうちにオーバードーズになってしまったのか?とにかく決めずにいってみよう、と回したんですね。

東出さんがどうゆう思いで演ったかは分かりません。気持ちなんてカメラには映りませんから。

ただその瞬間、東出昌大はそこを生きていたんだと思います。それがこの映画にとって大事だったんだと思っています。

カメラマンの石井(勲)さんは、僕がOKを出した瞬間に「どこ使うんだよ」とキレてましたけど(笑)。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

——この作品をご鑑賞された方に、どのように感じて頂けたらと思いますか?

斎藤監督:どのように感じて欲しいはなんてありません。

僕らの思いと観た方の感想が、答え合わせになるようなことは、つまらないと思います。

むしろ僕らが思っていないことを、観る方が感じたものが正解なんです。

これはあなたの物語でもあり、あなたがその物語から何かを感じ取っていただき、あなたにとっての救いになれればと、思います。

© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

映画『草の響き』は、関西では10月8日(金) から大阪府のテアトル梅田シアタス心斎橋京都みなみ会館アップリンク京都にて絶賛公開中。また、11月5日(金)よりシネ・リーブル神戸、11月26日(金)より宝塚シネ・ピピアにて公開予定。現在も全国の劇場にて、絶賛上映中です。