この夏いちばん熱い映画『ブルーピリオド』
青春のすべてを美術に賭ける情熱。それは美術の世界だけでなく、学業、スポーツ、趣味、習い事、これらすべての事柄に関係する熱誠だ。人はそれを青春と呼ぶのだが、青春とはどの年代でも、どの性別でも関係なく、誰にでも訪れる。万年青年、老いてなお青春、矍鑠なんて言葉があるように、遅すぎる青春なんてなく、その時の困難立ち向かい、その時の逸楽を味わう事こそが、その時のタイミングで訪れる悦楽だ。ライバルと競い、ライバルを蹴落とすのではなく、自身の中に眠るライバルと対峙し、自分自身に打ち克ち、自分自身を越えたその先に待つものを手にする事が大切だ。「己に克つ」で克己という読み方の言葉があるが、この「克己」こそが青春のカギとなる。どんなに苦しい状況でも、どんなに不利な状況でも、言い訳をして他者のせいにして、現実から逃れたい時もあるだろうが、その弱い自分自身という怪物に立ち向かい、負かす事。そして、過去の自分に打ち勝ち、新しい自分自身を手に入れる事。それが、若年層だけでなく、全世代の人々の中にある青春という大切な経験だ。でも、「克己」は簡単そうに思えるかもしれないが、実際に実践してみて実に困難であると実感するだろう。肌で感じるその時こそ、真の「克己」と立ち向かえる事ができる。時には諦めてしまいたいと逃げ出す事ばかりに脳が支配される事もあるだろうが、諦めなかったその先に新しい明日があり、朝が来て、そして新しい自分自身を発見する事ができる。そんな10代の若者達の葛藤する姿を描いた映画『ブルーピリオド』は、高校生の矢口八虎は成績優秀で周囲からの人望も厚いが、空気を読んで生きる毎日に物足りなさを感じていた。苦手な美術の授業で「私の好きな風景」という課題を出された彼は、悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみる。絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたような気がした八虎は、美術に興味を抱くようになり、またたく間にのめりこんでいく。そして、国内最難関の美術大学への受験を決意する物語であるが、夢も目標もなく、毎日フワフワと生きている若い世代は多いはずだ。私自身も将来のやりたい事、なりたい事なんて一つもなく、朧気に未来の自分自身を想像しながら、学生時代を過ごして来た。夢や目標がなければ、希望なんて一つもなく、地に足を付けず、暗黒の海を浮遊する漂流船のように日々を過ごしていた。無理にやりたい事を見つける必要はないが、将来の目標を見つけた時、日々過ごす毎日が明るい今となるのは、必須だ。
青春とは、何か?これは、私達が生きる日々の中で繰り返し自問自答する事柄の一つだろう。たとえば、生きるとは、何か?と同等の扱いだ。10代の青春を過ごした日々も、60代で過ごす青春の日々も何一つ変わりはない。体力的な問題もあるかもしれないが、精神面での心の活性化は、若者であろうが、シルバー世代であろうが、それは関係ない。皆、同じ人として、大切な日々を過ごす事、それが青春というものだ。一年には、四つの季節、春夏秋冬があるが、人生にもまた、四つの青春が存在する。春夏秋冬と分けた時、青春、朱夏、白秋、玄冬(※1)とある(ただし、これは中国の思想であり、日本にはこの考え方はない)。それでも、若さから老いを通して、人生にも四つの季節の青春があると考えたら、それはそれで気持ちも明るくなる。古代中国には五行思想があり、「春」は「青春(せいしゅん)」、夏は「朱夏(しゅか)」、秋は「白秋(はくしゅう)」、冬を「玄冬(げんとう)」といった。これを、人生に当てはめたものを、今回は紹介する。幼少期はまだ人として芽吹く前の冬である「玄冬」。若々しく、これからの未来に希望を膨らませ、成長しつづける時期を「青春」。世の中で中心的な役割を果たし、バイタリティあふれる活躍を見せる現役世代が「朱夏」と呼び。最後の「白秋」は老年期で、人として穏やかな空気や雰囲気を見せ、人生の実りを楽しむ期間。人生における各々の各世代には、それぞれの年齢層が楽しむ「青春」があるのではないだろうか?サミュエル・ウルマンの名言「青春とは、真の青春とは、若き肉体のなかにあるのではなく、若き精神のなかにこそある」(※2)また、「青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみて日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである。」(※3)と、これは松下電器の社長である松下幸之助の座右の銘だ。若さと老い、生と死は、二項対立する事柄ではなく、それぞれが独立した一つの生理現象でもない。私達は、これらの事象が、人生という大きなフレームの中にある捉える必要がある。青春とは、若い年齢や若き肉体に宿るのではなく、若々しくも瑞々しい人の精神や心に宿るものこそが、青春であるとサミュエル・ウルマンも、松下幸之助も言う。この考えには、年齢に関係なく、誰もがその時々の日々で過ごす事ができる青春時代の大切さを説いている。現在、全国的に見ても、20歳の「トリプル(3倍)」(※4)となる60歳を祝う式典トリプル成人式が、日本中で少しずつ定着しつつある一方で、ここ10年ほどの間に小学校における教育現場では「2分の1成人式」(※5)と呼ばれる10歳となる年の子を祝い、親への感謝を授業で発表する教育学的取り組みがしっかり定着している。何かと向き合い、何かに取り組み、何かを成し遂げる瞬間に訪れる挫折や苦悩、喜びこそが私達にとって大切な青春そのものだ。年齢性別に囚われる事なく、青春を謳歌するその時その時一瞬の出来事を青春と呼ぶのであれば、私達は毎日、青春を謳歌し、過ごしている。あなたは今、あなた自身の「青春」を過ごせていますか?
