ドキュメンタリー映画『これは君の闘争だ』2013年にブラジルで起きた民主化運動、学生運動に焦点を当てた骨太な社会派ドキュメンタリー

ドキュメンタリー映画『これは君の闘争だ』2013年にブラジルで起きた民主化運動、学生運動に焦点を当てた骨太な社会派ドキュメンタリー

2021年11月17日

文・構成 スズキ トモヤ

ドキュメンタリー映画『これは君の闘争だ』

2018年。ブラジルで初めてジャイル・ボルソナロによる極右政権が、誕生した。時を遡ること、2003年から約15年間、伯は左翼政権に支配されていた。

労働者党(ブラジルの左派政党)は、二人の大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァとジルマ・ルセフを輩出した。

後者のジルマ・ルセフとは、ブラジルで初めて女性大統領として注目された人物だ。ただ、彼女が就任中の2013年に「ブラジルの春」またの名を「酢の乱」と呼ばれるブラジル民主化運動が勃発した。

本作『これは君の闘争だ』は、この民主化運動から派生した学生運動の中心となったある3人の学生の姿を追った映像に、その時を振り返る形で数年後の彼らがナレーションで回想する形式を取った極めて異色なドキュメンタリーだ。

監督は、ブラジルのドキュメンタリー映画界で活動するエリザ・カパイ。

特に社会問題を多く取り上げる彼女の作品が、日本に配給されるのは本作が初めてとなるが、本国ブラジルでは2013年頃からの活動が確認できる女性監督だ。

映画『エリーゼ・マツナガ:殺人犯が抱える心の闇』は、Netflixで配信中だ。

また、本作は彼女の3作目となり、ベルリン国際映画祭(2019)で初上映され、アムネスティインターナショナル賞と平和賞を受賞している。

多くの作品を製作している注目のドキュメンタリー監督だ。


事の発端となったあらすじは、公共料金値上げに対して、国民が反対を呈したことからだ。

この運動が、あらゆる方面へと飛び火し、学生運動にまで発展した経緯がある。

本作のカメラは、この学生運動で中心的な活動を担った若き反逆者たちの活動を追うと同時に、当時のブラジルで一体何が起きていたのかをレンズを通して問う。

憤怒し混乱する国民に対し、警察や軍は武力という暴力、罵声でデモ隊を制圧しようとする。

時に、彼らの弾圧は荒ぶる学生たちにも向けられる。

当時の混沌としたブラジル社会はまるで、近年起きた香港の雨傘運動や長きに渡るミャンマーの民主化運動とまったく同じだ。

これは、20世紀に起きた出来事ではない。

21世紀に起きた歴史的国際的問題だ。

原題『Espero tua (Re)volta』の「次はあなたの番」というタイトルが付けられているのは、どこの国でも起こりうる民主化運動のバトンの波を次に引き継がせようとしているようにも受け取れる。

本作『これは君の闘争だ』は2013年、南米の大国ブラジルで実際に起きた民主化運動の真実に追った社会派ドキュメンタリーだ。

先述した通り、公共交通機関バス、鉄道、地下鉄の値上げに対する抗議デモが、事の始まりではあるが、その他にも物価上昇、税金、性的マイノリティ、女性の権利、人種差別、デモ隊に対する警察の横暴な態度、そして当時就任していた大統領への不満など、抗議運動は多岐にわたる。

当時、ブラジル国民が抱えていた社会への不平や明日への不安が、一気に爆発した結果と言える。

その国民の怒りの憤懣は過激さを増していき、学生たち-子どもたち-も参加する大規模なデモ活動へと範囲を広げた。

学生たちの主張は、予算削減案に対するもので、学生による抗議活動は激しさを増し、ブラジル全土に広がった。

翌月には200校以上の学校がデモに加わり、学校閉鎖、学校占拠へと拡大した。

本作は、カメラがそんな当時の混沌とした状況をレンズに収めているが、ここで興味深いのが2015年にデモに参加していた3人の主要生徒が、ナレーション形式で当時を振り返りながら説明を兼ねる一風変わった演出をしている。

作品を観る自分たちは、そんな3人の学生マルセラ・ジーサス、ルーカス・“コカ”・ペンテアド、ナヤラ・ソウザと物語を通して出会うことが、できるだろう。

また、作中では高校生たちがヒップホップのライムにのせて、心境を吐露する場面は、ラップバトルをしているようだ。

そんな作風に答えるように、映像演出の面において、ブラジルのラップ・ミュージカルが採用されている。

Emicidaという人気アーティストが歌う楽曲『Mandume』が、劇中で使用されている。

Emicidaを中心にDrik Barbosa、Amiri, Rico Dalasam、Muzzike & Raphão Alaafinが、この曲に参加しパフォーマンスをしている。

ポルトガル語の歌詞は、デモに対する勝利を心から願いつつ、学生たちを鼓舞するリリックにもなっている。

①Tanta ofensa, luta intensa nega a minha
presença
Chega, sou voz das nega que integra
resistência