この作品が主題としているのは、美術の世界に憧れる学生の話であり、その人物は受験が非常に難しく日本屈指の最難関大学「東京藝術大学」(※6)に受験しようとする姿が清々しく描かれているが、この東京藝術大学は普通に受験をしても受験通過するには、非常に高い壁を登らないと、その次の高みやネクストステージには挑めない仕組みとなっている。受験が、東京大学より難しいと言われ、その謎多き大学の存在に心踊らされるその一方で、現実は非常に厳しく、受験生の70%以上は浪人生の集団だ。現役合格できる学生は、全体の3割以下。興味があるからと、簡単に受験して合格する、そんな生易しい大学ではない。大学受験では、実技試験を最重要視し、合格には自己投資もまた必須な東京芸大、また学力も無視できないと言われている。2019年の大学データによると、合格者のほとんどが都内在住者であり、彼らは高校時代から東京藝術大学のOB、OGからの教えを乞うている。受験する前から自己への投資は怠らない。そして、何より合格者の半分以上が東京在住者で固められており、この受験レースは出生地の段階から合否は半分以上、決まっているのだ。それでも、受験する価値があるのは、芸術の世界で自身の一番好きな事をするウェイトを広げる事への第一歩が、東京藝術大学への受験だからではないだろうか?今年もまた、学生達にとっての年に一度のビッグイベントである受験シーズンが到来する。それは、一人の人生においても人生最初の一大イベントでもある。それが、大学受験だ。東京藝術大学の受験のように、受験シーズンとなれば、全国の大学が一度に大学受験を開催するが、同時にこれは人生の最初の関門でもある。受験という高い障壁を乗り越えてこそ、次の人生の障害を乗り越えることができる。受験の後には、就職活動、転職活動、子育て、仕事の責任、親の介護、将来への不安など、あらゆる壁が突如として襲って来るが、人生最初の壁が大学受験と言っても過言ではない。今年2024年の受験シーズンが近づく中、受験のプロと呼ばれる駿台予備学校入試情報室部長の城田高士氏は言う。「2024年度入試の展望と2025年度の新課程入試予測には、大学入学共通テストは志願者がさらに減る見通しで、学部系統の動きは2023年度入試と大きな変化はない。安全志向が強まる可能性が高く、2025年度の新課程共通テストでは手厚い経過措置と追加される「情報」。現役生は2024年度入試にどう立ち向かうべきかという課題には、受験に悔いを残さないよう、第一志望校合格を貫き、模擬試験の結果が合否を決めるわけではない。一般入試直前まで勉強を続ければ、逆転合格も夢ではない。2024年度入試で大切なのは、最後まで諦めない強い気持ち」(※7)。私自身が、記憶している自身の受験体験は、第一志望校を一択にセンター以外、すべてを受験したが全滑りを経験し、3月の後半に受験するつもりのなかった(滑り止めも考えてなかった)大学を滑り込みセーフで受験し合格(一度テストを受けたが、それも落ちている)。最初から志望していた大学でもなく、4年間をダラダラ過ごし、残り2単位以外、すべてを取得し、5年目の春に中退した。今から思えば、親だけでなく、受験期間を努力した自分自身にも申し訳立てない。それでも、根拠はないが、あの日の選択は間違いではなかったと言える。あの時の苦労、あの時の喜び、あの時の焦り、あの時の感情すべてが今日の自分を形成していると考えれば、あの日の一つ一つの行動に悔いはない。あの時があるから、今の自分がいる。受験の苦労を乗り越えれたからこそ、その後の人生の苦労を苦労とは感じていない。映画『ブルーピリオド』を制作した萩原監督は、あるインタビューにて「美術はどちらかというと“静”の題材だと思いますが、“動”の物語として演出されているところもチャレンジングな感じた」という問いに対して、てこう話している。
萩原監督:「描くという行為がどうしたらドラマティックに見えるか、ということはすごく考えました。その中で、興味があったのは、「凡人が情熱だけで天才に勝てるのか」「藝術などの創作活動は才能がある人だけのものなのか」という問いに対する挑戦。僕も天才ではないし、周りに天才と呼ばれる人がいたら普通に嫉妬しますから、そういう特別な人たちに対して「そうじゃない!」と八虎を通して言いたかったところはありますね。だから、原作はもう少しマイルドで臆病な感じですが、映画はかなり男の子っぽく、挑戦的な作品になっているかもしれません。」(※8)と話す。人が持つ情熱的な側面と挑戦的な側面こそが、青春への第一歩であるかのようでもある。情熱的に何かに取り組む姿勢は、いくつになっても持っているのが人間だ。挑戦的に何かに挑もうとするのは、動物的な本能なのかもしれない。それは、受験シーズンの各学生の姿にも現れているが、それこそが青春の一幕なのだろう。
最後に、映画『ブルーピリオド』は、高校生男子が毎日の物足りなさを感じながら、苦手な美術の授業で「私の好きな風景」という課題を出される。悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみる。絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたような気がした彼は、美術に興味を抱くようになり、またたく間にのめりこんでいく。そして、国内最難関の美術大学への受験を決意する物語だ。少し余談であるが、現在毎週日曜の夜9時より放送中のテレビドラマ『ブラックペアン2』の主題歌を歌う小田和正さんの最新曲「その先にあるもの」の詩の内容が素晴らしい。一部を抜粋するが、「生きて行くことは明日へ向かうこと 目指すものはその先にある 選んだ道を迷うことなく ただ前を見て歩いていても 分かり切っているその答えを もう一度確かめたい時がある 時に明日は遠いけど 自分を信じて 時は裏切らないだから諦めないで 積み重ねた時間は決して裏切らないだろう 今この時も闘う人がいる」と医療ドラマの楽曲であるが、歌詞の内容はまるで青春期を過ごす若者に贈られているような内容だ。どの詩を切り取っても、今の青春を過ごすあるゆる世代の人の姿が込められているようだ。諦める事は簡単だが、諦めるにもそれ相当の勇気が必要だ。人生のその先にあるものは、明日だ。それは単なる明日ではなく、あなた自身しか知り得ないあなたの為の明日が待っている。
映画『ブルーピリオド』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)玄冬、青春、朱夏、白秋(中国の「人生の四季」)【高齢期に関わる用語集】https://www.highness-co.jp/churakubou/detail/216(2024年9月15日)
(※2)老いと死があってこそ人生!https://www.nikkei.com/article/DGXMZO06605630Z20C16A8000000/(2024年9月15日)
(※3)青春とは心の若さである――リーダーの心得(48)https://konosuke-matsushita.com/column/cat64/leader48.php(2024年9月15日)
(※4)トリプル成人式、60歳の麻倉未稀さんが「ヒーロー」熱唱…プリプリ富田さんも参加https://www.yomiuri.co.jp/national/20210223-OYT1T50224/(2024年9月15日)
(※5)2分の1成人式とは 家庭での祝い方&おすすめプレゼントhttps://www.ringbell.co.jp/giftconcierge/6775(2024年9月15日)
(※6)東大より難関? 謎多き国立「東京芸大」とはどのような大学なのかhttps://urbanlifemetro.jp/culture/2035/#index_id4(2024年9月15日)
(※7)2024年度大学入試はどうなる? 受験のプロにインタビューhttps://edu.career-tasu.jp/sp/contents/exam/interview2024/index.html(2024年9月15日)
(※8)映画『ブルーピリオド』萩原健太郎監督、「情熱こそ武器」主人公を通して伝えたかった天才たちへの挑戦状https://backyard-site.com/real/14948.html(2024年9月15日)