とても多くの攻撃、激しい戦いは私の存在を否定する
十分に、私は抵抗を統合する否定の声をあげる

②Seja mais humilde, baixe a cabeça
Nunca revide, finja que esqueceu a coisa toda

もっと謙虚になって、頭を下げて。
決して反撃しないで。
あなたがすべてを忘れたふりをして。

一部抜粋。どこか民主化運動をする学生たちに声援を投げかけているような歌詞だ。

この楽曲は2015年にブラジルでリリースされているが、この年は一年間の流れを見ても、混迷と混乱が行き来した年だったようだ。

3月にはサンパウロに100万人が超える大規模なデモが展開され、4月には27万5千人が参加する抗議運動が開かれている。

8月88万人、12月4万人と、月ごとに参加者数の推移はあるものの、一年を通してジルマ・ルセフ政権に異議申し立てを繰り返す国民たちが、毎月のように集まっていた。

この時代にタイムリーかのように作品とマッチしているEmicidaのラップ音楽『Mandume』が、リリースされたのは必然だったのだろう。

2016年まで続いた労働者党のルセフ政権の国民からの信頼は、失墜し続け地の底だった。

汚職問題が明るになり、ブラジル国民たちの怒りは頂点にまで達していた。

それに対し、ジルマ・ルセフ前大統領は、彼女が得意とする「沈黙」を貫き続けた。この黙りは、マルフ政権の得意種目、常套手段でもあった。

国民が怒りを露わにしながら、国政の是非を問うているにも関わらず、ジルマ・ルセフの行動は結果的に、国民たちの不信感を募らせるばかりだった。

ジルマが第2期の任期をまっとうすることはなく、2016年8月31日に強制的に大統領の座を降ろされることになった。この年に発表された彼女の支持率は、惨憺たるものでもあった。

これが、ルセフ政権のありのままの姿だろう。

当時の大統領に対して、7%の国民が彼女の政治家としての仕事ぶりに「YES」と答えている一方で、「No」と答えた国民は71%にも上ると言われている。

ほとんどのブラジル国民が彼女の弾劾される姿を見たいと願っていたのだろう。

過去にも、92年に支持率の低下で大統領を辞職した前大統領フェルナンド・コロール・デメロでさえ、彼の支持率はジルマ・ルセフほど低くはなかった。

彼女の支持率は「YES」が9%で、「No」が68%と急降下。

こうして、ルセフ政権は終わりを告げることになったのだが、ブラジルの政治家で弾劾されたのは、彼女で5人目だという。

ジルマ・ルセフが任期を勤めた2011年から2016年のおよそ5年間の模様を追ったドキュメンタリー映画『ブラジル -消えゆく民主主義-』が、Netflixで配信されている。

ジルマ・ルセフが、大統領として就任した年から弾劾されるまでの姿を映像に収めつつ、ブラジルの真の民主主義とは何か、ブラジル政治が変革するその瞬間を捉えた作品だ。

第92回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされるほど力強い社会派な作品だ。

本作『これは君の闘争だ』と併せて鑑賞すると、当時のブラジルの姿を探し出すことに成功することだろう。

ルセフ政権が崩壊した2016年。次期大統領に選ばれたのは、副大統領として就任していたミシェル・ミゲル・エリアス・テメル・ルリアだ。

副大統領から大統領の繰り上げとして就任したが、任期はたったの2年だった。

次に就任したのが、ジャイール・メシアス・ボルソナーロだ。所属していた社会自由党を離脱し、「ブラジルのための同盟」を結成。

2019年1月1日にブラジルの第38代大統領として就任した彼は、就任後あらゆる政策を打ち始める。

本作『これは君の闘争だ』は、(1)ボルソナロ政権が樹立する前に、作品が完成する。その後のことが一切、作品では描かれていない。

この当時のブラジルは、(2)長年続いた左翼政権から極右政権へとガラッと変わった歴史の転換期だ。

民主化運動当時、活動していた学生たちは一体、どうなったのか?彼らは、ボルソナロの封建的な政治政策に争う姿勢を失われ、失脚してしまう。

教育機関への予算削減案を撤廃するよう求めていた学生たちは、ボルソナロ大統領が打ち出した政策によって戦意喪失に遭い、学生たちの間で灯った運動の火は、消失してしまう。

こうして、2010年代に起きたブラジルの民主化運動「ブラジルの春」は、一旦ここで終わりを告げる。

当選当初、ボルソナロ大統領への支持率は高かったものの、就任後3ヶ月で彼の支持率は悪化の一途を辿る。

コロナが世界中で流行し始めると、彼はコロナウィルスを「ただの風邪だ」と一蹴し、ブラジル国内のみならず、世界規模でバッシングを受ける。

国民からも辞任に対するデモが決行され、国会側からも訴訟される始末。

既に大統領としての素質は、まったくない。

失脚を願う国民たちは、2022年に開かれる大統領選に何を想い、何を願うのか。

ブラジル国民による民主化運動は、まだ終わりを告げていない。彼らの戦いはまさに今、始まったところだ。

ドキュメンタリー映画これは君の闘争だ』は、11月6日(土)から東京のシアター・イメージ・フォーラムにて現在、公開中。また、関西の劇場では、大阪府では11月13日(土)から第七藝術劇場、京都府では12月17日(金)から京都シネマ、兵庫県では元町映画館にて、近日公開予定。

(1)ブラジル大統領選、極右ボルソナロ氏が勝利https://www.bbc.com/japanese/46014171(参照 2021/11/17)

(2)ブラジルにも「極右政権」が誕生か?https://wedge.ismedia.jp/articles/-/14092?layout=b(参照 2021/11/17)